◆ストーリーテーマ投稿とは?

 月刊GAMEJAPANに連載中のカラーイラスト投稿コーナー「カライラ群雄割拠」では、「ストーリーテーマ投稿」という投稿ジャンルがあります。これは「定められたテーマで指定されたイラスト」を描き、ショートストーリーの一部を構成するテーマ投稿です。お題で指定された人物や場所、物語が入っていれば、イラストの内容は自由。
 掲載時には、届いたイラストを基にストーリーが構築されます。イラストをストーリーの順番に並べ、説明文を付けることで、ショートストーリーが構築されていくわけです。
 なお、お題の設定は「解釈して、ありそうなシーンイラストを描く」ためにあります。
 ですから、設定で指定された物語の場面シーンを描くことも、設定をふくらませることも自由です(オリジナルの設定やキャラクターを出すなど)。なお、どのようなシーンを想定したのか、についてはイラスト裏か別紙に描いてください。イラストサイズについては、フリーイラストと同じです。

 現在は、ファンタジーRPG風の世界で展開される冒険物語『ファントムサウザント』を題材とした投稿を募集しています。
 以下は、これまでに投稿を受け付けていたお題です。現在募集中のお題については、こちらをご覧ください。
『ファントムサウザント』の概要は以下の通りです。

 

◆月刊GAMEJAPAN 2006年11月号募集/『ファントムサウザント』第1回募集内容

 ここでは、連載で発表された設定画やストーリー、及び世界設定について書いていきます。
「ストーリーテーマ投稿」はこのような形で制作・掲載されるわけです。

◆第1回ストーリーテーマ設定画・王女イアラ
以下のお題絵は、ファンタジーRPG風の異世界《ブレグラーン》に存在する魔法王国ラーナフェルトの王位継承権を巡る争いに巻き込まれた、王女イアラです。

お題イラスト:三好載克

◆第1回テーマストーリー・《魔法王の布告》/GAMEJAPAN2006年12・1月号に掲載済み
  物語の発端は魔法王国の王が「次の魔法王は、もっとも強力な魔術師であることを証明したものとする」という触れを出したことに始まります。
 王女イアラは末っ子で有能な兄や姉が多くおり、実感のわかない話だと思っていました。
 母の身分が低いため、城下の町中で育ち、まだ魔法学校の一生徒でしかない彼女には雲の上の話だったのです。ところが、そんな彼女も兄姉たちは容赦なくつけ狙います。そして、イアラの師匠である老魔術師ヴォルドが殺害されてしまうのです。老魔術師は禁呪を管理する役目でした。そこに目を付けた、イアラの双子の姉エリューシスが師匠を襲い、禁呪を奪ったのです。騒動を聞いて駆け付けた彼女に、師匠は鍵のような形をした剣と、深い銀の輝きを放つ鎧を授け、息絶えます。
 師・ヴォルドの死に対し、イアラは戦うことを決意します。
 双子の姉から禁呪を取り戻し、このような戦いを終わらせるために……。
 ◆装備の設定
 鍵のような形をした剣は、魔法剣《クロム・ゲート》です。通常の精霊を召喚する魔法では対抗できない相手に、この剣で地面に紋章を刻み、精霊界との《門》を開いて上位精霊を召喚するのです。
 鎧の《ルーン・ペアレス》は金属に反発する魔力の性質を利用し、本来放出されるべき魔力を、装備者の内に留める魔力の牢獄です。つまりこの鎧が外れたときに、留められていた魔力が解放され、本来扱えないものでも上位精霊を扱えるようになるのです。
 ◆イアラの性格設定
 明るく、素直でお祭り好きな性格です。少しおっちょこちょいですが、他人のために苦労を惜しまない思いやりから、周囲が守り立てています。
 ◆お題となるシーン
 上記で解説された「魔法王の布告」「師匠との別れ」などでも構いませんし、イアラの日常風景や旅の仲間など、設定から想像した何かを描いても構いません。
 みなさんでストーリーを構築するコーナーですから、新しい設定や、新キャラクター、衣装などは大歓迎です。

◆月刊GAMEJAPAN 2006年12月号募集/『ファントムサウザント』第2回募集内容

 ここからは、現在投稿を募集している連載第3、4回の設定を発表していきます(第2回は締め切りました)。
 投稿の掲載はGAMEJAPAN 2007年3〜4月号になる予定です(投稿数で変動します)。

◆第2回ストーリーテーマ設定画・王女エリューシスと《砂塵の廃都》
以下のお題絵は、物語のもう一人の主人公である《真紅の魔女》エリューシスです。エリューシスはイアラの双子の姉であり、もう一人の王女でもあります。
 ここでは、GAMEJAPAN2006年12月号で書ききれなかった情報も掲載されていますが、基本的には誌面と同一の内容となっています。

お題イラスト:三好載克

 

◆第2回テーマストーリー・《砂塵の廃都》
  師・ヴォルドを弔った魔法王国ラーナフェルトの王女イアラは、師を手にかけ、禁呪を奪った双子の姉・エリューシスを追う旅に出ました。
 所持する魔法剣《クロム・ゲート》の精霊ロダが「禁呪を探知できる《風歌の賢者》を訪ねろ」と助言し、イアラは砂漠に建つ《音叉の塔》を目指します。しかし、立ち寄った砂塵都市ウルスで騒ぎが起きました。町の命である水が突然枯れたのです。
 人のいいイアラは、事件解決に協力します。そして、以前にも突然水が枯れたため、捨てた都市があり、その呪いが原因ではないかとの情報を得ます。
 《砂塵の廃都》に向かったイアラは、この王国が成立する以前の王家の呪いと対決することになります。仲間の助けもあり、王の姿をした巨像を退けたイアラでしたが、そこで、ある秘密を知ることになります。ウルスに再び水は戻り、人々の心に笑顔が戻りましたが、イアラの心には、どこか割り切れない何かが残るのでした。
 ◆《真紅の魔女》王女エリューシス
 イアラの双子の姉です。双子ですが、エリューシスだけが、左肩に魔術の素質を象徴する星形のあざを持つため、魔法学校が特待生として引き取りました。
 ですから、イアラとは生まれながらに離ればなれでした。イアラとエリューシスは互いが双子であることを知っています。イアラは「魔法学校開校以来、最高の英才」と呼ばれる姉を誇りに思っていますが、同時に接点がないことで、雲の上の人だとも感じています。
 エリート魔術師として育てられたエリューシスは、《曙光の大賢者》と呼ばれた父・魔法王ガザに接する機会を多く持ちました。不幸にも聡すぎるエリューシスは、魔法王ガザにある疑惑を抱くことになります。そして、目的を果たすために、心を鬼にして禁呪を探し求めているのです。優しさを隠しながら。
 ◆装備の設定
 イアラと同じく魔法剣《クロム・ゲート》と封魔の鎧《ルーン・ペアレス》を身につけています。これは、禁呪の魔導書と共に、エリューシスが《深緑の賢者》ヴォルドの塔から持ち出したものです。禁呪が要求する多大な魔力は、いかに天才と謳われたエリューシスでも扱い難いものがあり、二つの《伝説装具》が必要だったのです。
 ◆性格設定
 才能以外を要求されずに育ったため、他人に対して本心を見せず、クールに振る舞います。しかし、その内面はイアラと同じ心優しい少女です。聡すぎることで「そこで自分がそうしなかったら、どうなるか」が見えてしまうため、心を鬼にして動いているのです。
 ◆お題となるシーン
 上記で解説された「町で人々の相談に乗るイアラ」とか「迷宮のようになった《砂塵の廃都》での冒険」「古き王家の墓を守ろうとする守護者との戦い」「明らかになった秘密」「水が戻り、幸せを感じる人々を見るイアラ」というように、物語の一部を絵にしてください。設定から想像した何かを描いても構いません。
 みなさんでストーリーを構築するコーナーですから、新しい設定や、新キャラクター、衣装などは大歓迎です。

◆月刊GAMEJAPAN 2007年1月号募集/『ファントムサウザント』第3回募集内容

 

◆第3回ストーリーテーマ設定画・《風歌の賢者》フレオールと《音叉の塔》
第3回も前回の《砂塵の廃都》と王女エリューシスと同様、「舞台+人物」のテーマイラストです。

お題イラスト:三好載克

 ストーリーは、12月号掲載の第2話(上記参照)の続きです。

 イアラは精霊ロダの導きにより、禁呪の行方を捜索できるという《風歌の賢者》フレオールの元に向かいます。
 ウルスの町の住人に、フレオールは《大砂海》の奥に立つと《音叉の塔》に住んでいると聞いたイアラは、《大砂海》に足を踏み入れました。
 《大砂海》は、南方の危険地域《龍帥/ドラゴンアドミラル》から流出する魔物が潜んでおり、大変な思いをしながらイアラは塔にたどり着きます。

 《風歌の賢者》フレオールは王都ウィールウィンドで、知らぬものがいない宮廷音楽家でもある人物でした。しかし、王都で行われ始めた魔法王ガザの強権政治にある疑念を覚え、職を辞して大砂海に隠遁したのです。

 とはいえ《風歌の賢者》は元々気分屋で面倒くさがりな人物でした。
 何とか訪れて助力を求めるイアラに、「いいかね? 賢者などと呼ばれる人間は、好き好んで引きこもっているのだ。私は塔を出るつもりがないから、用件があるなら私のいる所まで上がってきたまえ」と言い放ちます。

 イアラは、管弦楽器のような外装をし、パイプオルガンのような内装をした《音叉の塔》を登ります。塔の中は、階段はピアノの鍵盤、扉の形はバイオリンというような、楽器関係で彩られた内装でした。
 とても届かない浮き石の通路、開かない扉など、賢者が引きこもるに相応しい内装をしていたのです。塔内では魔法学校で教わった《契約魔術》の呪文はほとんど無効化され、途方に暮れたイアラでしたが、あることに気づきます。
 塔内の装飾が実は五線譜であり、楽曲が掘られているということに。

 その楽曲は《精霊讃歌》でした。イアラは塔内の書物から精霊語を学び、楽曲を覚えました(ちなみにイアラは元々、城下で歌い手として知られた少女です)。そして多くの精霊たちと歌を通じて交感し、理を理解していったのです。塔内にイアラと精霊たちの歌声が響き渡ります。
 そして、楽曲がクライマックスに達したとき、イアラは《クロム・ゲート》を開きます。解放された力が上位精霊を呼び出し、大きな魔力を持つ合唱が塔内に満ちたのです。
 それは、封じられた通路を動かすキーワードとなり、塔の上層部への道が開きます。
 そして、優れた芸術を拒否できない身体の賢者フレオールは、つい楽曲を聴くために扉を開けてしまいます。賢者は複雑な顔をして王女を出迎えるのでした。

 ◆《風歌の賢者》フレオール
 《深緑の賢者》ヴォルド、《蒼碧の巫女》ユーネリア、《鳳焔の工匠》バルグムントと並び称される《ラーナフェルト四賢者》の一人です。
 王都で知らぬ者がいないと言われるほどの宮廷音楽家であり、芸術全般に対する深い考察でも知られています。ただ、気分屋で面倒くさがり屋であり、基本的に人間嫌いの引きこもりです(だから王都から離れ、人の訪れない《大砂海》に塔を建てたのです)。
 ただし、優れた芸術を拒否できない身体のため、自身を感動させた者には助力します。
 外見は若々しい美形なのですが、実年齢は不明の男やもめです。
 ◆性格設定
 美しい芸術にしか興味を持たない人物です(ただし、ナルシストではありません。衣装などにこだわりはありますが、外見は真の芸術と関わりないと考えているので)。
 人間嫌いを公言し、異性であってもほとんど興味を持ちませんが、“本物の芸術”と思ったもの・人物に対する抵抗力は0です。理知的でクールな話し方をしますが、何かに感じ入った場合は、けっこう人情家になります。
 ◆お題となるシーン
 「大砂海」で魔物の襲撃に合うイアラ」とか「音叉の塔を見つけて、その変わった外観に驚くイアラ」「塔内に自分の幻影を出現させ、イアラに言い放つ賢者フレオール」「戸惑いながら塔内を探索するイアラ」「精霊たちと共に、合唱するイアラ」「複雑な表情でイアラを迎えるフレオール」というように、物語の一部を絵にしてください。設定から想像した何かを描いても構いません。
 みなさんでストーリーを構築するコーナーですから、新しい設定や、新キャラクター、衣装などは大歓迎です。

◆月刊GAMEJAPAN 2007年2月号募集/『ファントムサウザント』第4回募集内容(締切2月9日)

  

◆第4回ストーリーテーマ設定画・《先駆ける者/ヴァンガード》レーヴィンと《精霊樹の家》
第4回も前回の《音叉の塔》と賢者フレオールと同様、「舞台+人物」のテーマイラストです。

お題イラスト:三好載克

 王女イアラは《風歌の賢者》フレオールにヴォルドの死と、双子の姉エリューシスが禁呪を奪ったことを伝えます。

  フレオールは沈黙の後「では、ヴォルドは語れなかったのだね。魔法王が呪いによって。そして、そなたの姉も幸運であった。すでに呪いを受けし身が故に、禁呪が持つ呪いに抗えたのだから」と語ります。
 衝撃を受けたイアラに、フレオールは問いかけます。「覚悟あらば、その魂に刻むがよい。かつてそなたが師・ヴォルドが負った罪、そして、そなたの姉が己に課した旅立ちの理由を」と。

 8年前、王女イアラとエリューシスの8歳の誕生日まで、二人は城下町の外れ《深緑の賢者》ヴォルドの庵がある森の片隅で育ちました。《精霊樹》と呼ばれる巨木を刳り抜いた家が、双子たちの隠れ屋でした。
 二人の養父は《先駆ける者/ヴァンガード》の異名を持つ、50代の寡黙な引退騎士レーヴィン。レーヴィンの二つ名は常に先陣を切るその武勇から、そう呼ばれたものです。しかし、いかなる回復魔法も通用しない魔剣の呪いを戦いで受け、引退に追い込まれたのです。

 そして生母はヴォルド・フレオールと並ぶ《四賢者》・《蒼碧の巫女》ユーネリアです。
 ユーネリアは巫女ゆえに生涯未婚でならなければならない、とされていました。その彼女がある事情により魔法王ガザとの間に為したのが双子たちです。事態隠蔽のため、魔法王は「巫女が魔族に拉致された」と発表。ユーネリアは、幼少より自身に仕えた、最も信頼する騎士レーヴィンに事情を話し、出産まで自身を拉致するよう請います。
 そして巫女ユーネリアは騎士レーヴィンに生まれた双子を委ねます。そして騎士は深く愛する巫女を“魔族より奪還”したとして魔法王の元に連れ帰ったのです。

 それが災厄の始まりでした。元より、呪われた混沌の地に《祭祀の鍵/ファントムサウザント》を施して生まれたのが、この魔法王国ラーナフェルトです。ゆえに資格なき巫女の祭祀は、地に封じられた者たちを呼び起こしました。
 混沌は幼いイアラを巫女と認識しました。そして、眠れるイアラの悪夢より具現化して、彼女を害そうとします。それに立ち向かったのは、引退騎士レーヴィンでした。

 衰えたとはいえ、《先駆ける者/ヴァンガード》と讃えられたレーヴィンの武芸は健在で、あと一歩まで混沌を追いつめます。深手を負った混沌の存在は、彼を道連れにして、歪みに引き込もうとします。呪いの傷が疼いたレーヴィンは、それを避けることができませんでした。
 引き止めようとしたエリューシスでしたが、無理と判断したレーヴィンに突き飛ばされます。レーヴィンは混沌と相討ちになり、“歪み”に堕ちます。

 現場にヴォルドが駆け付けますが、後の祭りでした。賢者は「イアラが持つ星型の痣(あざ)“巫女たる証”を、混沌が狙ったか」と呟きます。
 それを聞いたエリューシスは賢者に事情を質します。ヴォルドはエリューシスに《蒼碧の巫女》ユーネリアの話をし、混沌の目的はイアラにあることを伝えます。すると、エリューシスはヴォルドに語ります。イアラに星の痣が現れてから、この悲劇が起こったことを。
 そして、エリューシスは「星型の痣を自分に移す」ことを請います。「痣には、魔法の資質を表すという意味もあると聞きます。痣があれば魔法学校の特待生になれます。常に結界の張られた学校なら、混沌も簡単には見つけられないでしょう。そして、義父を救う方法も学べますから……」と。

 ヴォルドは「イアラを魔法学校に入れるのでは駄目なのかね」と聞きました。エリューシスは「私たちには、父も母もいません。だから、私は姉ですが、父のように、母のようにも尽くしてきたつもりです。そして、今起こった悲劇を受け止めるには、この子は優しすぎます」と言います。そして「私は魔法学校に逃げ込むつもりはないのです。義父も、妹も、そして母も救いたいのです。もしそこでよい手だてが見つかったなら、この子から義父までも奪わなくてすみますから……」と。
 ヴォルドは絶句します。その覚悟と、わずか8歳でありながら瞬時にそこまで思考を巡らせるその天才に。
 賢者は「恐らく痣が持つ“意味”までは移せぬ。そして、その術は呪いだが、よいのかね?」と問います。
 姉王女は頷きました。ためらわず、強い決意の目をして。

 目覚めたイアラに、ヴォルドは「義父レーヴィンは、王より役目を受けて旅だった」と説明します。そして、姉エリューシスは魔法学校に特待生として引き取られたと。
 ヴォルドはイアラに起こるかもしれない万が一に備えて、彼女を引き取りました。

 エリューシスは特待生となり、目覚ましい実力を身につけていきます。その中で魔法王に接し、全ての始まりとなった事象を察するのです。

 話を終えたフレオールは言います。「魔法王はヴォルドに《束縛》をかけ、自身に不利な会話を封じた。私は魔法王の変化を察し、ここに隠遁している」と。イアラはフレオールに尋ねます。魔法王ガザは何を考えているのか。なぜ巫女である母との間に自分たちをもうけたのか。なぜ魔法王の布告を出して、この国を争乱に導こうとしているのか、と。
 フレオールは「そなたが生まれる前に、星が大きく乱れたことがあった」と語り始めます。
 この世界では、星々は天の吉兆を表すものであり、《星読み》を行い、未来の流れを読み取るものは、国を指導する職責を担います。

 イアラとエリューシスの実父である魔法王ガザも、王になる前は《曙光の大賢者》と呼ばれていました。ガザは最も読みにくい星である《太陽》を星読みの対象とする力を有していたからです。
 フレオールは、イアラたちが生まれる前に起こった星の乱れは、今までにないものであり、自分でもその意味はわからない、と語ります。
 そして《蒼碧の巫女》と呼ばれる母・ユーネリアは《太陽》の対極にある《月》の星読みに長けていたとイアラに伝えるのです。つまり、魔法王と巫女にしかわからない、何かがあったのではないか、と。

 「真実を知りたければ、巫女を訪ねよ。ただし巫女は《蒼碧湖》の底にある教会に幽閉され、強力な結界で守られていると聞く。結界は私やお前の師と同じ《四賢者》である火の賢者・《鳳焔の工匠》バルグムントが施したものだ。《堕天都市》に向かい、賢者を訪ねよ。そなたの姉が得手とするのは《火》と《大地》。《火》の禁呪に導かれ、巡り会うこともあろう」と指示します。

 イアラは礼を言うと、《音叉の塔》を出て、《堕天都市》に旅立ちました。

 ◆設定:《先駆ける者》レーヴィンと魔法王国ラーナフェルト

 元より魔法王国ラーナフェルトのあった土地・《中央/コンティネンタルハート》は、絶対無比の力を持つ《龍》の領地でした。しかし、太古より何万年も生きた《龍》の死により、そのテリトリーだった土地は人間の有するところになったのです。
 しかし、それは《龍》が行ってきた混沌と悪夢の化身《諍霊/デモン》との戦いを、引き継ぐことになったのです。《中央》を所有するものは、地上で最も力ある国家でなくてはならない。そのことを、人は《諍霊/デモン》とその眷属との戦いで魂に刻み込みました。

 現在でもラーナフェルト王国は、王国を守る《ティングース五公国》と共に、《中央/コンティネンタルハート》を保持し続けています。そしてそれは、《諍霊/デモン》に対抗できる誉れ高き者・《騎士》と《勇者》によって支えられています。《騎士》とは、この世界最大の宗教である《生命樹正教/セフィーロ・オーソドクシィ》が信仰する《聖霊/セージ》の加護を得た戦士です。

 《聖霊/セージ》は、世界の創造者である《先の龍王》が臨終のさいに、世界を引き継いだ次代の創造者たる《今の龍王》を導く者として創造された存在です。《聖霊/セージ》は秩序を世界に与える役を担います。ですから、この世界に秩序をもたらす王国の守護者・《騎士》に加護を与えているのです。

 また《勇者》は《龍》の加護を得た戦士です。数万年の時を生き抜いた《龍》は、自身の死すら見通していました。自身が滅びた後、人間たちが《諍霊/デモン》との戦いを引き継ぐであろうことも。
 だから《龍》は数千年の時をかけて、人のための装具を作ったのです。それが《勇者の装具》です。この世界を構成する力ある想い・《想力/テイルズ》を強く秘めた装具は、武勇に長けた人間たちに与えられました。《龍》は装具と共に、自身の血の加護を人間たちに与えます。《龍》の力を受け継いだ者の末裔・それは世界を守る宿命を背負う者たち。それが《勇者》と呼ばれる存在なのです。
 《勇者》は世界を流れ、目に映る人々を《諍霊/デモン》とその眷属から守る宿命を持ちます。しかし、騎士レーヴィンはある理由により、勇者でありながら、魔法王国ラーナフェルトに仕えたのです。

 ◆性格設定
寡黙で剛直な武人です。将としての大局的な視野を持つため、私心を殺して世界のために働きます。ある理由で仕えた《蒼碧の巫女》ユーネリアとは、深い信頼で結ばれていました。
 ◆お題となるシーン
「真剣な顔をしてイアラに語るフレオール」とか「騎士レーヴィンと幸せに暮らすイアラとエリューシス」「レーヴィンに自身を拉致するよう請うユーネリア」「巫女奪還という偽りの武勲を魔法王に讃えられるレーヴィン」「混沌よりイアラとエリューシスを守ろうとするレーヴィン」「決意した表情でヴォルドと語るエリューシス」「ヴォルドに引き取られ、生家を見送るイアラ」などのように、物語の一部を絵にしてください。設定から想像した何かを描いても構いません。
 みなさんでストーリーを構築するコーナーですから、新しい設定や、新キャラクター、衣装などは大歓迎です。

◆月刊GAMEJAPAN 2007年3月号募集/『ファントムサウザント』第5回募集内容(締切3月4日)

  

◆第5回ストーリーテーマ設定画・《人魚姫》ミラノと《美食魔術師》トロンプ
 第5回は人魚の少女・ミラノと、彼女を食材にしようとする魔法貴族・トロンプ。そしてトロンプの屋敷に乗り込んだイアラとエリューシスの物語です。

お題イラスト:三好載克

 王女イアラは《風歌の賢者》フレオールに、生い立ちを教えられます。 イアラと双子の姉・エリューシスの母は、未婚が掟の《蒼碧の巫女》ユーネリアでした。しかしユーネリアは、魔法王ガザとの間に子をなし、騎士・レーヴィンに出産した双子の王女を委ねたというのです。
 「災厄は、資格なき巫女の祭祀から始まった」と賢者は語ります。この魔法王国は、主であった《龍》が死んだのち、人が《龍》より受け継いだ土地であると。そしてその土地は、《龍》が抑えてきた奈落の者・《諍霊/デモン》が封じられた地。だが、人が魔のものに対抗するために施した祭祀による蓋が外れ、封じられた《数知れぬ魔/ファントムサウザント》が解き放たれようとしていると言うのです。
 そして、双子の王女を養育した義父レーヴィンも、奈落から現れた者と差し違え、世界の歪みに落ちたこと。狙われた原因は、奈落の者が巫女の資格を持つイアラを狙ったのだと、賢者フレオールは語りました。
 それを知った姉エリューシスは、魔法の才と巫女の意味を持つ《星痣》を、賢者ヴォルドの力で受け継ぎ、義父と妹を救うために魔法学校に入ったことも。
 イアラは賢者に尋ねます。魔法王ガザの意図を。なぜ巫女の母との間に自分たちをもうけたのか。なぜ危機が起ころうとしている時に「最強の魔術師であることを証明した貴族を王とする」《魔法王の布告》を出して、この国を争乱に導こうとしているのか、と。
 フレオールは「そなたが生まれる前に、星が大きく乱れたことがあった」と語り始めます。
 この世界では、星々は天の吉兆を表すものであり、《星読み》を行い、未来の流れを読み取るものは、国を指導する職責を担います。
 魔法王ガザも、王になる前は《曙光の大賢者》と呼ばれていました。ガザは最も読みにくい星である《太陽》を星読みの対象とする、希有な力を有していたからです。
 フレオールは、イアラたちが生まれる前に起こった星の乱れは、今までにないものであり、自分でもその意味はわからない、と語ります。
 そして《蒼碧の巫女》と呼ばれる母・ユーネリアは《太陽》の対極にある読みにくい星。全ての事象の根幹を為す二天の一つ・《月》の星読みに長けていたとイアラに伝えるのです。
 つまり、魔法王と巫女にしかわからない、何かがあったのではないか、と。
 「真実を知りたくば、巫女を訪ねよ。ただし巫女は《蒼碧湖》の底にある教会に幽閉され、強力な結界で守られていると聞く。結界は私やお前の師と同じ《四賢者》である火の賢者・《鳳焔の工匠》バルグムントが施したものだ。《堕天都市》に向かい、賢者バルグムントを訪ねよ」と指示します。
 イアラは最後に、姉の行方について尋ねました。
 フレオールは「禁呪の行方か……。星を読むので、しばし待て。ふむ、偶然か否か《堕天都市》への道筋・港町コーラルにおるな」と答えます。
 イアラは礼を言うと、《音叉の塔》を出て、《堕天都市》に向かいます。先を急ぐイアラは、来た道とは異なる港町コルベールより船を使います。
 初めて乗る船に戸惑いや驚き、そして好奇心を感じるイアラでしたが、船内で迷子になり、船底の倉庫にたどり着きます。そして、中から人の声がする箱を見つけるのです。
 箱を調べてみると、中には人魚の少女ミラノがいました。ミラノは自分が《白霧湾》に住む人魚の一族で、族長の娘であると語ります。そして「一族からはぐれて、途方に暮れていたところを、親切な漁師が助けてくたのです。え? なぜこの船に乗っているのか、ですか!? トロンプという貴族の方が『私が一族の場所を探すから、それまでは自分のところにいるように』と言ってくださったそうなのです」と答えます。
 イアラは貴族トロンプについて、それほどよくは知りません。
 ただ、魔法王ガザ主催の晩餐会に、とても珍しい鳥の卵や果実を供して話題となった美食家ということは聞いていました。
 イアラは箱に入れられているミラノを気の毒に思い、退屈しのぎになればと故郷の話や友人の話などをします。ミラノはイアラに人魚の歌を教え、イアラは《音叉の塔》で学んだ《精霊賛歌》をミラノに教え、二人は仲良くなります。
 そして二人は別れ、イアラは下船します。港町コーラルには多くの物資が積み上げられており、その中に武器類も多く見られることに、イアラは不審を抱きます。
 そしてイアラは荷下ろしをしていた人足たちから、聞き逃せないことを耳にします。「あの人魚も気の毒にな。何もしらずに、トロンプさまの晩餐会で食材にされるなんてよ」と。
 イアラは驚き、ミラノを助けるために、王女として、トロンプの屋敷を訪れるのです。
 無論「魔法王の布告」がある以上、自身を王女であると開かすのは危険でした。
 しかしトロンプはイアラを紳士的に迎えます。ミラノの話をすると「そういう事情であれば仕方ありませんな。すぐに開放しましょう」と、快く聞いてくれたのです。
 そして「王女殿下。貴女の願いは承りました。人魚姫にも詫びましょう。では、今度は私からお願いがあります。ぜひとも我が招待を受け、晩餐会に臨席して頂けませんか?」と切り出します。
 イアラは警戒しつつも、ミラノを開放してもらうために了承せざるを得ませんでした。
 用意された部屋に装具を置き、一着だけ持参したドレスに着替えたときに、水の《精霊王》が「この装具を置いていくのか?」と問います。イアラは「トロンプ様には、何らかの思惑があるのかもしれませんが、晩餐会に武装していくことはできません。この装具を外した以上、しばらくの間は魔力も底上げされていますから……」と答えます。
 《精霊王》は「では、我がそなたの装具を守ってやろう。このような姿をしている故に、我が力は限定されるが、それでも下級魔術師風情であれば、幻惑されるであろう」と言い、部屋に《結界》を施します。すると、装具も《精霊王》も姿が見えなくなりました。
「ありがとうございます。《精霊王》様」
 イアラが礼を言うと、姿の見えぬ《精霊王》は「ヴォルドはそなたのことを案じていた。かの魔術師は我ら精霊を立ててくれた《深緑の賢者》。我はその願いを受けるのみ」と言い、沈黙します。
 トロンプの権勢を示すかのように、晩餐会の会場は広大な広さを持ち、その天井は美しいドームを描いていました。一面に刻まれた装飾は、華美過ぎるほど手が込んだものであり、練達のドワーフ職人の技を感じるものです。会場の奥手には、ミラノを入れた箱が置かれ、そしてエリューシスも招かれていました。イアラは驚き、姉に話しかけようとしますが、その前にトロンプが腕利きの配下を集めて二人の王女を取り囲みます。
「人魚の肉に王女の血のソース。それは……究極の魔力を得られるレシピなのです。例の布告がある以上、罪にもなりれません。では私のための、血の晩餐会を始めましょう」
 ドレス姿のイアラは《クロム・ゲート》も《ルーン・ペアレス》を所持していませんでした。それでも貯め込んだ魔力を解放し、有力な魔法貴族であるトロンプと戦います。《音叉の塔》での修行もあって、最初は互角に戦えましたが、イアラの魔力は次第に減少し、実力の差が出て押され始めます。
 それを救ったのはエリューシスでした。エリューシスが放った攻撃魔法は、イアラに向けられた攻撃魔法をそらし、壁に穴を開けます。
 そしてエリューシスはイアラを見て言います。
「あの剣と鎧はどうしたの!? あれはヴォルドのかけがえなき遺産。今のあなたに必要なものです。早く装具を呼びなさい!」
「装具を……呼ぶ?」
「ヴォルドに聞いていないのね? あの装具と貴女は魔法的につながっています。念じれば現れるものです。そして、海から離れたあの人魚姫。あなたは彼女を助けにきたのでしょう? 早く、連れて逃げなさい!」
「でも、姉様は……」
「人魚は海から離れては、長く生きられないのです。早く!」
 エリューシスの目は厳しいけど、真摯でした。イアラは姉を信じることにし、背後を預けて、魔法でミラノを閉じこめた箱を壊します。
 イアラはミラノを背負い、壁に空いた穴から屋敷を脱出します。同時に解放された禁呪の力がエリューシスから発せられました。しかし、その力を見てもなお、トロンプは笑っていました。「優秀な王女殿下ですな。しかし、所詮は学院の小娘。本当の魔術を見せて差し上げましょう」。トロンプは複雑な印を結び、全身の魔術で刻まれた刻印を呼び起こします。
「この力は……禁呪。しかも、人の魂を食らった力か! ……トロンプ、貴様、このような力を得るために何人犠牲にした!!」
 エリューシスの問いに、トロンプは微笑み、食材を見る目で答えます。「……六百と六十三人ですね。ご安心ください。食べた者の内訳は全て頭に刻み込まれていますから。そして、貴女で六百六十四人。貴女の妹君で六百六十五人。あの人魚で六百六十六人となります。究極の力を得た我は《龍》を喰らい、不老不死の魔法王として永久に君臨するのです」
「お前のような輩に、その力、預けることはできない。食い止める!」
 エリューシスには、静かな怒りがありました。全身に禁呪特有の魔術刻印が現れます。
「ふふ……師を殺して禁呪を奪った貴女が、正義の味方とは、片腹痛い」
「お前などにはわかるまい。私は……受け継いだのだ。契約も、運命も!!」
 二人の禁呪は発動する前から、屋敷の者たちを吹き飛ばすほどの魔法風を発します。
 イアラはミラノをかばい、装具を呼びかけました。
「我が求めに応じ、いでよ、装具っ!」
 すると、イアラの全身には瞬時に《ルーン・ペアレス》が装着されます。そして、手には魔法剣《クロム・ゲート》が。水の《精霊王》も同時に現れ「《召具》を身につけたか。では脱出するぞ。早急に、だ」と、厳しい口調で言います。まるで諭すように。
「でも……姉様が!」
「かの娘は、今や《第二原質》に心を置いている。つまり、純粋な力である《第一原質》を必死に飼いならしているのだ。だが、操る力が禁呪なれば、わずかな均衡を崩しただけでそなたの姉は消滅し、制御できなかった力が、術の契約通りの代償を求め、この町より魂を狩り集めるだろう。そなたは姉の消滅を望むか?」
「そんな……。わかりました。少しでも、遠くに!」
 イアラは「自分のやるべきこと」を悟りました。姉が背負っているものが何かはわかりません。でも、それが間違った方向ではない、そう思ったのです。
「では……我はそなたにささやかな助力をしよう。その剣で魔法陣を描くがよい。当分、我は物質界への干渉力を失うが、やむをえん」
 イアラは頷いて、魔法剣《クロム・ゲート》を握り直します。
「我、黒金の鍵にて、四大満ちる地への扉を開かん! 汝、移ろいしものよ、契約者たる我に応じ、その姿を現せ!!」
 召還の呪文により《精霊王》は一瞬だけ、本来の姿を取ります。ミラノが目を丸くして「水の……《精霊王》さま」と絶句します。
「いかにも、そしてこれがそなたに送る翼だ」
《精霊王》は力を解放します。すると、ミラノの下半身が人の姿に変わったのです。
 それだけでなく、この地域の少女たちが身につけるようなスカートも同時に現れ、ミラノの体にまといつきました。
 「あまり長くは持たぬが、逃げる間の役にはたとう」
 そういうと、《精霊王》は元の丸い生物に戻ってしまいます。
 イアラは歩き慣れないミラノの手を引き、この場から離れました。屋敷の裏手に小川があり、その小舟に乗り込むと、魔法剣で係船用のロープを切ります。そして、身を屈めると、禁呪によって生み出された爆炎が二人の頭上を通り抜けていきます。
 姉の無事を願うイアラたちを乗せ、小船は進んでいきました。

 ◆性格設定

ミラノはおっとりとした、天然ボケの性格です。極めて素直な性格をしており、人を疑うことを知りません。歌が大好きであり、よく口ずさんでいます。

 トロンプは魔法王国ラーナフェルトに連なる《五公国》の地方貴族です。コミカルな外見をしていますが、表沙汰にできない魔法実験(対象を喰うことで、力を増す)により、有力貴族に匹敵する力を持っています。美食のためであれば自分を抑えられない性格であり、そこにモラルはありません。
 ただし、満腹の時に限り(滅多にありませんが)慈悲深い領主として振る舞います。領民たちは領主に山海の珍味を貢ぐことで、被害を減らそうと努力しているのです。

 ◆お題となるシーン

「初めて見る船に目を丸くするイアラ」とか「船内でイアラと仲良くなるミラノ」「船員の話を受け、トロンプの館に向かうイアラ」「晩餐会会場で姉を見て驚くイアラ」「エリシューシスとトロンプの禁呪合戦」「人間になったミラノと脱出するイアラ」などのように、物語の一部を絵にしてください。設定から想像した何かを描いても構いません。
 みなさんでストーリーを構築するコーナーですから、新しい設定や、新キャラクター、衣装などは大歓迎です。

 ◆設定:万能たる《第一原質》の力《想力》

 『ファントムサウザント』の世界には、森羅万象に影響を与える力・《想力/テイルズ》が存在します。《想力》とは、人間などを初めとする「知恵あるもの」の想いから発する力です。世界に存在する者たちが「想ったこと」はそれ自体が力を持ちます。

 特に『言語』として、発せられた言葉はより強い力を世界に還元するのです。
 《魔術師》は、こうしたことから《呪文》を唱えます。それは世界に満ちる力・《想力》を、自らの『言語』で方向付けするという行為です。そうしたことにより《魔術師》は、『言語』より発する力をすべての根本《第一原質/プリマ・マテリア》を担うものとしています。
 なお《想力》は「世の中で語られるごとに力が増える」パワーです。つまり、伝説の武具や英雄譚に語られた魔物といった、「多く語られてきたもの」は、それだけ強い《想力》を持つ存在なのです。ですから、この世界では昨日鍛冶屋が作った最高の剣をもってしても、伝承にその素晴らしさを伝えられた賢者のローブを切り裂くことはできません。

 「歴史のない存在は、力がない」それがこの世界・《ブレグラーン》の理なのです。
 ですから、この世界の異種族は、ホームグラウンドにいる限り、とてつもない力を持っています。例えば「千年同じ風習を重ねた」エルフは、その千年の歴史が積み重ねた力の加護を得ています。エルフは住む森の近くであれば、目視できない地平線の彼方から弓を放ち、遮蔽物を避けて相手を射抜きます。それは例え城壁であっても貫通するのです。
 同様にドワーフの斧もまた《種族宝具》となります。山にいるドワーフは、例え鎧を着ていなかったとしても、容易に切り裂けない超硬度の体を持ちます。そして、その斧はいかなる防御をも容易に切り裂くのです。
 とはいえ、人間にもまた「人々の願いを受けて戦う戦士」である《勇者》がいます。《龍》が残した勇者の《伝説装具》もまた、エルフの弓やドワーフの斧に劣らぬ装具なのです。

 ◆設定:《二天四大》の理と《精霊》

 この世界最大の宗教である《生命樹正教/セフィーロ・オーソドクシィ》では、この世界に存在する万物の運行を『二天四大』の概念で説明しています。それは世界を構成する力の要素は『二つに従属する四つ』に分類されるという考えのことです。
 『二天』とは天を支配する二者。すなわち『太陽』と『月』を差します。陽と陰、昼と夜、光と闇、男と女、実と虚、清と濁、白と黒、動と静のように、この世界の万物はすべからく、この二極に分化されるという考えです。
 一方で『四大』とは『二天』を分けてこの世界を形作る四大元素・《火》と《地》、《水》と《風》を差します。そして『太陽』は《火》《地》を、『月』は《水》《風》を統べるものと考えられているのです。そして、これら全てを束ねる概念として『樹』があります。
 昼(『太陽』)に日(《火》)を浴び、大地(《地》)の滋養を得た樹木が、夜(『月』)に水分(《水》)と大気(《風》)を取り入れて成長するように、『樹』とは『二天』双方、『四大』全てを統合した(あるいは全てに支えられた)存在。つまり星の力の象徴なのです。

 世界に点在する《生命樹》は、《生命樹正教》の信仰の象徴であり、魔術師たちの《真理》の象徴でもあるのです。
 そして《精霊》とは、《二天四大》の《想力》が、人々の幻想を受けて形を取った存在です。多くは《火蜥蜴/サラマンドラ》《水乙女/ウンディーネ》など、伝承にまつわる姿を取って現れます。

◆月刊GAMEJAPAN 2007年4月号募集/『ファントムサウザント』第6回募集内容(締切4月4日)

  

◆第6回ストーリーテーマ設定画・《人馬族の馬車引き》テュルクと《橋上都市》エルン
第6回は、大切な手紙を届けようとする《人馬族/ケンタウルス》の馬車引き・テュルクの話です。テュルクを助けたイアラは、都市全体が橋の上にあるという《橋上都市》エルンに向かうことになります。

お題イラスト:三好載克

 美食家の魔法貴族・トロンプに食べられそうになっていた《人魚姫》ミラノを助けた王女イアラ。しかし、長い間水から離れたことで、ミラノは衰弱していました。

 イアラは《堕天都市》に向かう予定を変更し、少し回り道してミラノの一族を捜すことにします。可愛い幻獣に擬態してイアラを見守る《水の精霊王》が、ミラノから北方にある《白霧湾》の気配を感じ取りましたが、そこに向かう足がありません。
 トロンプの屋敷に繋がれていた小舟を拝借し、ミラノを乗せたのですが、二人はさてどうしたものかと途方に暮れていました。すると、先に見える橋の上に、変わった馬車が走ってきます。

 その馬車は一頭立ての小さなものでしたが、引いているのは《人馬族》の青年でした。
 そして、その馬車は盗賊らしき騎馬集団の襲撃を受けていたのです。御者とおぼしき馬車の乗り手が、弓矢で射抜かれたのを見たイアラは義憤に駆られ、盗賊に船の上から魔法を放って撃退します。
 御者の老人は虫の息でした。老人は、息も絶え絶えにイアラに礼を言い、そして力尽きます。

 《人馬族》の青年・テュルクが事情を話します。老人とテュルクは昔からの知人でした。老人の素性はこの地方を統括する、セィルルークス公国の地方貴族に仕える元騎士・ガウェインです。引退したガウェインは、領主の執事をしていました。
 しかし、領地が隣接するエスフェランス公国からの攻撃を受けたため、領主の命を受け、老人を連れて脱出してきたと、テュルクは語ります。

 そしてテュルクは「戦いの大義名分は、《魔法王の布告》さ。元々、僕たちのセィルルークス公国と、エスフェランスはミスリル鉱山の所有権を巡って対立していた。だから、布告を機会に『従軍騎士に対する大魔術の実力を競うため』と称して出兵したんだ」と言います。それを聞いたイアラは、トロンプ領に集められていた兵士や軍事物資を思い出しました。
 トロンプは、エスフェランス公王に仕える貴族でした。つまり、セィルルークス公国と、エスフェランス公国という、本来魔法王国ラーナフェルトを守る役割を担う《五公国》同士が《魔法王の布告》をきっかけとして、争いはじめたのです。

(こうした争乱が起こることを分かっていただろうに、なぜ父様は……)

 イアラの苦悩に気づかず、テュルクは続けました。「僕はエルンに、領主様からの届け物を送り届けねばならないんだ。人馬の馬車引きの誇りにかけて」と。
 馬車には封をした、小さな黒い箱が積まれていました。イアラはテュルクを気の毒に思ったので、協力を申し出ます。テュルクは安堵して了承したため、イアラはミラノを馬車に運び込み、馬車を進めました。
 途中で追撃してきた騎馬の一団がいました。危機に陥った一行を救ったのは、ミラノの歌でした。ミラノの不思議な歌は、イアラとテュルクの疲れを癒し、逃げ切れたのです。

 一行は《橋上都市》エルンにたどり着きます。しかし、この領地でも重要なこの都市は、攻め寄せた一軍に包囲されていました。
 テュルクは「敵の軍隊がくる前にたどり着けると思ったのに……。どうしよう」と途方に暮れます。イアラは「聞いてはいけないことかもしれないけど、この箱の中はどのような品なの?」と尋ねました。
 テュルクは「僕たちの領地が攻撃された時は、完全に奇襲だったんだ。敵の兵士たちが、突然城内に姿を現して、要所を攻撃した。気が付くと、火をかけられて味方は大混乱だった。でも領主さまは、手紙と宝石をこの箱に入れて、僕たちに渡した。『同胞がこのような無法な奇襲を受けぬよう、この攻撃の種証しを伝えなくてはならぬ』と言って。そして、僕たちを逃がすために、活路を開いてくれたんだ」と答えます。あちこち傷だらけの《人馬族》の青年が語る言葉には、憤りがありました。

 それを聞いたミラノはイアラに「水上の包囲は不完全のようですから、私が箱を届けてきます。水中で私に追いつける者はいないでしょう」と申し出ます。それに対し、テュルクは「君はあの都市の人に知人はいないだろ? 危険だよ」と反対しました。
 そこで《水の精霊王》が「お前の魔力を使い切るが、水は我が領域。道を造ることができるが、いかに」と問います。イアラは《精霊王》の伝えた大魔法を使うため、封魔の鎧《ルーン・ペアレス》を解放しました。「これで水は道となる。後は、先導役次第だ」。

 ミラノに先導された馬車は、水中にできた道を進むのでした。

◆性格設定

テュルクは「どんな馬車よりも速く走り、いかなる悪路も突き進む」ことを誇りとした《馬車引き》の見習いです。人間以上の賢者も見られる《人馬族》にとって、その叡智と脚力を活かした《馬車引き》は最高の誉れです。
 人の手綱に頼らず、自ら道を選び、必ず目的地までたどり着く《人馬族の馬車引き》はこの時代の通信手段として、儀式の伴う大魔法を除けば、最高とされているからです。
 積み重なる思いが、万物に宿り、加護を与えるこの世界において、《人馬族》の脚は、エルフの弓、ドワーフの斧と並ぶ《種族宝具》であり、万人から一目置かれています。

 テュルクも見習いとはいえ、その脚力はそこいらの馬とは比較にならないものを持っています。しかし、計画ずくでの奇襲により、幾重にも張り巡らされたエスフェランス軍の哨戒線を突破するうちに傷つき、疲弊しきっていました。
 そこをイアラに助けられたわけです。《人馬族》の例にもれず、テュルクは大変義理がたく、誇り高い性格ですから、受けた恩を非常に強く感じています。ただし、武術の腕はからきしなので、その点では気弱なところもあります。

 ◆お題となるシーン

「騎馬集団からテュルクを救うイアラ」とか「真剣に語るテュルク」「人魚の歌を歌うミラノ」「《ルーン・ペアレス》の力を解放し、大河に道を造るイアラ」などのように、物語の一部を絵にしてください。設定から想像した何かを描いても構いません。
 みなさんでストーリーを構築するコーナーですから、新しい設定や、新キャラクター、衣装などは大歓迎です。

 ◆設定:万能たる《第一原質》の力《想力》

 『ファントムサウザント』の世界には、森羅万象に影響を与える力・《想力/テイルズ》が存在します。《想力》とは、人間などを初めとする「知恵あるもの」の想いから発する力です。世界に存在する者たちが「想ったこと」はそれ自体が力を持ちます。

 特に『言語』として、発せられた言葉はより強い力を世界に還元するのです。
 《魔術師》は、こうしたことから《呪文》を唱えます。それは世界に満ちる力・《想力》を、自らの『言語』で方向付けするという行為です。そうしたことにより《魔術師》は、『言語』より発する力をすべての根本《第一原質/プリマ・マテリア》を担うものとしています。
 なお《想力》は「世の中で語られるごとに力が増える」パワーです。つまり、伝説の武具や英雄譚に語られた魔物といった、「多く語られてきたもの」は、それだけ強い《想力》を持つ存在なのです。ですから、この世界では昨日鍛冶屋が作った最高の剣をもってしても、伝承にその素晴らしさを伝えられた賢者のローブを切り裂くことはできません。

 「歴史のない存在は、力がない」それがこの世界・《ブレグラーン》の理なのです。
 ですから、この世界の異種族は、ホームグラウンドにいる限り、とてつもない力を持っています。例えば「千年同じ風習を重ねた」エルフは、その千年の歴史が積み重ねた力の加護を得ています。エルフは住む森の近くであれば、目視できない地平線の彼方から弓を放ち、遮蔽物を避けて相手を射抜きます。それは例え城壁であっても貫通するのです。
 同様にドワーフの斧もまた《種族宝具》となります。山にいるドワーフは、例え鎧を着ていなかったとしても、容易に切り裂けない超硬度の体を持ちます。そして、その斧はいかなる防御をも容易に切り裂くのです。
 とはいえ、人間にもまた「人々の願いを受けて戦う戦士」である《勇者》がいます。《龍》が残した勇者の《伝説装具》もまた、エルフの弓やドワーフの斧に劣らぬ装具なのです。

 ◆設定:《魔法王の布告》の波及効果

 フラスウェル大陸の《中央/コンティネンタルハート》地域に位置する、魔法王国ラーナフェルトは大陸の各地域からの脅威に対抗するために、有力貴族を壁として配置しました。それが《ティングース五公国》です。
 《五公国》とは“上弦の月映す鏡”レクスファード、“西雨を切り裂く剣”セィルルークス、“龍嵐に輝く冠”ラースレア、“南洋に掲げる楯”エスフェランス、“北氷を弾く鎧”バレンツェルの各公国を指します。この各公国は、ラーナフェルト王国を囲むように存在し、平時は同格の連邦国家を形成しています。

 しかし、各公王はラーナフェルト王国建国時に、王と同格だった協力者を先祖に持つことから、上下関係はあるものの、独立性を奪われてはいない存在でもあります。
 そして、同格の各公国は何かあれば競い合い、紛争を起こす存在でもあるのです。そこに「もっとも優れた魔術師と証明したものが、次期ラーナフェルト王と為す」という《魔法王の布告》が打ち出されました。それは、各公王のプライドを強く刺激したのです。
 そして《魔法王の布告》は「力の証明に手段を問わない」と明記されていたため、この王国周辺は、急速に戦乱の様相を呈してきたのでした。

◆月刊GAMEJAPAN 2007年5月号募集/『ファントムサウザント』第7回募集内容(締切5月2日)

  

◆第7回ストーリーテーマ設定画・《蒼碧の巫女》ユーネリアと《鳳焔の工匠》バルグムントと《湖底教会》
 第7話はイアラとエリューシスの母・ユーネリアを巡る物語です。

お題イラスト:三好載克

 人魚ミラノに先導され、イアラたちは《橋上都市》エルンを目指します。
 そのころ、ずっと離れたところから、その様子を見ている女性がいました。そこは、どこまでも澄んだ湖の底にある、水晶と硝子で作られた教会。透明のドームには、澄んだ湖水と壁面を通り抜けた陽光が差し込んでおり、そして魔法で作られた画像がいくつか映し出されていました。そこで瞑想しているのは《蒼碧の巫女》ユーネリア。イアラとエリューシスの実母であり、《四賢者》の一人でもある水の巫女です。

 イアラの姿にユーネリアは愛おしそうな視線を向け、そして瞑想に入りました。思考は18年前に旅します。夢に現れたのは、《曙光の大賢者》と呼ばれた魔法王国最高の大魔術師にして、魔法王であるガザ。ガザの全身には、大規模魔術により刻まれた魔法刻印が現れていました。
 「その刻印……。かの《錆びし黄金の魔王/ラクスフェル》との契約を果たされたのですね」 水の巫女の確認に、魔法王ガザは頷きます。感情が表に見えない、どこまでも深い泥のような目をしながら。
 「では、わたくしも《水龍》の贄となりましょう。《日蝕》と《月蝕》の交わる運命の刻のために」
 巫女はこの国の国教でもある《生命樹正教/セフィーロ・オーソドクシィ》の教会を後にします。深い憂いをその瞳に湛えて。

 瞑想は、ミスリル銀の靴を履いた来訪者に破られます。来訪者は今はなきドワーフの国・《北天国》の《凱旋王》。今は《四賢者》として《鳳焔の工匠》を名乗る、火の賢者バルグムントです。
 「新たな水の“座”はいかがかね?」 《凱旋王》の問いに、巫女は「ありがとう。凱旋王よ。ここはの力が満ちていますね」と微笑みました。ドワーフ王は「最も水の力に満ちた《水龍》の地に、我が匠の全てを持ち築いたのが、この《湖底教会》。少しは時が稼げよう」と笑い返します。

 「わたくしのために、独立を捨て、このような座まで……」 巫女の視線が憂いを帯びます。
 「我は王の責務を果たしているにすぎん。そなたは巫女の宿命から目を背けない。それは世界への責任。王もまた世界に責任を持つ者。同じことだ」 《凱旋王》の返答に、巫女は天を指さします。水晶の壁面に複数の幻影が浮かびました。 「わたくしの大切な子たちも世界に巻き込まれています。まだ、この“蓋”を開けるわけにはいきません。わたくしは蓋として、最後の時まで嘆き、恨む者を諭しましょう」
 「それが、無意味なことだとわかっているのに、かね?」 《凱旋王》は唇を噛みます。巫女はわずかな時間を自分の子に与えるために、取り返しがつかないことを決意したのです。

 「母とは、そういうものではないでしょうか。抱き上げてもあげられなかった、わたくしの大切な子たち。でも、生涯巫女と思っていたわたくしと、あの子たちは共に過ごしたのです」
 お腹に愛おしそうに手をやり、巫女は微笑みます。その想いに答えるように、天上に《水龍》が現れました。

 「なら、我はそなたと勇者レーヴィンのために、もう一仕事することとしよう」

 《凱旋王》は《ドワーフ銃》を背負います。《王の戦斧/ドワーヴンワークス》が刃を弾丸とし、柄を銃身とした、大山をも撃ち抜く最強のドワーフ・マスケット銃《星返すもの/スターレスセプター》。
 それは巫女に対する王の決意でした。

 ◆設定:《北天國》と《ドワーフ銃》

 『ファントムサウザント』の文明レベルは16〜17世紀程度の中世程度です。従って、マスケット銃などの火薬兵器も既に発明されており、鎧はそれに対抗するための《板金鎧/プレート・アーマー》が生み出されています。
 とはいえ、以前書いた通り、この世界は「歴史のあるもの」「認知されているもの」が力を持つ世界ですから、最新の発明品である銃よりも、エルフが誇りとする《星弓》のほうが、遙かに強力な武器です。誉れも高き伝説の勇者の鎧を銃で撃っても、傷一つ付きません。ただし、例外が一つだけあります。

 それは《北天國》のドワーフが持つ、《種族能力》・《宝具再生/ディヴァインリザレクト》です。元より、人では及びも付かないような細工を誇るドワーフの発明能力は、《龍人族/ソーダン》をのぞく全ての種族の頂点に立ちます。鉱石の排水用に使われている真空減圧方式の蒸気機関も、彼らの発明によるものです。
 そうした彼らが持つ「古より伝えられし《伝説装具》を、時代に合わせて作り直す」能力が《宝具再生/ディヴァインリザレクト》なのです。ただし、ドワーフ族は「戦斧と鶴嘴こそが至上の武器。ミスリル銀で作られた金属鎧こそが至上の防具」と考えているため、自身の種族のために《宝具再生/ディヴァインリザレクト》を使うことはまずありません。
 《宝具再生/ディヴァインリザレクト》を依頼するのは、主に人間なのです。実際、《北天ドワーフ》は、人間からの武器打ち直し依頼によって、莫大な利益を上げていました(ドワーフと仲の悪いエルフは、ほとんど依頼しないため、彼らのスタイルは時代が変わっても変化しません)。

 またドワーフの《凱旋王》バルグムントは、鍛冶王にして戦才王と言われる名君でした。王の行う《宝具再生/ディヴァインリザレクト》は、元の装具からの能力低下がほとんど起こらず、そして王が率いる軍勢は、鉄の団結心と湧き出る知略により、無敵と称されていました。
 にも関わらず、《北天國》が一戦も交えずに魔法王国ラーナフェルトの保護下に入ったのは、極めて不思議なことだと考えられています。なお、《凱旋王》バルグムント――現在ではラーナフェルト四賢者の一人《鳳焔の工匠》(未だに《凱旋王》と呼ぶ者も多いのですが)が、種族の宝である《王の戦斧/ドワーヴンワークス》を打ち直して作った銃が、《星返すもの/スターレスセプター》です。
 戦斧の刃を弾丸に打ち直し、その柄を銃身とした銃は、例外的な威力を持ちます。それは、大山すらも一撃で消滅させる、究極の射撃武器の一つ、《妖精王の星弓》に匹敵する武器なのです。

 ◆設定:《湖底教会》

 《水龍》の住む《蒼碧湖》の底にある、魔法の水晶と硝子で作られた教会です。代々《水》の巫女の座は《橋上都市》エルンにあったのですが、ユーネリアの力が衰え、《ファントムサウザント》の封印が保てなくなったため、旧知の《凱旋王》バルグムントがドワーフ王の建築技術を結集して作った教会です。
 その壁面は透明であり、可能な限り水の力が強まるよう配慮されています。

◆登場人物たちの性格設定

《蒼碧の巫女》ユーネリアは、ラーナフェルト王国四賢者の一人であり、《水龍》に仕える巫女です。
 そして、イアラとエリューシスの実母でもあります。《水》の巫女は、本来《ファントムサウザント》の封印を守る役割を担うものであり、生涯未婚にして役目を負うものとされていました。

 しかし、ある理由によりユーネリアは魔法王ガザとの間に双子を為します。それは、自身の破滅であり、悲劇への引き金でもあると承知のことでしたが、世界のための決断だったのです。
 性格は芯が強く、マイペースで、いつもニコニコしています。苦しくてもポジティブで優しく、思いやりが深いその性格から、多くの者に慕われ、本来あってはならない禁忌が発覚した後でもなお、神殿にはこの巫女を守ろうとして自体隠蔽に協力するものが多くいました。

 禁忌を犯した後、巫女としての能力は激減し、《ファントムサウザント》の封印が保てなくなっていることに、心を痛めています(封印が保てないということは、後述する魔王を含む多くの魔族たちが暗躍し、罪もない者たちを苦しめるということですから)。
 また、産んで間もなく勇者レーヴィンに託した我が子を心配し、時折《幻像》を出して様子を見守っています(それだけでなく、《風歌の賢者》フレオールに、イアラに助力するよう嘆願したりもしています。フレオールはユーネリアが苦手なので、引き受けています)。

 《凱旋王》バルグムントは、かつて存在したドワーフ国家《北天國》最後の王であり、《凱旋王》とも呼ばれた無敗の王です。その能力は上記文章で語られている通りであり、その名を知らぬ者はいないほどの勇者でもあります。性格は豪快で楽天的な現実主義者であり、極めて困難な状況でも、生き残る方法が1%でもあるなら、それを実現することを躊躇わない人物です。
 《凱旋王》の名が示す通り、戦場(と戦争前)での駆け引きは神技の域に達しており、知略に長けた名将ですが、自分の中の筋は決して曲げない頑固者でもあります。例えば、無辜の人物を策の犠牲にするなどは、この人物の誇りが許さないのです。
 頑固者ですが、その視野は広く、目先のことには囚われません。また、個人として何かを約束したなら、絶対に果たす義理堅い人物でもあります。

 ◆お題となるシーン

「イアラとエリュートスに愛おしそうな視線を向けるユーネリア」とか「魔法王ガザの決意を見守るユーネリア」「ユーネリアの憂いを持つ瞳に、豪放な笑顔で応えるバルグムント」「決意の面持ちで、ドワーフ銃を持つバルグムント」などのように、物語の一部を絵にしてください。設定から想像した何かを描いても構いません。
 みなさんでストーリーを構築するコーナーですから、新しい設定や、新キャラクター、衣装などは大歓迎です。


 

◆月刊GAMEJAPAN 2007年6月号募集/『ファントムサウザント』第8回募集内容(締切6月4日)

  

◆第8回ストーリーテーマ設定画・《銀彗王》スパルリオと《絵語り師》アルト &《水龍》の仔
 第8話はイアラが人魚ミラノらと共に、封鎖中の《橋上都市》エルンに辿り着いた物語です。

お題イラスト:三好載克

 王女イアラと馬車引きテュルク、人魚姫ミラノは、水中に道を作って《橋上都市》エルンに進入します。都市の中に入ったとき、長い矛を持った男の人魚たちが行く手を阻みます。人魚たちはミラノを見ると驚いて武器を引き、人魚の長老を呼びます。
 ミラノは祖父である長老との再会を喜び、「なぜ《白霧湾》の人魚が、《橋上都市》に?」と尋ねます。長老は「敵軍が川上よりこの町に毒を流した。放置すれば魔法を使える我らはともかく、海が汚れ、魚たちも死んでしまう。だから我々はこの町に協力した」と語ります。そして長老は「水の巫女さまの『座』であった、水都を汚すとは許せぬ」と立腹します。イアラは尋ねます。「母様……いえ、水の巫女さまは、この町におられるのですか!?」と。

 長老は「巫女さまは新たな『座』に移られた。より《水龍》さまの加護が強い《蒼碧湖》の底にな」と答え、「何用かの? ここは戦地。若い娘さんの来るような場所ではないぞ」と諭します。
 テュルクが黒箱を取り出し「僕は手紙をアルトさまという方に届けるよう、伝えられたんだ! 取り次いでくれ」と言いました。人魚たちは「アルトに?」と不思議な顔をします。「あるとなら、ここにいるよ〜」
 美しい声がし、イアラたちは周囲を見回しました。すると小さな妖精が飛びながら、壁に、不思議な形をした人間サイズの筆を握って、落書きをしていました。落書きは“絵日記”でもあり、妖精が世界のあちこちで見聞したことが描かれていました。アルトは「あるとはすいりゅうさまのもりやく。えかきなのです」と答えます。

 そこは月光が差し込む場所。天井は硝子張りで、部屋の中央に置かれた台座には、楕円形をした、カラフルな卵が置かれていました。卵の殻は半透明で、中には青い輝きを放つ《水龍》の仔がいます。
 卵の殻には、海や大陸、鳥などが描かれており、それらの意味合いも描き込まれていました。

 「これは……水の精霊神さま」 水の《精霊王》が擬態のままイアラから飛び降り、礼を取ります。「挨拶せぬか。この方こそ“星の欠片”のひとり。次代の《水龍》さまなのだ」 《精霊王》がイアラに言いました。イアラは挨拶し「星の欠片って?」と魔法剣クロム・ゲートに尋ねます。剣の精霊ロダは「この大地は《龍王》様の眠る卵の表面なのだと、魔法学校で学ばれませんでしたか」と答えます。
 「思い出した! 創造者たる《龍王》は、天から降りた魔軍を撃退し、多くの《龍》と共に力尽きたって話ね」 精霊ロダは嘆息します。「そう。先の《龍王》さまは、小さな仔に創造者を譲り、消失されました。今でも、卵の中の《龍王》さまはこの星に住む者の行いから学び、生まれ出る時を待っているのです。そしてすべての《龍》は《龍王》さまと同じく、卵の表面を見て世界の理を学ばれます」
 イアラは納得し、美しい卵に目を奪われます。それを卵の中の《水龍》の仔は興味深そうに眺めていました。「おまえもえ、かくか?」 アルトが魔法の筆を差し出します。

 イアラは驚きつつも好奇心が勝ります。描いたのは生まれ育った《生命樹の家》です。「うたをかんじるえね〜」とアルト。「この木の下で、姉様と歌を歌ったの」
 イアラの答えに卵の中から「うた、すき〜」と声がします。龍の仔に応え、イアラは歌うことにします。歌の間、龍の仔は手拍子し、アルトは歌詞を空に描きました。歌が終わり、我に返ったテュルクが手紙を見せます。「ええっ、ぎんすいおうがくるの〜!?」 アルトの声に応えるかのように、下弦の月を背に、月の魔王スパルリオが出現します。
 「おや、これは《月蝕姫》」と呟きながら。

 ◆設定:悪夢より生まれしもの《諍霊/デモン》と《魔王/アナザーロード》

 この世界で“魔族”とも呼ばれる闇の存在《諍霊/デモン》。《諍霊/デモン》を生み出したのは、人間などの創造主でもある《龍王/ブレグラーン》です。
 かつて、この世界の創造者であった、先の《龍王》は彗星と共に現れ、天より舞い降りた《凄霊/デヴィル》の軍勢と相打ちとなり、創造者の座をまだ(この星そのものでもある)卵の中の我が仔に譲りました。 そして幼き《龍王》の守り役にして、《龍王》に代わって秩序を示すものとして《聖霊/セージ》が生まれました。しかし、生まれてもいないのに、母を失った《龍王》の仔は、心に深い傷を負いました。
 創造主である《龍王》が時折見る悪夢、それが悪夢より出でしもの――《諍霊/デモン》を生み出します。

 《諍霊/デモン》は複雑な存在です。悪夢より生まれた彼らの存在意義は、この世界を悪夢に染め上げること。にも関わらず、《諍霊/デモン》は本質的に光の存在である《龍王/ブレグラーン》の構成要素で生まれた存在なのです。こうした矛盾から、《諍霊/デモン》は邪悪・猛悪の徒でありながら、時折、気まぐれに善行を為したりもします。なお、この世界の秩序が乱れ、人々が悪夢を見れば見るほど、《諍霊/デモン》の力は強まります。従って各国家や《生命樹正教/セフィーロ・オーソドクシィ》は、世界の法や秩序を守ろうとするのです。
 なお、最強の《凄霊/デヴィル》の姿を持つ悪夢の王・最強の《諍霊/デモン》を《魔王/アナザーロード》と呼びます。《魔王/アナザーロード》は、人間の守護者である《守護聖霊/アンゲルウィズ》と同じく、『二天四大』の力を受けた存在です。《守護聖霊》と《魔王》は光と闇の徒として、先の《龍王》の崩御より、対立しているのです。《守護聖霊》と《魔王》の名前は以下の通り。

 《統治と秩序の守護者》レファリオン=『太陽』=《錆びし黄金》ラクスフェル
  《勝利と名誉の守護者》イーフェイル=《火》=《煉獄の火種》ベルグイール
  《豊饒と健康の守護者》ギアニード=《地》=《黒き豊饒》ゾル=ヴ=エール
 《誕生と葬儀の守護者》クレシア=『月』=《銀彗王》スパルリオ
  《芸術と贖罪の守護者》ヴェルエーヌ=《水》=《腐海産みし》シャツィヴォルズ
  《交流と商業の守護者》リフィール=《風》=《虚空喚ぶ旋律》ヴィグツェント

 なお、『太陽』《火》《風》が男性格、『月』《水》《風》が女性格です。
 そして、全てを兼ねたものである『樹』の存在として、《大魔王/オーヴァーロード》という存在がいるとされています(光の側の『樹』は創造主である《龍王》そのものなので、存在しません)。

◆登場人物たちの性格設定

 『月』の《魔王》でもある《銀彗王》スパルリオは、先の《龍王》を滅ぼした《凄霊/デヴィル》を運ぶ彗星の悪夢が生まれた存在です。その存在は凶兆の象徴であり、直接的な破壊よりも策謀を好みます。
 性格は冷酷残忍ですが、極めて理知的であり、気まぐれです。直接命を奪うより、自身の策謀や甘言が効果を発揮することを好むため、人間に変身して諸国を混乱させることもあります。
 千年前の《抗魔戦争》のさいに、人間の勇者に深手を負わされ、さらに悪夢の蓋である《ファントムサウザント》の封印が影響しているため、本来の力は発揮できませんが、それでもその力は《龍》に匹敵するほどです(本来の力は《古龍/エルダードラゴン》に匹敵します。なお、余談ですが最も強い人間の勇者でも、最も弱い《成龍》と互角には戦えません。《龍》とは全生命の頂点に立つ存在なのです)。

 多くの《魔王》がそうであるように、スパルリオもまた、人間やエルフ、ドワーフを滅ぼそうとは考えていません。魔族にとって、力の源である人間たちには、よりよい悪夢を見てもらう必要があるからです。

 月のような銀色に輝く鎧は、体の右半身のみを覆っています。これは、天の片割れである『月』を象徴する鎧だからです(《錆びし黄金》も同様に左半身のみ鎧です)。鎧のない半身は《生み出す手》と呼ばれる魔手です。魔の王であり、母でもあるスパルリオはその左手から魔族の軍勢を生み出すことができるのです(《魔王》の姿・能力は時代ごとに異なりますが)。

 アルトは《語り継ぐ者/ポエットリング》と呼ばれる、《龍》の守り役です。《語り継ぐ者》は、人間の1/10ほどの身長を持ち、魔法で羽を出して飛行することができます。
 《語り継ぐ者》の目的は、世界中を旅して見聞したことを、絵や歌や詩や語りで《龍》に伝えることです。そのため、《語り継ぐ者》はとても好奇心旺盛であり、時に人間から見れば「悪意のない」イタズラとしか思えないことを行うこともあります(ただし、善悪を嗅ぎ分ける本能を持つため“すごくわるいこと”は行えません)。
 それでも、大抵の人は《語り継ぐ者》を暖かく受け入れ、色々なことを教えます。それは《世界の欠片》であり、最強の存在でもある《龍》が、邪悪な存在として育ったなら、世界の脅威となるからです。また、《語り継ぐ者》にひどい危害を加えたなら、《龍》に報復される危険性があるからでもあります。
 それだけではなく《語り継ぐ者》はポジティブに人間(や亜人)社会に受け入れられる存在でもあります。それは、彼らの《種族能力》が芸術に特化したものであり、歌や踊り、絵画や語りは一級の芸術だからでもあります。そうした彼らの見聞は、半透明の《龍の卵》に描き込まれるため、卵自体が素晴らしい芸術品のようなものとなります(なお、卵の中の《龍》が内容を描かれた内容を理解すると、絵は消えます)。

 《龍の仔》は《蒼碧の巫女》ユーネリアが仕える《水龍》の後継者です。本来、《成龍》と《卵》が同時に存在することはあり得ないのですが、ある理由によって、この時代では共存しています。なお《龍》の仔は胎児とは言え、知性は極めて高く、人語を解しますし、《龍》の持つ様々な能力を取得しています。
 極めて穏やかな《水龍》の子供だけあって、この仔も穏やかな性格をしています。

 ◆お題となるシーン

「イアラたちの行く手を阻む人魚たち」とか「水の巫女・ユーネリアのことをイアラに語る人魚の長老」「壁画と卵を背に、挨拶するアルト」「竜の仔のために歌うイアラ」「月を背に、イアラの前に現れる魔王スパルリオ」などのように、物語の一部を絵にしてください。設定から想像した何かを描いても構いません。
 みなさんでストーリーを構築するコーナーですから、新しい設定や、新キャラクター、衣装などは大歓迎です。

◆月刊GAMEJAPAN 2007年7月号募集/『ファントムサウザント』第9回募集内容(締切7月3日)

  

◆第9回ストーリーテーマ設定画・魔法学校中等部のイアラと同級生の勇者ラウェスと《魔法商人》パパド
 第9話で、イアラが銀の魔王である《銀彗王》スパルリオに自らのあり方を問われる物語です。

お題イラスト:三好載克

 王女イアラが《橋上都市》エルンの《龍の座》にて歌ったとき、二天の一つ『月』を背負う魔王・《銀彗王》スパルリオがエルンの直上に現れます。
 あろうことか、魔王の出現に都市を包囲している、攻撃側のエスフェランス公国軍より歓声が上がります。
 軍を率いる公王バレリアスは旗下の軍に宣言しました。
「我が魔術は、神代からの恐怖の化身! 《銀彗王》すら下僕とした!! さぁ銀の魔王、我が覇道を阻む水都に死の懲罰を加えよッ!」
 魔王スパルリオは、バレリアスの指す見張り塔に、黒い直剣を向けます。すると、遠く離れた塔の石組みが、まるで意志を持ったように自壊をはじめました。

「やめなさいっ!」
 《橋上都市》を守る兵士たちが、その崩壊に巻き込まれるのを見たイアラは、魔王に躊躇いなく魔法を唱えます。烈風の刃が叩き付けられます……が。
「おや愚王の茶番に付き合ってみれば、このような出会いとは愉快愉快。姫様。お気は済まれましたか?」
 攻撃魔法は打ち消され、銀の魔王は優雅にイアラに“臣下の礼”を取ります。傍目には公王バレリアスに礼を取ったかに見せかけて。
 銀の魔王はこの都市の周囲に響き渡る声で、朗々と宣言します。演者の顔をして、美しい声で。
「この《銀彗王》。公王バレリアス様の命により、《橋上都市》の象徴たる《水の座》を滅ぼさん」

 そして魔王は、《水の座》の硝子張りの天井を切り払います。砕け散ったステンドグラスが降り注ぐ中、イアラは反射的に身体で妖精アルトと《龍の卵》を庇いました。
「これで妾も話がしやすいですわ。せっかく起こった人間どもの共食いを見物するのも一興と思いましたが、姫様がおられるなら話は違いますゆえ」
「貴女は……一体!? なぜ、わたしを?」
 イアラの問いに、銀の魔王は問いで返します。
「何故、不要な呪文を? 見れば魔力もないご様子。元より私欲にて殺し合っていた人間たち。もう一人二人死んだとて、どれほどの違いもありますまいに」
「なぜって……助けられる人がいるなら、助けたいもの!」

 イアラの答えに、魔王は心底愉快そうな顔をし、口を開きます。
「その身を危険にさらしても? なんて美しくて不自然な理屈。此処にいる誰が、貴女の命と等価な行いをしたというのかしら? 元より私欲にて殺し合っていたこの場の人間が、もう一人二人死んだとて、どれほどの違いもありますまいに」
 そして魔王は軽く魔力を発し、圧力をかけます。その魔力だけで、イアラは壁に叩き付けられ、美しい壁画が砕けていきます。イアラは残り少ない魔力を解放し、必死に卵とアルトをかばいました。
「そう、それですわ。なぜそのような無駄な行いを?」
「なぜ、って……」

 イアラの思考は過去に旅します。2年前。魔法学校の中等部(第1話に登場したのは高等部。だから制服も別)に通うイアラは、従兄妹の少年・ラウェスとグループ研究の班で一緒になりました。
 ラウェスは勇者である王弟セイレルの嫡男。イアラの義父・勇者レーヴィンが、以前ラウェスに稽古を付けた縁で二人は知人でした。
 二人は再会を喜びますが、王族の自負があるラウェスには、一般生徒に好んで交わるイアラの姿勢を理解できません。

 イアラが母の身分の低さがゆえに、城下暮らしをしていることを他の生徒から聞いたラウェスは、彼女の身を案じて申し出ます。
「聞けば、君は王族なのに学費のために働いているそうじゃないか。君は母君の身分は低いかもしれないが、歴とした国王陛下の娘で、本来、僕よりも主家筋なんだ。父上に働きかけて、第十二王女に相応しい扱いをするように聞いてみるよ」
 イアラは戸惑いつつも、返します。「心配してくれて、ありがとう。でも、いいよ」と。
「いいって……よくないよ。君の手……怪我しているじゃないか」
 ラウェスはイアラの手に火傷のあとを見つけ、手を取って言います。
「ラウェスだって、手、怪我してるよ」
「これは……剣の練習で付いた怪我だし、仕方ないよ」
 父に木刀で打たれ、剣を落とした痣を恥ずかしそうに見て、ラウェスは言葉を続けます。
「イアラ、王女として相応しい扱いを受けられたなら、何不自由なく暮らせるよ。君が好きな歌の勉強も、もっと本格的にできるようになるさ」

「ねぇ、ラウェス。人はお金があれば、好きなことだけしていられれば幸せなの? 働かなくても生きていけるなら、それが一番いいのかな」
 イアラは、少し考えてから、ラウェスの目をまっすぐ見ます。
視線を合わされてうろたえながら、少年は言葉を探しました。
「ええと……イアラ、そうは言わない。けど、でも人には役割がある。僕が王子で、勇者の子であるように、君は王女じゃないか。町の人みたいなことをしても、王女は町の人にはなれないよ」
 イアラは沈黙し、しばらく考えてから口を開きました。
「それは、そうかもしれないね。でもね“過去”がなくっちゃ、“今”もないと思う。わたしが例え何者になれたとしても、大切な今があったから、未来のわたしがあるんだと思うんだ」

 イアラは少し考えると、ラウェスに世界中の人々が集まるバザール、《故園演奏祭》での露天の手伝いを勧めます。
「わたしが働いている料理屋さんも出店するの。親方はわたしがクレープ焼くのうまくなったから、その出店で作らないかって。だから、売り子がほしいんだ。姉様やクラスの友達にも声をかけてみるつもりだけど」
「えぇっ! 売り子なんてしたことないよ」
「お祭りで、みんなが来てね! にぎやかで楽しいんだよ。やろうよ。ねっ」
 戸惑うラウェスでしたが、押し切られる形で了承します。

 そしてイアラはそのまま姉・エリューシスのいる特待生の教塔に向かいます。研究に煮詰まっている姉を連れ出すためです。
「外の空気を吸わないと、カビはえちゃうよ」と、戸惑う姉にエプロンを押しつけ、放課後の出店の準備やメニューの練習に誘います。練習にはイアラのクラスの友人たちもいました。戸惑うエリューシスやラウェスも、次第にコミュニティに入っていきます。
 当日、諸国より商隊が到着します。魔獣が出し物のサーカスや目新しい楽器の演奏会など「それぞれの故国を持ち寄る」お祭りの開始です。

 イアラたちの出店に、忙しくも楽しい時間が過ぎます。そこへ親方の知人、《南陽》地方から来た魔法商人パパドが、「小麦粉が足りなくなったヨ、少し分けてくれないかネ?」とやってきました。
 イアラは快諾し、パパドは喜んで帰ります。ラウェスが在庫の心配しますが、イアラは「持ちつ持たれつだよ」と返します。
 午後、売り物が足りなくなってきたとき、パパドが再びやってきて先ほどの礼を言い、沢山の小麦粉を持ってきました。

「届くはずの小麦粉、今届いたネ。でも、パパドの店、もう終わってしまったヨ。ダカラ、さっきの分、体で返しに来たネ」
 そう言うとパパドは呼び込みを始めました。祭が終わったとき、パパドがバナナの葉で包んだ郷土料理を差し出します。イアラも残った材料で簡単な家庭料理を作りました。食事をしながら、お互いの国の話をし、再会を約して解散しました。

 すべてが終わったあと、ラウェスはイアラに言います。

「これが……君の日常なんだね。ありがとう、誘ってくれて」
 ラウェスは毅然とイアラの目を見て話し始めます。
「君の言おうとしたことの意味をずっと考えていたんだ。君の手の火傷は、お客さんに料理を出すために練習したから。それは、君が自分でやりたいって考えて、努力して……お客さん、嬉しそうだった。それは、君が自分からつかみ取った“今日”なんだって」

 その言葉の真摯さにイアラは言葉を探しながら答えます。
「わたしね、今の生活で何も困ってないよ。優しい森の賢者さまや友達。町で歌を聞いてくれる人たちに、叱ってくれる親方。たまにしか会えないけど、心配してくれる姉様。そんな暖かい人たちと離れて、お城で贅沢をして。それってわたしなのかな、って」
「そうか……僕は今まで、勇者である父上に憧れて、剣を握ってきた。でも、今日、無数の人たちを見た。色々な国の人が、笑って、怒って、暮らしてる。物語や概念の中にしかなかった人たちが、それぞれ生活して、苦労して、幸せを感じていた。『人々の平凡な日常を守るために、戦っている』って言った、父上の言葉が、少しわかった気がする」
「そっか」
 二人は笑いあい、イアラが歌を歌います。夕日が落ち、月が昇り出すなか、イアラたちの歌が響きました。
 一瞬の追憶は覚め、イアラは魔王の問い――なぜ戦うのかに答えます。

「……ここが、多くの人が亡くなっていくところだからって、一人の命の重さが軽くなるわけじゃない。あなたが今消し去った命にも、大切な日常はあった。その価値は奪えない!」
 イアラの答えに、銀の魔王は「気高い魂ね。その魂を絶望に塗り上げ、闇に墜とせるのは、最高の愉悦だわ」と微笑みました。

 ◆設定:ラーナフェルト王立魔法学校

 魔法王国ラーナフェルトには、王立の魔法学校が存在します。入学するためには、規定の入学金を払うか、しかるべき保証人より才覚を保証され、推薦を受ける必要があります。

 初等部(小学校のようなもの。ただし6歳〜9歳(小4)までの4年間)については、入学金が安いため、貴族でない生徒もそれなりに見られます(ただし、基本的には貴族と平民は同じクラスにはなりません)。これは、魔法王ガザが「識字率の向上は、産業を振興させ、才覚ある者が世に出る手助けとなる」という観点から、特に重視している政策によるものです。
 また「才覚の保証」による入学については、入学金が発生しないため、望む者が多くいます。とはいえ、厳しい試験が必要となるため、該当者は多くありません(ただし、エリューシスが持つ星の痣のように、際だった異能の証が出た者については、無条件に入学できることもあります)。

 中等部(中学校に相当。ただし10歳(小5)〜15歳までの5年間)、高等部(高校に相当。ただし16歳〜19歳までの4年間)については、入学金が高いため、ほとんどの生徒が貴族と「才覚が保証された奨学生」となります。

 この物語の主人公である第十一王女エリューシスと、第十二王女イアラですが、エリューシスについては「才覚の保証」による特待生となっています。二人は王の娘ではありますが、表向きは魔法王ガザが身分の低い女性に産ませ、母は出産のさいに力尽きて亡くなったことにされています。
 ですから、イアラたちは財産らしき財産をもっていませんでした。養父レーヴィンも、その仁愛深い性格から、あまり貯蓄を行いませんでしたので、魔法学校に通うお金はなかったのです。

 しかし、魔族によるイアラ襲撃によるレーヴィン失踪があったさい、エリューシスは特待生となりました。そしてイアラは「頑張っている姉に負けないよう」、働いてお金を貯め、中等部を目指しました。
 そのさいに、彼女の頑張りを目の当たりにした町人たちが、お金を出し合い、イアラに貸してくれました。イアラはそのことを恩に感じており、優秀な姉に負けないように、働きながら学校に行っているのです(とはいえ、疲労で寝てしまったりすることも、多々あるのですが)。

 こうした魔法学校の生徒たちですが、魔法王ガザが特に力を入れたこともあり、優秀な生徒の実力は、名の知れた魔術師にもひけをとらないものと、一目置かれているのです。

◆登場人物たちの性格設定

 回想シーンに登場するイアラは、現在より2年前。14歳です。魔法学校の中等部に通い、成績はそこそこです(呪文の詠唱のみ、際だって上手なのですが)。性格面もあまり変わりません。
 16歳の時と同じくおおらかで、明るく、素直でお祭り好きな性格です。少しおっちょこちょいですが、他人のために苦労を惜しまない思いやりの深さから、周囲が守り立てています。

 勇者ラウェスはイアラと同じ14歳で、3か月だけ年長です。イアラと同じ魔法学校の中等部の普通科に通っています(このお話の後、努力して成績を上げ、特待生となります)。
 王弟セイレルの嫡男という身分から、イアラと違い、生まれながらに貴族の自覚を持っています。ただし、この世界の貴族は「貴族の責務」を強く自覚しています。

 貴族の責務とは「貴族とは平民に勝り、そしてその者たちを保護する存在である。精神性も振る舞いもそうしたものが求められる」という考えのことです。積み重なった想いが、現実世界を動かす魔力の源・《想力/テイルズ》に変わるこの世界では、平凡な貴族というものは、そう多くはいません。
 大衆の意志を尊重し、領民を守護する貴族か、大衆を恐怖で支配し、意のままに操る暴君のどちらかでなければ、民衆の支持による《想力/テイルズ》を得にくいからです。

 ラウェスは領民を守護する、勇者の血脈に生まれた少年であり、勇者である立派な父親を目標とする少年です。とはいえ、領地である《橋上都市》エルンの城内が彼の世界であり、護るべき領民の世界をよく知りませんでした。ラウェスはそのことを自覚しており、ひそかに不安を抱いています。
 イアラとの再会は、ラウェスが自分に欠けていたものが何かを、悟るきっかけとなります。そして、この祭りをきっかけとして、ラウェスはイアラにお礼の意味で、勇者の剣術を教えることになります(だから、イアラはある程度自信をもって冒険に出ることができたのです)。
 基本的には人がよく、優しい性格であり、育ちのよさ故に世間智に欠けたところがあります。しかし本質的には明敏な洞察力を持っており、嘘と詭弁は敏感に察知します。

 魔法商人パパドは、イアラが働く店の店主の取引先でもある《南陽》地方(インド風の雰囲気の場所)の商人です。魔法により強化された五感を駆使して、スパイスの《黄金配合》を決める舌をもっています。
 性格はとてもフレンドリーで、細かいことは気にしません。「商売は仲間になること」をモットーに、実験的な料理の販売に取り組んでいます(調理技術はいいのですが、味は好みがわかれます)。

 ◆お題となるシーン

「公王バレリアスの命を受け、破壊をはじめる魔王スパルリオ」とか「エリューシスを強引に連れ出すイアラ」「クラスメイトと練習に励むイアラたち」「イアラに礼を言うラウェス」「魔王の問いに答えるイアラ」などのように、物語の一部を絵にしてください。設定から想像した何かを描いても構いません。
 みなさんでストーリーを構築するコーナーですから、新しい設定や、新キャラクター、衣装などは大歓迎です。

◆月刊GAMEJAPAN 2007年8月号募集/『ファントムサウザント』第10回募集内容(締切8月3日)

  

◆第10回ストーリーテーマ設定画・禁呪の刻印を纏うエリューシスと勇者の装具を身につけたラウェスと《水の座》
 第10話は、イアラたち銀の魔王である《銀彗王》スパルリオと対決する物語です。

お題イラスト:三好載克

王女イアラは銀の魔王の問い「なぜ、命を賭して他者を守るのか」に答えました。
「例え何人の命が失われる場所だからって、一人一人の命が軽くなるわけじゃない。一人の命が感じていた日常の幸せ、それを奪っていい理由にはならない」と。
 それは孤児同然の身でありながら、双子の姉と助け合い、多くの善意に育まれて生きてきたイアラにとって、決して譲れない誓いでした。

 《銀彗王》スパルリオはその答えに満足そうに微笑み、そして「我が寵愛に値する《月触姫》よ。では妾という絶望に立ち向かいなさい。高貴なる深紅の雫を大地に吸わせながらも、決して諦めることなく、抗うすべの全てをつくすがよい」と視線を向けます。魔王の視線が《魔眼》であることを察したイアラは、咄嗟に飛び退きました。
「あら、勘もいいのね。《月触姫》」
「《月触姫》って、どういう意味!?」
「姫様は、哀れ生を受けた意味も知らないのね。安心なさい。その魂を絶望に染め上げてから、ゆっくりと教えて差し上げますから」

「アルト……《風霊王の翼》は描ける? ここにはまだ、さっきわたしが放った《烈風》の精霊力が残留しているから、それを足せば……!」
 イアラは、今できること、やるべきことを全てしようと決意し、妖精に問いました。人間サイズの魔法の筆を持つ、小さな妖精は黙ってイアラの背に輝く翼を描いてくれます。そしてイアラは翼の力を借りて疾走します。光の翼は残光となり、複数のイアラの姿を出現させました。魔王は黒き直剣を構えます。
「見慣れぬ呪文!? でも全ての分身を消せばいいのではなくて?」
「『我、黒金の鍵にて、四大満ちる地への扉を開かん! 汝、移ろいしものよ、契約者たる我に応じ、その姿を現せ!!』」
 《水の精霊王》はイアラの召喚に応じて、《幻身》を解き、人形の姿に戻ります。が、その表情には苦悩がありました。
『イアラ……我が魔力を持ってしても、あの魔王を貫く刃にはならぬ。それ以前に、今のそなたには我を使いこなす魔力はもう……』
「わかっています。でも、銀の魔王は戯れにこの都を消すことでしょう。その本性を、都の人たちに『見せ』る前に、防がないと!」

 銀の魔王は、可能な限り“容赦して”直剣をなぎ払いました。
 それでも、その斬撃からは大気流が巻き起こります。イアラの姿をした分身の全てが、黒き烈風に巻き込まれました。
『イアラっ!』
 イアラと旅を共にしたテュルクとミラノが悲鳴に似た声を出します……が、アルトは冷静でした。
「つかんだのね……たったひとつの機会を!」
 イアラは突如、魔王の背後に出現します。それが《風霊王の翼》の持つ力――“描いた者が決めた場所に、対象者を飛ばす”効果。全ての分身を失いつつも、無傷のイアラが最後の呪文を開放します。
「それは……《原初なる大海の腕》!」
「そうよ! 直接魔法を唱えても、貴女には防がれる。でも……」
 イアラの呪文は、大津波に匹敵する剛力を持つ見えざる手を作りだし、銀の魔王を捕らえます。
「これが切札? 児戯をっ!」
 しかし天を支える一つと呼ばれる《銀彗王》は、それ以上の力で呪文を引き裂きます。それでも、イアラには充分でした。アルトがくれた、ほんの二秒。それで充分だったのです。

「奈落に還れ、銀彗王ッ!」

 イアラは《水の座》の尖塔に、魔王を叩き付けました。数百年の昔に建立され、無数の人々の素朴な信仰を受け続けた教会の尖塔。それは、伝説の勇者が持つ伝承武具に劣らぬ、聖なる槍そのものでした。
 太陽の色に輝く塔は、月の色に輝く魔王の身体を貫きました。凄まじき呪いが魔王よりはき出され、それらが周囲の建築物を腐食して消します。それでも、突き刺さる太陽は消えませんでした。
 伝説を切り取ったようなその光景は、多くの人々を釘付けにします。都を護ろうとする者と、攻めようとしていた者、その双方の心を。
 魔王に一撃を加えた少女。人々の驚愕に答えたのは、少年少女でした。
「あれはっ! ラーナフェルト王国第十二王女、イアラ様だよっ!」
 それはイアラの級友たち。級友たちは自分たちを巻き込むまいと姿を消したイアラを追い求め、この水都にたどり着いたのです。
 太陽に染まる尖塔を見て、敵味方を越えた全ての人が《聖霊》に祈ります。魔王がまだ死んでいないこと。そして、魔王は魔術師の支配に屈するような存在ではないことを、魂の底から察知したからです。

「フフ……最初の弱い風すら、『読み』の内だったのね? そんなに少ない 魔力で、弱い魔法を組み合わせて、この結果を残すとは……期待以上ですわ」
 聖なる槍に左胸を貫かれたにも関わらず、魔王は平然と笑っていました。そして当然のように尖塔から身体を抜こうとします。
 人々が慄然とした時に、イアラはもう疾走していました。その手に魔法剣を握りしめて。魔力が枯渇したイアラにできることは、魔法の翼が消える前にその剣で一撃を加えること。ただそれだけだったのです。

「けなげな娘。貴女は息絶えても、自らの言葉を貫こうとするのでしょうね」
「魔王! 貴女は全ての争いを見届けたあと、生き残った側の者に絶望を与えるのが、一番愉しい。そう思っている。だから……止めるッ!」
「言葉が足りないわ。『その光景を貴女に献上しよう』と思っていましたわ」

 イアラは両手で《クロム・ゲート》を握り直し、急降下しました。翼の呪文の速度に落下速度を加えるために。剣の柄は腹に添えました。切っ先が当たったその時に、自分の握力では剣を握り続けられないから。
 その時、魔王は聖なる槍の戒めから脱出していました。人々が固唾を飲んで見守ったその時、蒼き流星が流れ、イアラを抱き留めます。

「師匠より先に、弟子に死なれちゃ立つ瀬がないかな。イアラ」
 現れたのは「澄み切った空と太陽の色に輝く」伝承武具を身に纏ったラウェスでした。イアラの従兄妹であり、剣の師でもある勇者の青年は、そっと彼女を地面に下ろし、抱きしめました。安心させるために。

「もう、僕がいる。誰かが死ななくても、守れるように勇者はいるんだ」

その光景に《橋上都市》エルンの随所から歓声が上がります。 ラウェスはこの都市の領主にして、勇者として名高い王弟セイレルの嫡男。生まれながらに勇者としての使命を継いだ少年なのです。
「ラウェス……そっか、ラウェスがいたんだ。この町には……」
「父上に言われてこの町に着任したら、エスフェランス軍が攻めてきたから布告を出す時間もなかった。君も突然いなくなったから、心配していた」
 イアラは揺るぎない意志で、魔王を見据える少年の横顔を見ます。

 2年前に、自らの進むべき道について悩んでいた少年がいました。
 1年前に、自らの未熟さを顧みて、努力を重ねた少年がいました。
 今、目の前にいるのは、勇者としての自覚をまとった青年でした。

「“西雨を切り裂く剣”が家の嫡男が勇者とは、またも愉快な出会い。 ……人々を護る宿命の血筋。千年の昔に、妾を傷つけた人間の希望。勇者家の師弟とは、役者はそろいましたわね」 
 魔王は急速に胸の傷を塞ぎながら、勇者の青年に宣言します。

「いや……まだ揃ってはいないな」
 そこに現れたのは、イアラの双子の姉・エリューシスでした。
 エリューシスは封魔の鎧《ルーン・ペアレス》に蓄えた魔力を開放し、銀の魔王にそう宣言します。その全身には、身体を蝕みきった禁呪の魔力を示すように、魔術刻印が現れていました。

 ◆お題となるシーン

「分身し、銀の魔王の目を欺くイアラ」とか「銀の魔王を尖塔に叩き付けるイアラ」「イアラを抱き留め、諭すラウェス」「魔術刻印を現しながら、魔王に宣言するエリューシス」などのように、物語の一部を絵にしてください。設定から想像した何かを描いても構いません。
 みなさんでストーリーを構築するコーナーですから、新しい設定や、新キャラクター、衣装などは大歓迎です。

◆月刊GAMEJAPAN 2007年9月号募集/『ファントムサウザント』第11回募集内容(締切9月11日)

  

◆第11回ストーリーテーマ設定画・《錆びし黄金》の魔王ラクスフェルと、ロック鳥ゴゥド
 第11話は、《銀彗王》スパルリオとの対決と、新たな魔王の出現を描く物語です。

お題イラスト:三好載克

 王女イアラの窮地に現れた、双子の姉姫・エリューシス。彼女は装具《封魔の鎧/ルーンペアレス》の封印を解除し、装具を外します。装具によって封じられ、貯め込まれた魔力が紫電となってが放たれました。
「フ……《日触姫》か。そなたなどに用はない。失せるがよい」
「用は……私にある。光の秘儀にて封印されるがいい、魔王」
 《銀彗王》スパルリオはいささかの動揺を見せませんでした。むしろ諭すような表情をして、エリューシスに向き直ります。

「姉様! その刻印は……!?」
 イアラは姉の全身に、浮かぶ魔術刻印に気づき、そして悟ります。禁呪が姉の心身深くまで蝕んでいることを。

「私が封じた闇どもが“もうすぐだ”と騒ぐ。闇の蓋が開くと。だが今なら、まだ間に合う」
「だめ! その術は姉様の命を削っています。わたしも、ラウェスもいるから!!」
「イアラ。私が《深緑の賢者》ヴォルドから奪い、受け継いだ使命は禍き闇の封印。だがそれは賢者様の命を奪う結果となった。我が咎は、亡き賢者様の使命を果たすことでしか償えないのだ!!」
「賢者様は姉様を娘とも思っておられた。姉様との間に何があっても、賢者様は姉様が死ぬことなんて望まないっ!」

 諭すイアラに、エリューシスは微笑みます。どこか悲しげに。
「お前は先ほど、名も知れぬこの都の者のため、命を賭して戦った。私とお前は、似ていないようで、でも双子なのだと思う。でも、私はそんなお前に、生きて、長生きをし……幸せになってもらいたいっ!」

 エリューシスには、どちらにせよ自分の命がもう長くはないという自覚がありました。《深緑の賢者》より継いだ闇の使命は「禍き術に手を染めた術者を倒し、術を封じること」。
 それは才能があっても、まだ未熟な彼女に勝ちすぎる荷だったのです。
 涙がこぼれたエリューシスに、ラウェスは歩み寄ると、その手を取りました。
 そして姉の手を妹の手に重ねます。

「二人とも、聞いて。命を捨てて誰かを守る。立派に見えることだけど、それは間違いなんだ。命を捨てるんじゃなくて、一緒に生きること。手を取り合って、力を合わせること。その方法を考えたほうが、より多くの人が幸せになれる。命を大切にしない者は、命の価値がわからない。残された人の気持ちも、ね。イアラ、君は昔、僕に言った。『わたしは切磋琢磨が好き』って。僕もそう思う。お互いが大切な人なら、互いに助け合って……生きるんだ!」

 そしてラウェスは勇者の宝剣《心高めしもの/ウィルブリング》を抜き放ち、エリューシスを──彼女の中に巣くう闇の悪意を──斬りました。呆然として、微動すらできなかった彼女は、次の瞬間、呪いの重圧が軽減されていることに気づきました。
「勇者の剣は『誰かを守る』剣、敵でない者を傷つけない。完全に、とは言わないけど、その禍き呪いを、斬った」

 そのかたわらで巨大な魔力が動きました。《銀彗王》スパルリオが胸に刺さる《水の座》の尖塔を引き抜き、投げ捨てたのです。
「妾は……勇者は決して侮らぬ。それが年若き者であっても」

 魔王は黒き直剣《残月/エクリプス》に、己が魔力を付与。それに応じるように、若き勇者も《心高めしもの/ウィルブリング》を構え、秘めた力を開放します。
 勇者の力の源──それは《折れぬ血潮/テスタロッサハート》。古の昔、魔の存在が天を覆った時、絶望した創造主に、希望を説いた聖女の記憶。巨人王が死に瀕した聖女に与えし奇跡の血。
 その血の加護は、勇者に巨人の力を与え、息吹にその気を宿らせました。巨人族が内包する力と同じだけの気力が、イアラより少し背が高いだけの少年に満ちていきます。その圧倒的な力の密度は、例え魔王と言えども侮るべきものではありませんでした。

 そして跳躍。身にまとう勇者の宝具《蒼き星色の鎧/アースブラッド》の輝きが、流星となり魔王に迫ります。勇者の秘剣と、魔王の絶剣が四海を揺るがす響きを放ち、四海を揺るがすその響きに、双子の王女の呪文詠唱が重なりました。
 そう――二人が立ち直ったのは、同時。

 イアラの呪文は最低レベルに属する《詠唱増幅/コレクトソング》。一瞬の休息で回復できる精神領域に属する呪文でした。呪文には大した効果はありません。エリューシスの詠唱が滑らかに、正確になっただけ。
 しかし、この数秒は決定的な差を生みます。
 前衛に立ったラウェスが魔王の放つ絶剣《月鋭衝/クレセントムーン》を受け、はじき飛ばされたその時に、光の禁呪《絶光閃封/シャインエクシード》が解き放たれたのです。空に輝く陽光が弱まる、と同時に、その輝きが魔王に絞られました。圧倒的な明光が、月の魔王を引き裂きます。

「忌まわしき光。だが、《日触姫》、貴女の力量では、我を消せぬ」

 魔王は更なる痛手を承知で突き進みます。狙ったのはイアラ。
「くっ……させないっ!」

 エリューシスはイアラを魔王の動線から突き飛ばします。

「……魔力なき妹を守るか。そうよな」

 得たり、と魔王は笑みました。魔王の狙いは当初から、姉姫。その行動は予想内でした。
「そなたに用はないと、言ったはず」

 黒剣はエリューシスの腹部を貫き、返す刃で肩まで斬り上げます。
「これが、そこな勇者の口車に乗った結果よ。これで『誰かを守る剣』とは片腹痛きことよな」

 イアラは答えませんでした。魔王の絶剣を受けたラウェスも城壁を砕いて止まります。
 これまで、人に微笑んで、元気に振る舞っていたイアラの瞳が、激怒の色に染まります。周囲に満ちる空気が“変わり”ました。
「『我、黒金の鍵にて、四大全てが満ちる地への扉を開かん!』」

 イアラは《精霊界》の門を開きます。「四大元素全て」に通じる《門》を。
「……魔力もないのに、そのような大魔術……むっ!?」

 そして大魔術は成立します。底知れぬ魔力と共に。
「ここは《水の座》! まさか貴女……新たな水の巫女にッ!!」

 事態を認識した魔王に、イアラの知る最大呪文が放たれます。
「《元素爆砕/エレメンタルハザード》!」

 万物を形成する四大元素が攻撃意志を持ち、体内で暴れ狂う大魔術。絶大な抗魔力を持つ魔王でも、防御困難な術でした。
 勇者の秘剣、光の禁呪、そして大魔術。その全てが、銀の魔王を揺さぶります。
 が。月の輝きを放つ、闇の装具を半ば失いつつも、なお魔王は健在でした。

「……つくづく恐ろしきは運命の子。だが、わからぬか。そなたの抵抗が姉の命を、そして今、母の命を奪おうとしているということが」
「かあさま……の!?」
「その魔力、覚えがなくて? 今の魔力は、母が集めし力。世界の為に禁を破り、その身を定めに捧げた巫女の命そのものよ」
「そんな……」
 イアラはついに、膝を付きます。それでも暖かく、懐かしい魔力は傷ついた双子姫ををいたわるように、輝いていました。

「さぁ、すべてが無益と理解したでしょう。貴女が抗うことは、大切な者の命を奪う行い。理解したなら、妾と共にくるがよい」

 イアラは差し出された、魔王の手を呆然と見つめました。

「目先の結果から、全ての運命が決まっていたかのように見せかけ、語るのは詭弁だよ。一つの結果には、実現されなかった無数の未来があるのだから。まだ……何も終わっていないんだ。僕の命も。エリューシスの命も」
「……ら、うぇす」

 宝具《烈風の楯/テンペストベイル》を半壊させられつつも、勇者は立ちます。

「貴様こそ詭弁を。絶望的な力の差。何とする。もはや切り札はなかろう!」

「切り札……か。人の切り札は、手を繋ぐ力だ。人のため動く誰かを見て、自分も動く絆の力。それが……絆なき魔族の持たぬ力だ!!」
「そうよ、イアラ」

 倒れたままで、エリューシスが微笑みます。
 この戦いを見守っていた、多くの人々も同意を示していきました。

「笑止。ここが絶望の出発点よ」

 魔王が絶剣の構えを取った時、空に飛影が走りました。それは鎧を纏ったロック鳥。

「その希望の輪、わしもまぜい!」
 魔王が再び絶剣の構えを取った時、天が黒い影と烈風に覆われます。鎧を纏った巨大なロック鳥が、疾風よりなお速く、飛来したのです。ロック鳥のかぎ爪に掴まれ飛来したドワーフは、長大なマスケット銃を構えつつ、吠えました。

「魔王! 貴様を今打ち据えてやりたいところだが、この銃は《天を打ち上げるもの/スターレスセプター》。撃ち下ろすと星が壊れる。ゴゥド!」

 名を呼ばれたロック鳥は、かぎ爪を広げ、ドワーフを放しました。数十メートルの高さから落とされつつ、そのドワーフは揺るぎなく着地します。

「これで貴様が例え、天を駆け上がり月に逃れても、我が《王の戦斧/ドワーヴンワークス》を削りし弾丸は、必ずや貴様を貫く!」
「貴様は……《凱旋王》バルグムント!」
 ドワーフは口角を上ると、返事代わりに発砲、轟音と閃光が放たれました。魔王が展開した結界を弾丸は易々と貫き、鎧を着た右足を引き裂きます。

「おのれ! なら見せてやろう。《銀彗王》が秘めたる力を!!」

 深手を負いつつ、魔王は更なる魔力を開放します。……が。

「そこまでだ。スパルリオ」

 左半身に金色の鎧を纏った男が、裂けた空間から現れました。
「万が一、貴殿が滅びては歯車が狂う。我は《錆びし黄金》の魔王ラクスフェル、太陽の魔王にして、永遠を侵食するもの。また会おう《月触姫》」

 ドワーフ王が次弾を発砲する前に、黄金の魔王は異界へ消失します。
 『二天』の魔王たちが去り、あとには厳しい現実が残されました。

◆お題となるシーン

「イアラに生きて欲しいと訴えるエリューシス」とか「双子の王女の手を取り、諭すラウェス」「光の禁呪を放つエリューシス」「ぶつかり合う魔王の絶剣と勇者の秘剣」「覚醒し、最大呪文を唱えるイアラ」「ロック鳥から降り立ち、銃を発砲するバルグムント」などのように、物語の一部を絵にしてください。設定から想像した何かを描いても構いません。
 みなさんでストーリーを構築するコーナーですから、新しい設定や、新キャラクター、衣装などは大歓迎です。

 

◆月刊GAMEJAPAN 2007年10月号募集/『ファントムサウザント』第12回募集内容(締切10月4日)

  

◆第12回ストーリーテーマ設定画・《岩窟教授》のギッシェンと《堕天都市》ヴィエル
 第12話は、イアラたちが母のいる《蒼碧湖》を目指す物語です。

お題イラスト:三好載克

 魔王が去ったその時、イアラは倒れたエリューシスに駆け寄ります。姉姫の傷は誰の目にも致命傷でした。腹部から肩に切り上げられた剣傷だけでなく、魔王が持つ黒剣・《残月/エクリプス》による呪いまでが彼女を蝕んでいたのです。
 エリューシスはもう喋ることもできませんでしたが、穏やかな瞳を妹に向けていました。イアラはただ、姉の名前を呼び、涙しました。ラウェスも自身の未熟さを責め、拳を打ち付けます。

「みなさん、なかないで。いま、うまれますから」

 とても美しい声が、龍の卵から響きました。そして星の姿をした卵は割れ、龍の仔が生まれました。卵の中に詰まっていた透き通った液体が流れだし、倒れたエリューシスを濡らします。すると、魔王の呪いが瞬く間に解かれていきました。

「!? 痛みが……引いていく」
「あなたは、ボクにふたついいことをしてくださいました。そとのしあわせなことをうたってくれたこと。そして、いのちをかけてたまごをまもってくれたこと。だから、ボクはいのちをかえします」

 イアラにそう言い、龍の仔はとことこ歩くと、エリューシスの傷口に手を当てました。大きく開かれた傷口が塞がっていき、同時に仔の身体に深い切り傷がうまれていきます。

「すいりゅうさまっ! だいじょうぶ!?」

 妖精のアルトが慌てて、龍の仔に声をかけます。

「りゅうはにんげんよりも、ずっとつよいから、へいき」

 そして龍の仔は、自らの傷口から流れ出した赤い血を、エリューシスの傷口に流し込みました。不思議なことに、その血が当たったところは、装具や服の傷まで塞がっていきます。

「これですこしつよくなる。そして、もうひとつのおんがえし」

 龍の仔は口から火を吐くと、イアラの身にまとう《封魔の鎧/ルーンペアレス》に吹き付け、そして魔法剣《四界の鍵/クロムゲート》を見ます。

「そのかぎがあれば、いちどだけりゅうのといきをよびだせる」

 イアラはとてつもない力が鎧に満ちたことを感じます。
そして、エリューシスがぎこちない動きながら、起きあがりました。

「姉様! 傷は?」
「もう……大丈夫。ありがとう、水龍様」
「よかった……本当に」

 イアラたちが、無事を喜び合ったとき、事態を見守っていたバルグムントが城壁の外を一喝します。

「水都を版図にせんとする、エスフェランス公王バレリアスよ! 貴公が切札たる魔王は去った。この上、如何にして勝機を得ようとするかッ!」

 バレリアス配下の兵士たちは、魔王とイアラたちの壮絶な戦いと、《水龍/ウォータードラゴン》が起こした奇跡を目の当たりにして、戦意を失っていました。しかし当のバレリアスは別でした。

「魔法王ガザ陛下は、最強の魔術師を実力にて証明せよと命じた。それは勅命。余は証明せねばならぬ。勝機が少なかろうとも」

「では……このわしと競うがよい!」

 城壁から飛び降りたドワーフは、エスフェランス軍の真ん中に着地します。兵士が道を開き、魔術戦が幕を開けます。

 双方の強大な魔力が衝突し、凱旋王の放った《気弾/ソウルインパクト》が、公王の放つ《稲妻/ライトニングボルト》を貫きます。それで勝負は付きました。巨大な電光に《真銀の鎧/ミスリルプレート》を傷つけられ、全身から血を流しつつも、バルグムントの力が勝ったのです。

「四海全ての者どもよ、決着は付いた! この上は、両軍ともこの《凱旋王》バルグムントが調停を受け入れよ」

 こうして和平は成立します。そしてバルグムントはラウェスに対し「そなたの父君がここにくるまでは、わしがエルンに軍政を行う。あの双子姫を守るがよかろう」と提案します。

 ラウェスは深々と頭を下げました。エルンの領主としての自分と、従兄妹たちを心配する個人としての自分、極めて困難な決断を、このドワーフは解決しようというのです。

「わしは、ユーネリアより頼まれたことを果たさねばならぬ。……心残りがありすぎるものは、いい仕事をせんからな」

 その頃、傷つき、疲れ果てた双子姫は、来賓用の一室で眠りについていました。イアラが目を覚ましたとき、もう日が暮れており、部屋には満天の星々の輝きが差し込んでいます。
 イアラは眠り続けるエリューシスを見て「姉様とこうしているのも、何年ぶりかな」と思います。《魔法王の布告》がなければ、イアラは今でも森の家、エリューシスは魔法学校の寮にいたことでしょうから。
 イアラの気配を感じて、エリューシスも目覚めました。

「あ……イアラ。私は……」

 妹の顔を見て、今までのことを一斉に思い出した姉は、ぽろぽろと泣き出しました。

「姉様……大変だったね。辛かったね。でも、わたし、もう力になれるよ」

 そう言いながら、イアラはエリューシスを優しく抱き留めました。その瞳に涙を溜めながら。
 翌朝、イアラたちは、バルグムントよりロック島・ゴゥドを借り、《堕天都市》を目指します。ゴゥドは疾風より速く天を駆け、徒歩で2日の行程を瞬く間に飛び越えました。
 眼前に岸壁を背にし、奇妙な形の塔を背にした城下町が見えてきます。そして岸壁のさらに上の山頂に、青く輝く湖が見えました。

「これが《堕天都市》。あれが母様がいる《蒼碧湖》なのね」

 驚きと思考が混じったイアラの声に、ラウェスが応えます。

「そうだよイアラ。《堕天都市》ヴィエルは古に、天より落ちし船が地に突き刺さり、生まれた町。そして僕たちが作り出すことのできない《遺失文明/ロストワークス》を掘る者たちの町さ」

「そうなんだ〜って、あれ!?」
「……この気配は!?」

 イアラとエリューシスが同時に天を見上げました。蒼天を切り裂き、輝く流星が《堕天都市》に落ちたのです。落ちた流星は都市の岩肌を削り、轟音を立てて炸裂します。

「空から、何かが降ってきた!?」
『母さまっ!』

「大丈夫、湖に落ちたわけじゃない。とはいえ、あの流星の衝撃で坑道が断ち切られたら《湖底教会/クリスタルチャーチ》にたどり着けるかどうか……調べてみないと。……!?」

 ラウェスが厳しい表情をしながら、宝剣《心高めしもの/ウィルブリング》を引き抜きました。剣が敵意あるものを伝えるべく、反応したのです。

「星を取り巻く《大気結界/エーテル》を破り、星界から魔物が侵入した!?」

 隕石に取り付いていた魔物は、全身から煙をくすぶらせつつも、植物のようなその身体を動かし始めます。目らしきものは見あたりませんが、触角で周囲を伺い、触手を地面に差し込み始めます。途端に奇妙なガスが湧き出て、人々が倒れていきました。

「ゴゥド、あの魔物に突っ込んで!」

 イアラの願いに応え、ゴゥドは速度を早めます。そしてイアラは牽制のため、《風刃/ウィンドブレード》を放ちます。しかし、魔物の表面は強靱で、刃は傷を与えません。

「呪文が完全な効果を発しない相手か……なら!」

 エリューシスは印を結ぶと《大地激動/アースクエイク》を唱えました。術は岩盤を跳ね上げ、地面に穿たれていた魔物の触手ごと空に跳ね上げます。

 そしてラウェスが《烈風の楯/テンペストベイル》の力を放ちます。本来、飛び道具を 防ぐ風が、魔物の落下速度を抑えました。そして疾風のように走りながら、ラウェスは勇者の持つ力・《折れぬ血潮/テスタロッサハート》を開放し、それにより得た巨人の業力で魔物の腹を切り裂き、飛び退きます。
 その瞬間、イアラは亀裂に《激風の刃/バイオレントブレード》を放ち、広げます。そしてエリューシスは魔物の体内を中心に《爆炎/コンプレッションフレア》を放ちました。
 圧縮された炎に内部から焼かれ、魔物は動きを止めました。
 不安に駆られ、遠巻きに見ていた人々は《凱旋王》バルグムントの剛き相方・ゴゥドの姿を見て少し安心した表情になります。しかし隕石は深く岩壁を穿ち、あちこちで断ち切られた坑道からは負傷者たちが続々と運び出されてきました。

 そんな喧噪とはまるで無縁な様子で、坑道から老人が悠然と現れました。
 鉱夫たちは、その男を見ると「ギッシェンさま! こんな昼間っから……!」と驚いて道を譲ります。それを意に介さず、老人は坑道の出口でこうもり傘を開き、イアラたちに歩み寄ると、言いました。

「まったく、わしの地下書斎が滅茶苦茶だそ。ぬしら、わしの百年かけた研究に対し、なんということをしてくれるのだ!」

◆お題となるシーン
「瀕死のエリューシスに起こった奇跡」とか「水龍の贈り物」「凱旋王バルグムントと公王バレリアスの魔力戦」「ゴゥドの背中に乗るイアラたち」「隕石の魔物と戦うイアラたち」「騒然とする坑道内から、悠然と現れたギッシェン」などのように、物語の一部を絵にしてください。
設定から想像した何かを描いても構いません。
 みなさんでストーリーを構築するコーナーですから、新しい設定や、新キャラクター、衣装などは大歓迎です。

◆設定・《堕天都市》ヴィエル
 130年前に天から堕ちた巨大な《箱船》が岩壁に突き刺さったのが、《堕天都市》ヴィエルの始まりです。
 この星の外にある《星界》から来たと思われるこの船は、あちこちが損傷していたものの、進んだ文明の宝庫でした。あまりにもオーバーテクノロジーの産物であることから、発掘のために街を作った研究者たちが百年以上研究してもなお、船を裏付ける文明の実態をほとんど把握できていません。
 とはいえ、幸運にも《箱船》の動力が、この星にあまねく力・《想力/テイルズ》とほぼ同質のものであったことから、《箱船》の技術を魔法的に応用しようという試みが、行われています。

 その一つが《箱船》で製作方法が発見された、超金属《真銀/ミスリル》です。《真銀》は銀によく似た性質を持ちますが、《精霊/エレメンタル》を呼び寄せる力を持つことから、それで作られた品々は次第に魂を宿していきます。つまり、擬似的な《魔法生物》になっていくということです。
 従って《真銀》の品は、傷ついてもある程度は自己修復を行いますし、鎧などではある程度サイズを合わせることもできます。高度な品の場合では、所持者の呼びかけに応じて召喚されたりすることもあるのです。

 ただし、魂を宿す以上、それが人々にとって敵対的なものとならないように、《錬金術師/アルケミスト》たちによって《育成》されなくては、使い物になりません。もし、強靱な素材と魔力を持つ《真銀》の品が反逆を起こしたなら、生半可なことでは太刀打ちできないのです。
 例えば《錬金術師》の心の闇を投影した、《真銀》の《魔剣ゼネジグズ》は、製作者の命を奪いました。この魔剣は他の剣との融合により力を増すべく、使用者を魔人に代え、今でも各地で剣士を襲っているのです。
 イアラとエリューシスの持つ、魔法剣《四界の鍵/クロムゲート》や《封魔の鎧/ルーンペアレス》、ラウェスやバルグムントの装具も《真銀》製品です。
 ただし、上記の問題により、量産にはまったく適さず、さらに手がかかることから、一般にはほとんど普及していません。

 なお、《真銀》の品々の中で、近年になって注目されているのが《精霊機関/スチームエレメント》です。これは、《真銀》の器を《精霊の家》として、住んでもらうことで、継続的に魔力を発生させる魔法装置です。
 《精霊機関/スチームエレメント》と接続した品々は、擬似的な魔法の品となります。例えば家に置けば、ロウソクをつけたり、消したりできるようになる、など、アバウトな使い方にも対応できるのです(母体がある程度の自意識を持つ《精霊》ですから)。
 これにより《堕天都市》ヴィエルでは、鉱山や遺失物発掘のためなど、幅広く《精霊機関/スチームエレメント》が使われています。

 なお元々《北天國》の王であった《凱旋王》バルグムントは、18年前、魔法王ガザの招きに応じ、四賢者・《鳳焔の工匠》として《堕天都市》に入りました。最高の《錬金術師》の一人であり、無類の戦上手もあるこのドワーフ王は、世界の行く末を案じ「巫女ユーネリアのいるべき座を作るために」、国ごとラーナフェルト王国の傘下に下ったのです。こうした経緯もあり、《堕天都市》ヴィエルは、《中央大陸》でも最高の工房都市であると言われています。

◆設定・《岩窟教授》ギッシェン

 ギッシェンは《精霊機関/スチームエレメント》の発明者でもある、《錬金術師》です。
 《堕天都市》の始まりとなった、《箱船》の落下により家族を失った彼は、鎮魂のためにこの都市の解明を始めました。「《箱船》がいかなる悪影響を人に与え得るのか」「《箱船》から人の役にたつ何かが生まれることはないのか」という思いからです。
 都市の落下時点で60を越えていた彼にとって、その研究をやり遂げるためには「寿命を延ばす」以外の方法はありませんでした。ギッシェンは禁忌となっている黒魔術を行使し、自身を《不死者/ヴァンパイア》に作り替えます。彼は《不死者》が生き血を求めることを嫌いました。だから《箱船》のプラント構造を解明し、生き血に近いエキスを研究で作り上げたのです。

 本来の《不死者》は、年齢までも若返るものですが、プラントエキスに頼るギッシェンは、限定された力しか持ち得ず、老人のままでした。しかし、彼の目的は研究であり、意にも介しませんでした。
 《錬金術師》として、高い能力を持つ彼は《魔法のコウモリ傘》を作り出しました。彼は傘を差すことで、《不死者》にも関わらず日中から出歩けるのです。

 《精霊機関/スチームエレメント》など、多くの発明を持つ彼は、忌まわしい存在であるにも関わらず《堕天都市》ヴィエルの人々に一目置かれています。それだけに、ギッシェンが恐れているのは、《蒼碧の巫女》ユーネリアが護る《ファントムサウザント》の蓋が開くことです。本質的に闇の存在である彼は、闇の力が強まることで、忌まわしい不死者の性質にあらがえなくなってしまうのです。
 遙か昔に失った、自身の母に似た姿を持つ《蒼碧の巫女》ユーネリアに対し、ギッシェンは半ば信仰に似た畏敬の念を持っています。

 

 

◆月刊GAMEJAPAN 2007年11月号募集/『ファントムサウザント』第13回募集内容(締切11月4日)

  

◆第13回ストーリーテーマ設定画・『月』の《守護聖霊》のクレシアと《生命樹の間》
 第13話は、イアラとエリューシスが母である《蒼碧の巫女》ユーネリアと再会する話です。

お題イラスト:三好載克

 隕石とそれに取り付いた魔物の落下で混乱に陥った《堕天都市》ヴィエル。隕石の魔物はイアラたちの奮闘で倒れましたが、魔物の放ったガスで、人々は激しく咳をしています。
 《堕天都市》の由来は、空から堕ちた《箱船/アーク》にあります。人々は《箱船》の調査で、製法を確立した超金属《真銀/ミスリル》の発掘を行っていました。
 そうしたこともあり、衝撃で坑道が崩れ、悪臭が入り込んだ銀鉱山から、鉱夫たちが脱出してきます。そんな中で、坑道から姿を現した老紳士は、出口で蝙蝠傘を開くと、イアラたちに歩み寄りました。
 その老紳士の存在感は圧倒的で、脱出に殺気立っていた鉱夫たちが、口々に「ギッシェンさま!?」と、道を空けるほどでした。

「まったく、わしの地下書斎が滅茶苦茶だそ。主ら、わしの百年かけた研究に対し、なんということをしてくれるのだ!」
 ギッシェンが抑制の効いた、しかし迫力ある声で言いました。

「そんな……わたしたちはあの魔物から町を守ろうと思って……」
 イアラが戸惑いつつ、隕石の魔物を指さします。ギッシェンは周囲に立ちこめる異臭を気にもせず、魔物に歩み寄ります。

「そのような些事、理解しておるわ。わしが言いたいのは……」
 そこまで言った時、高熱で焼かれた魔物の残骸が割れ、触手が飛び出ました。ギッシェンは予期していたように、蝙蝠傘でその触手を払いのけ、払いきれなかった1本を自身の体で受けました。

「殺り方が手ぬるい、ということだ!」
 そして、老体には似合わぬ握力で体から触手を引き抜き、複雑な呪文を唱えます。

「えっ……あの力は!?」
 エリューシスが顔色を変えました。

「星界の者よ、我が肉体に流れるのは、貴様らへの憤怒と哀しみのみ。我が魂の狂熱に焼かれ、滅びよ―《生命蹂躙/エナジードレイン》!」

 ギッシェンから湧き出た闇が魔物の体に侵入します。それは滅びの力。魔物は初めて苦悶の声を上げ、崩壊します。
「殺るならこのように行え。辺りを壊すだけ壊して、殺れぬのであれば術の無駄遣いよ」
「貴方のその力は……!?」

 ラウェスが持つ勇者の宝剣《心高めしもの/ウィルブリング》が、光を放ち始めます。

「そんな、こんな昼間から……あり得ない」
「いや、その宝剣が正しい。わしは忌まわしき《不死王/ヴァンパイア》故な。で、若いの。その光り輝く宝剣でわしを切り刻むかね?」

「やめて、ラウェス、姉様! この人はきっと敵ではないから」
 イアラが穏やかにラウェスとエリューシスを制します。
「町の人が……この方を、信頼している。そう見えるの」

 そこで《堕天都市》の鉱夫たちが集まり、ギッシェンとの間に割って入りました。
「勇者さま方、平にご容赦を。この方は……」
「邪魔立て無用! わしは、この者どもの観察眼を問うておる」

 ラウェスは思わず微笑みました。
「節穴ではないつもりですよ」

 エリューシスは厳しい視線を向けます。
「こちらも問おう。貴方は何者?」

 その問いに、ギッシェンは少し自嘲ぎみに口を開きました。
「天に蓋をせんとする愚者よ。老人の長話など、聞きたくはなかろう?」
「相手が何を聞きたいか、見抜くのも観察眼ではないの?」
 エリューシスが手厳しく言います。老人は初めて笑いました。
「ふむ。一理あるな。とはいえ、時がない。道がふさがっているからの。まぁ、そなたらがユーネリア様に会いたいと願っているなら、だが」
 水の巫女の名に畏敬を込め、《不死王》は語りました。
「なぜ、そのことを!?」
「同じ血の匂いがするゆえ」

『なら、わたくしが時間を作りますわ!』
 ギッシェンが複雑な表情で双子姫を見据えた時、人混みをかき分け、現れた美女が、一同を指さしつつ、宣言しました。
 その美女は《真銀》のツルハシを持ち、安全ヘルメットを被っていました。その装備は、大陸最大の宗教・《生命樹正教/セフィーロ・オーソドクシィ》の聖職者たる《祈祷士/プレイスト》の衣装と、異様に不釣り合いです。
「わたくしはクレ……スティア。要はあなたがたの助っ人です!」
 自信たっぷりに美女は言い放ち、坑道の入口に向かいます。
「さぁ、ギッシェンとやら、ここはわたくしが時間を稼ぎます。その者たちに語りなさい」
「ふ……む。そなたはどうする」
「掘ります」
 その答えに一同が沈黙する中、クレスティアはツルハシを持って坑道に入ります。ツルハシの音が響いた時、唖然としていた人々が、我に返って美女を追い、止めようとします。
「素人? ならばお見せしましょう。我が《真銀鶴嘴/ミスリルマトック》+3、必殺の威力を!」
 クレスティアは入口近くの落盤にツルハシを振りかざしました。一撃で岩が砕け、道が開けます。観客たちが歓声を上げる中、ギッシェンはイアラたちに声をかけます。
「主ら、行くぞ」
「えっ? 話は!?」
「あの者、いきなり道に迷っているようでな。道案内が必要だろうて」

 イアラたちは慌てて美女を追いかけました。
「こ、この坑道の構造は、頭に入れてきたのですが……」
 少しバツが悪そうな顔をしながら、美女は微笑みました。
「ギッシェンさんよりも、むしろ貴女の正体のほうが気になりますが……。クレ……スティアさんでしたっけ?」
「クレスティアさんです。特に伸びません。ちなみに通りすがりの聖職者が、人助けをしているだけですよ」
 余りに怪しい答えに、一同が怪訝な顔をすると、美女は大人っぽく……を意識したような雰囲気で微笑みました。
「女性に過去を聞くものではありませんわ。今は、ヒミツです」

 各所を掘り抜くこと、3時間。イアラたちは、坑道の最深部まで進んでいました。
「ギッシェンさんがいなかったら、たどり着けなかったかもしれないね。どうもありがとう」
 イアラの気遣いに、ギッシェンは難しい顔をします。
「どうしたの?」
「いや、母君に似た声だと思うてな。わしはユーネリア様には、言葉では表せぬほどの恩があるゆえ」
「母様をよく思ってくださり、感謝致します」
「礼に及ばぬ。しかし、これほど大きな落盤があるとはの……」

「まだ……間に合いますから、大丈夫ですよ」
 クレスティアが確信的な口調で一同を諭しました。そして「ここに穴を開けますね。近道なので」とツルハシを構えます。

「エリューシスは《大地激動/アースクエイク》を制御して、坑道に揺れが起こらないように。イアラは《激風の刃/バイオレントブレード》を、風が舞わないように。できますね?」
 双子姫は唖然としながらも、意図を察して頷きました。

「確かに、構造的には近道だの。坑道を記憶しているのは、本当なのだな。む、貴女はまさか……」
「ヒミツです。せーの」
 人間離れした早業で、美女は光輝くツルハシを振り下ろしました。かつてドワーフ《凱旋王》が放った《気弾/ソウルインパクト》にも似た輝きが、一直線に岩盤を貫く寸前に、双子姫は呪文を唱えます。
 坑道は微動だにせず、穿たれた穴の先からは光が差しこみます。

「……どうしよう。この先に、母様が、いるんだよ?」
 イアラが緊張した面持ちで、呟きました。震える手を姉が取ります。
「いこう」
 双子姫たちは、光差し込む道を進みました。そして陽光差し込む水晶のドームに立つ、憂いを帯びた巫女の姿が見えてきました。
「母様!」
 双子姫が同時に声を上げます。
 二人を確認した《蒼碧の巫女》ユーネリアは、覚束ない足取りで、でも小走りに二人に歩み寄りました。足を取られそうになる前に、双子姫は母を抱きしめました。三人は涙を流しながら、抱き合います。
 どんな言葉も出てきませんでした。母に会ったら言おうと思っていたたくさんのことも。それは母も同じでした。でも、互いをぎゅっと抱きしめていることが、幾億の言葉にも勝ったのです。

 しばしの時が過ぎ、ユーネリアが口を開きました。
「エリューシス、イアラ。なんて愛おしいのでしょう。例え一時でも、このような……。クレシア様、娘を導いてくださり、感謝致します」
 抱きしめながら、巫女はクレスティアを見ます。そこには輝く装束を纏う、《守護聖霊/アンゲルウィズ》クレシアの姿がありました。《生命樹正教》の信仰対象である『月』の《聖霊/セージ》は涙を一杯に浮かべながら、口を開きます。

「始まりと、終わりを司る者として、全てを見届けに参りました。水の巫女よ」

◆お題となるシーン

「魔物の触手を体で受けるギッシェン」とか「人混みをかき分け、現れるクレスティア」「魔法のツルハシで掘りまくるクレスティア」「クレスティアの指示で穴を掘るイアラとエリューシス」「手を取り合って光に向かう双子姫」「母と再会し、抱き合う双子姫」「涙を流す聖霊クレシア」などのように、物語の一部を絵にしてください。設定から想像した何かを描いても構いません。
 みなさんでストーリーを構築するコーナーですから、新しい設定や、新キャラクター、衣装などは大歓迎です。

◆設定・《聖霊/セージ》と《守護聖霊/アンゲルウィズ》

 この世界に遍く力・《想力/テイルズ》を織り上げ、世界を創造した《龍王/ブレグラーン》が、自身の後継者である卵の仔のために創造した秩序を示す者。それが《聖霊》です。
 この世界の外敵である《星霊海/セレスティアルシー》の者との戦いにより、《龍王》が命を落とした後、《聖霊》は世界に秩序を示し続けてきました。悪夢を示す者である《魔王/アナザーロード》がもたらす混乱により、世界に不安や恐怖が広がることは、創造主である幼き龍の仔が、世界に闇を生み出すからです。

 《聖霊》は示すべき秩序の数だけ存在するため、必ずしも人間の姿を取るわけではありません。例えば獣の姿を取る《聖獣/アーチェスト》は自然への畏敬を示す存在とされています。
 その中でも、世界を成立させる原理である『二天四大』を司る霊王が、《守護聖霊/アンゲルウィズ》です。《守護聖霊》は物事の道理を示す賢者として多くの人に信仰されています。
 《守護聖霊》は、基本的に人間と同じ姿を持つため、人間界に介入することもあります(寿命がないことを除けば、種としても人に近い存在です)。ただし、秩序を示す存在であるため、それは極めて限定された形で行われます。また、自身と対等の力を持つ《魔王》や《龍》との対立は、その性質上行えません(秩序が滅びることを意味するからです)。

◆月刊GAMEJAPAN 2007年12月号募集/『ファントムサウザント』第14回募集内容(締切12月5日)

  

◆第14回ストーリーテーマ設定画・箱庭で再会を喜ぶ母娘
 第14話は、聖霊クレシアが作り出した小世界の中で、イアラたち母娘が一時を過ごす話です。

お題イラスト:加乃

 双子の王女・イアラとエリューシスは、ついに母ユーネリアが封印を守る《湖底教会/クリスタルチャーチ》までたどり着きました。
 ドワーフの《凱旋王》バルグムントの手により、水晶で作られた教会には、湖面を通して地上から陽光が鮮やかに降り注ぎます。
 その中でもひときわ大きなドームには、《生命樹正教/セフィーロ・オーソドクシィ》の象徴である《生命樹/セフィーロ》が大きく枝を伸ばし、母娘の再会を見守っていました。
 戸惑い立ちすくむ母に、ためらわず抱きついたのはイアラでした。そして、やや遅れてエリューシス。再会に言葉はありませんでした。

「許してくれるのですか……この私を『母』、と?」
 《蒼碧の巫女》ユーネリアの胸中では、二つの激しい感情がぶつかり合っていました。二人の王女が自身を母として受け入れてくれた喜びと、我が子に人ならぬ宿命を選んで負わせてしまった罪の意識。けれど、二人の王女にはユーネリアに対する罰の意識など存在していませんでした。

「母様は母様です」
 エリューシスは思わず叫びました。

「許す……何をですか!? 私たちは母様から生まれた。生まれ落ちることで喜びも悲しみも怒りも知ることができました。……私たちは、生まれてきて、とても幸せなんです!」
 双子の娘たちに抱きしめられたユーネリアは、自身に科していた良心の責め苦が、ちぎれた鎖のように足下に落ちてゆくのを感じていました。世界の理のためとはいえ、母の不在を恨み自身の宿命を嫌ったとしても、それは娘の咎ではなく自身の罪。たとえ娘たちが世を呪ったとしても、その責めは自身に降るようにと祈らぬ夜はなかったのです。

 透き通った涙がイアラの、エリューシスの頬に何粒も落ちました。

 「母様?」
 ユーネリアは、驚き見上げた二人の肩を優しく抱きました。

 「すみません、母は、泣き虫なのです」
 こぼれる涙を指先で抑えると、ユーネリアはイアラとエリューシスの頬に手を置きました。

「よく見せて頂戴。……貴女たちの顔を」
 まっすぐで澄んだイアラの瞳。戸惑いとはにかみで満たされたエリューシスの瞳。ユーネリアの目には、それはどのような宝玉にも勝る美しいものとして、映りました。
そして。双子姫はその時になってまざまざと見せつけられることになります。魔法により作られた奈落の蓋・《ファントムサウザント》を封じ続けた、巫女たる母の命の炎が、淡く力ないものになっていることに。

「さぁて。ちょっと張り切っちゃいましょうかね」
 三人の母子の背後で明るい声がしました。

「クレシア様? どうなさったのです」
 ユーネリアは、輝く《生命樹》の前でにっこりと微笑む、《守護聖霊》クレシアへ怪訝そうに問いかけました。

「わたくし、こう見えましても、図画工作が得意なんですよ」
「……は?」
 さすがのユーネリアも、聖霊クレシアの言いたいことが解りませんでした。しかし、クレシアはニコニコしながら《生命樹》に歩み寄ると、樹に話しかけ始めました。

「ねえ、《生命樹》さん。お前の魔力で器を、私の力で中身を作りたいの。協力してくれますね?」
 さわり、と《生命樹》が葉を揺らしました。

「では、始めますね。クレシア特製『箱庭』製作の術!」
 クレシアは両手を広げると、《生命樹》へ向かって白銀の魔力を注ぎ始めました。《生命樹》もそれに応えるように輝きを増していきます。
 そして背を向けたまま、クレシアは三人に語り始めました。

「ユーネリア。それにエリューシスにイアラ。よく聞いてください。貴女たちは本来、巫女や王女ではなく、普通の娘として、親子として生を受けるはずだったのです」
 今までになく凛とした声でした。それは世界に秩序を示し、時に奇跡を行う、聖なる存在・《守護聖霊/アンゲルウィズ》クレシアとしての口調。

「その生命の宿るべき道を曲げたのは我ら《聖霊/セージ》。ユーネリアを蒼き巫女とし、イアラとそれに寄り添う者・エリューシスを今の宿命に当てはめたのは、私たちなのです……世界の都合で」
 《聖霊》の告白を三人の母子は息をのんで聞いていました。

「人であるはずの者に、《龍/ドラゴン》でも《聖霊》でも《魔王/アナザーロード》ですら背負えぬ願いを負わせたのは、我らの無力。その業を引き受けに参ったのです。そして……本当であれば、得られたはずの安息に満ちた日常を一日分だけ、お返しします」
 クレシアの心の揺れを察したのか、新たな《水の座》として造られた《湖底教会》が優しく震えました。

「……さあ、行きなさい。わたくしができる贈りものはこのくらいでしかありませんが」
 クレシアの指し示した先には《生命樹》が、そしてその根方には白銀の扉がありました。
 内部は不思議なことに、王都の外れにある森の中、勇者レーヴィンと住んでいた《精霊樹の家》でした。ただ、すぐにそれが本物の家ではないと気づきました。二人の椅子が子供用ではなく大人用で、レーヴィンの椅子はなく、いつも何も置かれていなかった場所にユーネリアの椅子が置かれていたからです。

「図画工作が得意……。クレシア様も芸の細かいことをなさいますわね」
 くすくすとユーネリアは笑い出します。その頬にはうっすらと赤みが差していました。

「どうなさったの? 母様」
「私が昔作った匂い袋がこんな所に」
 ユーネリアは、キッチンのランチョンマット入れの中から、紺と白の布で作られた匂い袋を取り出しました。

「ハーブの配合は私の母様……貴女たちにはお祖母様から教わったの。代々ファーエル家に伝わる秘伝の配合の一つで、娘が結婚衣装に焚きしめる配合なのです」
 ファーエルは地方貴族の家柄で、ユーネリアの生家の姓です。

「生地は《聖霊祭》に使った衣装の端切れ。リボンは成人前に髪を結い上げるのに使っていたものです」
 それは、イアラにとってもエリューシスにとっても、初めての香りでした。でもどこか懐かしい匂いに二人の心は深く安らぐことができました。

「母様、作り方をおしえてください」
「いいわ」
 三人の手芸教室が始まりました。器用に針を進めるイアラ。几帳面に縫い目を揃えようとするエリューシス。そんな二人を微笑ましく感じながら、手ほどきするユーネリアでした。

「あちらに戻ったら、私のお裁縫箱の中に、二つそろいになっている指ぬきがあります。それを差し上げますね」
「えっ? 話は!?」
 ユーネリアは微笑みました。そして次は、ハーブの調合。実験が得意なエリューシスは効率よくハーブを計りとり、手際よく混ぜていきます。イアラは危なっかしいながらも何とか間違えずに調合を終えました。そして真新しい匂い袋が、四つできあがります。

 四つになったのは、さすがに手際のいいユーネリアが二人が一つを作る間に二つ作ってしまったからです。

「母様にはかなわないですね」
 できあがった匂い袋をエリューシスは嬉しそうに見比べました。

「不思議と母様の匂い袋の方がいい匂いがするね」
「そう? わたしは貴女たちの匂い袋の方が素敵に感じるわ」
 母娘は微笑み合いました。金の砂のように貴い時間が流れてゆきました。昼食はユーネリアがサンドイッチを作って、花の咲きみだれる丘へ、ピクニックへ行きました。

 夕食は三人で協力してごちそうを作りました。
 そして――その夜。
 懐かしい子供部屋のベッドにイアラとエリューシスは横になりました。眠ったら、この時間が終わってしまうと感じ、二人はなかなか眠れませんでした。すると、ユーネリアが毛布を二人に掛け、ぽんぽん、と軽く叩きました。そして優しく子守歌。
 その歌があまりにも心地よかったから、二人はいつの間にか眠ってしまいました。そして、翌朝。
 朝、無発酵のパンとベーコンエッグにスープという朝食を一緒に作った三人は、食後のコーヒーを飲んでいました。
 すると、ゆったりとしたノックが扉から聞こえました。三人は言葉なくただ見つめ合いました。
 夢の終わりを告げるノックだと、わかっていたからです。

「時間ですよ。迎えに来ました」
 戸口に立つクレシアに、ユーネリアは深く頭を垂れました。クレシアはその手を取り、三人を抱きしめました。

「帰りましょう。エリューシス、イアラ」

◆お題となるシーン

「箱庭を作ろうと、張り切るクレシア」とか「輝く《生命樹》を背景に、告白するクレシア」「協力して匂い袋を作る母娘」「花の咲き乱れる丘に、ピクニックに行く母娘」「母娘を迎えにきたクレシア」などのように、物語の一部を絵にしてください。設定から想像した何かを描いても構いません。
 みなさんでストーリーを構築するコーナーですから、新しい設定や、新キャラクター、衣装などは大歓迎です。

◆設定・《聖霊の箱庭》と《祈祷》

 この世界の《聖霊》は、一般的なファンタジーRPGにおける人格神のような存在です。《生命樹正教》の信仰対象でもあり、信者には《祈祷》と呼ばれる奇跡の力を行えるものもいます。

 《祈祷》の持つ力とは大きく分けて「浄化」「聖別」「洗礼」の3つです。「浄化」とは、幽霊を成仏させたり、実体を持たない魔物を傷つけたりする力です。負の《想力》が集まりやすい場の穢れを払う力でもあります。
 「聖別」とは、信仰により生み出された《想力》を、物品などに注ぐことで、そのものが持つ能力を強める力です。武器や防具、乗物など、多くのものをこれにより強化できます。生物を相手に使えば、傷の痛みを引かせたり、潜在能力を活性化させることができます。
 そして「洗礼」とは、他者に自身が持つ力を付与することで、一時的に自分以外が自分の持つ力を使えるようになる力です。

 この《祈祷》ですが、基本的に《聖霊》が信者に与えた力、というわけではありません。

 本編のように《聖霊》は時折、人間の世界に介入することもありますし、「洗礼」を使えば、ある程度の力を与えることもできますが、基本的には《祈祷》は本人が修行により得た力なのです。
 《生命樹正教》の教えとは、世界を形作る基本原理と秩序を説くものです。ですから、その理解が深まることで、《想力》を扱えるようになっていくということです。《祈祷》を扱う上で《聖霊》とは、いわば武術の最高師範のような役割を担っているのです。
 本編にて、《守護聖霊》クレシアが使った力は「聖別」と「洗礼」を組み合わせた力です。《生命樹》が持つ力を「聖別」により強め、《龍王》から受けた「洗礼」によって、創造の力を生み出して、小世界を創造したということです。

◆月刊GAMEJAPAN 2008年1月号募集/『ファントムサウザント』第15回募集内容(締切1月7日)

  

◆第15回ストーリーテーマ設定画・17年前の《魔法王》ガザと勇者レーヴィン
 第15話は《蒼碧の巫女》ユーネリアの追憶です。

お題イラスト:加乃

 花あふれる野原の中に立っていた扉の向こうは、もう、《湖底教会/クリスタルチャーチ》のドームになっていました。

「クレシア様、ありがとうございました」
 生気をあの光溢れる野原へ置いてきたかのような顔色をしたユーネリアは、静かに頭を垂れます。その拍子にバランスを崩し、二人の姫は目の前で倒れかけた母をとっさに支えました。

「すみません、また母は拙いところを」
 弱々しく、けれど恥ずかしそうにユーネリアは笑いました。

「母様にベッドを!」
 イアラが慌て、エリューシスがユーネリアの手を握りました。

「疲れがたまっておられるんです! 昨日、私たちがあまりにもはしゃぎすぎたりしたから……」
 唇を噛みしめるエリューシスを横目で見ながら、ギッシェンは機転を利かせ、寝椅子を運びます。そしてラウェスが薬草茶を入れました。横たえられたユーネリアは、心配そうな娘たちの顔をみて微笑みます。

「自分を責めないで。私も嬉しくてハメを外しすぎました」
 汗をかき、大きく胸を上下させているユーネリアに、《聖霊/セージ》クレシアは近づき、その胸に手をかざしました。

「ああ、少し楽になりました。ありがとうございます。これで、私はこの子たちに語るべき事柄を伝えることができますわ」
 クレシアは言葉なく首を横に振りました。

「何故、私たち聖霊が貴女たちを、月の魔王がイアラを望んだのか。私は貴女たちに伝えねばなりません。この、捻れた魔術の中心に立つ、《蝕姫/プリンセスオブエクリプス》という存在の意味を」
 《蝕姫》。禍々しい響きを聞き、双子姫が襟を正します。

「蝕姫とは、全ての存在を『壊す』ことのできるもののこと。その成り立ちは、性質が拮抗・対立せしもの全てを、統合精製したものです」
「そんなことは……でき得ません!」

 高等魔術に造詣が深いエリューシスは小さく叫びました。その意図を理解するユーネリアは寂しげに笑います。

「正統魔術であれば、その通りでしょう。けれど、成し得るのです……人の命を坩堝とする複合禁呪を用いれば」
 複合禁呪。その言葉であれば、二人とも聞いたことがありました。魔法学校において、様式魔法の担当教授が「禁呪の中でも、自身を含む人の命を糧とする、許されざる魔術」と厳しく説いていたからです。

「そして、その禁呪であれば、《蝕姫》をこの世界につなぎ止めることも可能なのです」
 母の、《蒼碧の巫女》の告白が静寂に響きました。

「私、ユーネリアは水の巫女ですが、『月』の《祈祷士/プレイスト》でもあります。そして貴女たちの父である魔法王ガザは《曙光の大賢者/サンライズゴート》。その属性は火にして『太陽』です。こうした言い伝えがあります。『炎と水、陽と月の交わる処に《異界》の門、在り。《異界》より訪れし虚無の王、蝕となりて《破》とならん』と。そして《虚無の王/ロードオブゼロ》が人に宿った姿が《蝕姫》、もしくは《蝕公》。そう、貴女たちのことです」
 ユーネリアはここで息を繋ぎます。

「『世界に再び大災厄が舞い降りようとしている』。そうした兆しを、魔法王ガザは星辰から読み取りました。そして、その運命はもはや逃れようもなく、現状の私たちでは乗り越える術すらもないことも。その災厄は我ら《聖霊/セージ》にも手に余り、幼き《創造主》たる《龍王/ブレグラーン》には災厄を収めるどころか、身を守る術すらもない。忌まわしき《魔王/アナザーロード》たちですらも、結論は同じでした」
 在りし日の自分と魔法王ガザ。複合禁呪の使用を迫ったのは、まだ年若きユーネリアの方でした。

――正気か、ユーネリア殿。

 あり得てはならぬものを見てしまったかのような、魔法王の眼差しが、まだ15歳でしかない巫女に向けられます。

――正気ですわ。世界はこんなにも輝いているのに、何もせず滅びの日を迎えることなんて、どうしてできるというのですか。

「人の魂と肉体を繋ぐ鎖に、この世ならざる法則を絡め取る。《蝕姫》を産み出すための条件はすべて揃えられていきました。そして《蝕姫》を鍛えるために、また《蝕姫》と共に歩める者を……鍛えんがために、あえて世界を乱世に落とし、野にまどろむ英雄を磨く。それが世界を救う企みの全てなのです」
 世界を救う《蝕姫》を産み出すため、許されざる複合禁呪を魔法王ガザと行う。その取り決めを、風・火・地の四賢者に、そして自身を守ったきた勇者に対し、水の巫女は打ち明けました。

 彼女を愛し、慈しんでくれた人々の言葉が思い出されます。

――無粋な旋律だな。嘆きと怨嗟が地上に響き渡るだろう。だが、お前が選んだ命の歌だ。生涯を賭した、お前の協奏曲、私が最後まで聞き届けよう。誰にも……妨げさせはせん。

――お主らしいな。だが、そういうあり方は好きだぞ。覚悟の上ならば、わしはドワーフの王を捨て、お前の宮殿を造ろう。

――ユーネリア、そなたに魔術を教えたことを、わしは後悔しておるよ。少ない時間、抗えぬ運命……。だがわしは、賢者として命尽きるまで、そなたと娘が幸せであれる道を探ろう。

――我が名など汚しても構いませんよ。それが貴女の選んだ道で、それが願いだというのなら。

「その土壌が整った時、《聖霊》と《魔王》はこの謀に加担しました」
 聖霊クレシアは再び口添えします。自らが荷担した深き業を噛みしめるように、ゆっくりと。

「でも、《魔王》と《聖霊》の思惑は少し違います。《魔王》は《蝕姫》に災厄を回避したあと、概念でしかない闇の王・《大魔王/オーヴァーロード》となることを望みました。でも、私たち《聖霊》は、例え《蝕姫》であれ、世界を慈しみ、人として生きてもらいたかったのです」
「クレシア様?」
 三人の母娘が一斉に声を上げました。

「だから、私は運命に介入し、《蝕姫》に添え星をつけました。《蝕姫》が重すぎる運命の前に自身を見失ったとき、自分が生まれた、あるべき場所へ戻ることができるための《灯火》としての半身を。だからイアラが《月蝕姫》。それを照らす《日蝕姫》が、エリューシス、貴女なのです」
「私が《月蝕姫》」

「私が《灯火》……《日蝕姫》」
 あまりのことに二人の姫も言葉を失いました。

「だから……姫は双子として生まれたのですね」
 ユーネリアは初めて得心がいったように、呟きました。双子姫が生まれたとき、魔法王ガザもユーネリアを始めとした賢者たちも、なぜ《蝕姫》が双子だったのか、理解できなかったからです。

 そして王は戸惑いつつも、《露払い》の風習に従い、先に生まれたイアラを妹とし、後から生まれたエリューシスを姉としたのでした。

 そして、聖霊クレシアは静かに言いました。背を向けたままで。
「ですから、私たち《聖霊》は、貴方のことは裁きませんよ、ギッシェン」
「なんですと?」
 忌まわしき《不死王/ヴァンパイア》である老紳士は、動揺しました。ギッシェンは目的がどうであれ、原因が何であれ、自身が闇の存在であることを重々自覚していました。聖霊クレシアの出現は、自身の裁きが下される時だと思っていたからです。
「貴方が自身を闇の存在・《不死王》としたのは、《星霊海/セレスティアルシー》から落ちた船により、もたらされた恐るべき魔物を討ち果たすため。それは弔いの心、故です。邪なる《想力/テイルズ》を持たぬ者を、世界のために生命の行く末を、母子の運命をねじ曲げた《聖霊》が、どうして弾劾できるでしょう。それに……」

 今まで背を向けていたクレシアがギッシェンに向き直ります。
「貴方が恐れている『闇に呑み込まれ、墜ちる』ことは、もうありません。今日、この時より四大を封じる闇の蓋・《ファントムサウザント》が開かぬよう、私たち《聖霊》がその座に立ちますから。 《魔王》とその配下も、我らと同じ創造主の子、世界の存続を願う気持ちは同じです。とはいえ、《蝕姫》を巡るこの状況を、彼らが世界を闇に染め上げるために利用させることは、我ら《聖霊》は座視できません。私は、その祈りをとげるために現世に降臨したのです」
 ユーネリアが巫女をしていた《水の座》。そして、聖霊が宣告した《水の座》の空位の代替。その言葉が持つ意味を、その場にいるもの全てが悟りました。大きな悲しみと共に。

「クレシア様。私の人生最後の一日は、とても素晴らしいものでした」

 静かに、決定的な一言をユーネリアが言いました。
「巫女に生まれたこの身でありながら、望むべくもない『母』となり、《水の座》空位への憂いも断てました。そして、娘たちには許され……なんて……なんて豊かな人生だったのでしょう」

「母様!」
 双子姫の悲しみに応えるかように、《生命樹/セフィーロ》は葉を揺すりました。

◆お題となるシーン

「倒れる母を支える双子姫」とか「《触姫》のことを語るユーネリア」「魔法王ガザに、世界を救う提案をするユーネリア」「四賢者と勇者レーヴィンに気遣われるユーネリア」「運命に介入したことを語る聖霊クレシア」「力尽きる寸前に微笑むユーネリア」などのように、物語の一部を絵にしてください。設定から想像した何かを描いても構いません。
 みなさんでストーリーを構築するコーナーですから、新しい設定や、新キャラクター、衣装などは大歓迎です。

◆設定・《四賢者》

 《四賢者》とは、この《中央大陸》における、地水火風の精霊力に長けた最高の魔術師に贈られる称号です。最も、賢者に称号を贈るのはラーナフェルト王国の魔術師協会であるため、大抵はラーナフェルト王国に仕える人物が《四賢者》となります。とはいえ、物語の時期においては、ドワーフの《凱旋王》バルグムントが、傑出した力を持っていたため、《火》の賢者と認定されています。
 本来、《四賢者》の上に、太陽と月の《大賢者》がいるという制度なのですが、イアラたちが活躍するこの時代には、『月』の《大賢者》たり得る人材がいなかったため、水の賢者である《蒼碧の巫女》ユーネリアが、『月』の賢者を兼任しています。
 第1話時点での《四賢者》は、地=《深緑の賢者》ヴォルド、水=《蒼碧の巫女》ユーネリア、火=《鳳焔の工匠》バルグムント、風=《風歌の賢者》フレオールですが、第15話時点ではヴォルドは死亡し、ユーネリアは《水》の力をイアラに受け継いでいます。

◆月刊GAMEJAPAN 2008年2月号募集/『ファントムサウザント』第16回募集内容(締切2月12日)

  

◆第16回ストーリーテーマ設定画・水の魔王シャツィヴォルズと、水のファントムサウザント
 第16話は封印を破り《腐海産みし》水の魔王が出現します。

お題イラスト:加乃

 《蒼碧の巫女》ユーネリアは最後の気力を振り絞り、目を見開きました。そして体を起こし、ゆらりと立ち上がります。側にいたイアラとエリューシスが慌てて手を取り、その細い体を支えました。

「クレシア様に《水の座》を継承していただかなくてはなりません。案内します」
 《ファントムサウザント》。六百年の間、受け継がれてきた《超密度魔術結界/トランセンデンスエンシェント》。それは、地水火風の四大元素が調和することで、封印の効果を為すものでした。
 一行は、《生命樹/セフィーロ》の根本を起点に、螺旋状に展開されていたスロープを降ります。渦巻の底には、厳重な封印が幾重にも施された《ファントムサウザント》の一つ・《水の座》がありました。

「儀式はわしが説明しよう。継承の瞬間まで言の葉は不要」
 《不死王/ヴァンパイア》ギッシェンの指示は簡潔かつ的確でした。しかし、儀式に必要な魔法陣は恐ろしく高度であり、その儀式の複雑さは魔法学校で首席だったエリューシスでさえも、顔色を失うほどでした。
 『月』の《守護聖霊/アンゲルウィズ》クレシアは、真剣な面持ちでその説明を聞いていました。そして「我ら《聖霊/セージ》の無力が、光の元に生まれたものに大きな負担をかけてきましたね。仕方なきこととは言え」と、ぽつり呟きます。
 そしてクレシアは気持ちを切り替え、厳しくなった表情を穏やかにします。

「ここが、《水の座》ですか。ヴェルエーヌ姉様の匂いがしますわね」
「『水』の《聖霊》ヴェルエーヌ様の、ですか?」
 『月』の《聖霊》クレシアが姉と立てるのであれば、それは『水』の《聖霊》ヴェルエーヌに他なりません。ヴェルエーヌは『月』に従う『水』と『風』。
 つまり下位聖霊ですが、なぜか《生命樹正教/セフィーロ・オーソドクシィ》のどの聖典でも月の姉にして風の妹とされているのでした。それを確かめるため、水の御名をユーネリアは口にしたのです。

「ええ、そうですよ。ここは危ういけれど、暖かい」
 金と銀で呪を刻まれた鎖で戒められた《水の座》の縁に立ったクレシアは膝を折り、その鎖に触れました。鎖は触れられた途端、輝く水蛇となってクレシアの周囲を優雅に泳ぎます。同時にユーネリアは遷移呪文を口にします。

「なんとか、つつがなく終えられそうですね」
 クレシアがそう言葉を発した時、ギッシェンはある気配を感じ取ります。闇の王たる者の気配を。

「むっ……待、た、……れぃ!」
「《腐海産みし》シャツィヴォルズ! 水の……魔王よ」

 ギッシェンは驚愕します。彼に不死を与えし水魔の女王の姿がそこにありました。

「久しいね、ギッシェン。息災?」
 あまりにも整いすぎた、少女を思わせる面立ち。自然にはあり得ない、毒を思わせる蒼き瞳、髪、爪、唇。中性的で蠱惑的なその声。その意志に反し、跪いたギッシェンには目もくれず、そのまなざしはユーネリアに注がれました。

「座を継承するということは、一瞬封印が途切れるんだよね。そして、衰えた力では魔王クラスを押さえ切れない。ずいぶん頑張ったけどダメだったね、《蒼碧の巫女》。キミにも不死が必要かな?」
 その誘いに、その場にいた者たちの目が見開かれました。

「ボクは、優しいから。必要ならあげるよ?」
 悪戯っぽく、魔王シャツィヴォルズは笑います。

「親子の再会を果たしたばっかりなんだからさぁ。明日もあさっても一緒にいられるんだよ?」
「明日も、」
「あさっても、」
「……いっしょに?」
 三人の母子は沈黙しました。あの暖かい朝をもう一度迎えられる? と。湯気のたちのぼるポット。ちょっと焦げた目玉焼き。手桶の水は、ビックリするほど冷たくて。

「そこのクレシアちゃんだって、ボクのギッシェンを、認めたんだし」
 クレシアは、引き継いだ《水の座》安定化のため言葉も発せません。しかし、クレシアがギッシェンの存在を認めていることは間違いなく。
「ちゃんと聞いてたんだからね、ボク。クレシアがギッシェンを滅ぼさないって言ったの」

「そ、れ、は……」
 脂汗を流しながら何かを言いかけたギッシェンの言葉を、シャツィヴォルズは封殺します。

「いいよ。キミの出番じゃないし」
 ギッシェンは自身の主、シャツィヴォルズの言葉の陥穽を見抜いていました。魔王によって不死を得るということは、引き替えに下僕となるということ。しかし、自身を不死の存在に創り直したシャツィヴォルズには絶対服従。そうある以上、彼女が望まぬことは、言葉一つも発することはできません。
 ここへきて、ギッシェンは自身が真に歪んだ存在であることを思い知らされます。恩あるユーネリアに報いる術を模索するために、ギッシェンは目を閉じました。

 目蓋に浮かぶのは、決して別れられえぬ光景。

 ユーネリアと出会った頃。緩やかな狂気にギッシェンは蝕まれていました。空から堕ちた魔物に家族を殺され、仇を討つため《水の魔王》から不死を得た彼でしたが、光の存在として生を受けた者に、常に注ぎ込まれる闇の囁きは、その精神に見えぬ刃を立てていきました。

「我を滅ぼぜ、勇者レーヴィン! わしは所詮、魔にも人にもならざる者よ!」
「なりません!」
 勇者が振り下ろす聖剣の切っ先と、我が身の間に身を躍らせた白い人影。それは、幼き日のユーネリアにほかありませんでした。

「この方の凶行、狂気は、呪いのため! この方が邪悪なのではありません!」
 凛とした声が、瓦解した墓地に響き渡ります。

「貴方の呪い、少しでもわたしが受けましょう。……ね、だから、そんな悲しい目をしないで」
 差し出された、小さな手のひらは暖かいものでした。

 ユーネリアはギッシェンの呪いを引き受けた結果、《蒼碧の巫女》として覚醒しました。恋をし、結婚をしてという、平凡な娘の幸せをギッシェンは奪ったのです。
 ギッシェンにも娘がいました。いつかは嫁にやるのだろうと、節句の度に想ったものでした。そんなユーネリアに寄せられるであろう想いも、ギッシェンは自身の望みが故に、散らせてしまったのです。

「わかっています、ギッシェン」
 ユーネリアは何も語れぬギッシェンに優しいまなざしを向けました。その声に、ギッシェンは目を開きます。

「お受けできません。《腐海産みし》シャツィヴォルズ。私の生はここまでです」
「か、あさま?」
 毅然としたユーネリアの返答に、うろたえて双子姫はユーネリアを見ました。夢見てはならない明日を、一瞬でも望んでしまったのはエリューシスも一緒でした。

「命には限りがあるもの。そして、次に受け継がれるものです」
 ユーネリアは自身を両脇で支える娘たちに、そして自分に言い聞かせるように言いました。

「だからこそ、世界は澱むことなく輝いていられるのです」
 イアラは感じます。歴史を受け継ぐには、与えられた時間は余りにも短いのでは、と。エリューシスは思います。人の生というには、母に与えられた時間は余りにも短いのではないかと。

 けれど、ユーネリアはこうも思うのです。短いからといって不十分ではないと。
「不自然な生はそれだけで世に歪みを産みます。それを理解してなお、不死に身を置くことはできません」
 ――ごめんなさい、私のかわいい娘たち。私の短命が、貴女たちを惑わせた。

「やっぱ、ダメかぁ。ちょっと残念。綺麗なお人形になると思ったのに」
 くすくすとシャツィヴォルズは笑います。そして、空中であぐらをかくと、その手に持った、片側しかない大きな鋏でイアラを指さしました。

「……にしてもそんなにヨワくて大丈夫なの、《月蝕姫》?」
「弱い?」
「おかーさんの側にいたいなら、清濁併せ呑んでボクの申し出を受けるべきじゃない? じゃなきゃ、すっぱり断るとかさ」
 その問いにイアラは沈黙しました。相反する言葉が、胸につかえて。

「本当は……そうするべきなんだと思う」
 呟きつつ、イアラは唇を噛みしめます。解っていることでした。でも……。

 「そもそも、ボクにこれだけ喋らせて。ボク、こんなに時間があれば、都市の一つぐらい皆殺しにできるよ? 結局決断できてない。メイワクなんだよね、キミが弱っちぃのは」
《水の魔王》は肩をすくめます。話にならない、と。

「でも、できなかった。割り切れないまま、歩いていくのが、人間だから!」
 ――母さま、母さま、母さま! エリューシスには、イアラの心の叫びが流れ込んできました。それが魂の双子の意味、意義。双子姫の瞳にどうにもならない涙が浮かび、流れました。
「……人間? キミが? キミには《大魔王/オーヴァーロード》になってもらわなきゃ」
「未来は……決まっては……ぐぅっ!」
 ギッシェンが異を唱えようとすると、シャツィヴォルズは空を手で払います。すると、ギッシェンは、壁に叩き付けられました。

「うるさいね、ギッシェン。ボクは逆らう下僕は嫌いだよ。今度逆らったら、バラバラにしてすり潰すからね」
「そんなことは……させない!」
 それを見て、勇者ラウェスが間に割って入りました。かつて彼に向けられた勇者の聖剣が、逆の方を向けられて。

「ボクの下僕を守るなんて、ヘンな勇者。ボク優しいから、ちょっと騒いだくらいなら、消したりしないね。安心して、守りたければ守るといいよ」
 鼻で笑う《水の魔王》。けれど、周囲に渦巻く水の《精霊力》が、イアラを中心に渦巻き始めたのを見て、目を輝かせます。

「ようやく殺る気になったんだね。よかった」
 双子姫は鍵の魔法剣・《黒金の鍵/クロムゲート》を構え、勇者は《猛き血潮/テスタロッサハート》を解放します。

「戦ろうよ。早く実力を見せてよ《月蝕姫》? じゃないと、《堕天都市》の人間全員、鋏で切って、バラバラにしちゃうぞっ!?」
 《水の座》の静寂を打ち破り、戦いのために呼ばれし力が渦巻き始めました。

◆お題となるシーン

「儀式を的確に指示するギッシェン」とか「遷移と同時に封印を破るシャツィヴォルズ」「魔王の誘いに動揺する母子」「幼い日にギッシェンをかばうユーネリア」「毅然と魔王に返答するユーネリア」「魔王との対決を決意するイアラ」などのように、物語の一部を絵にしてください。設定から想像した何かを描いても構いません。
 みなさんでストーリーを構築するコーナーですから、新しい設定や、新キャラクター、衣装などは大歓迎です。

◆設定・《鏡面の鋏/アクアシェア》

 水の魔王シャツィヴォルズが持つ武器です。通常、鋏は2つの部品を組み合わせて、挟み込むものですが、この大きな鋏は片側のみしかありません。相手を挟める間合いになったとき、魔法の刃が出現して挟み込むのです。質感は銀と氷のような感じです。

◆設定・水のファントムサウザント
 地水火風の四大元素にまつわる精霊力が極めて強い場所に設置された、魔法の門です。普段は《精霊王》の紋章が刻まれた蓋によって閉じられています。蓋の周囲に結界があります。
 創造主の悪夢から生まれた存在である、魔族が世界に蔓延しないように、600年前に龍と勇者と大魔導師と精霊王たちが力を合わせて作り出した魔法結界です。

 

◆月刊GAMEJAPAN 2008年3月号募集/『ファントムサウザント』第17回募集内容(締切3月4日)

  

◆第17回ストーリーテーマ設定画・星雨の森と、水の《聖霊》ヴェルエーヌ
 第17話は封印を破り《腐海産みし》水の魔王が出現します。

お題イラスト:加乃

 静寂がその場に満ちていました。それはその場に誰もいないからではなく。ただ、一瞬の隙を見極めるための沈黙。

「どうしたの? ボクは一人だよ。そこの下僕も使わないからさ」
 《水》の《魔王/アナザーロード》シャツィヴォルズは底意地悪く嗤います。《水妖の女王》とも呼ばれるこの魔王は、《不死王/ヴァンパイア》と呼ばれる魔人・ギッシェンを下僕としていました。この二人が同時に襲いかかったなら、イアラたちには一遍の勝機も見えません。それを見透かしての発言でした。
 魔王の目的はイアラの抹殺ではありません。世界を救う器・《触姫/プリンセスオブエクリプス》として生まれたイアラが、《大魔王/オーヴァーロード》たり得るのかを見極めること。だから、力を見極めるために誘っているのです。

「フフ……やりにくいよね。ここは《水の座》だもの」
 魔族を封じる蓋・水のファントムサウザントになるために築かれた《湖底教会/クレスタルチャーチ》には、極端に強い《水》の精霊力が満ちていました。それはイアラの姉姫・エリューシスの《火》の魔力を大幅に弱めることも、魔王は承知していました。

「だからこそ、ここに出てきたかったんだけどさ。ここは暗いから、《日触姫》が持つ、光の《禁呪》にも期待できないしね」
 そしてイアラが得意とする《水》は、魔王自身の属性にして、効果は期待できません。通用しそうな強度を持つ呪文は……一つだけ。四大元素全てを調和させ、目標の精霊力自体を破壊する《元素爆砕/エレメンタルハザード》。
 しかし――イアラの下した判断は別のものでした。詠唱したのは《風》系の攻撃魔法で最上位に位置する《台風斬/タイフーンブレード》。姉姫は一瞬目を見開き、《地》系の最上位攻撃魔法《金剛剣舞/ダイヤモンドエッジ》をそれに重ねます。

「小手先の技? そんなの期待してないのに」
 呟きながら、魔王は無造作に《水鏡の鋏/アクアシェア》を一閃させます。勇者の力《折れぬ血潮/テスタロッサハード》を解放し、魔王の懐に飛び込んだラウェスが、不可視の刃に挟まれ、蒼き鎧を朱に染めました。

「《月触姫》の術に巻き込まれても、ボクの動きを封じたいの? そういうのスキだけどね」
 ラウェスの帯剣《心高めしもの/ウィルブリング》を魔の鋏が受け、挟みます。対戦したことのない武器に戦慄した勇者を、すかさず魔王は蹴り飛ばしました。
 二人が離れた瞬間・双子姫の攻撃魔法が発動します。台風の威力を圧縮した刃に、魔術で合成された金剛石の刃が合わさっていきました。どんな防御手段を用いても防ぎきれないだけの、破格の魔術強度。それが双子姫の現在の力でした。

「手応えはあった。戯れ言が過ぎたな、魔王」
 無数の刃に切り裂かれ、全身から妖気を流す水の魔王を見て、エリューシスが宣告します。

「こんなに強くなっているなんて、嬉しいね。でもここは《水の座》なんだよ」
 圧倒的な水の力が奔流のように、魔王に流れ込みます。それは、見る間に傷を塞いでいきました。

「こんな小技じゃ、魔王は倒せない。絶対に……ね」
 言いつつ、左手を大きく振ります。掌に集まる力は、《水》の最上位魔法《海衝波/ダイダルウェーブ》と同質の輝き。津波の圧力と同じだけの、気に満ちた水が圧縮され、蛇のような形で叩き付けられます。イアラたちを覆う《魔法障壁/バイタルルーン》の輝きが、瞬時に消失する一撃でした。

「まだ……だっ。《星炎……爆裂/クリアライトフレア》!」
 その瞬間放たれたのは、星々の炎と同質の《最後の火》を召喚する《火》の最上位魔法。それは圧倒的な水を蒸発させつつ、魔王を灼いていきます。致命傷にはならない……が目眩ましにはなっている。体に流れる勇者の血潮が、そのことをラウェスに囁きました。血が騒ぎ、訴えます。《秘剣》を放て、と。
――《秘剣》。“世界を救う呪い”を受けし血筋の者たる、勇者に許された最大最強の切り札。1秒にも満たない刹那、ラウェスは逡巡しました。双子姫の義父たる勇者レーヴィンは、イアラを狙う上位魔族と戦い続け、《秘剣》の代償として老い、最後には魔界に墜ちたのです。
 きっと、双子姫は悲しむ。あの時の時の泣き顔が浮びます。でも――その未来も生きていてのこと。そう、足を踏みしめました。勇者の少年が発した神気が、《湖底教会/クリスタルチャーチ》の石で築かれた床面に亀裂を入れます。

「我、勇者ラウェスが剣と結びし盟約、今こそ遂行の時!」
 勇者の帯びし聖剣《心高めしもの/ウィルブリング》が命の輝きを帯びました。
 その刹那、《不死王/ヴァンパイア》ギッシェンが跳躍し、暗黒の気を纏った抜き手を、ラウェスの脇腹に突き入れます。迸る鮮血。だが、秘剣の発動はいささかも止まりませんでした。

「放たれし我が剣の名は――《深紅之誓約/テスタロッサビート》!!」
 下位魔族であれば、余波だけでも消し飛ぶであろう圧縮された光。それが勇者の命を道として迸ります。度外れした身体能力で跳躍した魔王を、輝く剣筋が追いました。落雷のような輝きと余波が反響する中、轟音に、高らかなる詠唱が重なります。それは《契約魔術》最強の攻撃魔法・《元素爆砕/エレメンタルハザード》。
 幼なじみの少年が《秘剣》の構えを取ったその時、双子姫はその意図を悟りました。その想いに応えるには、できることを為すしかない。だから《封魔の鎧/ルーンペアレス》を解封します。術を紡ぎ始めたその時、姉姫が右手を差し出し、妹姫の左手を取りました。
 《水》と《風》に偏っていたイアラの魔力が、相反するエリューシスの魔力により調和していきます。先に放った最上位魔法は、この術を調和させるだけの精霊力を場に呼ぶためのもの。
 完璧に調和した四大元素の力が、秘剣による打撃から回復しきれていない水の魔王に襲いかかりました。避けられぬと見た魔王は、秘剣で切り裂かれた水晶ドームの亀裂に向け、何事か呟きます。
 同時に最大魔法は完璧に発動します。夜空すら払わんとするほどの光に切り裂かれた魔王は、抵抗力を失い、《守護聖霊/セージ》クレシアの立つ《水の蓋/ファントムサウザント》に封じ込まれていきました。

「なかなか楽しかったよ《月触姫》。キミが《大魔王/オーヴァーロード》になる日が楽しみだ」
 吸い込まれ行く中、魔王はイアラにそう囁きます。同時に、主を失ったギッシェンが崩れ落ちました。ラウェスが駆け寄り介抱しますが、掴んだ肩は黒い灰のように崩れていきました。

「ギッシェン卿。貴方の助けあって、秘剣を放つことができました」
「ふ……一人で立てるよう、精進せい。わしの薄汚れた命でも、光の糧になれるなら本望」
「どういうこと?」
 双子姫の疑念に応えたのは、《聖霊》クレシアでした。

「ギッシェンは《生命蹂躙》の逆を行ったのです。本来、勇者に行くべき負荷を、あの瞬間、自身に流したのですよ」
 《水の蓋/ファントムサウザント》から離れられないクレシアが、気遣わしげにギッシェンを見遣ります。逆流した勇者の光を受け、老紳士の体は半ば崩れていました。

「そしてギッシェン卿は僕を助けるだけでなく、長年培われた多くの知識をも流し込み、伝えてくださったのです」
「よいのです、クレシア様。ゆがんだ生の終焉が、勇者の生の一部になるのなら……これで娘や妻に顔向けできるというもの」
「せめて、苦しみなく天上に行けるよう……」
 クレシアが、思わず崩れゆくギッシェンに一歩を踏み出したその時、周囲に蒼い輝きが満ち、玲瓏とした声が響き渡ります。

「クレシアは考えなしで困りますわね。人の死も生も、全ては巡る環の如し。この者を惜しむ気持ちは理解しますが、悲しみに酔っている場合ではなくてよ」
「ヴェルエーヌ姉様!」
 背後に佇んでいたのは、《水》の《守護聖霊/アンゲルウィズ》にして美と裁きを司る《麗し》のヴェルエーヌでした。

「大方、水の巫女に同情して思わず下界に降臨したのでしょうが、貴女が《水の蓋》を封じるためにここに留まったなら、貴女が支えるべき二天はどうなりますの?」
 緩やかに結い上げられた髪と、眼鏡と呼ぶのがはばかられるような、精緻な意匠の施された柄付きグラス。何より目を引くのは、同じ《聖霊/セージ》たるクレシアとはかけ離れた神々しさでした。

「どうしましょう。《水》の姉様」
 クレシアは途方に暮れ、訪ねました。

「とはいえ、この《水の蓋/ファントムサウザント》は、もう誰かの重石なしには機能を全うできないし……ほんとに困ったこと」
 水の《聖霊/セージ》は優雅に小首を傾げ、そして、ふう、と嘆息しました。

「仕方ありませんわね。私が重石に。クレシアは、本来の役目へ」
 眉根を寄せたヴェルエーヌは、色とりどりに飾られた爪をもつ指先を自身の顎下にあて、そう言いました。それから、ややあって。

「勇者ラウェス、それに王女イアラとエリューシス。貴方たちは《星雨の森/スターズレイン》の中心にある《腐海》へ向かいなさい」
「《星雨の森》に? エルフが住み、守るという」
「そうです。クレシアは見逃したようですが、先ほど水の魔王の分身が封印を逃れてそちらへ飛びました。エルフの守る《腐海/デキャリードシー》の《地の蓋/ファントムサウザント》を目指したのでしょう」
「《地》の……ファントムサウザント」

 噛み締めるようにイアラは呟きました。
 戦いを終え、イアラたちは再び《湖底教会/クリスタルチャーチ》の中庭へ戻ってきました。
 長椅子へと導かれ、ユーネリアはできる限りの笑顔で微笑みます。

「お茶に、しましょう。エリューシス、イアラ。おつかれさま、でしたね」
 身を横たえるとユーネリアは、天井から差しこんできた揺らめく陽の光を見て、まぶしそうに目を閉じます。

「ありがとう」
 それがユーネリアの最期の言葉でした。

◆お題となるシーン

「儀式を的確に指示するギッシェン」とか「遷移と同時に封印を破るシャツィヴォルズ」「魔王の誘いに動揺する母子」「幼い日にギッシェンをかばうユーネリア」「毅然と魔王に返答するユーネリア」「魔王との対決を決意するイアラ」などのように、物語の一部を絵にしてください。設定から想像した何かを描いても構いません。
 みなさんでストーリーを構築するコーナーですから、新しい設定や、新キャラクター、衣装などは大歓迎です。

◆設定・水の《守護聖霊》ヴェルエーヌ

 月の《守護聖霊》クレシアの姉である水の《聖霊》です。《聖霊》は世界に秩序を説く存在です。世界に秩序が広まることが、創造主である《龍王》が見る悪夢を軽減し、魔のものを生み出す可能性が減るのです。
 ヴェルエーヌの説く教えは「多様な在り方と表現の豊かさ」を重んじるものです。人の心に豊かさがもたらされるなら、他者を受容できる存在になるという考えが基本にあります。
 こうしたことから、芸術や表現の守護者とされていますが、同時に「何かを世に生み出すものは、その行いの是非を念頭に置くべきである」という立場に立つため、天界の裁判官とも呼ばれます。

◆設定・《星雨の森》
 《聖霊》ヴェルエーヌが《七彩眼鏡/レインボーグラセイズ》で幻視したのは、《星乃森妖精族/ノルン》の住まう《星雨の森/スターズレイン》です。
 『ファントムサウザント』世界における、《亜人/デミヒューマン》とは、環境に対応することで、変質した人類です。例えば《星雨の森/スターズレイン》をテリトリーとするエルフ・《星乃森妖精族/ノルン》は、《地の蓋/ファントムサウザント》の封印を守ることをその目的とした一族です。
 六百年前の争いで、水の魔王シャツィヴォルズによって《腐海/デキャリードシー》と化した大地に、《星霊樹/スターズツリー》を植林することで、大地を浄化する役目を持っているのが、《星乃森妖精族/ノルン》なのです。
 この役目から、彼らの生活様式は全て魔術的な儀式を兼ねており、それは年間通して決まったサイクルで繰り返されるものです。このサイクルを繰り返すことにより、《星乃森妖精族/ノルン》は時間の流れを忘れ、千年に近い寿命を持ちます(とはいえ飽きっぽい人間が、このサイクルを取り入れたら発狂するかもしれません)。

◆月刊GAMEJAPAN 2008年4月号募集/『ファントムサウザント』第18回募集内容(締切4月4日)

 

◆第18回ストーリーテーマ設定画・エルフ《遠司長》テメレールと、黒の姫シルフィア
 第18話は《天幕都市》ラルキアを舞台とした騒動が描かれます。

お題イラスト:加乃


《天幕都市》ラルキアのイラスト:くろせ秋(原案:板川な奴)

 現実に縛られ、もの思いつつ生きた巫女は、最後に夢の中で目を閉じました。
 月下広がる中にそびえ立つ太陽の欠片。地上に遺された終いの神火を灯す《生命樹/セフィーロ》は、天上へ通じる道を示すかのごとく、その輝きを増します。

「《蒼碧の巫女》は、私が……」
 『月』の《守護聖霊/アンゲルウィズ》クレシアが首を垂れました。月光を映し出すがごとき銀髪に隠され、その表情は伺えませんが、語尾がわずかに震えます。

「母様は……どうなるのですか?」
 月と太陽の化身として生まれた双子姫・イアラとエリューシスは母の手を握り、《聖霊/セージ》たちを見据えます。止めどなく溢れてくる涙が視界を歪めました。
 答えたのは、天界の裁判官と謳われる『月』の姉。《水》の《守護聖霊/アンゲルウィズ》ヴェルエーヌ。太陽すらも畏れし美の映し身は、流水のごとき仕草でその身を翻しました。太古より世の美しきものを、億の言葉で紡いできた唇が開きます。語る言葉は、飾らぬ真実。

「すべての命が終いにたどり着くところ。天上へと導くのです。世界は環。在りしもの、流れし想いが巡ることで、善きもの、美しきものが少しずつ、新たなものに受け継がれていく。それが“環”」

「私たち《聖霊/セージ》は、その流れが滞らぬがための、導き手なのですよ」

「母様を……お願いします。クレシア様」
 イアラが母の手を放し、姉の手に添えました。その動作がエリューシスの逡巡を終わらせます。二人の決意が全ての鍵となったかのように、光雨が明るさを増しました。それが陽下の輝きまで高まったとき、《聖霊/セージ》クレシアは巫女ユーネリアに手を翳しました。

「天が墜ちるときに……また」
 双子姫はごく小さく頷きます。母から片時も目を離さないために。

「……行こう。姉様、ラウェス。《星雨の森/スターズツリー》にある《地の蓋/ファントムサウザント》に」
 《聖霊/セージ》ヴェルエーヌに《水の蓋/ファントムサウザント》を任せ、イアラたちは《湖底教会/クリスタルチャーチ》を後にしました。坑道から出ると、巨躯を休めていたロック島・ゴゥトが翼をはためかせます。乗り込もうとしたとき、控えていたエリューシスの協力者が、口添えしました。

「ゴゥトに乗っては、《星雨の森/スターズツリー》には行けないと?」
 エルフの聖地を飛び越したら、撃ち落とされると聞き、エリューシスは秀麗な眉根を寄せます。移動魔法は準備が間に合わず、使えても自分一人だけが効果対象。徒歩では何日かかるかと思って。

「馬を用意するから」
 勇者の少年・ラウェスが、機転よく商人の天幕を指さします。

「わたしは……乗馬が苦手なんだ」
 弱みを見せることの気恥ずかしさに、声を小さくしながらエリューシスがうつむきます。

「なら、僕の馬に乗るといいよ。時間もないし」
 赤面して絶句したエリューシスの返答を待たず、ラウェスは商人の天幕に踏み込みました。天幕の中心からは、ターバンをした中年男が吹く笛が聞こえます。笛の調子に従い、魔法の絨毯が生物のように動きました。

「あっ……。パパドさん。お久しぶりです!」

「お……君たち。懐かしいネ。私も元気、貴方も元気そうネ」
 男は《魔法商人》パパドでした。かつて王都の祭りでイアラたちと協力した商人は、ラウェスを見て親しみ深い笑顔を浮かべます。そしてラウェスが馬の件を切り出すと、パパドは快諾しました。

「あとでその分仕事してもらうから……気にしないでいいネ」
 イアラたちはパパドの商隊に同行し、《天幕都市》ラルキアへと向かいました。パパドの話によれば、現状でのエルフと人間の関係は険悪で、しかるべき筋から交渉しないと危険だと言うのです。

「ここのエルフ……《星乃森妖精族/ノルン》と人間との関係は良好だと聞いたけど?」
 旅の中、揺れる馬車内でエリューシスが確認します。

「貴族の小競り合いに巻き込まれたエルフに犠牲者が出たネ。あと、最近になって《黒化/カースドダーク》が激しくなったのも、よくないネ」

「《黒化/カースドダーク》?」

「《星乃森妖精族》は水の魔王(シャツィヴォルズ)に侵食された《腐海/デキャリードシー》を浄化する使命を持つのよ」
 イアラの疑問にエリューシスは即答しました。

「そう。でも、魔王の呪いは強くて、時折、闇に侵食されたエルフがその力に染まってしまうネ。それが《黒化/カースドダーク》ヨ。こうなると、森の掟である《儀式生活/リテューアルライフ》に堪えられなくなるネ」

「《儀式生活/リテューアルライフ》って?」

「ちゃんと授業聞いてたの? エルフたちは生活様式を魔術儀式化することで、長大な寿命を得ているの。つまり、一年を同じサイクルで繰り返すってこと」

「退屈しない? あ、だから“堪えられない”のか。それじゃ《黒化/カースドダーク》すると森にいられないんだね」
 イアラの答えにエリューシスは満足して頷きます。

「エルフの中には最近増えた《黒化/カースドダーク》が、人間の陰謀だなんていう者もいてネ。でも《天幕都市》は、エルフよりもたらされる《星織糸/スターライトスティング》の加工を生業としているから、仲が悪いの困るネ」
 パパドは説明しながら、見えてきた《天幕都市》を指さしました。指さした先にある建物の一つが、呪文を合図に形を変えていきます。不思議なことに、建物は織物で造られており、魔法で変形して間取りが変わっていくのです。建物の前で馬車が止まると、天幕の中から少女が飛び出してきます。

「パパド、帰ったん?」
 体重がないのではないかというほど、軽やかな動きで少女は駆け寄り、馬を労いました。纏うローブのフードから垣間見えるのは、赤銅色の肌。華奢な体つきには似合わない、印象的な強い瞳。ローブの少女は好奇心たっぷりにイアラたちを見まわし、一点でぽん、と手を打ちます。

「シルフィア。これなら大丈夫ネ。この人たち、イベント慣れもしているヨ」

「おおぅ、エエ人材見っけて来たやん! ささ、中はいりぃ」
 シルフィアと呼ばれた少女は、イアラたちをそそくさと案内しました。手を叩くと、床に引かれた絨毯が椅子の形に変わります。促されて、イアラたちは腰掛けました。

「体に合わせて変形するし〜楽やろ? ウチはシルフィア。《星乃森妖精族/ノルン》族長の妹や。前は名代としてここの《遠司長》。要は外交官をしてたんやけど、今は《黒化/カースドダーク》してダークエルフになってもうてん」

「そ、その話し方も《黒化/カースドダーク》の影響なの?」

「この地域の方言や。しかしキミ……エエなぁ」
 ラウェスの問いに対して、シルフィアは即答し、目を輝かせます。
「ウチな、森におられんようになってん。黒いから。で、森からウチの代わりにテメレールっちゅうボンボンが派遣されよってん。そんでな、エルフと人間との和解のために、文化交流の演劇をしようっちゅー話になりよってん。それはエエんやけど」

「話が見えませんけど……」
「これからやん。テメレールが条件を出しよってん。なんでも格式っちゅーもんがあるゆうて、王都から人間最高の名門《オルエッタ歌劇団》を呼んでこいって言いよんねん。ま、ごちゃごちゃゆーとるけど、あいつ、実は人間文化のマニアなんや。特にこの女優・ヴォルタちゃんにご執心でな〜」
 シルフィアは王都で出回るプロマイドを差し出します。描かれているのは、すらっとした長身で整った顔立ちをした凛々しい少女。

「しかし《橋上都市》エルンの辺りで争乱があってネ。ヴォルタ、来られないことになったヨ」

「それでイアラたちに、舞台に出ろと? 確かにイアラは元々街角の歌姫もしててさ、そういうの慣れてるけど……」

「あんなんアカン。あんなちびっ子たちはお呼びやないねん。……《天幕都市》の星は、キミや!」
 ラウェスの掌をがしっと掴みつつ、シルフィアは熱く語りました。凍り付く空気を気にも留めずに。

 3日後。《天幕都市》の中央広場に作られた特設会場は、多数の観客で賑わっていました。来賓席にはエルフの《遠司長》・テメレールの姿があります。パパドに接待され、テメレールは上機嫌で呟きました。
「……人間の文化。少しは楽しみにしているのだよ。儚いところが、いい」
「そ、そうネ」

 そして一方、舞台裏。ラウェスが“イフェリア姫”役のドレスと付け髪を身につけ、仏頂面をしていました。

「ヒロインがそんな顔じゃダメダメ。笑顔だよ〜ラウェス」
 黒子服を着たイアラが、ラウェスの頬を掴み、広げます。
「大体の演技やセリフは《同調演舞/チェーンアクティング》の魔法で、わたしが代われるけど、笑顔は代われないんだからね?」

「とほほ。なんで僕が……」
「人々の前に立って道を示すのが勇者でしょ? 応用だってば」

 イフェリア姫をいじめる、いじわるメイド役の服を着たエリューシスが、ラウェスに微笑みます。役通り、少し意地悪く。

 イアラやシルフィアたち黒子の活躍もあって、演劇は成功を収めました。史実を元にした《忘却組曲》――「人間とエルフの間に起こった争いを憂いたイフェリア姫が、単身森に乗り込み、エルフの試練を受ける。エルフの信頼を勝ち得た王国は、その助勢を受けて侵略軍に勝利する」という演目は、テメレールの気に入るところになったのです。
 そして、晩餐会の席。ほろ酔いかげんの《遠司長》テメレールは「親睦を深めるため」に、主演女優ヴォルタへの挨拶を申し出ます。

「いやぁ、ヴォルタ! 素晴らしい演技。素晴らしい美しさ!! 私は感動したのだよ」
 戸惑うラウェスを引き寄せ、テメレールは肩を抱き、そして手を取りました。

「ちょ。何するの!?」
 双子姫が物陰から身を乗り出したとき、黒い疾風が駆け抜けます。まるで体重を感じさせない動きで。

「くぉの……! 《星乃森妖精族/ノルン》の恥っさらしがぁっ!! すっかたーん!」
 気がつくとシルフィアが、疾風よりもなお速く、ハリセンを繰り出していました。
 すべてを台無しにする勢いで。力強く。

◆お題となるシーン

「母とともに天上に去るクレシア」とか「パパドたちとの再会」「シルフィア登場」「ラウェスと演劇の練習をする双子姫」「テメレールにツッコミを入れるシルフィア」などのように、物語の一部を絵にしてください。設定から想像した何かを描いても構いません。
 みなさんでストーリーを構築するコーナーですから、新しい設定や、新キャラクター、衣装などは大歓迎です。

◆設定・《天幕都市》ラルキア

 エルフの住む《星雨の森》と隣接しており、さらに街道の交差点であることから、交易の中継点として栄える町です。エルフの織る魔法の糸《星織糸/スターライトスティング》により作られた、魔法の絹織物職人が常駐しており、空飛ぶ絨毯や呪文で形の変わる家具や家(!)といった、不思議な魔法の物品が扱われています。
 ラルキア商人は利に聡く、ノリがいいことでも有名であり、普段はサイフのヒモが堅いのですが、お祭りとなると、全員参加で盛り上がります。
 お祭りになると、魔法で作られた織物の家が移動し、場所を空けます。

 

◆月刊GAMEJAPAN 2008年5月号募集/『ファントムサウザント』第19回募集内容(締切5月13日)

  

◆第19回ストーリーテーマ設定画・《深緑都市》ミストリドルと、族長アーチェリード
 第19話は不思議なエルフの都市を訪れる物語です。

お題イラスト:加乃

 ――やってもうた。黄昏時の大広場に威勢よく響き渡る音を聞きながら、シルフィアは思いました。手中のハリセンを翻し、やったついでにもう一撃を叩き込みつつ、事態を認識します。

 その刹那、後頭部に連打を受けた、舞踏会の主賓・エルフ《遠司長》テメレールは、ゆっくりと崩れ落ちていきます。彼の前に立っていた名女優ヴォルタ―に扮した勇者の少年ラウェスは、優しく抱き留め……たりはせず、引きつった表情で難を逃れました。
 そして《天幕都市/ラルキア》の誇りである魔法の絨毯だけが気をきかせ、テメレールを優しく包み込みました。ぽふっと、カワイイ音がします。

「ぬおっ、狼藉者であるか。警備は何を……って!」
 《天幕都市》の重要な賓客である彼に、護衛がいなかったわけはありません。誰もハリセンを持った狼藉者に気付かない。それだけでした。
 《黒化/カースドダーク》したエルフは気配をほとんど発しないのです。だからこそ、シルフィアのような黒エルフは忌み嫌われるのですが、さておき。

「姫様! シルフィア姫様!?」
 色々な意味で決定的な一言をテメレールは発し、驚愕した口をつぐみます。凍り付いた幼なじみと目を合わせつつ、シルフィアは事態収拾に頭脳をフル回転させますが……。
 呪いで森を追放された身であっても、故郷を案じる気持ちに変わりはありません。今回だって、テメレールを密かに補佐しに来たはずでした。とはいえ、出したハリセンは引っ込めようがありません。

「このスケベ! エルフの恥ッさらしもたいがいにしとき!」
 とりあえず、こういう時は勢いが大切です。感情的にまくし立て、精神的イニシアティブを取るというのが、彼女の戦略でしたが……。
「ああああ、あくまで、友好と親睦のため。げげげ、下司な勘ぐりはやめていただきたい」

「はん。笑かすな! シタゴコロミエミエやで! 女の子の距離に踏み込むにはなぁ、それなりの段取りってモンがいるんや!!」
 シルフィアの剣幕に気圧されつつ、テメレールも負けじと反撃します。優秀なるエルフの頭脳は、こういう時に限って発揮され、彼らの口論は終わることがないのです。

「ふ、ふふん、何のつもりです? 似合わぬ王女位を退かれ、自由を満喫されているかと思いきや、社交の場に闖入ですか。ご自身どう振る舞われようと御勝手ですが、麗しきエルフの品位を貶める御行状は見過ごせませんな。淑女たるヴォルタ嬢の前で、浮かれ淑女の貴女が、何を語る言葉をお持ちだというのです?」
 ある意味正論ですが、嫌味っぽい口調に乗ると、人の心に届くもの。呪いで褐色に染まったシルフィアの肌が長い耳まで赤く染まるのを見て、イアラがラウェスに耳打ちします。

「私、こちらに参らなかった方がよろしかったかしら?」
 ラウェスの口からイアラの声が、『ヴォルタ』の言葉となって発せられました。《同調演舞/チェーンアクティング》の魔法です。
「私のために諍いが起こるなんて……耐えられませんわ。しかも、聞けばお二方とも相応なご身分のご様子。私のような下々の者のために……どうか、お止めあそばして」
 よよよ、と崩れる『ヴォルタ』をテメレールは取りなします。

「そ、そんな。ヴォルタ嬢、お気を悪くなさらずに」

「気を悪くしたのではありません。悲しいのです。美を司る《聖霊/セージ》ヴェルエーヌに愛されしエルフの方々が、私などのために……」
 言葉では引きつつ、じわじわ殴る『ヴォルタ』に、テメレールはおろおろし……勢い余ってシルフィアの手を掴むと、言い放ちました。

「我々は喧嘩などしておりませんよ! 彼女とは幼なじみです。再会の驚きで、つい子供の頃に戻ったように会話をしたまでのこと。……そうであろう、シルフィア姫!」
 シルフィアは怒り心頭とはいえ、目的を忘れている訳ではありません。苦虫数十匹を飲み下したあとのような笑顔で、首をこくこくと縦に振りました。

「よかった。私、心配しましたのよ。テメレール様もお人が悪いですわ。森にいらっしゃるエルフの殿方は皆様そうなのですか? それとも、テメレール様が特別に!?」
 『ヴォルタ』はテメレールから視線を逸らして言いました。それは気を引こうとしているかのようにも見えなくもない仕草です。

「いやいや、我ら二人の組み合わせが例外なのです。我らエルフは心優しき、古式ゆかしき伝統と秩序の守り手にして、紳士」
 ここぞとばかりにテメレールは、エルフの名誉挽回を試みます。

「まぁ。素晴らしい。私、貴方の森を見てみたいですわ」
「人間随一の淑女、麗しのヴォルタ嬢であるならば、我が森の賓客として何の不足があるでしょう」
 こうして『ヴォルタ』は森へ招待されました。思惑通りに。

 翌日。イアラたち一行は、テメレールの馬車で《星雨の森/スターズレイン》に入りました。森に入って暫くすると、馬車の立てる音が変わります。今まで絶え間なく流れていた小石や土を轢く音が止み、車軸の軋む音くらいしかしなくなったのです。

「《深緑都市/ミストリドル》に入りましたな。馬車を降りる時は、足下に気を付けられよ。ヴォルタ嬢はともかく、足の踏み出し方も知らぬ、付き人の端女たちは、《天幕都市/ラルキア》の絨毯にも勝る《天鵞絨蔦/カーペットロード》の滑らかさに足を取られるやも知れません」
 端女――それは明らかに付き人に扮した王女イアラとエリューシスを差した言葉でした。ラウェスは馬車内の空気が凍り付いたのを感じますが、テメレールは気付かぬ様子で喋り続けます。
 そんな時タイミングよく、馬車後部で「すとん」と音がしました。

「何の音ですか?」
「着いたようですね。族長からの連絡です」
 テメレールの言葉が合図かのように、一本の矢が車内の通信受けから吐き出されました。
「これは?」

「魔法文字が刻まれた矢文、ですよ。空をご覧なさい。森の中で白く光る筋が飛んでゆくでしょう。あれが矢文なのです。我々は特殊な紙に魔法文字を刻み、翼を与えて放ちます。そうすれば、恋する巣箱へ帰る鳩の如く、目指す者の《通信筒/ポスト》へ入るのですよ」
 馬車の小窓から外を見ると、空には行き交う白い光そして街並みが見えます。その街はすべてが生きた木々でできていました。大木一本からなる家もあれば、か細い幾種もの木々が寄り添って一つの家を形成しているものもあります。

「思った以上に明るいのですね」
 感嘆した『ヴォルタ』の言葉を受け、テメレールが嬉しそうに解説をし始めました。

「《家屋樹/ハウスツリー》は燐光を放つ実を、通年で持ちますからね。頭上の木漏れ日は、陽光ではなく《家屋樹》に実る《星雨の実/シャインベリー》の輝き。夜はさらに《灯火の樹》が光の花を咲かせ、大通りは明るくなるのです」
 その話を聞き、イアラとエリューシスは、自身が住んでいた《精霊樹の家》が、この森からもたらされた《家屋樹の種》から生まれたのだと、養父レーヴィンに聞いたことを思い出します。

 族長の矢文を受け、馬車は《王城樹/ペアレスツリー》に向かいました。
 テメレールは、白い石を思わせる質感の木で造られた城門に馬車を止めさせると、衛兵所に自身の帰還を告げさせます。すると、城から飛び出ている本の形の枝が、ページをめくり、来訪者についての記述が刻まれました。そして、テメレールは馬車を進め、城の正門前のロータリーに馬車を付けさせます。そして、一人先に降りると、いそいそと『ヴォルタ』をエスコートしようとしました。

「そこまでへりくだる必要もないでしょう、《遠司長》テレメール。ご婦人はご自身で降りられよう」
 現れたのは、《星乃森妖精族/ノルン》族長・アーチェリード。木々がざわめき、場の空気が華やぎます。千年を越える生涯の中で、高貴さを磨いた妖精王の存在感は、多弁なテメレールを黙らせるのに充分なものがありました。

「貴公は《天幕都市/ラルキア》へ帰られよ。まだ公務の途中であろう。この方々は《深緑都市/ミストリドル》の客人として私がもてなそう。客人の送迎、《遠司長》自らご苦労であった」

「族長アーチェリード。彼女は私の客人ですぞ」
 顔色を窺いつつも、手中の珠を取られてなるものか、とテメレールは反論します。しかし、アーチェリードは涼やかにいなしました。
「わきまえています。だが、この3人は私の客人でもあるのです。ラーナフェルト王国の王女エリューシス様とイアラ様ですね。付き人に扮するとは人が悪い。テメレールも悪ふざけに付き合うのは大変であったでしょうに」

「……お、うじょ、でんか!?」
 テメレールはアーチェリードの言葉を吟味し始めました。エルフの持つ優秀なる頭脳をフル回転させ……そして、成功させます。つじつま合わせに。

「そ、そうです。私はたぁいへん困ったのですよ。あ、溢れる気品は隠しようがないですからなぁ。では、私はこれにて失礼」
 テメレールは馬車に飛び乗ると、《天幕都市/ラルキア》へ引き返しました。

「さて。私の身内が色々とご迷惑をかけたようですね。申し訳ありませんでした。ちょっと失礼」
 テメレールを見送ると、真っ先にアーチェリードから出た言葉がこれでした。
 シルフィアの兄でもある彼は、詫びた後、剣のような形をした弦のない弓をつがえ、矢文を放ちました。

「その武器は……一体?」
 『ヴォルタ』がラウェスの声で質問し、慌てて口元を押さえます。

「《遠司長》殿がまっすぐ帰るか少し心配なので《目》を放ったのです。無礼を許されよ。さて、もう大丈夫ですよ、勇者ラウェス。可憐な格好が似合わないこともありませんが、大変でしょうから」
 妖精王は厳しい顔を少しだけ崩し、目元に笑みを浮かべました。

◆お題となるシーン

「母とともに天上に去るクレシア」とか「パパドたちとの再会」「シルフィア登場」「ラウェスと演劇の練習をする双子姫」「テメレールにツッコミを入れるシルフィア」などのように、物語の一部を絵にしてください。設定から想像した何かを描いても構いません。
 みなさんでストーリーを構築するコーナーですから、新しい設定や、新キャラクター、衣装などは大歓迎です。

◆設定・《深緑都市》ミストリドル

 《星乃森妖精族/ノルン》の住む、広大な《星雨の森》の中心にある、エルフの魔法都市です。
 高度100mにも達する《王城城/ペアレスツリー》を中心として、無数の《家屋樹/ハウスツリー》が立ち並ぶ大都市です。街道は《天鵞絨蔦/カーペットロード》と呼ばれる不思議な植物に覆われており、馬車で走っても振動しないほどの滑らかさを持ちます。
 《星雨の実/シャインベリー》と呼ばれる輝く果実により、終日灯りが灯されており、人間社会よりもある意味近代的な生活が営まれています。
 空に輝くのは、魔法の弓で放たれた《矢文》です。《星乃森妖精族》の弓矢は、森の中では障害物(敵ではない人間なども含む)を迂回して、目的までたどり着きますから、通信機器として使われるのです。

◆設定・《星乃森妖精族》アーチェリード

 星読みの力に長けたエルフ王にして、《地の蓋/ファントムサウザント》の守護者でもあります。魔法王ガザや《蒼碧の巫女》ユーネリアと同じく、星の運行から迫り来る世界の破滅を感じ取っており、その内面には苦悩があります。
 王女イアラとエリューシスを育てた《四賢者》の一人・《深緑の賢者》ヴォルドとは古い友人でした。

◆設定・《星識の弓/ジルフェリード》

 《星乃森妖精族》族長アーチェリードが保有する、伝説的な《神具》です。《星霊海》から落下した《星蹟石/メテオクローム》を、千年かけて鍛え上げた武具であり、通常はえん曲した魔剣ですが、弓のように構えることで魔法の弦が出現します。
 この弓は魔法の矢とセットになっており、用途によって使い分けます。劇中でアーチェリードが放ったのは《星識矢》です。これは『目』とも呼ばれ、放った先にあるものを持ち主に伝える効果があります。《星識矢》は自分で風を探して、どこまでも飛んでいくために、長大な射程距離を持ちます(風がない場合は飛べません)。ですから、アーチェリードは森に居ながらにして、世界中で起こった出来事をよく知っています。
 また《伝達矢》という矢もあります。これは、どこかに張られた紙に命中させることで、矢に話しかけた内容の文章を魔法文字として浮かび上がらせるという効果があります。
 戦いのさいには《流星矢》を用います。《流星矢》は敵と見定めた相手を追尾します。物陰に隠れるなどしても、軌道を変化させて命中するという恐るべき矢です。

◆月刊GAMEJAPAN 2008年6月号募集/『ファントムサウザント』第20回募集内容(締切6月4日)

 

◆第20回ストーリーテーマ設定画・《混沌王》ヴォルドと《星乃森妖精族》の《墓所》
 第20話は《星乃森妖精族》の墓所を舞台とした物語です。

お題イラスト:加乃

 「ねーねーヴェルエーヌぅ。おハナシしよーよぉ!?」
 重たく閉ざされた《水の蓋/ファントムサウザント》の底から、多重結界を越えてくすくすと笑みが聞こえます。その声を聞き、柳眉を上げたのは、美の守護者でもある『水』の《守護聖霊/アンゲルウィズ》ヴェルエーヌ。

「いやです。貴女とは美しき理に対する価値観が違いすぎますわ」
「つれないなあ。立場の違いこそあれ、同じ『水』同士じゃん」
「知りません」
「そりゃ、薹(とう)の立ちきった妙齢のおばさまと、水も滴るぴっちぴちの小娘とじゃ話が合わないのもムリがないけどねぇ」
 外見年齢から“おばさま=自身”だと気付いたヴェルエーヌは、《水の蓋》を通して、ひなたの猫のようにだらしなく寝そべっている『水』の《魔王/アナザーロード》シャツィヴォルズを睨め付けます。

「なんですってっ!?」
「おこらないおこらない。大体、わかいこと=イイコトなんてのは、人間の悪癖だよぉ。聖霊サマが人間の価値観なんかに振り回されてどぉするのさ」
 くすくす、とシャツィヴォルズは笑いました。

「《聖霊》ってカワイイよねぇ。人相の悪い《魔王》とじゃ比べモノにならないよ」

 カワイイと言われて、ヴェルエーヌは肩をすくめました。魔王最古参の一人であるシャツイヴォルズと口論することの無意味さを悟ったからです。そして、彼女からは何の害意も感じなかったから。
「何故、よりによって《地の蓋/ファントムサウザント》の解放を? 《魔王》の中でも貴女と地の《魔王》は犬猿の仲と聞きますが」

「嫌いだからだよぉ。あの怠け者にちっとは“労働”を、ってさ。どおせ、来るべき日が来るまで昼寝でもしてる気なんだ、アイツ」
 語尾の部分で声音が下がり、少し口調を変えました。

「《触姫/エクリプス》を鍛えるにはイイ駒なんだよね。ヴェルたんも気付いてるんでしょ? アイツら魔力の理もわからずに上っ面で力を使うから、偽物の火や水しか出せないのさ」
 ヴェルエーヌは沈黙します。双子姫の魔術は魔法王が確立した《契約魔術/コントラクトルーン》。本来“定まらぬ全て”であるの魔力に、《契約》という形を与え、多くの 術者に扱える“技術”としたもの。魔力そのものを動かす《聖霊》や《魔王》にとって、それは「意味も文法もわからずに外国語を叫ぶようなもの」でした。術者の精神性にあった道を世界の理と結びつけるのが、本来の魔法。状況に合わない言葉の羅列など限りなく無意味、そう魔王は言っているのです。

「勇者ちゃんの剣のほうが痛かったな。ま、あの子も自分が何者なのか全然わかってないんだけどネ」
 シャツィヴォルズはここで言葉を切るとくすり、笑って。

「だから、ダメだよぉ。試練の邪魔しちゃ。その為にボク、ここで大人しくしてあげてるんだから。《龍/ドラゴン》の気配がするし……余計なことすると、どうなっても知らないヨ?」
 ヴェルエーヌは、結界に捕らえているはずのシャツィヴォルズに微かな戦慄を覚えました。 時を同じくして、《星雨の森/スターズツリー》中央。《王城樹/ペアレスツリー》の中央・迎賓の間で、王女イアラとエリューシス、そして勇者ラウェスは《星乃森妖精族/ノルン》の族長、アーチェリードからのささやかな歓待を受けるところでした。

「ああ、ラクだ」
 生き返った心地がしたのは、女装を強いられていたラウェスです。化粧の厚さは言うまでもなく、最も辛いのは衣装でした。女優としての美しさを引き立てる優雅なドレスは、頑丈な綿の生地やワイヤーが、あり得ない力で容赦なくラウェスの胴を締め上げていたのです。

「女の人って大変……」
 しみじみと呟きますが、先に席に着き、物珍しい調度に気をとられていた双子姫には、聞こえなかったようでした。

「さて、」
 アーチェリードは乾杯しようと、葡萄酒の入った木製のカップを手に取りました。しかし、その手はなかなか掲げられません。

「どうかしましたか?」
 ラウェスは問います。勇者である彼は、アーチェリードから発した一瞬の緊張を逃しませんでした。

「強い闇の気配を感じる。正体はまだ分からないが」
「闇?」
 族長の一言で、明るかった場の雰囲気が緊迫した物に変わります。そして、彼が背負っている矢筒・《通信筒/ポスト》に矢文が飛び込みました。
 矢羽は草色の染め抜きに一筋の朱の線。この色調の矢文の使用を許されているのは、王族の女性のみ。矢柄の白は緊急時に用います。

「シルフィアか……、私以外に対して使ったら大問題になる」
 シルフィアは王妹でありながら闇に染まった者である以上、王族としての資格も失っています。ですから、この矢文の使用は御法度の筈でした。しかし、兄とはいえ族長に面と向かって使ってきたのです。 よっぽどの強心臓か、慌てていたのか……いや、その両方に違いない。呟きながらも、アーチェリードは急いで矢文に目を走らせました。

『《天幕都市/ラルキア》で、《現界之剣/ソードオブブレグラーン》を持つ人物を見かけたよ。注意されたし』

「《現界之剣》? ……《北天皇帝/アルテア》が!?」
 アーチェリードは顔色を変えました。この《深緑都市/ミストリドル》や《天幕都市》は中立です。そして人間の世界の諍いや権威など、《星雨の森》の格式の前では無にも等しいのです。
 とはいえ、《北天皇帝》の名は別格でした。《北天皇帝》とは、この《中央大陸》から海を隔てた《北極大陸》の軍事大国・ラスグラード帝国の皇帝を指す名ですが……。

「あの……話が見えないのですが」
 先程から徐々に強まっていく闇の気配にラウェスは悪寒を感じながらも、それとは全く別件の脅威を感じ取っているアーチェリードに声をかけずにはいられませんでした。

「知っているものと思うが《現界之剣》とは、この《中央大陸/フラスウェル》の北に位置する《北極大陸/アークティア》の大帝国・ラスグラードの皇帝が持つという武器だ」

「ええ。先代の《龍王/ブレグラーン》、つまり世界の創造主が滅びたさいに、その魂である《龍魂/カーバンクル》を宿す角から産み出されたという伝説装具、ですね」

「そうだ。世界の重さと同じ力を宿すが故に、《龍血/ワールドマテリアル》に祝福された《北天皇帝》の血筋でなければ、扱えない宝剣。私とシルフィアはかつて、《凱旋王》バルグムントらとともに、あの剣を持つ《北天皇帝》と対峙したことがある。見間違えることはない」
 忘れ得ぬ記憶の彼方、その向こうに立つ勇者の姿を脳裏に描きつつ、アーチェリードは続けました。

「《北天皇帝》は、大帝国の統治者である以前に、《世界勇者》でもあるのだ」
「《世界勇者/オーソリティ》?」
 イアラが口を挟みます。エリューシスがまたか、と頬を染めます。
「《北天皇帝》こそは《はじまりの勇者》を継ぐ血筋。先の《龍王/ブレグラーン》が命尽きるさいに、その貴き返り血を浴びた赤子の末裔なのよ」

 エリューシスの説明に、アーチェリードは頷きました。
「そう。そして《北天皇帝》とは、ラスグラード帝国の統治者である以前に、《世界勇者》でもある。世界の危機となれば、皇帝は世界のどこにでも赴き、危機を確かめ、必要とあらば《北帝軍》全軍を含む、すべての権力を行使するのだ。皇帝が現れたということは、世界のゆらぎを察したのやも……こうしてはおれぬ。《墓所》へと向かうぞ」

 アーチェリードは手にあった葡萄酒を飲み干すと、《星織の弓/ジルフェリード》を手に《王城樹》内にある《墓所》へ向かいました。イアラたちもそれに従いました。
 エルフの《墓所》とは、一族だけでなく四大元素の《精霊王》が宿る土地でもあります。

 つまり、千年の時を大地の理と共に生きるエルフが葬られた土地は、巨大な《想力/テイルズ》を宿す土地を意味するのです。
 また、エルフの長き生によって高められた万物の根源なる力・《想力》を用いて門外不出とされる《技》や《モノ》を封じている場所でした。
 《墓所》への道程。道を照らす木々《星雨の実/シャインベリー》の放つ光が、奥の方から冷たい輝きに侵食されてゆくのが、一行には見て取れました。

「結界を兼ねた星の実すら闇に染まるか」
 アーチェリードは厳しい顔をします。ラウェスが頷きます。

「尋常の《穢れ》ではありません。僕の装具も不浄に騒いでいます」

 そして水の《精霊王》はイアラに伝えます。

「憂うべき哉。《四大精霊》の要となるべきこの地が、闇に染まる。その闇は《魔王》を源としない」

 イアラは真意を質しますが、《精霊王》は直接的ではない返答をしました。

「《世界》の要は三極。《北天》の皇帝と《中央》の魔法王、そして《大華/グレイトディスタンス》の天帝。《中央》の王が、心を病み、大地が歪んだ」
「父様が?」
 双子姫は声を揃えました。

「魔法王は世界と同化を試みるが、人の部分は消せず。哀しみは世界の理を揺らす。一つは巫女の、主らの母の、死。もう一つは――」
 《精霊王》が言葉を継ごうとした時、一行は小さな墓地の前に佇む老魔術師に気付きます。双子姫にとっては懐かしい、けれどあり得ない人影でした。

「《深緑の賢者》ヴォルド!」
 叫ぶかのごとき問いかけに、老魔術師は闇を纏い、ゆらり、と向き直ります。
「蓋は開き、地の魔王ゾルヴ=ェルは《墓所》にて目覚めた。エルフたちは油断したのであろう。千年を生きた妖精たちの霊力が宿る《金字塔/ピラミッド》に封印があらば、族長が常駐せずとも《地の蓋》の封印は保てると。だが、儂がごとき《星雨の森》の理を知るもの自体が、封印を犯せば、《墓所》が宿す魔力は、むしろ企図に反して働く。千年の魔力は、この地の底に眠る《灼凍龍/ピュリフィングフレア》に、新たな禍き魂を宿すほどに、溢れていたよ」
 話しかける、というより文章の羅列を囁くような口調でした。

「ヴォルド……《灼凍龍》までも!?」
 アーチェリードは驚愕します。『地』の《魔王》。《黒き豊饒》ゾルヴ=ェルと共に封じられていた、合成生物。至強の存在・《龍》が姿を模し、《反逆王》と呼ばれし大魔術師の魂を宿した不死の魔獣の名をアーチェリードは口にしたのです。

「儂もまた試練。《水の魔王/シャツィヴォルズ》が仮初めの命は、そのためにこそある。我が友・《妖精王》、闇を重ね光となった古き血の勇者。そなたらのみ《地の魔王/ゾルヴ=ェル》への目通りを許そう」
 ヴォルドは呪印を組みます。冷たい光の扉が墓所の門に現れ、そこに族長と勇者の名が刻まれます。

「弟子にして養い子のイアラたちに立ちはだかるのかッ!?」
「ラウェス、主に魔導の深淵はわからぬ。行かぬのか? 勇者と《妖精王》には道が開かれたが」
「行くぞ」
 逡巡するラウェスに族長は宣言します。イアラたちは後を追いますが、見えぬ壁に阻まれ、進めません。結果、師弟は対峙しました。
「久しいな。《触姫/エクリプス》よ。が、再会を喜び、愛おしむべき抱擁をするには、この魂は闇の色をし過ぎておる。囁くぞ、闇が。そなたらを貶め汚し辱め、闇の繁栄をと。儂を思うのであれば、闇の礎にならぬかね?」
 ヴォルドは表情なく、笑いました。

「師よ。魔術の悪用を戒めた貴方が、闇に……!」
 エリューシスは、哀しみに満ちた目で光の禁呪を結印しますが、イアラはそれに『言葉』で応えました。
「アーチェリード様は言ったわ。師の真意は一つだって。そして師も言った。『儂もまた試練』、と」
「賢いな、イアラ。真理の欠片から王道を見ぬく無垢。それがお前の本質。それは最も貴く、そして危険なる存在たり得るということだ。だからこそ、我ら四賢者はお前には魔術を教えることができなかったのだよ」

「……真理に気付くなら、教えることができない!? そう……か!」
 そこでエリューシスが気づき、唇を噛みます。イアラが頷きます。
「そう。人は自分で気付いたことを基にして、実践していく。だから、『まだ』理解してはならない者には、教えることはできない、と……」

「ひとつ、理解が進んだようだの。では愛しい《触姫》たち。創造主の欠片よ。秩序立てた混沌よ! 見せてもらおうか、真理を!!」
 凝縮された闇が、ヴォルドの体を突き破り、解放されました。

◆お題となるシーン

「対立する水の魔王と聖霊」とか「シルフィアの矢を見て表情を変えるアーチェリード」「現れる賢者ヴォルド」「師・ヴォルドと対決する双子姫」などのように、物語の一部を絵にしてください。設定から想像した何かを描いても構いません。
 みなさんでストーリーを構築するコーナーですから、新しい設定や、新キャラクター、衣装などは大歓迎です。

◆設定・《混沌王/リッチ》ヴォルド

 『水』の《魔王》である《腐海産みし》シャツィヴォルズが、《水の蓋》に封印される寸前に解きはなった大魔法を受け、蘇った《深緑の賢者》ヴォルドです。
 ヴォルドはラーナフェルト王国の《四賢者》として、道を誤った魔術師の魔術を禁呪により破壊するという闇の使命を負っていたこともあり、禁忌とされる魔術にも通じていました。《魔王》に支配され、アンデッドの頂点に立つ《混沌王》として復活したヴォルドは、その恐るべき魔術をイアラたちに向けることになります。
 保持している杖は《霊脈の杖/ロッドオブヴィガ》と呼ばれる《伝説装具》です。自身の属性ではない《四大元素》の魔力を集める効果があり、その強大な魔力により打撃武器としても恐るべき威力を持ちます。

◆設定・《伝説装具》

 この時代は魔法王国ラーナフェルトを中心にした、魔法文明が栄える時代です。ですから、ある程度力を持つ魔法の品は日常的に産み出されています。
 しかし、強力な力を持つ《伝説装具》は“偶発的に”産み出されることがほとんどであり、狙って産み出すことは難しいとされています。

◆月刊GAMEJAPAN 2008年7月号募集/『ファントムサウザント』第21回募集内容(締切7月4日)

 

◆第21回ストーリーテーマ設定画・《黒き豊饒》ゾルヴ=ェルと《灼凍龍》ユグドラシル
 第21話では恐るべき闇の存在が立て続けに解き放たれます。

お題イラスト:加乃

 《星乃森妖精族/ノルン》の墓所・《金字塔/ピラミッド》。それは本来、千年の寿命を誇るエルフたちの霊力を無理なく世界に還すための魔法装置でした。自然の摂理から見て余りに長すぎるエルフの寿命は、失われてはならない世界の《根源》に関わる叡智を管理するための力。その叡智の中でも最も大切なものが、《金字塔》の中に封じられていました。

 それは、魔法で再現された太古の《星雨の森/スターズツリー》でした。恐るべき悪霊の王・《凄霊王/デヴィルロード》と相打ちになり、命を落とした、この世界の創造主《龍王/ブレグラーン》がまだ在位していたときの、真に力ある森。
 この土地が内包する強大な霊力は《超高密度魔術結界/トランセンデンスエンシェント》の一端となる《地の蓋/ファントムサウザント》をも支えていました。それにより《星乃森妖精族》は《水の蓋/ファントムサウザント》のように、巫女の生涯を犠牲にすることもなく、『地』の《魔王/アナザーロード》を初めとした魔のものたちを封じていたのですが……。

「久々にシャバに出たと思ったら、ジジィ趣味な場所だぜ。ここは」
 大地の色彩に彩られた、長身の青年が太古の光景を見て吐き捨てました。破壊された《地の蓋》の傍らには、紫の燐光を放つ美少女――『水』の《魔王》の分身が立っていました。

「あ、ゾルちん久しぶり〜。ボクだよ♪ 出所おめでと〜」
「よりによっててめぇの仕業か。気にいらねぇな。もう少し寝てるわ」
 『地』の《魔王》にして、地脈を惑わす《黒き豊饒》の二つ名を持つゾルヴ=ェルは、迷わずに《地の蓋》の封印に戻ろうとします。

「およよ? 帰られますか。予想通りの反応ありがと」
「……てめぇの思惑に乗るよりマシだ」
「でもさ《星雨の森》の族長と、お姫様みたいな勇者ちゃん。その他大勢がこっちに向かってるよ。ボク、けしかけたからさ。その《地の蓋》に戻ったら、逃げ場ないんだけど?」
「フン、この場の霊力を使えば、そんな連中は始末……って、あれ?」
「ざぁんねんっ! ここの霊力はボクがもう使っちゃいました。てへへ」
「まさか……《灼凍龍/ピュアリングフレア》ユグドラシルの精神封印を!?」
「そう。ボクが昔この森を滅ぼした理由。生命創造よりありし《始まりの生命樹/グランセフィーロ》をその体とし、千年生きるエルフ千人の霊力を動力源にした、究極の《合成生物/キマイラ》だよ。見たいでしょ? 協力しないなら《地の蓋》にコイツをご披露しようかな。ついでにキミの氏族を皆殺しにしちゃうぞ!?」
「……てぇめぇ!」
 言いながら、『地』の《魔王》は身構えます。復活したばかりで魔力の戻らない自分と、魔力充分で、ただ単に意識を封印されていただけの《灼凍龍》ユグドラシル。
 戦って負けるとは思いませんが、そこで魔力を失ったなら、勇者たちに不覚を取る……そう考えた『地』の《魔王》は、不敵に笑いました。

「要は《灼凍龍》が勇者たちと相打ちになりゃいいわけだ。手駒がなきゃ、封印されているてめぇは何もできないわな」

 右手を掲げると、大気中にそれを中心とした毒々しい緑の渦が巻きはじめます。背後に勇者ラウェスと《妖精王》アーチェリードの足音を確認した『地』の《魔王》は、右手を掲げました。大気中に毒々しい緑の渦が巻きはじめ《門》が開きます。《魔王》は身を翻すと、その中に飛び込みました。

「クス。ゾルちんの行動はわかりやすいなぁ。こんなんばかりなら、封印されたままでも世界を支配できるかもね」
 クスクスと《水》の《魔王》の分身は笑いました。聖剣を抜刀した勇者ラウェスを見据え、心から愉しむように。

 一方、《金字塔》の外。双子の王女イアラとエリューシスは、師にして祖父にも等しい、《深緑の賢者》ヴォルドと対峙していました。今のヴォルドは『水』の《魔王》により、最高位の《不死者/アンデッド》である《混沌王/リッチ》として蘇った闇の走狗でした。

 避け得ぬ戦いに、双子姫は涙します。その悲しみに答えるかのように、雨が降り出しました。師が蒼き闇の走狗に堕ちてまで、伝えたいこと。自分たちへの最後の授業。

「なぜ仕掛けてこない? ……昔話でも望むか、我が弟子よ」
 言いつつもヴォルドは呪文に必要な結印も詠唱も行いません。師の真意を見極めるべく、双子姫は意識を研ぎ澄まします。

「死と共にガザの《強制》も解けたでな。では真実を語ろうか。儂は《触姫》を作るのに協力した。だが、それは失敗した」
「失敗?」
「《聖霊》クレシアが干渉したのだよ。ただの戦闘人形となるはずだった《触姫》に『心』などを与えてな……」
 無表情に語るヴォルドのその視線は、イアラだけを向いていました。

「『世界を救う存在なら、世界の悲しみを受け止められなくては』などという、浅はかなる人道主義。《聖霊》どものエゴの産物。それが《触姫》を不完全な化物にしたのだ」

「師よ! 貴方はそれを肯定した母や父王をも辱めるかッ!!」
 エリューシスが激昂し、涙と共に術を紡ぎました。
 唱えたのは《大地激動》。場には彼女の主属性である『火』の魔力が少ないため、副属性である『地』の術を使ったのです。
 そして《大地激動》は最高位攻撃魔法である《金剛剣舞》にはない特性があります。それは大地を揺らし、地割れを起こす力。
 師がどのような防御魔術を用いるにせよ、結印を妨害できれば、術は本来の力を発揮できない。それがエリューシスの思惑でした。

「フン……優等生の回答か。試験なら合格じゃがな、実戦には相手がいるものよ。これが力を隠さぬ儂だ、エリューシス!」
 避けるどころか、ヴォルドは術に飛び込み、間合いを詰めます。当然地割れに足を取られ、転倒するはずでした、が……。

「術が……分解されていく!? 防御の術も使わずに?」
 刹那、エリューシスは魔法学校の上級講義を思い出します。
 教授たちは、一人残らずエリューシスの天才的な魔術に舌を巻き、絶賛していました。けれど、今、突きつけられているのは、どんな賛辞も虚しく響く現実。力の差。
 絶望の縁に立たされたエリューシスの脳裏に、光の禁呪が浮かびました。闇を封じるために編み出された《絶光閃封/シャインエクシード》であれば、あるいは《混沌王》と化した師を浄化できるはず。……しかしイアラが言う通り、これが師の“授業(レッスン)”だというのであれば、そんな回答が望まれているはずはないのです。

 思考に沈みかけた姉姫を、イアラが突き飛ばしました。間一髪、ヴォルドが振りかざした《霊脈の杖/ロッドオブヴィガ》の一撃を避けた二人は、慌てて跳ね起きます。前衛のいない双子姫にとって、魔術を封じられたに等しい状況は、まさに絶望的でした。

――赤点魔のわたしが使った魔法が効かないなら判るけど、姉様の魔法までが届かないなんて。

 イアラは考えます。なぜ、エリューシスの魔法が分解されてしまうのか。

「もう打つ手なしかね? 所詮は王女でありつつ、愚民に混じって歌っていた娘よ。せいぜい大切な者どもでも思い出し、息絶えるがよい」
 ヴォルドは杖を振ると、魔力を猛烈な勢いで集め始めました。

──うた? 大切な、者!?

 イアラは必死に考えます。ヴォルドが“選んだ”言葉の真意を。

──全ての《音》を《精霊/エレメンタル》たちの囁きだと考えるのだ、イアラ。

 ふと、《風歌の賢者》フレオールの言葉が甦ります。脳裏を過ぎるのは《音叉の塔》での不思議な修行。《精霊/エレメンタル》の囁きにバラードを感じ、舞踏曲から《想力/テイルズ》の流れを読む。そこには完全解はなく、暗記が苦手なイアラには、それが必然な《契約魔術/コントラクトルーン》より、余程なじめる力でした。

──あの様式なら……魔法が発動するまで、その効果はわからない。

 そしてイアラは気付きます。ヴォルドが自分にリュートを持たせ、街角で歌わせた意味に。今際の際にフレオールの元に向かわせたことの意味に。

「そうだ……呪文の数しか魔術がないわけじゃない! 魔力とは根源の力《想力/テイルズ》!! その本質は世界に流れ、たゆたう楽曲!!」
 そう言って、イアラはそっと姉姫の手を取りました。その行動は思い詰め、禁呪を呟こうとしたエリューシスを我に戻します。

――汚された地、留めらし澱みよ。我はその悲しみに《鎮魂歌/レクイエム》を贈ろう。

 街頭で吟遊詩人として、歌を紡ぐ日々を送ってきたイアラにとって、即興で曲を作ることは簡単でした。そして、この魔法は、この地に満ちる《想力/テイルズ》を曲に合わせて汲んで、織り上げるものです。

――継いで。その怒り、悲しみを刃として研ぐアリア。

 イアラの歌声が激しさ・深さを増すたび、《風の精霊/シルフ》たちは歌い、研ぎ澄まされます。それは《精霊/エレメンタル》による、一大コンサート。そしてエリューシスは気付きます。その旋律は魔法学校の校歌と同じであることに。

 流れ出す旋律は、《混沌王/リッチ》の集めた魔力――つまり《精霊/エレメンタル》を魅了し、共に歌わせていきます。目の前で起こりつつある事実を理解したエリューシスは、こくりと頷くと、イアラと共に歌いました。闇を払い、光を湛える古の詩をイアラの紡ぐ歌に載せたのです。

「我が魔力を奪い取るとは……さすがは《触姫/エクリプス》よ! だが……!!」
 ヴォルドは《漆黒の蛇/ダークネスバイパー》を杖から解き放ちます。多くの道を誤った魔術師たちを葬り去った暗殺魔術。それは《精霊/エレメンタル》たちの歌う渦と衝突します。しかし、エリューシスが込めた光の想いが、調べが、闇を払っていきました。

「……見事」
 双子姫が合唱する《浄化ノ祈リ/セーブ・ソウル》の調べに巻き込まれ、不死の魔力を断たれたヴォルドが満足げに呟きました。

『ヴォルド!』
 駆け寄る双子姫に、ヴォルドは師としての目を向けます。

「不死は断たれ、儂の束縛は解かれた。よく本質に気付いたな。《契約魔術/コントラクトルーン》とは、術者の力量と関わりなき術。魔力容量の大きなお前たちには無用よ」
 砂のように崩れていく師は、双子姫に言い残しました。

「浅はかな人道主義と言ったが、それに加担したのは儂も同じよ」
 死者のみが持つ黒き血を吐きながら、師は囁き、双子姫は涙ながらに頷きました。その光景を物陰から見守っていた男が呟きます。

「これが《触姫》、ね。なるほど。でも、もう魔力はないわな。どう動く?」
 男――『地』の《魔王》ゾルヴ=ェルは不敵に笑い、具現化しました。

◆お題となるシーン

「封印から解き放たれた『地』の《魔王》と対峙する『水』の《魔王》の分身」とか「《灼凍龍》ユグドラシルと対峙する、ラウェスとアーチェリード」「《混沌王》ヴォルドと対峙する双子姫」「魔法が分解され、驚愕するエリューシス」「心を合わせて魔法を織る双子姫」などのように、物語の一部を絵にしてください。設定から想像した何かを描いても構いません。なお、扉絵を予定しているのは、ラストシーン(崩れ落ちるヴォルドを介抱する双子姫の前に現れる『地』の《魔王》です)。
 みなさんでストーリーを構築するコーナーですから、新しい設定や、新キャラクター、衣装などは大歓迎です。

◆設定・『地』の《魔王》・《黒き豊饒》ゾルヴ=ェル

 《二天四大》の理の中で、『地』を司る《魔王》です。
 大地の理をねじ曲げ、生物を本来あるべき姿とは別の方向に進化させる力を持つため、《黒き豊饒》の二つ名で恐れられています。

 かつては、《不死者》を産み出す力を持つ『水』の《魔王》と協力して《合成生物》を産み出したりもしたのですが、《灼凍龍》ユグドラシルを創造するさいに、意見が対立して、それ以来犬猿の仲となっています(それ以来、《不死者》や《魔法生物》を紛い物として毛嫌いしています)。

 極めてひねくれ者で、かつプライドが高く「右の道を行け」と言われれば、迷わず左に行くような性格をしていますが、スマートではない行動を嫌います。
 また、自身の配下や身内と認識したものに対しては、情のある行動を取ることもあります(《魔王》の中では、一、二を争うほど人間的なので、《銀彗王》スパルリオとは気が合います)。

 戦闘時には、大地を破壊する力を持つ魔法の指輪を指にはめて格闘します。この指輪は《不死者》以外の大地に祝福されたものに、大打撃を与えるという力を持ちます。

◆設定・《灼凍龍》ユグドラシル

 先の《龍王》による、生命創造の最初に産み出されたという、全ての生命の素となる《生命樹》――《始まりの生命樹》を肉体として持つ、最強クラスの《合成生物》です。
 その最高の器には、動力源として、千人にも及ぶエルフの賢者の魂が封じ込められています(積み重なった想いが《想力》となる、この世界において、千年生きるエルフの魂は、最高の魔法触媒の一つと言えます)。

 「最高の器に最高の魂を組み合わせてみたかった」という『水』の《魔王》の好奇心は、《星雨の森》を滅ぼした上に《腐海》としました。そして、産み出された《灼凍龍》ユグドラシルは、恐るべき戦闘能力を持ちました。吐く吐息は体を灼きつつ、心を凍り付かせ、その肉体は極めて強い再生能力を有していたのです。

 その戦闘力は《魔王》や《聖霊》、《龍》にこそ劣るものの、世界の根源に関わる力を有しているため、事実上殺すことができません。ですから、『水』の《魔王》の封印後、その精神だけを《金字塔》に封じていたのです(動力源となる賢者たちの魂を浄化して無力化するためです)。

◆月刊GAMEJAPAN 2008年8月号募集/『ファントムサウザント』第22回募集内容(締切8月4日)

 

◆第22回ストーリーテーマ設定画・《北天皇帝》フォルトと皇女フラウリート
 第22話では、《龍》の力を持つ兄妹が《北帝》より現れます。なお、今回よりイラスト担当が月邸 沙夜先生に代わります。

お題イラスト:月邸 沙夜

 その日は、白青輝く空にちらほらと小雪が舞っていました。元より磨き抜かれた《雪晶宮/ホワイトパレス》の大理石が雪に彩られ、なお、白く輝きます。その白一色の世界に、響き渡るのは、少し怒ったような足音。
 世界に色を与えるのは、真紅に輝く戦装束《朱の反響/バーミリオンシンフォニア》を纏う、小柄な人影。勇者の装束を纏ったその少女は、不審者そのものな動作で辺りを窺いながら、目指す一点を見つめました。

 そこは《中央大陸/フラスウェル》の北に位置する《北極大陸/アークティア》。その広大なる氷雪の大地を支配する、軍事帝国ラスグラード。
 さらにその中でも警備厳重な《北天宮/ノウズガーデン》の宝物庫です。
 掘に囲まれたそこは、石橋でのみ外とつながっていました。
「警備は……ホリンと……ルーシュ! らっきー」

 少女は物陰から軽く手を振ると、衝撃波が発生し、数十m先にある庭園の林檎が激しく落ちていきます。

「侵入者か!?」
(よーし、今よフラウ! 1・2・3・だーっ!!)
 心の中でタイミングを図り、全力加速! 瞬く間に紅い疾風が巻き起こり、手近な樹木を踏み台に、ジャンプ! 10mはある掘を軽々と飛び越えます。そして宝物庫の裏手に回り込み、鍵のかかった通用門にたどり着きました。ここまで3秒。

「ごめんっ、鍵さん。怒られちゃうね。正義のために仕方ないの」
 小声で呟き、ノブに《気》を込めます。脳内で扉が映像化され、少し気合いを入れると、閂が動き出して、錠が開きました。

「《中央/コンティネンタルハート》が不条理な戦乱に巻き込まれ、おまけに《魔王/アナザーロード》まで出たってのに! なっにが『手だし無用』よ。世界の危機に立ち向かうのが、《世界勇者/オーソリティ》のすべきことだって、お兄ちゃんと大臣たちに見せてあげるんだからっ!」
 《宝物庫》に遍く百宝の中でひときわ輝く、絶対宝剣《世界之剣/ソードオブブレグラーン》を見据え、皇女は密やかに宣言しました。

「挨拶が遅れたな《触姫/エクリプス》。俺は『地』の《魔王》ゾルヴ=ェル」
 少しあと。《星雨の森/スターズツリー》にて白を基調とした服を纏う、褐色肌の伊達男が値踏みするように、双子姫を見ていました。
 《不死王/リッチ》と化した師・《深緑の賢者》ヴォルドとの戦いで消耗しきった双子姫には、絶望的な現実に、絶句します。
 そして二人はそこで悟ります。これまで戦った『月』や『水』の《魔王》がどれほど力を抑えていたか、ということを。ゾルヴ=ェルの動きにはまるで隙など見えず、印を結ぶことも、呪文を口にすることも、させないだけの『力』を発していました。

「お? 俺の実力が図れるのか。さすがは《触姫》」
 不敵に笑うゾルヴ=ェルを見て、エリューシスの瞳に恐怖が浮かびます。それを見て、イアラが姉姫を庇うように立ちはだかりました。

「そうか……お前が《触姫》で、そっちが出来損ないってわけだな。とりあえず、確かめてみるとするか」
 ゾルヴ=ェルは片手を薙ぎ払います。圧縮された気が爆発的に発生し、壁のように迫りました。イアラはエリューシスを庇いつつ、衝撃をまともに受けて巨木に叩き付けられます。

「気にいらねぇ。ダメージを受けつつも、使えねー姉を逃がそうと、倒れつつも隙を伺ってやがる。これだから《人形》ってヤツは……」
 冷ややかな視線をイアラに向けたゾルヴ=ェルを見て、エリューシスが怒気を言葉に込めます。

「……《人形》? 《魔王》っ! イアラを人形と呼んだのか!!」
「事実さ。思わなかったか? 双子にも関わらず、お前たちは似ていない。人間に限らず、生きてるヤツは、生きることを優先するもんだ。勝ち目がなけりゃ、尻尾巻いて退散する。勝てそうな時には調子づく。身の危険をさしおいて《最適解》を優先するなんざ、生きてる人間のすることじゃない。違うか?」
「黙れッ!」
「お前は気に入ったぜ、《日触姫》。強いものに怯え、妹のために恐怖を抑える。お前は確かに人間だ。人形じゃ、なく」

 ゾルヴ=ェルの言葉にエリューシスの中の何かが切れました。脇目もふらず、術の印を結びますが、その手を《魔王》は手早く取り抑え、エリューシスを引き寄せて、その瞳をのぞき込みます。

「《月》と《水》がそっちの《月触姫》な人形を推すってんなら、俺はこっちの出来損ないの《日触姫》を引き受けてやるよ。……俺が《大魔王/オーヴァーロード》の擁立者になってやるさ」

「ねぇさまから……離れろ!」

「黙れ《人形》。魂を《聖霊/セージ》に成形され、肉体は魔術のお仕着せか……哀れだから、止めをさしてやる。隠し球とかあっても、面倒だからな」
 ゾルヴ=ェルが掲げた手を振り下ろそうとした時でした。

「そこまでよ! 例え天・地が許そうと、人たる我と、我が剣が許しはしないっ!!」

「あぁ?」
 仰ぎ見ると、《金字塔》の天辺に立つ美少女が、ぴしぃいいいっ! と指さしていました。決めポーズと共に、背中に背負う不釣り合いな大剣を軽々と引き抜きます。

「わたしにあったのが運の尽き! ここが年貢の納め時よっ!」
 美少女――フラウは《葦原群島/リーベン》から輸入した冒険小説のフレーズをそのまま叫ぶと、《金字塔/ピラミッド》から飛び降りました。

「《龍/ドラゴン》の気配がしたかと思えば、もぅ来たのかよ。せっかちな小娘だな。とはいえ、抱えているオモチャは、ちょっと物騒すぎるぜ、子猫ちゃん」
「……子猫ちゃん!? 我が名は《世界勇者》フラウリート!」
「お子様は、その包丁でお手々を切る前に、帰って寝ろ」
「〜〜〜〜ッ! 笑っていられるのも今のうちだからね!!」

「み……えない!?」
 怒気と共にフラウが走り、神速の斬撃が放たれました。双子姫には紅い疾風しか見えないほどの疾風となって。

「踏み込みは悪くない。だが、剣がカルいし、直線的だな」
 ゾルヴ=ェルは斬りつけられた《世界之剣》の平を、指で弾きました。
 そして、体が浮いたところを後ろ足で足払い。転倒したフラウが何とか起きあがると、ゾルヴ=ェルは鼻先まで顔を寄せました。
「お……《世界之剣》を落とさないところは立派だな」

「黙れ悪漢! わたしを愚弄するかっ!!」
「愚弄なんかしないさ。素直なヤツは嫌いじゃない。からかわれる実力ってだけだ」
 ゾルヴ=ェルは言うなり、呪文も唱えずに分身します。

「全部実体だが、術の起点は一か所。さあて、見切ってみな!」
「どれかが本体なら、全部まとめて斬るだけよっ!」

 フラウは《折れぬ血潮/テスタロッサハート》を解放し、空間を一薙ぎしました。裂かれた大気が無数の刃となって、ゾルヴ=ェルに襲いかかります。

「ハズレ」
 ゾルヴ=ェルの幻影がかき消え、フラウの背後に本体が現れます。そして髪に《星雨の花》を一枝、挿しました。
「納得したか? 弱っちいのをいたぶる趣味はないんでな。ケリをつけてやるさ。お前が闘士を失わなかったことを証明してやるよ。ずっと、そのままの姿でいるんだな!」

 言葉と共に放たれた黒い矢をフラウは弾きます。弾かれた矢はそのまま足下に刺さり、フラウの影を縫いつけました。
「これが戦闘経験の差ってヤツだ。石にでもなるんだな」
  《練石の指輪》が煌めき、フラウに黒い光が放たれます。

「だめっ!」
 そこにイアラが割って入り、光をその身で受けました。

「あーっ。何するんだよ、《人形》!」
 瞬間。重く、痺れたかのような感覚がイアラの全身を支配し始めました。つま先から、指先から。立ったまま、足下から《石化》が始まったのです。

「だから《人形》は嫌いなんだよ。自分よりも価値の低いヤツを助けるために、勝ち目のない勝負に、しゃしゃり出やがって……オマケに時間切れ、と来ていやがる」
 そこに強い気配が現れます。《灼凍龍/ユグドラシル》との戦いで手負いとなった、勇者ラウェスと《妖精王》アーチェリードでした。

「イアラっ、エリューシスっ!! …………ぐ、う?」
 ラウェスが《折れぬ血潮》を解放した、その時でした。全身の血が荒れ狂い、身動きが取れなくなったのです。それはフラウも同じ。

「お? 《龍》の血の共鳴とは、珍しいもんが見られたな」
 動けない勇者を一瞥し、ゾルヴ=ェルはアーチェリードに向き直ります。
「おたくの弓なら、俺は手傷を負うだろう。だが、俺の血潮は、この地を千年の腐海にするだろうさ。この天地開闢の聖地を、な」

「……ならば、その傷口の呪いを払えばいい」
 新雪の輝きが突如出現しました。解き放たれたのは、群青の輝きを放つ魔剣。
「何っ? 《龍》の気配が強すぎると思ったら、テメーだったか。本物の《世界勇者》――《北天皇帝/アルテア》・ラズワルド!」
 無数の《隕鉄/メテオクローム》を溶かし、特殊な配合で鋳造された青の《蹟剣》。
 本来はフラウの剣であった《群青切り裂くもの/ラズワルドブランス》に深く切り裂かれ、はじき飛ばされたゾルヴ=ェルはうめきました。
 深く切り裂かれた傷口から、呪いが浄化されていきます。

「今の私は、“フォルト”だ」

「フン、その剣が《世界之剣》だったなら、ヤバかったが、な。……オレは運があるようだな」
 立ち上がったゾルヴ=ェルの傍らに、エリューシスが倒れていました。《魔王》の邪眼を受け、金縛りとなったエリューシスはなすすべなく囚われます。
「意味はわかるな? 《世界勇者》」

「エ、リュー……し、すっ!」
 《共鳴》に苦しむラウェスが立ち上がりますが、フォルトが制しました。
「あの距離では、ヤツの拳のほうが早い」

「ま、そういうことだ。コイツは立派な《大魔王》に育ててやるよ。じゃあな」
 渦巻く《門》を開き、《魔王》はその場を去りました。姉が連れ去られていくというのに、半ば石化したイアラは声も出ませんでした。

「世界を救うために生まれた命」
 それが母の言葉でした。それが生きる意味と思ったから、苦しくとも耐えてきたのです。例え人形と呼ばれても。でも、もう姉の名すら呼べませんでした。涙が視界を歪めます。

「私の迷い、妹の不始末……許せ」
 その時、深い憂いをその瞳に浮かべたフォルトはそっと、イアラに唇を重ねます。接触したところから、呪いがフォルトに移り、イアラの石化が溶けていきました。

◆お題となるシーン

「不審な動きで宝物庫を窺うフラウリート」とか「宝物庫で一人宣言するフラウリート」「イアラを人形と呼ぶ魔王ゾルヴ=ェルと怒るエリューシス」「石化の呪いからフラウをかばうイアラ」「圧倒的な力を見せつけるフォルト」「エリューシスを連れ去るゾルヴ=ェル」「イアラの呪いを引き受けるフォルト」などのように、物語の一部を絵にしてください。設定から想像した何かを描いても構いません。なお、扉絵を予定しているのは、《金字塔》の上から、口上を述べるフラウリートです。
 みなさんでストーリーを構築するコーナーですから、新しい設定や、新キャラクター、衣装などは大歓迎です。

◆設定・《北天皇帝》と《世界勇者》

 《北天皇帝》とは、物語の舞台である《中央》地方の北に位置する《北極大陸》に存在する軍事大国・ラスグラード帝国統治者を指します。
 創造主たる《龍王》が命尽きた土地である《北帝》地方は、世界で最も《諍霊/デモン》が出現する土地でもあります。そしてラスグラード帝国の皇帝は、《龍王》と《始まりの巨人王》と『月』の魔王スパルリオによる血の加護を受けた人の子(エピソードリクエスト♯5参照)の末裔であり、世界最強の力を持つ勇者でもあります。
 それ故に最強の勇者である《北天皇帝》は、世界全体を護る存在・《世界勇者》と呼ばれており、実際に大半の国家もそれを認めているのです。
 《北天皇帝》のあらゆる権力は、ただ世界を救うためのものであり、必要とあらばラスグラード帝国の全てを動かすことが認められています。

◆設定・ラズワルド・イレス・フォルテ・レヴァーグ(フォルト)

 11年前、11歳でラスグラード帝国第35代皇帝に即位した青年皇帝です。
 ある理由により、《聖霊》や《魔王》すらも軽く凌駕し、《龍》の域に達する実力を持つ、世界最強の勇者です。その力は歴代《世界勇者》でも最強と呼ばれており、《世界之剣》を用いた際には空間を歪め、《異界》の門を開いたことすらあります。
 しかし、その実力は、まず父に、そして祖父に発揮されました。11歳にして血の粛清と帝位簒奪を行い、そののち、国内に善政を広く行ったのです。
 その矛盾した在り方から、多くの国民は彼を恐れ、また敬っています。
 なお、フォルトというのは彼の《儀式名》の一つです。《儀式名》というのは、《世界勇者》が役目を行う際に名乗る名前であり、その名前自体に加護があります。魔法に強い名とか、足を速める名とかそういう意味合いなのですが、フォルトは最初の《儀式名》にして、今は亡き母より受けた名前でもあるのです。
 寡黙な性格であり、口に出すよりも行動で示すタイプです。自身の行った粛正により、失われた勇者への信頼を、行動で取り戻そうとしています。それゆえ、本来の性格をねじ曲げてまで、勇者という偶像を演じています。
 身に纏う《白青の天主/スノゥガーブ》は、新雪の輝きを放つ鎧です。気流を操作することで、《龍息/ドラゴンブレス》すらもねじ曲げるという、伝説装具です。
 なお、今後明らかになりますが、ラウェスはフォルト&フラウの異母兄弟です。

◆月刊GAMEJAPAN 2008年9月号募集/『ファントムサウザント』第23回募集内容(締切9月11日)

 

◆第23回ストーリーテーマ設定画・《北天皇帝》ライゼスとアルザス、帝妃テティア
 第23話はこの世界を守護する存在である《世界勇者》にまつわる物語です。

お題イラスト:月邸 沙夜

 その少女の心は儚いものでした。ただ世界を救うために生まれてきた命。作られた心。
 《守護聖霊/アンゲルウィズ》クレシアの干渉を受けた正しき心は、誰かの慟哭に手を差し伸べ、向けられた笑顔に生き甲斐を感じました。そこにあるのは、人として生きる上で感じる負の部分――例えば妬みや虚栄心――そうした因子が決定的に欠けた心。
 地の《魔王/アナザーロード》ゾルヴ=ェルに《人形》呼ばわりされるまでもなく、人と自分の感じ方はどこか違うと感じていたのです。それを確信させたのは、生き別れて、そして死に別れた母の告白。

「貴女は世界を救うために、産み出された《触姫/エクリプス》なのです」
 それを聞いて、少女は救われました。そこに自身が生まれた意味がある、と思って。だから、自分をかばった勇者の少女に、地の《魔王》の呪いが向けられたとき、考えるより先に体が動きました。
 そして突きつけられたのが、ままならない“現実”。呪いは少女――イアラを侵食し、手足の先から石化が始まりました。呪いですべてが石に変わる前に、悲しみで心が石になりそうでした。

 地の《魔王》は、かけがえなき姉姫を拉致し、空間の裂け目に消えていきます。無力さに涙がこぼれますが、流れた涙すらも石に変わっていきました。呪いが首に達し、意識までが固まっていきます。
 色や温度すらも失なわれていく世界。僅かにまだ見える視界に青年が現れました。深い湖底のような色をした瞳でした。
 何て悲しい目をしているんだろう、ふとそう思います。意識が完全に消えていく瞬間に、青年の詫びる声が聞こえました。
 それと同時に色を失った世界が砕けました。自身の中に渦巻いた禍々しい気配が晴れていく、そんな感覚でした。急速に意識が戻ったとき、青年が自分から唇を放したのがわかります。
 はっきりしてきた意識が、瞬時に真っ白になります。状況を認識すると共に、心臓が高鳴り、頬が赤らむのを感じます。あたふたして喋れないイアラに、青年は重ねて「すまぬ」と言いました。
 感情の動きが感じられない声でしたが、なぜかイアラには、青年から悲しみと気恥ずかしさ、申し訳なさが伝わってきました。そして、自身の中にあった渦巻くような闇も。

「そのっ……からだ、大丈夫、ですか!?」
 やっと、声が出ました。青年の体は石化してはいませんでしたが、僅かに石のような輝きを放っています。それが彫像のような青年の美貌を、より人間離れしたものにさせていました。

「拙い妹が迷惑をかけた。貴女が受けた呪いをもらい受けるには、気を吐き出す口から吸い出すしか道がなかった。……許されよ」

 凍り付いていたのはイアラだけではありませんでした。
 海を隔てた《北極大陸/アークティア》にて、世界の大事に動かなかった自慢の兄。
 “フォルト”の《儀式名》を持つ、《北天皇帝/アルテア》ラズワルドが突如現れ、自身の不始末を救い、見ず知らずの少女の呪いを口から吸い出したのです。《世界勇者/オーソリティ》の妹たるフラウリートには、許容できる現実ではありませんでした。

「☆●×△〜〜ッ!!!! ちょっ、あなた、お兄ちゃんに何てことをっ!」
 事実を誤って認識しているのは重々わかっていたのですが、そんな言葉しか出ませんでした。兄である《北天皇帝》は、珍しく当惑しながら気を放ち、フラウの金縛りを解きます。

「わたしのせいで、お兄……じゃなくて、兄様が!」
 事態を混乱させるようなことを、重ねて口にします。聖典で学んだ偉人の名言も、《葦原群島/リーベン》の小説で学んだ素敵なフレーズも、肝心な時には口から出てきませんでした。

「ごめんなさい。わたしが無力で……」
 不条理な感情をぶつけてしまった相手から、フォローまでされてしまい、フラウは二の句が告げません。

「未熟者! 言葉の意味もわからずに、何が《世界勇者》か。このお嬢さんに謝りなさい」
 コツン、と頭を叩かれました。

「いえ、いいんです。本当に」
 イアラの大人な態度に、正体不明な怒りを感じつつも、フラウは少し視線をそらしつつ、「ごめん……なさい」と口にしました。少し唇を尖らせて。

「こちらの、戒めも解かなくてはな」
 地の《魔王》が残した空間の裂け目に、ラウェスが歩を進めていました。
 《龍血/ワールドマテリアル》による金縛りに合い、さらに《灼凍龍/ユグドラシル》との戦いで深手を負いつつも、さらわれたエリューシスを救い出そうとしているのです。

「……やめておけ、ラウェス」
 フォルトはラウェスの金縛りを解きつつ、そう語りかけます。

「な、ぜ? 僕の名を……!?」

「宿命の地より放逐し、かつ記憶と血筋の力を奪ってもなお、勇者は勇者でしかない、ということか……」
 感情のあまり見えぬ、深い瞳がラウェスを見据えました。

「《龍血》の縛りも、身の深手も、その歩みを止め得ぬか。勇者の道を願うのであれば、この兄の決断、誤りであったのかもしれぬ。今こそ解こう。そなたの《記憶封印》を」
 フォルトの全身から龍火のごとき気配が迸り、《龍血》の共鳴が引き起こされます。世界そのものを護る《世界勇者》の血筋が騒ぎ、《龍血》に秘められた記憶が解放されていきました。
 ラウェスの意識は《北天皇帝》の居城たる《雪晶宮/ホワイトパレス》に飛びます。
 その風景は40余年前。帝国最高の天文学者にして、第33代《北天皇帝》である、若干27歳の青年皇帝ライゼスは《星辰の間》にて、満天の星空を見据えていました。その影より伸びるのは、闇を纏った黄金の輝き。

「……星を見て、憂いは消えぬか。《世界勇者》よ」

「帝家代々の血脈に封じられし貴様が、顔をのぞかせるとはな……。星辰は曇らぬということか。《錆びし黄金》ラクスフェル。前大戦が《凄霊/デヴィル》の生き残りにして、『太陽』の《魔王》となりし闇よ」

「我は『この世界』の在り方に興味がある故な。40余年後に降ってくる、我が破滅の眷属などには与せぬよ」

「《魔王》の言葉に信を置けと? とはいえ、世界の主・《龍王/ブレグラーン》とすら対等の力を持つ《凄霊》。その軍勢が、この大地に降りてくるのは事実」

「フ……世継ぎのアルザス皇子、そして次は皇女が生まれると星は囁く。帝家の繁栄は約束されたも同然ではないか」
 《錆びし黄金》の口調には、皮肉な響きがありました。ライゼスの心中を見透かしたような。しばし沈黙の後、《北天皇帝》は決定的な一言を口に出します。
「そう。《純血の勇者/フレイムブラッド》よ」

「フフ……自らの血筋から、より強き血を発現させ、真の《勇者》を『創り出す』、か。業深きことよ。自身の行く末すらも星に問い、狂王と呼ばれる覚悟を決めたと見える。生まれてくる皇女を死産とし、そして仕組まれた運命の出会い、か」

「滑稽に見えるであろうな、『この世界』に依らぬ貴様には。だが、この私ですらも見えぬ、無数の幸せを護るために、我が血族には、この業を負ってもらわねばならぬ」

 《世界勇者》としての宿命を背負う《北天皇帝》はテラスに手をかけ、城下町を見据えました。その輝きの一つ一つに、小さな幸せが瞬いていることを噛みしめながら。

 そしてライゼスは決断しました。生後間もない愛娘である皇女テティアを死産と発表、そして《夏の離宮》へと移したのです。
 そして16年後。フォルトの生まれる26年前に、運命の出会いは仕組まれました。
 18歳のアルザス皇子は父帝の薦めにより、避暑のために《夏の離宮》を訪れました。離宮を管理していたのは、若干16歳の女領主。離宮の主があまりに幼いことに、アルザスは驚きます。

「この離宮の管理を任じられております、テティアと申します」
 凛とした美しさを持つテティアは、戸惑いがちに口を開きました。

「この広大な離宮を……お一人で、ですか?」

「屋敷の方々が、よく助けてくれますから……。わたしなんて、皆様のお手伝いをするつもりで邪魔ばかり」
 少し、恥ずかしげに頬を赤らめて、テティアはうつむきました。

「謙遜しなくても……その歳でご立派です。僕は皇太子なのに、大学の長期休暇という名目で、こんな風にサボったりしているんですよ」
 二人は笑い合いました。生まれるはずだった妹を死産してより、心を病みがちとなった母や、いつも気を張りつめていて近づきがたい父帝。息つけぬ雰囲気の《雪晶宮》に比べ、《夏の離宮》の開放感はアルザスに忘れていた“本当の笑い”を思い出させたのです。

 この二人が婚約し、結ばれたのは、仕組まれたこととはいえ当然の成り行きでした。しかし、若き二人に災難が降りかかります。二人に授かる命は立て続けに天に還ってしまったのです。

「また、死産とは」
 アルザスは苦悩します。何かの呪いではないかと、原因を天文博士に求めても何の成果も得られませんでした。博士たちは《帝家の少子・短命》という暗黙の事実に理由を置いたのです。

 皇子はそれを認めざるをえませんでした。そして、罪もない妃・テティアに悲しみを与える自分の、弱い血筋を恨まずにいられなかったのです。藁にもすがる思いで、アルザスは身分を隠し、城下の占い師を訪ねます。
 占い師の店は下町の中でも治安の悪い一角の路地裏にありました。得体の知れぬ、鼻につく匂いが戸口の外まで漂って来ます。しかし、アルザスはここで帰る訳にはいきませんでした。その目蓋には二度目の流産に泣き伏せるテティアの姿が焼き付いて離れないのです。

「……お入りくださいな、お客さま」
 中には仕切りなどなく、壁には見知らぬ道具や薬草が載った棚が据え付けられていました。中央には色褪せた緋色の布をかけた丸テーブル、その上には小さな水晶玉があり、その背後に年の判別も付かぬ老婆が座っていたのです。

「この婆をお訪ねということは、お悩みは奥方の不妊ですな? 寝所の《守護聖霊》クレシア像に目隠しを。子が生まれ落ちるまでは」
 占いの結果はシンプルでしたが、皇子は首をかしげました。
 というのは、帝家に相応しき御子を授かるよう、代々の皇太子の寝所に『子と母の守護』を司る《守護聖霊》クレシアの像が置かれていたからです。とはいえ、妃の悲しみが断てるのなら、とアルザスは寝所のクレシア像に目隠しをさせました。

 翌年、待望の皇子が生まれました。帝家はこの慶事に喜びます。そして、生まれた皇子はラズワルドと名付けられました。皇子ラズワルドは聡明で力も強く、養育係たちを驚嘆させるほどの子どもでした。

「もう剣の扱いについては、お教えすることはございませぬ」

「文字をお覚えになってから、一年足らずで古代聖典を暗唱なさりました」

「……聖典の暗唱? あれはまだ6歳になったばかりだぞ?」
 昨年即位したアルザスは耳を疑いました。しかし、教育係たちは口を揃えて、文も武も6歳のラズワルドの体でできうることは、すべて身につけたというのです。
 アルザスの覚えた本能的な恐怖を、帝位を退いたライゼスは「帝家の血が強く出たのであろう。よきこと」と一笑に付しました。
 その翌年。つまりラズワルドが7歳になった時、テティアは新たな子を懐妊します。のちの皇女フラウリートです。
 懐妊のため体調を崩した正妃テティアは幼少から過ごした《夏の離宮》で出産しました。《夏の離宮》は最古の離宮で、ここには古き《聖霊》の像がおかれているだけで、やはりクレシアの像はありませんでした。
 テティア懐妊の報に沸き立つ《夏の離宮》に、星のよく見える《天牙山》山頂にある天文所へ居を移していた先帝ライゼスが現れました。

「星が伝えておる。二人目は皇女。余とて運命のすべてを見通すことは敵わぬが……皮肉なものよ」
 先帝は息子であるアルザスの耳元に囁きます。──皇女は廃嫡、次期正妃として育てよ、と。

「そう……お前たちと同じようにな」
 先帝ライゼスの目には翳った光が宿っていました。

◆お題となるシーン

「フォルトの悲しみを感じ取るイアラ」とか「兄に行動に凍り付くフラウリート」「イアラにしぶしぶ謝罪するフラウリート」「ラウェスの《記憶封印》を解くフォルト」「《魔王》ラクスフェルと対話する皇帝ライゼス」「テティアと出会う皇子アルザス」「占い師を訪ねるアルザス」などのように、物語の一部を絵にしてください。設定から想像した何かを描いても構いません。
 みなさんでストーリーを構築するコーナーですから、新しい設定や、新キャラクター、衣装などは大歓迎です。

◆設定・《星辰》と《星霊/セレスティアル》

 『ファントムサウザント』の世界において、夜空に配された星々の輝きや運行は世相は一致すると考えられています。
 占いで重要とされる星々は、大きく2つに分けられます。運行が定まっているけれど、その輝きの強弱で対応する王家・帝家を初めとした、世の要となる人物の不沈を示す《主星》と、天災や戦乱を知らしめる流星や突如天球に出現する光点《複星》です。
 《星霊》は、世の流れを感じ取って近い未来を表します。《星霊》の役割とは、《星辰》である《主星》の輝きや《複星》の出現・消失により、可能性の高い未来を世の人々に教えることで、人々に世界を悪しき流れから良い流れへ舵取りさせることです。

◆月刊GAMEJAPAN 2008年10月号募集/『ファントムサウザント』第24回募集内容(締切10月4日)

 

◆第24回ストーリーテーマ設定画・正妃コレットと《邪剣勇者》セイレル
 第24話では、ラウェス、フォルト、フラウリートの過去が描かれます。

お題イラスト:月邸 沙夜

 「生まれてくる皇女は廃嫡、ラズワルドの次期正妃として育てよ。お前たちと同じようにな」
 先帝たるライゼスは、すれ違いざまに決定的な真実を息子たる《北天皇帝》アルザスに告げました。

「我らと……おなじ? まさか、父上……っ!!」
 アルザスは、今は亡き母が時折口走っていた言葉を思い出しました。
 ──私の娘を返して。あの子は無事生まれたはずよ……。
 泣き伏す母。冷たく見下ろす父帝。妹の死産に、壊れた帝家。母は狂気に犯されたのではなく正気だったのだと。《守護聖霊/アンゲルウィズ》クレシア像に目隠し。それが真実を物語っていたことにアルザスは気が付きました。クレシアは“正しき生”の《聖霊/セージ》。兄と妹の間に子を授けるわけなどなかったのです。

「……母上が正しかった、というのですかッ! 父上!!」

「貴様も《世界勇者/オーソリティ》たれば、血の宿命を受け入れ、弁えよ。お前がどのように感じたとしても、既に生まれているのだ。救世の子は! そう、真に世界を救う勇者が、な!!」  

「おのれ! 狂うたか!! 父上ッ!」
 真に深い怒りが《世界之剣/ソードオブブレグラーン》を呼びました。そして一閃。どのような《諍霊/デモン》に向けられた剣よりもなお速く、不可視の剣戟が先帝に向けられます……が。

「遅い」
 ライゼスは素手で、剣戟を受け流しました。そして拳をアルゴスの鳩尾に突き入れます。 

「貴様は世界を救う器ではない。運命に抗わぬことだ」
 真実を知った翌日、身を清めるかのように、そして汚すかのように、愛妻家だった皇帝は側室を集めます。美姫を漁る夫に正妃テティアは戸惑い、諫めましたが、アルザスは沈黙で応えました。それどころかテティアは、《夏の離宮》に遠ざけられてしまったのです。そして出産した皇女フラウリートは、すぐに母・テティアから引き離されました。

 生まれたはずの、いなくなった妹。そして遠ざけられた母。父の豹変。聡明さを謳われた6歳のラズワルドにも、その理由はわかりませんでした。
 ラズワルドは真実を知りたいと願い、《雪晶宮/ホワイトパレス》を抜け出します。 母のいる《夏の離宮》を目指し、歩み続けました。
 異形の力を持つラズワルドには、警備兵の五感が手に取るようにわかり、それはいないも同然でした。
 たどり着いた《夏の離宮》北翼の先にある、《水姿の塔》に立つ母は、星々に祈りを捧げていました。古代聖典に通じる皇子には、母の祈りが《星詠み》であることがわかります。
 ラズワルドは母の唇の動きが読めました。その唇は、ただ悲しみを紡いでいました。

「《聖霊》ヴェルエーヌ様は、このような《罪》を受け入れ、許してくださるでしょうか……?」

「母上っ……!!」

 我が子の叫びに、母は目を見開き、そして儚げに微笑みました。

「ラズ……ワルド。母は、弱い女……です。つみを、うけとめきれなかった。せおうしか、なかった。でも、母は貴方に強く生きて欲しい。貴方に勇者としての《儀式名》を。……『フォルト』。最も強く優しい名。もう今はいなくなった《聖霊》の名です」

 そしてテティアは塔から身を投げました。小雪のちらつく冬の中、疾風よりもなお速く、ラズワルドは駆けます。母を受け止めますが、若干6歳でしかないラズワルドには、大人の女性は大きすぎました。消えゆく命をつなぎ止めることはできなかったのです。 テティアは、負傷した我が子に優しく厳しい眼差しを向けます。

「ラズ……ワルド。貴方……には、妹がいます。フラウ……リート。あなたの前にあらわれ……る、こんやくしゃの……なま、え」
 正妃の死をアルザスは事故死と定め、側室で一番身分の低いコレットを新たな正妃としました。正妃となったコレットは間もなく、皇子を出産します。皇子はラウェスと名付けられました。
 それから5年。ラウェスの健やかな発育が、アルザスを決断させます。それは、皇太子ラズワルドの廃嫡でした。
 アルザスは側近にそう囁きます。側近は、余りのことに仰天しました。しかし、それに先んじて行動した人物がいます。先帝ライゼスでした。ライゼスは5歳の女の子を連れていました。

「ラズワルド、お前の父は乱心した。余と共に《雪晶宮》を脱出するのだ」
「……おじいさま。その娘は?」
「名をフラウリート。そなたの婚約者となる娘だよ」
「フラ……ウ!? 乱心したのは、貴方でしょう! 母は僕に言いました。フラウリートは妹の名だとッ!!」
「知っていたとはな。ならば血の宿命に従うがいい!」
「だから、母上は塔から身をお投げになったのかッ!」
「あれは帝家の娘にしては気が弱すぎる。そして、お前の父もな。お前の母やお前たちを抹消しようと、あがいているのだよ」
「人の理をねじ曲げることをよしとするほど、帝家の強い血が、勇者の力とやらがそんなに大切だというのですか! おじいさまッ!!」
「《北帝/ノースエンパイア》は世界を救う宿命の家柄。歪みをその腹に飲み込めずして、何を救うことができよう。お前の尋常ならざる力は、帝家の強き血――《純血の勇者/フレイムブラッド》――のなせるものよ。その上に、さらに純血を掛け合わせれば、世界を救うに足る、真の《世界勇者》が生まれよう」
「何を言うッ! 人の道標たる勇者が、最も踏み外してはならない道を踏み外すというのかッ!!」

 血を吐く叫びすらも、業を受け入れたライゼスには届きませんでした。否、届いていたのです。正しきことを受け入れることが、許されなかった身であっただけで。

 ラズワルドの留まらない憤りに応え、《世界之剣》が姿を現します。
「何と……『その剣』が従うというのか。さすがは異形の皇子、《純血の勇者》ラズワルドよ!」

「僕は……フォルトだッ!」

「《儀式名》か。だが、無駄なこと。帝位を譲ったは、余がアルザスの力に劣るためではないぞ。ただ、帝位の責務とは星辰を読むことの妨げでしかないからよ」
「それが……それが、何だと言うんだッ!」
 フォルトは妹が生まれる少し前の、幸せな食卓を思い出していました。優しい母、頼りになる父。湯気ののぼる食卓を3人で囲んで。そして、悪夢のような今。悲しみを湛えた母の瞳と、狂ったように美姫を追いかける父。そして、悪夢の化身のような祖父の表情。

 フォルトは唇を噛み締め、《世界之剣》を抜きました。魂を吐くような怒りと、母の与えた《儀式名》が、皇子の秘められた力を開放します。放ったのは身構えることすら許さぬ、神速、否、絶速の斬撃。

 袈裟に斬られたライゼスは、歓喜の笑みを浮かべていました。

「……今こそ救世主が生まれた! 《龍王/ブレグラーン》にすら匹敵する、真の《世界勇者》が!!」
 ライゼスは叫び、崩れ落ちました。倒れた祖父のまぶたを閉じながら、フォルトは声を投げます。

「そこの誰か。妹を頼みます。父が狙っているでしょうから」
  《雪晶宮》の柱より、一人の男が現れました。男の素性は、ラーナフェルト王国の勇者にして、外交官の子。《邪剣使い》セイレル。アルザスに請われ、乳兄妹である正妃コレットの元に来たところでした。

「よく気付いたな。……で、皇太子殿下はどちらへ?」
「正道から外れた者を成敗しに参ります。……供は結構です。自分でできます」
「それは結構」
 12にも満たない少年の向ける眼差し。それは、歴戦の勇者にすら異を許さぬものでした。セイレルはアルザスの願いである、「自身が深き闇に堕ちたとき、それを討つこと」が、この年若き勇者の少年に課せられた宿命なのだと悟ります。

 一方、玉座の前では、正妃コレットがアルザスに懇願していました。

「陛下、どうかお止めください! 廃嫡などあまりのお言葉です!」
「コレット、こればかりは譲れぬのだ。ラウェスが次期《北天皇帝/アルテア》。そしてお前は次期《北天皇帝》の母。下がりなさい」
「わたしのような帝家の血など一滴も入っていない者が、陛下の寵を受け、御子の母であることこそ、あり得えませぬ! ラズワルド様をこれ以上ないがしろにすることなど、許されるはずがありません!! 母を失った、あのような小さなお子に、何の咎がありましょう。もし咎があるのであれば、わたしをお罰しくださいませ」
 コレットの訴えに割って入る声がありました。少年の声でした。

「許されないのは、陛下であって、貴女ではありません、コレット様」
 コレットが振り向くと、玉座の間の入口には血塗られた宝剣を持つ、皇太子が立っていました。

「……ラズワルド」

「祖父からすべてを知りました。父上が私を疎むわけも、母上がご自害なさったわけも」
「ならば、話は早い。お前がいてはならぬ理由、賢いお前ならすべて悟ったであろう!」
「承伏するわけには参りません。僕は『妹』を護らなくちゃならない。父上の弱さに踏みにじられた母上を、なかったことになどできません!」
「その未熟な肉体で、この私に剣で立ち向かおうというのか、廃太子ラズワルド」
「お覚悟願います、父上――いや、《北天皇帝》アルザス!」
 二つの《折れぬ血潮/テスタロッサハート》が解放され、大小二つの影が重なります。一つは美姫に溺れたとはいえ、今を盛りの《世界勇者》アルザス。もう一つは存在し得ぬほどの天才とはいえ、まだ背も伸びきらぬ幼き皇子フォルト。
 勝敗は一瞬で決しました。
 ──もう、悪夢から解放されてください、父上……。
 永遠にも勝る一秒。その揺らがぬ一秒の果てに倒れたのは、父帝アルザスでした。
「見事。それを慶べぬこの生涯が恨めしくもあるな……」
「父上……」
「教えてくれ、ラズワルド。古代聖典を極めたお前なら、知っているだろう!? 魂には……肉親の繋がりというものがあるのか?それとも、魂は血の軛から自由になれるのだろうか」
「人は魂と肉体から成立します。血の繋がりは、肉体の繋がりです。魂には縁がありますが、その縁に関わり合い方を限定する要素は、ありま……せん」
 答えながら、父帝の真意に気付いたフォルトは言葉を詰まらせました。

「安心したよ、ラズワルド。これで、母さんに再会したとしても辛く当たらずに済む。これまでの振る舞いを詫びることができる……私の魂がテティアの魂を愛したとしても、それは罪ではないのだな……」
 母が身を投げたのは“贖罪”を司る《守護聖霊》ヴェルエーヌの塔。
 母が許しを求めたのは自らの罪だけではなく、父の罪でもあったのだと。

「すまぬ、コレット。私はテティアの魂を愛していたよ」
「存じ上げておりました。わたしも皆も。敬愛する陛下ですもの」
「ラズワルド。最期の勅命だ。コレットを帝家の血筋から遠ざけよ。コレットの子は、この帝家の血から解き放つのだ。《世界勇者》という業深き宿命から」

 この後、ラズワルド皇子は正妃コレットの名の下、アルザスの死因を不明と発表しました。そして、第35代《北天皇帝》の座に着いたのです。
 コレットは正妃の身分を解かれ、乳兄妹たる勇者セイレルに連れられて、母子の前身を知らぬ隣国・ラーナフェルトへと旅立つことになりました。
「ラウェス。お前は普通の家の子供として生きるんだよ。お前の母上を助けて、守っていくんだ。そのために不要な記憶と力は封印するよ。《世界勇者》としての力や帝家の血筋だという記憶は僕が預かる。お前が必要だと願うまで。そして、それを願う日が来ないことを、……僕は祈っている」
 フォルトは父帝アルザスが、自身の廃嫡のために用意させた魔法道具・《失いの指輪》を取り出しました。そして指輪をラウェスの額に押し当てたのです。
 そこで追憶は終わります。帝家の血筋たる《龍血》を介して、ラウェスの血脈に全てを伝え終えたフォルトは、目覚めたラウェスに問いかけます。

「……これが真実だ。余はそなたの兄にして、父の仇。そして、そなたこそが正当なる帝位継承者ということだ」

◆お題となるシーン

「対立するライゼスとアルザス」とか「《夏の離宮》を目指すラズワルド」「塔から身をなげるテティア」「テティアを介抱するラズワルド」「フラウを連れたライゼス」「ライゼスと対立するラズワルド」「父・アルザスを討つラズワルド」「セイレル、コレットと共に旅立つラウェス」などのように、物語の一部を絵にしてください。設定から想像した何かを描いても構いません。
 みなさんでストーリーを構築するコーナーですから、新しい設定や、新キャラクター、衣装などは大歓迎です。

◆設定・《邪剣使い》セイレル

 後に勇者ラウェスの義父となるセイレル・ファン・イースラッドは、ラーナフェルト王国王家の分家であるイースラッド家の跡取りです。
 常にお互いの動向を注視しつつも、現在のところ友好関係にあるラーナフェルト王国とラスグラード帝国は、有力貴族を外交官として相互に派遣しています。
 魔法王ガザの弟アルダが起こした分家であるイースラッド家を、ラスグラード帝国に派遣されたことは、ガザが帝国と友好関係を結ぼうという断固たる意志と、諸国には受け止められています。
 帝国に向かったとき、まだ1歳だったセイレルは、乳母イヴァリースに乳をもらい、育ちました。このさいに乳兄妹だったのがコレットです。
 成長したセイレルは不思議な力を持っていました。セイレルは呪いを受け付けない体質でした。そのため、強力な力を持ちつつも呪われていたため、封じられていた魔法の装具を使いこなすことができたのです。そのことから《邪剣使い》とも呼ばれています。ただし、その代償なのか、セイレルにはほとんど視力がありません。
 勇者としての血の力が、万物の位置を彼に正しく伝えるため、日常生活などには全く支障はありませんが、世界を見ることができない。それが後々の物語で描かれることになります。

◆月刊GAMEJAPAN 2008年11月号募集/『ファントムサウザント』第25回募集内容(締切11月11日)

 

◆第25回ストーリーテーマ設定画・地の《守護聖霊》ギアニードと《無限宮殿》
 第25話は対立する《北天》の兄弟の前に、《守護聖霊》ギアニードが現れます。

お題イラスト:月邸 沙夜

  ラウェスを《世界勇者》としないことは、亡き父帝アルザスの遺言であり、「帝家に生まれても《勇者》という呪いから解き放たれる者がいる」ということが、父帝の無念を昇華する唯一のすべであると、フォルトは述べます。
「じゃあ、誰がエリューシスを助けに行くんですか? いつ終わるとも知れない探索の旅ですよ。まさか、イアラ一人に背負わせるおつもりですか、兄上!」
 記憶を徐々に取り戻しつつあるラウェスは、違和感なくフォルトこと、《北天皇帝》ラズワルドを《兄》と呼びました。
「《触姫》の道行きは一人では定まらぬ。……余が同行しよう」
「……!? ちょっと、おにいちゃん!」
 脇で騒ぐフラウをフォルトは無視しました。その視線はラウェスに向けられたまま微動だにしません。それを受けながら、ラウェスは問いを放ちます。「貴方が座る玉座はどうなるのです!? 二つ身なき《北天皇帝》が、今ここにいること自体、あり得ない話です」
「玉座は……望むならば、お前が座ればいい。お前のことは、《北帝》の宮廷はお前の母親のひととなり故に、記憶していよう」
 ラウェスは、自身の母・コレットの名を聞いて複雑な顔をしました。
「母の人となり……《薫は香を以って自ら焼く》ですか」
 その身に備えた美点故に身を滅ぼす、という意味の諺をラウェスは口にしました。
「コレット殿にどんな印象を持っているかは知らぬが、よい方だったが」
「それ故に、何人の男が母を巡って……刃傷沙汰を起こしたことか!」
 セイレルの屋敷に居を定めるまでの二年間を、ラウェスは思い出しました。新しい町に居を構えて友人ができるころには、結婚を迫る男から逃れるため、夜逃げ同然の引っ越し。
30歳を越えて久しく、落ち着いた風情を湛えるべき年齢の母は、帝都を発った時そのままの姿で、今日も周囲の男性たちを惑わせているに違いないのです。
 しかも母は周囲の光景を無邪気に見ているだけ。
 それは、思春期真っ盛りのラウェスに「――女ってイキモノは……」と、深い不信感を抱かせるのに充分でした。そして、その不信感をぬぐってくれた人物こそ、エリューシスだったのです。
 そのエリューシスが陥った苦境に尽力せずに、勇者である意味などない、とラウェスは思ったのです。
「ラウェスには《勇者》の血が流れているのよ」
 無邪気に笑う母親に、父は誰だと問うこともできぬまま─義父セイレルが父と疑いつつも確認はできず─悶々とした日々。それもこれもあの無邪気でとらえ所のない母ゆえでした。そして、その母の人となりが、今度は自分と帝位を結びつけようとは。ラウェスは野心を持たない性格でした。ラウェスが望んだのは、名も知らぬ父に負けぬ勇者になること。それが、世の流れに意を向けぬ母と折り合いを付ける方法だったのです。
「《勇者》は、力なき者には負えぬ十字架だ」
「僕は……《勇者》です。母が何者であろうと」
「《触姫》と行動を共にするのであれば、《勇者》どころか《世界勇者》としての力が必要となる。……お前はその器だというのだな?」
 やや話が噛み合っていないのですが、二人は気付きません。
「僕に恩人を顧みるな!? 認められるか!」「なら、その《力》、試すぞ」 双方が己が剣に手を遣った時でした。イアラはフォルトにつかつかと歩み寄ると、その両頬をつまんで笑顔の表情を作りました。
「……!? な、何を」
「やめて! 折角再会できた兄弟じゃない」
 イアラの目の端に光る小さな涙の粒に、フォルトはぎょっとしました。イアラが涙を溜めねばならない理由に心当たりがないのです。エリューシスがさらわれた時の涙は乾いていたように見え、となると、全く別件のことで泣いている筈なのですが。
「……何を、泣いている?」
「泣いてなんて、ない! 怒ってるの!」
「貴女が怒らねばならぬ事柄は、何もなかろう。これは、余とラウェスとの問題だ」
 フォルトの頬をつねる指に力が更にかかりました。
「〜〜〜〜〜」
「兄弟で、刃を向け合うなんて、絶対にダメ! 何かの拍子に取り返しが付かなくなったら、どうするの!!」
 旅の初めをイアラは思い出します。離れて暮らす姉・エリューシスが最愛の師を害したという報に、どれだけ心を痛めたか。再会して、誤解が解けた時にどれだけ嬉しかったか。イアラには、言葉を惜しみ剣を交えようとする二人が、状況に甘えているようにしか見えません。
「言葉を費やさなくても、行動で相手にわかって貰えるなんて考える人の行き着く先は、『ひとりぼっち』だよ!」
 あまりの剣幕にフォルトは剣に伸ばした手を下ろしました。ラウェスも同じく手を下ろします。
「話さなきゃ、結局、伝わらないんだよ」
 イアラは、思い詰めやすい姉を持つ妹です。イアラの言語感覚は、自己完結しがちな姉の思考を引きだし、自身の思惑を説明することで培われたもので、言葉の才能故ではありません。
「「悪かった」」
 それは相対する兄弟から、同時に発せられた言葉でした。イアラはぐしゃぐしゃに泣きながら、それでも指をフォルトの頬から放しません。
「わかった。もう、止めよう。手を離したまえ、イアラ姫」
 フォルトは頬にあるイアラの手を、優しく下ろしました。そして自身の胸の辺りまでしかないイアラの頭を優しく撫でました。
「悪かったよ。君は身内同士での争いごとが辛い人だったのに」 ラウェスは、双子姫が父王の布告により、異母兄姉たちにも命を狙われていることを承知していました。そして、双子姫が父王の真意を知りつつも、そのことに悲しみと怒りを覚えていることも知っていたのです。それを知りつつ、イアラの前で兄に剣を向けようとしたことを、ラウェスは恥じ入ります。
「私はいいの。でも、せっかく再会できたのに、話す暇を与えられているのに、それを無視するなんてもったいないよ」
「余は、物事は結果が得られればそれでよいと考えている。そしてそのコストが最小限となるのがよい選択肢、だと」
「コストには、《心の代価》も含まれていますか、兄上?」
「《心の代価》?」
「自身に価値をおけない人間は、いつか心が腐ってしまう。腐らせないために、例えそれが不効率・理不尽であっても支払わねばならない《代償》のことです。その代償を支払える、と実感できることで、人は自らに価値を感じられるの」
「……その考え方はなかった。お前の振る舞いは、余の目には自己満足に見えたのだ」
 「自己満足?」
「自身が望みのために最適手を打たず、身を危険にさらすことだ。だが《心の代価》。……なるほど」
 フォルトはそういうと頷きました。
「だが、再会した弟の力量は把握せねばならん。また《触姫》を守る《勇者》でありたいということは、帝家の宿命と向き合うこと。帝家に連なる者の力量を、その長たる余が知らぬことは、許されん」
「その筋なら、僕にもわかります。玉座が、《世界勇者》がどうこう、ではなく、兄が弟を、弟が兄を知ることは必要ですね」
「フラウリート。イアラ姫を守りなさい。彼女は魔法の織り手であって、剣戟の士ではない。立ち会いに巻き込んで怪我をさせてはいけない」
「ちょっと待ってよ、なんで皇女のわたしがボディーガードなんか……」
「余やお前には替えがいる。が、《触姫》に替えはいない。皇女であるお前より、イアラ姫の方が《この世界》にとって重要人物だ」
「彼女はそんなヤワじゃないですけどね」
 以前、イアラに剣を教えたラウェスは、彼女が素人ではないことを知っていました。
「この《気》を受けてなお、そのようなことが言えるか?」
 フォルトは、《世界之剣》を抜きました。と同時にフォルトの全身から解放された《折れぬ血潮》の《気》が周囲に爆発的に広がります。
「僕だって!」
 ラウェスから放たれる《折れぬ血潮》の《気》。そして、それと似て非なるフォルトの《気》。色で表すならば、ラウェスが暖かな焚き火の赤なら、フォルトのそれは、悲しみに青ざめた紫紺でした。
「……おにいちゃん、辛そう」
 その様子を見ていたフラウが呟きます。
「貴女の受けた呪いを肩代わりしている分よ。こんな弱々しいおにいちゃん……いえ兄様の《気》なんて、感じたことないわ」
「呪い……肩代わり」
「それでも、あのラウェス……さんより、圧倒的に兄様の方が強いわ。……見ていてご覧なさい」
 誇らしげに語るフラウ。
「全身に鉛を詰められているような、重さを感じているみたいだけど?」
 イアラの問いにフラウは問いで返します。
「……わかるの?」
「呪いを分け合ったって、そういうことみたい。……でも、さっきみたいな絶望的な悲壮感は流れ込んでこないから、この《対決》は嬉しいのかも」
 見ず知らずの異性である兄と、精神的に繋がってしまったという、普通のであれば異常な状態を、さらりと受け入れたように言うイアラ。
「変じゃないの? 兄様がどんなに素敵だって、男性と感覚を共有するなんて」
 イアラに向き直ったフラウとは対照的に、イアラは視線をラウェスとフォルトに固定したまま言いました。
「不思議だけど、違和感はないよ。そもそもわたし、自分が何を感じているのかよくわからなかったから……一生懸命、感情を感じて、意識して、が日常だったんだよね。姉様もそのことには気を割いてて。今、すごく輪郭のハッキリした感情がわたしに流れてきて……ホッとする。私の感じたものが、“感情”だったんだって、実感できたの、初めてかもしれない」
 そう、イアラはフォルトの心と繋がって初めて、自身が《人形》ではないことを実感できたのです。
「勝負、ついたみたいだよ」
 イアラに言われ、フラウは兄たちに視線を戻しました。自身自覚はなかったのですが、兄たちの様子から、それなりに長い間イアラを凝視していたことに気が付きました。「僕の負けですね。……どこか不思議な剣でした。打ち込みの一つ一つが暖かく感じて」「それは、余のみの剣ではなかったからだろうな。……イアラ姫から何か暖かな力が流れてきた。それが剣の上に乗ったに過ぎぬ」
 《世界之剣》を納めながらフォルトは話しました。
「わたしの心から?」
「ああ。暖かかった。あのような気持ちを感じていたのは、もう遠い昔のことだ。それを……思い出した」
 暖かな湯気ののぼる食卓。優しい父と母。過ぎ去った幸せだった日々。
「わたし、どんな時でも前向きに感じ取るように《創られて》いるんだと思う」
 不自然なまでに溢れくる正の感情。それが、冷え切ったフォルトの心を温めるというのなら……。イアラは自身の精神のあり方を、認められそうでした。「何がそんなに悲しいのか、わたしにはわからないけど、そんなに強い気持ちを抱えこんでいるのは……苦しいね」
「余は生まれてはならぬ存在だった。《世界勇者》として世界を救う以外に、存在を許されることはない」
「わたしもね、世界の切り札として、幾つもの《誓い》や《幸せ》、《理》を侵して生まれたんだよ。《聖霊》様でさえ、道を曲げて。……でもね、それを嘆かないぞっ、て考えてるの」
「……なぜ、そう強くいられる?」
「最初は、そう《創られた》から。でも、生き別れた母様に会えて、母様が私を愛してくださっていることを実感できた時、『このひとが愛してくれるわたしは、いてもいいのかも』って思えたの。正常な命の流れに身を置く母様に、存在を求められるなら、それは、生きていることを許されているんじゃないかって」
「許される?」
「そう。きっと《聖霊》様よりも《龍王》様よりももっと偉い方がいて、その方がわたしの存在を認めてくれたから、今、わたしはここにいるんだって。だから、貴方もそう開き直っていいの、きっと。だから、もっと笑おうよ。貴方は王様なんでしょ? だったら、余計に笑わなきゃ。王様は臣下たちのお父さんなんだから」
 強く揺らがない瞳。それが《聖霊》が創ったものだったとしても、その《聖霊》ですら誰かの作り物でないと誰がいえる? そう、フォルトは思います。
「もう、大丈夫だね。《北天皇帝》陛下?」
「フォルトでよい」
「じゃあ、フォルト。ここでさよならだよ。わたしとラウェスは姉様を助けるために《地》の《魔王》を追うから」
「お前たち二人で、果たせると思うか?」
「……わからない。でも、フォルトは皇帝なんだから国に戻らなきゃダメだよ」
「だが、ラウェスの力はあまりにも」
「頼りない、とおっしゃりたいんですね。でも、大国の皇帝たる兄上が同行するには、果ての見当も付かない旅です。……僕に玉座を、っていうのはナシですよ。僕は帝王学を納めるどころか、まったく触れたこともないんですから。僕は勇者セイレルの養い子、ただの勇者ラウェスですからね」
 肩をすくめつつ、毅然と言い切りました。そこへ低く、落ち着いた声が加わります。「……ならば、あてがあればよかろう。《地》の《魔王》とエリューシス姫は、地底を漂うあやつの居城《無限宮殿》に居ろう。道も《門》を開き、儂が案内できる。が、アレに二人で対峙するには、お前たちは幾つもの枷を受けすぎだ。」 背後に緑の影を結ぶかのように現れたのは、大柄な老人でした。縫い目のない服に腰には幅広く編んだ麻のベルト。そして、全身に無数に浮かんだ黒い痣。
 ギアニードは周囲に漂う、見えては消える微かな光の粒に囁きます。
「千年封じられた魂たちよ。解放されたことを慶事に思う。輪廻の輪に還るがよい」
「まさか……《守護聖霊》ギアニード!?」 「如何にも。優しき《聖霊と人の嬰児》よ」
 頷くギアニードに皆が膝を付いて礼を示す中、喰ってかかった者がいました。フラウです。
「どうして《地》の《魔王》が出てきたとき、何とかしてくれなかったのよ!」
「いやはや済まぬ。道理ではあるが《魔王》も兄君も何とかしたいが、無理じゃ」
「なによ! 貴方、《聖霊》なんでしょ?」
「いかにも。普通なら、《地》の《魔王》めの行いを正しておった。しかし《水》の《魔王》が《灼凍龍》を放ちおった。かの《龍》は、正しきエルフ千人の魂を宿したもの。そして倒された《龍》より救われぬ魂たちが迷うておる。この魂たちに安らぎを与えねば、この《星雨の森》は悪夢の地へと変わる。エルフたちも黒化し、狂う。わしが《地》の《魔王》と戦ったなら、族長と勇者殿に倒された《灼凍龍》の魂が、今頃この地を黒く染め上げただろうて」
「なら兄様の呪いだけでも……」
 ギアニードは膝を折り、目線をフラウに合わせました。
「すまなんだな。《魔王》の呪いは強く、対価はわしの全力。さすらば《灼凍龍》に取り込まれた魂は救われず、この地を呪う。双方を引き受けたら、わしは消滅。《水》めの策略は、どう転んでもわしの力を削ぐのじゃよ」

◆お題となるシーン

 物語の一部を絵にしてください。設定から想像した何かを描いても構いません。
 みなさんでストーリーを構築するコーナーですから、新しい設定や、新キャラクター、衣装などは大歓迎です。

◆設定

  

◆月刊GAMEJAPAN 2008年12月号募集/『ファントムサウザント』第26回募集内容(締切12月4日)

 

◆第26回ストーリーテーマ設定画・《夕暮れの装束》をまとうエリューシスと世話役アロリー
 第26話では、拉致されたエリューシスが連れて行かれた無限宮殿でのお話です。

お題イラスト:月邸 沙夜

 「『地』の《魔王》を倒さず、兄君の呪いを解かぬという選択をしてもなお、主らの支援には力を割けぬ。儂は破壊された《ファントムサウザント》の蓋とならねばならぬ故」
 『地』の《守護聖霊》ギアニードは視線を《金字塔》へ向けました。闇の気配がわき上がり、今にも吹き出そうと隙を伺っているのが明らかでした。
「儂ができることは、そなたらの傷を癒すことと、去りし『地』の《魔王》の行方を手繰り、そこへ道を開くことよ。かの者の移動は《地磁気》を乱す故、居場所はわかるぞ。……果ての見える旅路なら、同行できよう? 《北天皇帝》」
「ご配慮、痛み入ります。お前は国へ戻れ。フラウリート」
「ちょっと! 兄様!?」
「帝家の血筋のすべてを、死地やもしれぬ戦場に揃えるわけにはいかぬ」
「イ・ヤ・で・す! 死地かもしれないなら、わたしも行った方が生還率は上がるわ。ラウェス……さんは、わたしと同格か、それ以下の実力じゃない!」
「フラウリート、実の兄に向かって言葉が過ぎるぞ」
 フォルトの言葉を受け、ギアニードが凝視するようにラウェスを見ます。
「その少年は弱くないぞ。力を解放しきれぬだけよ。が、いかなる種も芽吹く時は種が決めるもの。その時を動かすことはできん。そして、蔓が巻き付く枝を選ぶように、その娘は思うままに行動しよう。連れて行った方が厄介は少なかろう」
「恐れ入ります」
 フォルトは礼を言いました。イアラは深々と頭を下げ、ラウェスは道が開けたことに安堵します。……唯一ふくれっ面なのがフラウです。
 ギアニードは一同に《完全治癒》を施します。そして新しく呪文を唱えると目前の空間が歪み、空間に魔法の《門》が開きました。《門》の遙か先には、『地』の《魔王》が居城・《無限宮殿》が見えています。3人は一礼すると《門》をくぐりました。最後に《門》をくぐったのはフラウでした。
「失礼なことを言ってごめんなさい。ギアニード様も悩まれた末なんだよね」
 皆に聞こえなくなったころ、恥じながら詫びの言葉を呟きます。
「ムリもなし。気におしでないよ。お前はいい子だ」
 ぺこりと頭を下げたフラウは《門》へ走ります。
 一方その頃、王女エリューシスを連れ去った『地』の《魔王》ゾルヴ=ェルは、《守護聖霊》ギアニードの指摘通り、自身の居城、《無限宮殿》に戻っていました。
「ここが、お前の部屋だ。好きに使え」
 ゾルヴ=ェルは事もなげに言いました。
 拉致されてから今まで、エリューシスは妹に手ひどい仕打ちをしたゾルヴ=ェルに一矢報いる隙を伺ってきたのですが、この時ばかりは言葉を失います。
 案内されたそこは、王宮にも見劣りしない、贅を凝らした部屋でした。
「……ここの調度は二つとない、逸品ばかりだ。……位負けするなよ」
 言葉を失っているエリューシスの耳に第三の声が飛び込んできました。
「ぼっちゃまは『趣味人』ですからねぇ」
 声はエリューシスの肘の下からです。
「趣味にした覚えはない。あとアロリー、『ぼっちゃま』はやめろと何度言ったら……」
「はいはい、わかりましたよ。『地』の《魔王》、ゾルヴ=ェル様でしたね」
 アロリーは人外の魔物でした。一口で言うと、二足歩行のイモリです。それが田舎のお母さんのようなシャツとスカートを着て、エプロンをしています。
「また誤解させたまま、女の子を連れてきてしまったんでしょう。このお姿をみたら、亡きイヴァリース奥さまがどんな顔をなさることか」
「『また』とは何だ、オレがしょっちゅう女を攫ってきているみたいじゃないか」
「ものの言いようですよ、ものの。こちらのお嬢様が、凍り付いているじゃないですか。
幾つになったら、女性の扱い方をご理解して頂けるのか……」
 アロリーはわざとらしくエプロンの裾をつまみ上げて目元に当てます。
「ま、よございますけどね。こちらが《日蝕姫》さまですね。で、わたくしがお世話さしあげればよろしい、と。まあまあ。埃だらけ。さ、着替えましょう」
「あのっ、……わたしは!」
 アロリーのペースに呑み込まれ、エリューシスは言葉にならない声を出しながら、浴室へと押し込まれます。
「ぼっちゃま、さっさとお部屋にお戻りくださいな。このアロリー、ぼっちゃまを娘さんの沐浴をのぞくような情けない方にお育てした記憶はございません」
「そんな小娘に興味などない! あと、ぼっちゃまではないと何度……ふぅ」
 ゾルヴ=ェルは言いつのりながら、徒労感を感じ、素直に部屋から出ていきました。
 それから暫しあと。満足げなアロリーの声が部屋に響きました。
「ほうら、綺麗になった。服は、きれいに洗っておきますからね。それまでそのバスローブを着ていてくださいまし」
 名も知らぬ、色とりどりの花が浮かぶバスタブを、エリューシスは呆然としながら眺めていました。
「……おかしな成り行きだが、世話をかけてすまない。しかし……」
「わたしが、なぜ《日蝕姫》様の鎧を外すことができたのか、不思議なんじゃございませんか?」
 脱いだ衣服を集めながら、アロリーは言います。
「わたしはね、魔物ながら、何の魔力も持たず、また、何の魔力にも干渉されないんでございます。《日蝕姫》様のご衣装も、難なく解除できた、と。難儀の歴史もありましたが、《夕暮の魔女》イヴァリース様に拾われてからは、逆に役に立つことも多く。……男の子は悪戯ですからね。ぼっちゃまの乳母としては重宝がられましたよ」
「ぼっちゃま……悪戯……」
「ですから、ぼっちゃまがここを覗こうと魔法で空間に干渉したとしても、私がいるかぎり、そういったことはできませんからね、安心なさってください」
「の、覗き……」
 清潔なバスローブに身を包み、髪に含んだ水分をタオルで吸い取っている最中、思いがけぬアロリーの言葉にエリューシスは絶句しました。
「誰が覗くか」
 エリューシスが振り向くと、戸の外に《魔王》の姿がありました。
「ね? 見に来るには、こうしてお出ましになるしかないんでございます」
「アロリー、引っ込んでいろ。お前がいると、いつまでも用件に入れん」
「じゃ、アロリーは黙らせて頂きます。でも、お茶のご用意と同席をさせて頂きますよ。ぼっちゃんの物言いを見ていなくっちゃいけませんから」
「好きにしろ。入らせて貰うぞ」
「ふん。お前の城だろう、勝手に振る舞えばいい」
「いや、ここはお前に与えた部屋だ。オレがそう決めた。だから、オレの城の中だろうと、ここはお前の空間だ。だから断りを入れさせて貰う」
 ゾルヴ=ェルは部屋へ足を踏み入れ、応接セットの椅子に腰掛けます。
 エリューシスはゾルヴ=ェルの振る舞いに、違和感を感じずにはいられませんでした。
《魔王》とは、もっと傍若無人に振る舞い、《魔族》というものは徹底して《悪》の筈なのです。でも、彼らの振る舞いにはそれがあまり感じられないのです。
「さて、理解しているはずだが、今のお前は役立たずだ。魔力も、胆力も」
「役立たずだと言うなら、なぜお前は私を《大魔王》にするなどと言う!」
 かちゃん、とテーブルの上の茶器が音を立てました。
「カップが傷つく。オレは、『今の』と言った。お前らが持って生まれた希有な才能・《魔力の器》。それが、お前の価値だ。《日蝕姫》が《月蝕姫》に劣るのは、胎児時に与えられた魔力故。同じティーカップでも、入っている茶の量に違いがあれば、潤せる喉の渇きに違いがあるのは当たり前だ。お前は空のティーカップ。空なら、中身を入れりゃいい……オレはお前に魔力を注ぐ術を持っている」
「そんなことができるなら、《聖霊》たちがしているだろう。謀るなッ!」
「オレはそんなに暇じゃねぇ。ヤツらにできなくともオレにはできる。だが、それは死ぬかもしれんし……あるいは、死ぬよりもつらいかもな」 「死ぬよりもつらいとは?」「今のお前ではいられなくなるかもしれないってことだ。それが嫌だってなら、お前には用がねぇ。《門》を作ってやるから、仲良し姉妹ごっこでも続けてろ」
「……見くびるなッ! イアラは別に、世界を救う《触姫》になりたかったわけじゃない。でも、イアラはそんなこと一言も言わないで、私を労ってばかり。あの子が辛いときに、役に立てない私なんて、いらないんだ!!」
「……いい返事だ。アロリー。《夕暮の装束》を持ってこい。こいつに着せろ」
 アロリーは目をぱちくりとさせました。それから、彼女には高すぎた椅子から飛び降りて、ゾルヴ=ェルの所までやって来ます。
「な、何だ。何か異論でもあるのか、アロリー」
「異論がある訳じゃございませんけどね。でも、もう少し、ものの言い方を覚えて頂きたく思いましてね」
 アロリーは言うと、ため息をつきました。
「女性が衣装を選ぶことは、それは大変で大切なことなんですよ? なのに、どういった品かも見せずに、あんな不躾な言い方で。アロリーは悲しゅうございます。とはいえ、《夕暮の装束》でしたら、異存ございません。……ときに、《日蝕姫》様?」
「……え、な、なにか」
 いきなり話を振られたエリューシスもまごついて応えます。
「年頃のお嬢さんが、審美眼もハッキリしない殿方が定めた衣装を、なんの勿体ぶりもなく着ようというのは関心致しません。もし、その衣装が《切れ切れ》の《スケスケ》だったら、どうなさるおつもりだったんです?」
「きれきれの、すけすけ?」
「肌も露わな、世の殿方が大喜びの逸品ですよ」
「なんだってっ!」
 色めき立ち、ゾルヴ=ェルに詰め寄ろうとしたエリューシスに、アロリーは「ま、そんな衣装じゃありませんけどね」と付け足します。
「《夕暮の魔女》イヴァリースは根源なる力・《想力》を集める特異体質で、読心力を持っていた。だから迫害され、流浪したのさ。魔女の膨大すぎる魔力を憂いた《聖霊》ギアニードは、命と引き替えに魔力を大地に還元する衣を創り出し、魔女に送った。それが《夕暮の装束》」
「何をバカな! ギアニード様は滅びたことなどないはずだ!!」
「いや、死んだ。今のギアニードは、イヴァリースの子。母親の業を雪ぐ、とか言って、生き方を決めつけている愚者さ……つまらん話をしたな」
 窓の外へ目を遣りながら、ゾルヴ=ェルは言います。その視線は、過ぎ去った遠い時間を見据えているかのように、エリューシスには見えました。
「さて。かの衣をお着になるというのであれば、お食事を済ませなくてはなりませんね」 アロリーの明るい声が静寂を破りました。
「食事?」
「《夕暮の装束》は周囲の魔力を吸引し放射するために、『この世の魔力全て』で織られたもの。ぼっちゃまの目的はその《魔力》を、《日蝕姫》さまに注ぐことですが、それをお受けになるには《抗魔力》に不安が。アロリー自慢のフルコースを召し上がって頂いて、力を高めて頂きませんとね」
「食事を頂く。私は囚われの身。どのみち出されたものを食べる他ないから。アロリー、殿。エリューシスでいい。今の私に《日蝕姫》の名は相応しくない」
「アロリーで結構でございます。エリューシスお嬢様、早速お食事の準備をして参りますね」
 アロリーは笑い、いそいそと部屋から出て行きました。
「アロリーは魔物なんだろうに、なぜ、ああまで人間くさいんだ?」
 エリューシスはゾルヴ=ェルに疑問をぶつけずには入られませんでした。そんなエリューシスに、《魔王》はぽつりと、「太古は《聖霊》も《魔物》も《人間》も《動物》もなかったからな。アロリーはその時代の生き残りだ」と言いました。
「太古の……」
 エリューシスが考えを巡らせようとした時、《魔王》は「お前には関係ない。メシ喰って、服を着て、寝ちまえ」と言うと姿を消しました。
 食事は、至上の絶品でした。一口ごとに、体の細胞が活き活きと呼吸し始めるのが感じ取れるほどの。デザートの赤い花を寄せたゼリーを食べ終わった時、エリューシスは眩暈にも似た高揚感に包まれている自分を発見します。
「お食事はこれで終わりです。食事の効力が発揮しているうちに、お召し替えを」 アロリーは、エリューシスの部屋にドレスを持ってきました。
「初めは一昼夜、それから半日おきにご着用頂きます。着用なさらない間は、薬湯に入って頂き、身に注がれた《魔力》の安定化をさせますから、お風呂がお嫌だなんて仰らないでくださいましね」
「……お風呂は、好きだ」
「では、着付けさせて頂きます」
 何気なくアロリーが触り、身に触れさせた《夕暮の装束》が肩にあたった途端、激しいしびれが走りました。長期の保管中に《夕暮の装束》が貯め込んだ《魔力》がエリューシスへ流れ込んだのです。
「効率よく《魔力》が流れるように、《赤日の指輪》を付けましょう」
「アロリーは、平気なのか? この衣装に触れても」
 不可視の力の奔流に押しつぶされそうになりながら、エリューシスはアロリーを心配します。
「わたしは何の魔力にも干渉されない特異体質ですからねぇ。イヴァリース奥さまと私と足して2で割れればよかったのかも知れませんけど」
 少し思い出す目をし、ふぅ、とアロリーはため息をつきました。


◆お題となるシーン

◆設定

 

◆月刊GAMEJAPAN 2009年1月号募集/『ファントムサウザント』第27回募集内容(締切1月4日)

 

◆第27回ストーリーテーマ設定画・《風の魔王》ヴィグツェントと、《夕暮の魔女》イヴァリース
 第27話では、生き残るために修行するエリューシスが、魔女の精神世界に潜る話です。

お題イラスト:月邸 沙夜

 《夕暮の装束》から流れ込む魔力エリューシスはじっと耐えていました。
 ──これが、大気に含まれる《想力》?
 これまでの戦いを彼女は思い出しました。対峙した《魔王》たちの無尽蔵な《魔力》。それは、この大気中に方向性なく漂う《想力》から汲み出されたものだったのか、と。エリューシスは戦慄せずにはいられませんでした。
 無尽蔵にも思われる《想力》。その流れを操れる《魔王》ですら戦く危機。その果てしなさ、意味をエリューシスは初めて実感しました。
「微調整の為にお茶でも飲みましょうか」
 青ざめているエリューシスを見たアロリーは、そう言うと飾り棚から茶器一式を取り出します。
「セージにタイム、安らぎのラベンダー。日の光、知らずに咲いては終わる《麗しの月王女》……」
 歌いながら、アロリーは年代物のティーポットに薬草を入れます。暫しして、白い湯気の立つティーカップがエリューシスの前に置かれました。
「お飲みなさいまし。楽になりますからね」
「ありがとう、アロリー」
 喉を潤したお茶は、エリューシスを労るように身に染みてゆきました。
「いいカップだな。こんなに古いのに、縁の金箔に欠けの一つもない」
「奥さまの形見の品ですよ。本当は二客セットの品だったのですけれど、割れてしまって。残ったのはそれだけで」
「いいのか、そんな大切な品を」
「この部屋の備品ですからね。使ってやらなけりゃ可哀想ですよ」
 一緒にお茶を飲んでいたアロリーは笑います。
「カップは道具ですからね。道具は使われてなんぼです」
「道具……《蝕姫》も道具なんだろうか?」
 アロリーはエリューシスをまじまじと見ました。
「道具……道具かも知れませんねぇ。でも、誰だって《歴史》から逃れることなんかできないんですから、そういう意味では誰だって《歴史の道具》なのかも知れませんよ」
「《歴史の道具》?」
「そう。《歴史》は生きている者たちの営みと、この星の息吹で作られていますからね。《魔王》だろうと赤ちゃんだろうと関係ありませんよ。そんなことより、お辛いなら、横になられてもいいですよ。眠っていたって、この装束の効果は変わりませんからね」
「……すまない。そうさせて貰う」
 エリューシスは、ベッドに倒れ込みました。《歴史の道具》。その言葉の意味を考えながらも、流れ込んでくる泥のような疲れに抗うことはでず、深い眠りに落ちていきました。その微睡みの傍らに白い影が浮かびます。それは、死してなお、時と《異界》を彷徨う《夕暮の魔女》でした。
「あなたはだれ?」
 色のない森に浮かぶ白い人影は、頼りなげに尋ねます。
「……私は、エリューシス。あなたこそ、だれですか?」
「私は……《生命樹より生まれたもの》。貴女の国の言葉で名乗るなら、イヴァリース。あの方もそう呼んだわ」
 白い影は微笑んだような気配を発します。
「すなまいが、私は貴女の姿がハッキリと見えない。白いモヤに包まれているように見えるんだが」
 エリューシスは已然として警戒心を解きませんでした。
「ああ。私、人の姿を結ぶよう意識を集中しなくては……まってて、いま……」
 イヴァリースはそう呟くように囁くと、言葉を切りました。白い影が伸び上がり、やや背の高い大人の女性の姿が現れます。
「きっと、貴女に必要なのは、この姿の頃の私」
 絹糸を思わせる髪が、その夢とも現ともつかぬ雰囲気を一層際だたせていました。
「ここは《記憶の森》。記憶に過去も未来もない……。思い出せば、それはすべて《今》の出来事。色褪せることなどない」
「こころの、もり?」
 掴みどころのない言葉と言葉を、つなぎ合わせようとエリューシスは必死に問いを発しますが、その問い自体への返事はなく。
「あの人が、私を去ったころの……《蝕妃》だったころの、私」
 現実を見ぬ瞳が、エリューシスを映します。
「《蝕姫》?」
 重要で、しかも知っている言葉とやや違う言葉をエリューシスの耳は拾います。
「いえ。《蝕妃》です。今を生きる《蝕》の方」
「《蝕》? 《蝕姫》ではないのですか。貴女は何を知っているの!?」
 顔色を変えたエリューシスに、イヴァリースはぼんやりと応えます。
「私は、《生命樹》から切り取られ、人と定められ、《破》を滅ぼすために作られた生命だった者の記憶」 
 イヴァリースの言葉に呼応するように、白銀の世界の一部が色を帯び、《聖霊》たちと《魔王》たちが大樹の根方に立ち、小さな少女を取り囲んでいる光景が浮かびます。
「私は、全てを蝕む《蝕》として生まれた。その強弱で表現は《妃》や《姫》、《子》に」
「《姫》は《妃》に劣る? もし、そうなら、なぜ劣る《蝕姫》の任を私たちに課したのか……」
 エリューシスは、自分たちより適した他の存在が、世界を救ってくれるのならば、その方が正しいのではないかと考えました。
「《蝕妃》は世界の身体たる《生命樹》を削って産み出されるもの。《生命樹》の弱体化は世界の寿命を縮めるから」
 つまり《蝕姫》は次善の策なのか、とエリューシスは悟りました。
「今度は私からの質問。私、貴女の質問に答えたから、教えて欲しいの」
 ぼんやりとしていたイヴァリースの目が、色を帯び始めました。 
「なぜ、世界は滅びてはいけなかったの?」
「え?」
 予想しない言葉に、エリューシスは言葉を失いました。
「花は散るわ。鳥だっていつかは死んで、飛ぶことは叶わない。世界に始まりがあったのなら、終わりがあってもいいのではないの?」
 静かな口調でした。けれど、それ故に言葉は重くエリューシスに降り積もります。
「誰かを犠牲にして、痛みを押しつけて。スパルリオが創った《勇者》もそう。戦って傷つくのは《勇者》。誰かが誰かの痛みを肩代わりしなくては維持できない世界に、なんの価値があるの?」
 風のない世界で、周囲の木々がざわめきました。まるで、イヴァリースの心を映し出すように。
「兵器である《蝕》になぜ、心なんて必要なの? 心を持ち、愛を知り、憎悪を身に受け。愛を受け、憎悪を知った」
 囁きのような、イヴァリースの呟き。
「心など、欲しくなかったのに」
 滂沱たる涙。
「愛など知りたくなかったのに」
 陶器のようなイヴァリースの頬を止めどなく涙が伝います。兵器である《触姫》になぜ心が必要なのか。それは今まで、エリューシスも抱いてきた疑問でした。それを突きつけられたとき、彼女の目からも涙が零れます。
「……きっと。きっと、こうなんだと思う」
 必死に言葉を探して、口を開きます。
「心があるから、幸せを感じられる。愛を知れば……『痛みを肩代わりすること』の意味が、わかる」
「肩代わりすることの、意味?」
 エリューシスの脳裏に、これまでの旅路が蘇ります。禁呪に心を奪われかけたこと。イアラやラウェスが自分を信じて追ってくれたこと。母・ユーネリアが自分を思ってくれていたこと。魔物になってまでも、自分とイアラを案じていた師・ヴォルドのこと。
「どんなに力が強くても、心がなれけばただの『道具』にしかならないわ。万物に意味を与えるのが、心」
「では愛は?」
「自分が何を慈しみ、慈しまれてきたのかを知る道標。痛みを肩代わりしているんじゃない。自分を大切にしてくれた周囲。自分が大切にしたいもの。そうした何かを守り、慈しみたいという気持ちだと思う」
 エリューシスは叫びます。同じ立場でありながら、意味を見失った魔女を見て、自分が世界に何をもらってきたのか、答えへの道筋が見えた気がしたのです。
「痛みを肩代わりする、んじゃないんだよ。心をくれて、幸せを感じさせてくれた世界への恩返しなの。育ててくれた何かがあるから、ひとは強くなれる。心なくして、幸せなんかないの!! だから、だからね……」
 目上であるはずのイヴァリースをエリューシスは抱きしめていました。
 ──私たちは二人。でも、この女性は一人で《蝕》の任を負っていたんだ……。
 震える肩の細さに、エリューシスは同じ母である《蒼碧の巫女》ユーネリアを思い出しました。母も細い女性だったけれど、イヴァリースはその比ではありませんでした。
「心がなければ、私はあの方を滅ぼさずに済んだの……」
 化石のような森。初め、エリューシスはここが魔女の創りだした異世界なのだと思っていました。でも、今はわかります。この風景の意味が。
──この風景は、この女性の目を通しての世界なんだ。
「あの方を滅ぼす? 誰のこと!?」
「あの方は、私を愛したばかりに、滅んでしまった。いなくなってしまった。自身の役目を全うするために、私から去った」
「《地》の《守護聖霊》ギアニード、先代の……ギアニード様のこと?」
 時を同じくして、《地》の《魔王》ゾルヴ=ェルの居城・《無限宮殿》に来訪者がありました。一陣の風とともに、豪奢な簪が揺れ、金属音が響きます。
「……安いオンナの匂いがする」
 その言葉の主こそ《虚空喚ぶ旋律》こと、《風》の《魔王》ヴィグツェントでした。
「しかも、小娘。……許せない。アタシ以外のオンナなんて」
 カツン。一本歯の高下駄が《虚海》へと突きだしたテラスに降り立ちます。豪奢で膨らんだ衣装が、重さを感じさせずにふわりと揺れます。しかし、その次の瞬間に、ヴィグツェントは舌打ちをしました。
「アロリーがいる」
 衣装が従来の重みを取り戻し、シルエットを崩したのです。
「ラインがダイナシ。アタシの部屋にアロリーは入れないでって言ってるのに」
「……いつからヴィクツェント様の部屋になったんでございます?」
 部屋の中から、アロリーが応えます。
「イツもナニも、アタシが決めたのよ。ゾルヴ=ェルだって、別にナニも文句言わないんだから。それより、さっさとココ開けなさいよ。アタシに扉を開けさせるつもり?」
「お断り申し上げます」
「なぁんですって? ゾルヴ=ェルに気に入られているからって、イイ気にならないでよね」
「いえ。このお部屋にお通ししたのは、ぼっちゃまですよ」
「なぁんですってぇ!」
 ばあん。そう轟音を立てて、テラスからの扉が開きます。風に乗って《生きながら枯れ果てた薔薇》の甘く退廃的な香りが流れてきます。アロリーの特殊体質によって魔力が働かず、自らの手で扉を開けなければならないという屈辱に、ヴィグツェントは白皙のうなじをバラ色に上気させながら部屋へ入ってきました。
「嘘は申してございません。そもそも私は嘘が付けませんし」
──言わないことはできますけどね。
 アロリーは意地悪く思いました。そもそもアロリーはこのヴィグツェントが嫌いでした。騒がしく、鼻が高く、必要以上の気位の高さ。どれをとっても下品なヴィグツェントをアロリーはどうしても好きになれなかったのです。
──ぼっちゃまも、なんでまた、このような方と親しくなさるのか。
 アロリーのため息の原因の一つこそ、この《風》の《魔王》だったのです。
「あーっ。アタシのベッドで寝てるっ! なにこのオンナ、って、なんだ《日蝕姫》じゃん」
 ヴィグツェントはベッドを蹴飛ばしますが、エリューシスは熟睡して、微動だにしません。
「御就寝中のお客様に、なにをなさるんです」
「ぶっコロス。心臓だけあれば、《日蝕姫》なんていつでも創れるんだから!! アタシの気も晴れて、イッセキニチョーだからね」
「それ以上、無法を仰るんでしたら、お客様じゃなくて、闖入者として排除させて頂きますけど、それでよございますか?」
 温厚なアロリーの目に、ゆらりと怒りの炎が立ち上がりました。
「あンですって?」
「本体を《風の蓋》に閉じこめられ、精神体だけのお方が、《虚数の主》である私めに何ができると仰るんです? お得意の魔法は私には一切効かないんでございますよ。あまりワガママが過ぎるようでしたら、捕まえて、お尻を叩きますからね」
 アロリーはヴィグツェントににじり寄りました。手にはどこから出したのか、ピンクの布を束ねたハタキをを持っています。
「な、なによ。……ふふん。アタシをバカにしないでよね。精神体だからできる芸当だってあるんですからね!」
 そう言い放つと、ヴィグツェントはエリューシスの体の中に滑り込みました。
「だから、貴女様はお馬鹿さんだと言うんです。精神体が、《想力》の檻である《夕暮の装束》を着た人物に逃げ込んでどうするんです。自力で出られませんよ」
 ふう、とアロリーはため息をつきました。

◆月刊GAMEJAPAN 2009年2月号募集/『ファントムサウザント』第28回募集内容(締切2月4日)

 

◆第28回ストーリーテーマ設定画・《赫龍》ヴィルガルフと、《焔神城》  

お題イラスト:月邸 沙夜

 眠るエリューシスの精神世界へ潜り込んだ《風》の《魔王/アナザーロード》ヴィグツェントを見送ったアロリーは、戸口に立つ《地》の《魔王》ゾルヴ=ェルを見ました。
「ぼっちゃま、いらしてたんですか」
「《風/ヴィグツェント》の気配がしたからな。で、アイツはそいつの中か」
 ゾルヴ=ェルの表情は動きませんでしたが、長い付き合いであるアロリーには、微かな動揺が見て取れました。
「ですよ。《風の君/ヴィグツェント》はエリューシスお嬢様が纏った《夕暮の装束/イブニングシャイン》に逃げ込まれたのですけど、この装束にはイヴァリース奥様の精神世界・《記憶の森/こころのもり》を感じます。
 精神世界の主は奥様。例え《魔王》でも、その理に逆らうことはできません。会話で奥様やお嬢様に精神的影響を与えるほど、今の《風の君》に精神的な老成はありませんもの」
「……時々、お前の達観が怖くなるな、アロリー」
「伊達に年をとってないってことですよ」
 アロリーは穏やかに微笑みました。
「ただ、奥さまは違います。きっと、お嬢様は奥さまに出会っておられるはず。それが、ぼっちゃまの思惑に添うか否か。……まあ、私の考えることじゃありませんね」
 ゾルヴ=ェルは何も応えませんでした。
 一方、《記憶の森》。王女エリューシスは《夕暮の魔女/サンセットウィッチ》イヴァリースと対峙していました。魔女の凍てついた心を表すかのように、見渡すものすべてが化石化した森に、冷たい風が吹き抜けてゆきます。
 魔女はエリューシスに自身が世界を救うために《生命樹/セフィーロ》から創られた《触妃》であると語ります。
 誰かの犠牲を欲する世界に、何の価値があるのか、心などいらない、愛など欲しくなかった、と泣く魔女を、エリューシスは抱きしめました。そして魔女は呟きます。
「心がなければ、私はあの方を滅ぼさずに済んだ」と。
 《夕暮の装束》が《守護聖霊/アンゲルウィズ》ギアニードから魔女に贈られたことを知るエリューシスは、『あの方』がギアニードだと直感しました。
「あの方とはまさか……?」
 その問いにイヴァリースが顔をあげた時、空から声が降り注ぎます。
「殺風景な場所ね!サイアクじゃない? ……でもないか。
木々を渡る風の声はナカナカいいわネ。どん底のカナシミってヤツ? のキレイな音がする」
 突如、空を割って《風》の《魔王》ヴィグツェントが現れたのです。
「誰、アンタ。なんでこんなトコにいるのよ」
 状況を把握していないヴィグツェントは、イヴァリースを睨め付けました。
「わたしは《夕暮の魔女》イヴァリース。貴女は誰?」
「アンタに名乗ってあげる名前なんてないわ。そっちのオンナに用があるの」
「私に用? 私は貴女を知らないが」
 エリューシスは驚いてヴィグツェントを見ます。
「なぁんですって? 《地》の《魔王》ゾルヴ=ェル様に並び立つ、この《風》の《魔王》ヴィグツェント様を知らないなんて、千年早いわ!!」
 ヴィグツェントは叫びました。
「私はお前が千年前にこの世界にいなかったことを知っているわ」
 イヴァリースは瞬きもなく、ヴィグツェントを見ます。
「《風》の《魔王》も代替わりをしたの? 私には瞬きの間でしかないのに……あの子は望みを叶えることなく《魔王》に……」
 ぼんやりとした口調でした。
「ゾルヴ=ェル様の望み?」
 きょとんとヴィグツェントが反復します。
「あの子の望みは《守護聖霊》になることだった。人一倍優しい、深い知性を持った子だったから。……けれど」
 周囲の木々が、鈴のような音を立てて揺れました。
「それ故に、《聖霊/セージ》の限界に絶望してしまった。私は、私の夫や息子たちの絶望を癒やしてあげたかった」
「むすこ、たち?」
 エリューシスは問い返します。
「そう。けれど、《地》の《守護聖霊》が空位は兄が。
弟の《紫紺の慧/フィロソフィア》、《紅蓮/フレイムロード》は《魔王》に。
それが《歴史の意志》だった。……《紅蓮》は《龍王/ブレグラーン》にしたかったの。
そうすれば、この世界に降りたがっている《宙》たちは、そこに根をおろせる。けれど、《心》なき《紅蓮》は《龍/ドラゴン》にすらなれなかった。
そんなに《心》って必要なものだったのかと、思ったわ」
『心は必要……』
 エリューシスとヴィグツェントの声がダブります。
そして、二人は顔を見合わせ、ヴィグツェントは「バッカじゃないの」と付け足します。その時、エリューシスは体が引き戻される感覚を覚えました。
「そろそろお起きになる時間ですよ」
 アロリーは微笑んでお茶を差し出しました。エリューシスは気が付くと、自らが倒れ伏したベッドの上にいることに気が付きます。
 そして、その傍らには、ヴィグツェントが憮然として立っていました。
「《風の君》は《風の蓋/ファントムサウザント》に封じられています。何もできませんよ」
 身構えたエリューシスを、アロリーは制しました。
「なによ、エラそうに」
 《風》はものすごい勢いでアロリーを睨みましたが、彼女は素知らぬ顔です。
「魔法が完全に中和される場所で、潜り込んだ人物が起きたらどうなると考えてたんです? その人が全く同じ夢を見るまで、そこから出られなくなるところだったんですよ。
少しは感謝したらいかがなんです?」
「あーッ、ムカツクむかつくッ!」
 きぃぃっ、と《風》は癇癪を起こします。
「今に見てなさいよ、アロリー。
アタシが本体を取り戻したら、アンタのいる場所ごと吹き飛ばして、木っ端微塵のぐっちゃぐちゃにしてやるんだから! そこの《日蝕姫/サンライズモナーク》のキレイな顔もまとめてね!! ……あ、そうだ。イイコト思いついた。
この部屋、塵の一つも残さずに分解して、もっとアタシ好みに作り替えちゃう。
そもそも、アタシの部屋をゾルヴ=ェルが仕切っているってのがオカシイ。ん、けってーい! だから、アロリーさっさとこの部屋でてってよ」
「この部屋を、壊す?」
 聞き捨てならなかったのは、エリューシスです。
「この部屋には、イヴァリースさんの思い出の品もあるのに。それを?」
「そうよ。さっき会ったイヴァリース、ってオンナもなんかムカツイタし、この城にあるあのオンナの品も全部ぶっ壊してやる。
ね、……いいでしょ? ゾルヴ=ェルぅ」
 満面の笑みを浮かべ、ヴィグツェントは振り返りました。それを平然と受け流したゾルヴ=ェルの返事はなんの素っ気もないものです。
「今の、この部屋の主はそこの《日蝕姫》だ。ソイツに聞いてくれ。オレは知らん」
「えぇぇ、なんでぇ!! アタシの部屋だって言ってくれてたじゃないぃ」
「この城で納得のいく客間はここだけだからな。それ以上でも、それ以下でもない」
「じゃあ、イヴァリースの品だけでも、ぶっ壊すわ」
「好きにしろ。……それ以外はオレのものだから触るなよ。二度と口をきかねぇからな」
「そんなぁ。そんなの区別ツカナイよぉ」
「しるか」
 ゾルヴ=ェルのつれない態度に、ヴィグツェントは膨れっ面で部屋を出て行きました。
「行っちゃいましたね、ぼっちゃま」
「そのウチ戻ってくるか、帰るだろ。今はまだ《風/あいつ》には用がないからな」
 まじまじとアロリーはゾルヴ=ェルを見ました。
「大体、お前の好みで残してあるそのカップと、その衣装以外、イヴァリース由来の品なんてねぇだろ」
「ま、そうなんですけどね」
 しかし、その思惑は大きなところで外れていたのです。
 廊下を少し歩き、魔力を取り戻した彼女はまずドレスの歪みを直しました。
 そして、繊細なレースのハンカチを噛み締めます。自身が人間だった頃の記憶が鮮明にある彼女は、それ故に、人間的な感情“嫉妬”をエリューシスに感じたのです。
─―ちょっとキレイだからって、ゾルヴ=ェル様にイイ顔されて。あームカツクったらっ!
 当て所なく城外を彷徨ったヴィグツェントは、大きな空洞にとてつもなく巨大な鉄製の鳥篭を見つけます。
 中には、炎の城塞のような巨大生命体が入っていました。
『おマエ、ダレ? ぞるう゛=ぇる チガう』
 息子たち。このイヴァリースの言葉をヴィグツェントは思い出しました。
 彼女は、文字通り“風の噂”で、ゾルヴ=ェルが《火》の《魔王》ベルグイールを擁していると聞いたことがありました。
 人に信を置かないゾルヴ=ェルが居城奥深くに置く存在……。これこそ《火》の《魔王》に他ならないと彼女は確信します。
──魔女は《火》の《魔王》は自分の息子、って言ってた。つまりコイツはあのオンナの品、みたいなモンよね。コイツを、《月蝕姫/クレセントモナーク》にぶつけたらどうなるかしらぁ?
 身勝手なヴィグツェントの程度の知れた悪巧みは続きます。
──《月蝕姫》をゾルヴ=ェル様はお嫌いなんだし。イッセキニチョー、じゃない?
くすくすくす。ヴィグツェントは忍び笑いを漏らしました。
──魔力を封じて、じわじわイジめてやればいーのよ。魔力を封じるなら、アロリーが一番、だけど、あのとかげババァに頼むなんてシャクだし……。
 トカゲ。ヴィグツェントの琴線に何かが触れました。
──アロリーのシッポぐらい、魔力がなくても包丁一本でサックリ切れるじゃない♪
 文字通り、トカゲのしっぽ切り。その妙案にヴィグツェントは笑いが止まりません。
 台所で包丁を一本と、魔力を遮断する布を宝物庫から借りればいいのです。
「ねぇ、アロリー。さっきは悪かったわ。仲直りの記念に、チョコレートボンボンでもどうお?」
 ゾルヴ=ェルがどこかへ出掛けたのを見計らったヴィグツェントは、手のレースの袋をアロリーに振って見せました。もちろん、中には遅効性のしびれ薬と眠り薬が入っているのですが、アロリーは知る由もありません。
「おや、珍しいですねぇ。じゃあ、お紅茶でも淹れましょうかね」
 アロリーはそういうと、ヴィグツェントのために整えた部屋へ案内しました。
 エリューシスの部屋に負けず劣らずの豪華な部屋ではありましたが、やはり部屋を移された、と思うとヴィグツェントは煮え湯を飲まされる思いでした。
 ヴィグツェントは一つつまんで食べて見せました。《飽食都市/ペウーダ》の王宮から持ってきた物だけに、その味は素晴らしく、悪巧みの首謀者であるヴィグツェントも本当に舌鼓を打ってしまいます。
「ん〜っ! オイシイわよ、コレ」
 掛け値なしの舌鼓に、さすがのアロリーも警戒心をおこしませんでした。
「じゃあ、私もお一つ頂きますね。……あら、ホントに美味しいですねぇ」
「っでっしょォ〜。アタシ、も一つ食べちゃオ♪」
 ぱくぱくぱく。中皿に山となっていたチョコレートボンボンを二人で完全に分けて平らげてしまいます。
「あーもういいわ。おナカいっぱい。下がってイイわよ。アタシ、寝るから」
 《魔王》ながらも人間の頃の生活様式を貫く彼女に、アロリーも慣れていました。
 ですから、全く気にせず、アロリーも私室に引っ込んでしまいます。
 この城の主が不在の今、支配人であるアロリーが寝てしまえば、ヴィグツェントの行動を妨げる者は何もありません。
 彼女はまず台所へ出向き、刃渡り30センチはある肉切り包丁を手に入れました。彼女が人間だった頃は生活感のある台所が嫌いでしたが、今はまったく気になりません。
 次に、宝物庫。以前、ゾルヴ=ェルに案内してもらったとき、宝物の中に《遮魔布/テンセル》のスカーフがあったのを覚えていたのです。鍵を掛けていない宝物庫へは簡単に入ることができ、お目当ての《遮魔布》はすぐに発見できました。
 最後の仕上げは、アロリーのシッポ切りです。アロリーの寝室は豪華な客間とは違い、とても簡素でした。小さな部屋には洋服ダンスと姿見と小さな椅子が一つ、それから、アロリーの尾がひょこんと覗いているベッドだけ。ヴィグツェントはベッドに忍び寄り、肉切り包丁を振り上げました。そして、さくり。
 いとも容易くアロリーの尾はヴィグツェントの手中へ落ちてきます。つやつやと緑柱石色をしたアロリーの尾を《遮魔布》でしっかりと包むと、ヴィグツェントは《火》の《魔王》のところへ向かいました。
 《火》の《魔王》ベルグイールは変わらずに鉄の鳥篭の中でまどろんでいました。ヴィグツェントを察知すると、その暗い双眸を向けます。
『操るには真名が必要だ』
 どこからかヴィグツェントに囁く声がしました。
「ああ、《真名》ね。たしか魔女がなんか言ってた……ってダレ!?」
 ヴィクツェントは応えてから、ぎょっとして周囲を見回します。
『我は《赫龍/レッドドラゴン》ヴィルガルフ。故あって貴公の手助けをせんと欲す。
 まずは《真名》だ。貴公は魔女に会い、《火》の真名を得たのではないのか?』
 イヴァリースの言葉を思い出します。聞いた名は二つ。《紫紺の慧》と《紅蓮》です。
――高貴なゾルヴ=ェル様が《紫紺の慧》。コイツは《紅蓮》かな?
「ちょっと、《紅蓮》! アタシが今日からアンタの御主人様よ!」
 ベルグイールの反応は鈍いものの、手応えを彼女は感じました。
「まずね、その檻から出て来なさい。それから、アタシについてきて!」
 のそり。巨大な《火》の《魔王》は鳥篭を破り、降り立ちました。

◆月刊GAMEJAPAN 2009年3月号募集/『ファントムサウザント』第29回募集内容(締切3月4日)

 

◆第29回ストーリーテーマ設定画・《赫龍剣》テイルズ=ウィングと、《イアラの旧友》ハイン 

お題イラスト:月邸 沙夜

 《風》の《魔王》ヴィグツェントが、地下の空洞にいた《火》の《魔王》ベルグイールと接触した時より、やや時間は遡ります。
 それはエリューシスが二度目の眠りについたときのことでした。
 エリューシスは、再びイヴァリースの《記憶の森》へ降り立ちます。
──やはりこの衣装はイヴァリース様の《記憶》に繋がっているみたいだ。
 化石のような木々が立ち並ぶ荒涼とした森が目前に広がります。
 そして、その一点にのみ降り積もる雪が色を帯び、人型──イヴァリースとなりました。
「貴女は、《力》が欲しいの?」
 唐突にイヴァリースは問います。
「《力》なんて、何の役にも立たないのに」
 何も映さない瞳が、ぼんやりとエリューシスに向けられます。
「確かに、《力》だけなら、何の役にも立たないかもしれない。でも、その《力》があることで、実現できる未来はあると思うんです。だから私は《力》が欲しいんです。
方向の定まらない《力》は無意味だけれど、《力》が何かを目指せば、それは価値あることを成し遂げる可能性を持つ、はずだから」
 何の感情も感じさせなかった、魔女の瞳の奥で何かが動きました。
「貴女に、《力》をあげる。そして、その《力》で、何ができるのか、見せて」
 その言葉の次の瞬間、世界がガラスのように粉々に砕け、エリューシスに向けて降り注ぎます。
 エリューシスは弾かれたように、起きあがりました。
         * * * * *
「お目覚めですか。お茶にしましょうね」
 アロリーはのんびりと言うと、椅子から立ち上がりました。
「座っていろ、アロリー。茶ぐらいオレが淹れてやる」
 苦虫を噛みつぶしたような《地》の《魔王》ゾルヴ=ェルが、仏頂面で茶器を扱います。
 かちゃかちゃと音を立てながら用意をする様子をアロリーは、ニコニコしながら見ていました。
「アロリー!? ……しっぽ! 尾はどうしたんだ!?」
 いつもスカートの裾からのぞいている、緑柱石色のつややかな尾がないことに、エリューシスはすぐに気がつきます。
「ああ、これですか」
 アロリーが自分の尻尾のあった辺りに、目をやりながら返事をする前に、ゾルヴ=ェルが吐き捨てるように言い捨てました 。
「《風》の馬鹿娘が、切って、持っていきやがった」
「ひどいことを! アロリー、傷は痛くないか? 私のことは私が何とかするから、どうか休んでくれないか」
 エリューシスはベッドから飛び降りると、アロリーに椅子を勧めます。
 身体はだるく、指一本動かしたくはない体調でしたが、事態が事態なだけに、そんな怠さは吹き飛んでしまいました。
「大丈夫ですよ。そう痛いわけではないし、ちょっと歩くのにバランスが取りにくいですけど、慣れるでしょうし。しっぽは……そのうち生えてきますしね」
「ちったあ怒れ、アロリー。オレだって、そんなイタズラをしたことはないんだからな」
「でも、そういった行いを、『是』とするのが、気儘な《風の君》の本分ですからねぇ。
油断をした私も悪いんですよ」
 深い青い瞳でアロリーは言いました。
「富の全てを簒奪し、手中に収める《地の君》、全てを侵す《水の君》。
良きも悪しきも滅ぼし尽くす《火の君》に、気まぐれに世をかき乱す《風の君》。
それが《魔王》と呼ばれる方々の指し示すべきありようですもの。例え、恩知らずなのだとしても、それは《風の君》としては、正しいお振る舞いですからねぇ」
「そんな……」
 アロリーの言葉にエリューシスは絶句し、ゾルヴ=ェルは沈黙しました。
「だから、こんな些細なことをお気に留めるべきじゃございません。それより、お嬢様。
夢の中で何かあったんじゃございませんか?」
 揺るがないアロリーの瞳に、彼女は夢の中であったこと──イヴァリースとのやり取りと、世界が砕けて自らに降り注いだこと──を記憶の限り話しました。
「それで。やっと腑に落ちました。
実は、お嬢様が目覚めるほんの少し前、白い影がお嬢様から抜け出してきたんでございます。あれはイヴァリース奥様だったんですね」
「なぜ、今ごろになって、イヴァリースが装束から出てくるんだ……まさか」
 ゾルヴ=ェルは戸口へと踵を返します。
「アロリーはそこにいろ。付いてこい《日蝕姫》」
「どこへ?」
 不審気なアロリーにゾルヴ=ェルは振り向かずに応えます。
「地下だ。イヤな予感がする。……なに、何かヤバければ、《日蝕姫》はオレが守ってやる。この城にいる間はコイツは《客人》。オレのモノだからな」
「なっ、オレのもの、とはなんだ! わ、私は物ではないぞっ」
「すべからく、この世界に存在するモンはオレの物なんだよ」
 富の全てを簒奪し、手中に収める《地の君》、という言葉を彼女は思い出しました。
 そして、その精神の延長にある発言、として、とりあえずではありますが、エリューシスは自分を納得させました。
 先を急ぐ歩調のゾルヴ=ェルにおいて行かれないように、エリューシスは必死に歩きました。しかし、手足を取られる《夕暮の装束》では、どれだけ急いでも街を歩く少女並みの速度でしか進むことができません。
「めんどくさいから、担ぐぞ」
 ゾルヴ=ェルはそう言い捨てると、許可も取らずに彼女を抱え上げました。
「なっ」
 いきなりな振る舞いに、エリューシスは一瞬抵抗しようかとも考えましたが、そこで緊迫した気配を感じ取り、開きかけた口を閉ざします。
「地下だ。……そこに化け物がいる」
「化け物? まさか、《火》の《魔王》か?」
「よく知っているな。イヴァリースが盗んだ《聖霊樹》の枝の力を使って、一人で生んだ《想力》の塊さ。
ヤツは何の意志もない、《この世界にあり得る、最大の力》、そのものだ」
「なぜ、そんなところへ私を連れていく?」
「お前に取り込ませるためだ」 
「なんだって? どういうことだ」
「《火》の《魔王》の資格は、滅ぼし尽くす力。要は《魔力容量》のデカさと内包する《想力》の大きさだ。意志も知性も持たないのに、そいつは《魔力容量》だけで、《魔王》を継承した」
「《魔力》を私に注ぎ込んだら、《火》の《魔王》はどうなるんだ?」
「死ぬか、乾涸らびるか、だろうな」
 エリューシスは抱えられたままゾルヴ=ェルの顔を見ました。《地》の《魔王》は表情を崩さず、その心はうかがい知れません。
「そんな! 《火》の《魔王》はお前の弟ではないのか!?」
 弟が死ぬ、ということを素っ気なく言い放つゾルヴ=ェルにエリューシスは怒りを覚えました。
「降ろせ! 弟殺しの片棒など、私は担ぎたくない」
「降ろさねぇ。お前はオレに《力》が欲しい、と言った。だから、くれてやるといっているんだ」
 冷たく光るゾルヴ=ェルの瞳をエリューシスは見詰めました。
──人一倍優しい、深い知性を持った子だったから。
 素っ気ない口調のゾルヴ=ェルの瞳には、形容し難いほど深い色が浮かんでいました。
 その瞳に既視感を感じ、思い出します。それは真意を隠して敵対していた、師の瞳の色。
「まさか……お前。……弟を、救いたいんじゃないのか?」
 ゾルヴ=ェルは歩みを止めました。
「イヴァリース様は、お前を人一倍優しい気性だと言っていた。それと、私が《火》の《魔王》から《想力》を継承することとを繋げることがまだできないけれど、きっと、《紅蓮》を救うためには必要な算段の一つなんだろう?
答えろ、《紫紺の慧》!」 すとん、とエリューシスは手の中から降ろされました。
「……オレの《真名》を使って、オレを支配するつもりか?」
 底冷えするような声音でした。
「すまなかった、《地》の《魔王》。そんなことはしない。
信じてほしいが、《魔王》に信じろというのは、無理か?」
「笑止な話だな」
「なら、私に呪いをかけろ。記憶を消すなり、心を支配するなり、納得がいくようにするがいい。今の私はお前の“モノ”なのだろう?」
 エリューシスはゾルヴ=ェルの瞳をまっすぐに見据えます。
「フン。そんな目をする“モノ”があるか。
どうせ、お前がその名を知ったのは、イヴァリースの口からだろう。
お前の手に入れた《真名》は完全なモノじゃない。
……ってことは、ヴィグツェントのヤツも知っていることになるか。お前を支配している暇はないな」
 ゾルヴ=ェルは、彼女の肩を掴んで抱くように引き寄せました。
「えっ」
 引き寄せられた瞬間、エリューシスは足場をなくし天地が混乱するような眩暈を感じました。体勢を崩しそうになったところを、ゾルヴ=ェルに抱き留められました。
「空間を短距離跳んだだけだ。こんなので酔われちゃ困る」
「ありがとう。で、ここはどこなんだ?」
「地下の……物置場だ」
 とてつもなく巨大な空洞に、文字通りの金銀財宝が山と積まれている光景でした。
その光景と、物置場という言葉が繋がらずに、エリューシスは目を数回瞬かせます。
「もぬけのカラ、かよ。さすがに《風》だけに、手が早いぜ」
「もぬけのカラ? ここに《火》の《魔王》がいたのか?」
「察しがいいな、《日蝕姫》。ここで鳥篭をゆりかごに、まどろんでいたはずの《赤ん坊》がいねぇ。
ヴィグツェントの奴がハンパな《真名》で外に引っ張り出しやがった。このままじゃ暴走して、世界中が業火の海だぜ。
《宙の災厄》を避ける以前に、この世界が滅んじまうかもな」
「なんですって?」
「そもそも、ここにいたのだって、《聖霊》どもだけでなく《魔王》でさえ制御できないからだったのさ。
母親の気配の強いこの城の中で、《胎内》に近い環境を与えることで眠らせてきたんだ」
「止める方法は?」
「方法の方に、さっき断られたから、ねぇな。……ま、それで滅びるなら、それも運命だろ」
「断られた……私か? 私がおまえの弟から《魔力》を継承すればいいのか!?」
 妹、イアラが傷つきながらも守りたいと願った世界。
弟殺しに加担するという十字架を負いさえすれば、破局から免れるというのなら……。「……わかった。《魔力》を継承しよう」
「《火》の《魔王》になるってことだが、いいな?」
 《火》の《魔王》から《魔力》を引き継ぐということは、《魔王》の座を引き継ぐ、という意味でもあります。
「そういうことに、なるな。……それで、いい」
「なに、《魔王》ってったってこの世界の歯車の一つに過ぎないからな。
気負うこともない。《魔王継承》の立会人はオレがやるから、《継承》することだけ考えてろ。あとは、その《夕暮の装束》がケリをつけるさ」
         * * * * *
 一方その頃、ヴィグツェントは、上機嫌で、巨大な《焔神城》に封じられたベルグイールを使役していました。
「なんか、お前、ブアイソウよね。ゴツいし、カワイ気ナイしぃ」
 《無限宮殿》から《外界》への《次元回廊》を進みながら、ヴィグツェントはブツブツと文句を言い始めました。
「ブアイソウ? ごつイ? ナニ、ソレ」
「笑顔一つない、ってコト。いいわ。命令よ! 笑いなさい!」
「ワラう?」
「こーするのよ! こう!」
 ヴィグツェントはにんまりと笑って見せました。
「人間たちが苦しんだり、困ってるトキに、にんまり笑えナイようじゃ、《魔王》失格よ」
「コ、コウ……?」
 ベルグイールが何かをしたのかも知れませんが、ヴィグツェントには全く違いが分かりませんでした。
「んー、イマイチ。ま、そのウチなれるでしょ。気にしないで楽しく行きましょ?」
 ヴィグツェントは《焔神城》の肩口に居所を決めると、歌を歌い始めます。
歌詞は陰惨でも曲は至って陽気で、この物騒な道連れをよく物語っているかにも見えました。
「う゛ぃくつえんと、きれいダネ。うた、たのシイ」
「あ、ホント?」
「ほんとう。ボク、うマレテカラきょうマデ、ズット、そと、でタコト、ナカッタカラ」
 外へ出たことがない。
 その言葉が、彼女の心に触れました。
 ヴィグツェントは《風の巫女》として、生まれましたが、その宿命に抗ったために《魔王》となったのです。
 あのまま《風の蓋》を見守り、生涯を終えていたら……。
 それを考えると、全身の血が逆流しそうなくらいの怒りを覚えます。
「アンタは自由よ! 誰も、アンタをもう閉じこめたりしない。思うまま、風に吹かれるといいわ!」
「その前に、して頂かねばならないことがございます、《風の君》」
 自由を言い放ったヴィグツェントに水を差すような言葉がかけられました。
言葉の主はヴィグツェントたちが進む《次元回廊》の少し先、《外界》との境に、剣を抱えた黒髪の少女を伴って立っていたのです。
「私は《赫龍》様の僕、ハインと申します。こちらは私のパートナー、《魔剣》テイルズ=ウィング。お目にかかれて光栄です。麗しの《風の君》」

◆月刊GAMEJAPAN 2009年4月号募集/『ファントムサウザント』第30回募集内容(締切4月4日)

 

◆第30回ストーリーテーマ設定画・《火》の《聖霊》イーフェイルと、《火》の《魔王》/《煉獄の火種》ベルグイール 

お題イラスト:月邸 沙夜

 ラーナフェルト王国の王都ウィールウィンド。
 ここの下宿街の一室で、一人の青年が机に向かって書き物をしていました。
 それは新聞記事の原稿のようでもありましたが、うまく進んでいるようには見えません。
原稿用紙を破りかけたその時、青年は何かに気付いたかのように、ふと手を止めます。
「……《焔神城》の《想力》総量が動いた? 何かあったか!?」
 手のペンを机に置くと、青年は椅子から立ち、カーテンを閉めます。そして深く息を吸いました。それに呼応するように、淡い光が青年を包みます。
 そこには《火》の《守護聖霊》、イーフェイルが立っていました。
「あの力は世界を滅ぼしかねん。確かめて来ねばならんな」
 次の瞬間、その姿は部屋からかき消すように消えました。
         * * * * *
「僕は……守る力が欲しい。その気持ちに偽りはないよ」
 魔法陣の上に焚かれた篝火に、ぼんやりと映る赤黒い龍の幻像に向かい、ハイン=デュッセルドルフは呟きました。傍らに置かれているのは、高等魔導図書館の奥底から盗み出した古き禁忌魔道書。
『ならば、我が僕となり、手足として地を馳せよ。代償は……今は存在せぬ、お前の無二の存在。代償の報酬にそこなる枝に精を宿す。使役せい』
「……わかった」
 ハインの答えに応じたように、揺らめく炎の中から青い光球が飛び出し、傍らに落ちていた木の枝に飛び込みます。
 すると、その姿はやや反りがついた異国風の刀に変わります。
「これは……」
『お前の肉体は、その剣が滅びぬ限り、幾度傷ついても滅びることはない。また、剣が滅びぬ限り、お前が滅びることもない。
……剣よ。人型を取り、お前の主に口上を述べるがいい』
 その言葉を受け、剣はほどけるように形を失いました。そして拡散し、ある一点を核に再構成されます──人間の少女の形に。
「お初にお目もじ致します。わたくしは、《赫龍剣》テイルズ=ウィングと申します。どうか、よしなに」
 10歳くらいの少女はスカートの端を少し持ち上げ、淑女のようにお辞儀をしました。
『……他にもしてやりたいが、我を封じる炎の結界を通してではどうにも身動きがつかん。
我が命に従い、《無限宮殿》へと出向くがよい。そして、我が示す客人たちの道標となるのだ。
さすれば《勇者》にも劣らぬ技量と肉体、大魔法をも恐れることなき抗魔力を授けよう』
「……なぜ、そうまで僕に肩入れを!? 《赫龍》よ、何を企む?」
『なに、退屈しのぎと、《聖霊》どもへの意趣返しよ。《勇者》というシステムは、彼奴等が世の理に勝手に組み込んだルール。それに則さん存在は、それだけで儂ら《古き者》にとっては快哉ゆえな』
 ハインは炎の向こうに光る《赫龍》の眼を訝しげに見ましたが、よどんだそれからは何の意図も読み取れませんでした。
         * * * * *
「……で、《赫龍》はあたしたちに、ドコへ来いって?」
 暫しの沈黙の後にヴィグツェントは応えました。沈黙の長さ故に、ふと今までを回想していたハインは内心びくっとします。
 上機嫌の道行を邪魔されたヴィグツェントの機嫌は急降下していました。
──ここで機嫌を損じては、ヴィグツェントはどこかへ消えてしまう。
 ヴィグツェントを待ち伏せる間に用意した言葉を、ハインは慎重に並べました。
「我らが主、《赫龍》は、美しき《風の君》様に贈り物をしたいと申しております。
献じられた贈り物数は、そのご婦人を称える賞賛の数。どうか、囚われの主からの贈り物をお受け取り頂けますまいか」
「つまり、アタシがキレイだから、プレゼントくれるワケね?」
 ジト眼をして、ヴィグツェントはハインを見据えます。
─《風の君》は美貌に絶対の自信を持っているから、そこをつつけば、問題がないと《赫龍》は言っていなかったか?
 想定外のヴィグツェントの慎重さに、ハインは戸惑いました。
 その時、少女の姿を取った《赫龍剣》が口を開きます。
「はい、間違いなく。《龍》やその眷属は、嘘を語ることはできませぬ」
「……テイル!?」 思いがけない《赫龍剣》の言葉に、ハインは思わず自らの魔剣を愛称で呼びました。
「僭越ながら、《風の君》様。長年地底深くに封じられ、繋がれた《赫龍》は心の慰めに、お美しい《風の君》様をお迎えしたいのです」
「……繋がれた? ホントにあっちこっちに閉じ込められてんのね」
 ヴィグツェントは呆れたように言いました。
「ま、いーわ。会ってアゲル」
 はっ、と短くハインは応えました。
 一方、つい「行く」と言ってしまったヴィグツェントですが、本能的に《赫龍》にキナ臭さを感じていたのです。
──《赫龍》はちょっとアヤシイのよね。ナンの目的もなく、人にイイカオするヤツなんていないのがヨノナカってモンよ。
 とはいえ、剣の口上に聞き捨てならない言葉があったのも事実でした。
──「閉じ込める」とか「繋ぐ」とかってコトバ、なんでキライかなァ。
 肩を竦め、ヴィグツェントはベルグイールを見ます。ベルグイールはヴィグツェントが行くなら、自らも同行することに何の不思議も感じていない様子です。
──しょーがナイ。なんかあったら、このコ連れてナントカしよ。
 ここでそう思っても、気まぐれなヴィグツェントですから、その時が来たら気が替わりかねないのですが、今はそのように感じます。
「じゃ、行きまショ、ベルグイール」
「ウン」
 《赫龍》への道中は、気の散りやすいヴィグツェントには退屈なものでしたが、隧道にはなんの横道もなく、行くか戻るかしかありません。
「あー、タイクツタイクツッ!」 ついにヴィグツェントは叫びだしました。
「う゛ぃくつぇんとは、ドウしタラたいくつジャナイノ?」
「外くらい見たいワ。こーんなノッペラなトンネルじゃなくって!」
「そと? ジャア、そとニむカッて、あなヲあケルネ」
 ヴィグツェントの応えを待たず、《焔神城》は腕を模した部分を水平に伸ばします。瞬時に魔力が高まると、掌底部分からとてつもない光焔が吹き出しました。
 それは、隧道の壁を瞬時に焼き消すと、その外側──次元の歪みと大地の境目に大きな歪みを刻みました。
「足リナイ? ジャ、もうイチド……」
 のんびりとベルグイールは言います。
しかし、その光景に青ざめたのは、他ならぬヴィグツェントでした。
「待ってーッ! モーイイわ! もうイイから!」
──ちょっと、冗談じゃないわよ! 《魔力》で作られたココで次元が歪んだら、ヘタをすればアタシだって、綺麗さっぱり消し飛ぶわ!!
「ナンデ?」 じわじわと隧道を侵食し始めた、次元の歪みすらまるで気にせず、ベルグイールは聞き返します。
「気が変わったの! う、歌でも歌いまショ! ネ?」
「歌? ……ウン!」
 ベルグイールは不思議そうでしたが、喜んで貰いたい当のヴィグツェントが、もういい、といったので、それ以上することはありません。
 それより、ヴィグツェントが歌い始めたことが、何よりベルグイールは嬉しかったのです。
──このコと遊び回るには今のままじゃ、ちょっとマズイわネ。
 珍しくヴィグツェントが考えこんでいると、ハインの声が聞こえてきました。
「こちらが終着点です。《風の君》様」 隧道は突然終わりを告げました。その先には、半ば石化した身の丈6メートルはある赤黒い龍が半ば土壁に埋まっていたのです。
「ふーん、アンタが《赫龍》ヴィルガルフの本体?」
「いかにも。遠路はるばる、よう来られた。お会いせなんだ間に、ずいぶん若々しい姿におなりですな」
 《赫龍》はゆったりと言いました。
「アンタとは会ったことないわ。 マヌケな先代のコトでショ?」
──コイツ、ヤバイ。アタシをコワがらない。
「間抜けとは、ははっ。確かに、貴公とお会いするのは今日が初めて。だが、貴公は我が記憶の中の《風の君》よりも若々しく、美しい。
お会いできて光栄だ。我が手の者が失礼を働かなかったかね?」
「ええ。面白味のカケラもなかったケド。まー埋まってたんじゃ、満足に人選もデキないわよね」
 ちらりとハインをみてヴィグツェントは言いました。
「歯に衣着せぬそのさまは、快不快を通り越して天晴れ。さて、初のお目通りに、ささやかな贈り物をさせて頂きたいが、何を望むかな?」
「モノは要らないわ。いつかジャマになるし、欲しければ盗ればイイし。……そうね、《魔力》を頂戴。今のままじゃ、ツマンナイもの」
「《魔力》とな。それを与えるには、我が封印を解いて貰わねばならん。封印は最高位―《業火》レベルの《火焔魔法》にて崩れるが、封印に我が眷属が触れることができぬよう、《呪》がかけられている。幸い、貴公は《火の君》を同行なさった。
《火の君》に口添えして、この忌々しき封印を焼き払ってくれぬかな」
「いーわよ」
 あっさりと、ヴィグツェントは頷きます。《赫龍》への警戒心を解いた訳ではありませんでしたが、それ以上に「囚われている」という言葉への反発と、伝説の存在である《龍》からの《魔力》供与に、強い魅力があったのです。
──イザとなったら、このコつれて、さっさと逃げよっと。
「ベルグイール、ちゃっちゃとその封印焼いて貰える?」
「イいヨ。コンナノ、すぐダヨ」
 《焔神城》の指から火球が飛び出すと、《赫龍》を戒める鎖とそれに繋がる古い封印の呪いが刻まれた石に触れます。と、同時に灰さえ残さず蒸発してしまいました。
「さっキ、う゛ぃくつぇんと、暑ソウダッタカラ、工夫シタノ。ぼく、エライ?」
「上手よ、ベルグイール。……どお? 《赫龍》」
「佳い。約定の《魔力》供与を果たそう。《風の君》、御手を」
 《赫龍》に請われるまま、ヴィグツェントは手を差し出しました。すると一条の赤い光がヴィグツェントの手のひらに差し込みます。
「《風の君》、貴公は《魔》、我は《龍》。馴染みは悪かろうが、じき慣れよう。さて、ハイン。お前にも《勇者》を超える力を授ける約束だったな」
 意味ありげに眼を細めた《赫龍》は、財宝の中から古びた勇者の宝剣を拾い上げると、自らの左目に突き刺します。そして引き抜くと、返す刀でハインの左目を切り裂きました。
「なっ!」
「狼狽えるでないわ。主は既に不死。その程度、すぐに治ろう。我が身には我に挑みし《勇者》どもの血が凝縮されておる。その儂の、《龍》の身のうちで一番《龍気》の宿る《龍眼》をくれてやるのだ。身に降る僥倖に感謝せよ。……お主は我との契約を守った。次の我が命がくだるまで、好きに振る舞うがいい」
 《赫龍》が言い終わると、眼に刺さった宝剣は消失しました。
「暫しの別れだ」
 そして《赫龍》は翼を広げます。天に向かって吐息を吐き、穿たれた小さな光点へと飛び立ったのです。
「よくわかんないけど、チカラが手に入ったから、いっか。これなら《風の蓋》に封じられてないのとほとんど同じだし。遊びにいきまショ、ベルグイール」
 極上の笑顔でヴィグツェントは言いました。
「その前にお着替えしなくちゃネ♪」
「オ着替エ?」
「そうよ。今のままじゃ、うごきづらいでショ? ねえ、もうちょっと小さくなれないの?」
「……ちいサク? ぼくニハかたちナンテないヨ。ワカンなイ」
「そのおっきな城はナンなのヨ?」
「わかラナイ。デモぼくコノ中ニイルヨ」
「つまり、アンタも閉じ込められているクチ、なワケ? ……中、はいるワヨ? ベルグイール」
「イイヨ」
 ベルグイールの答えと同時に、ヴィグツェントの姿が消えました。魔法で空間を飛び越え、《焔神城》内部に入ったヴィグツェントは、中の広大さに眼を丸くします。
「ナニよ、ココ。……やたら広いじゃない!」
──ぼくハここノ真ン中ニイルヨ。道ヲ開ケルネ。
 模様のような文字が敷き詰められた廊下の壁面に、ぽっかりと穴が空きました。穴の中は通路になっていて、人工的な光が奥に向かって灯されてゆきます。
 道に誘われるまま、ヴィグツェントは歩を進めました。
──歩カセテ、ゴメンネ。ココ、ちからガナクナッチャうノ。
「謝ること、ナイわよ。アンタのせいじゃナシ」
 先程、アロリーの《魔力中和》のために歩かさせられ、怒り心頭だったヴィグツェントでしたが、ベルグイールに先んじて謝られると、不思議と腹も立ちません。
 それどころか、「気にしてくれて、アリガと」と、ベルグイールを労う言葉さえ、飛び出します。
 ヴィグツェントが導かれたのは、《焔神城》の中央に位置する《炎帝の間》。そこは、球形を縦長に伸ばしたような、邸宅の玄関ホールくらいの広さでした。
 そして、その中央にベルグイールが浮かんでいました。
「形がないって、あるじゃナイ」
 炎の中に浮かぶ甲冑のような外殻を見て、ヴィグツェントは言います。
「チガウヨ。コレ、ぼくジャナイ。ぼくハ、コノ、ユラユラ」
 定める形のない、炎。それがベルグイールの本体でした。
「じゃあ……カラダ、つくりましょ。どんなのがイイ?」
「ワカラナイ。ぼく、う゛ぃくつえんとト、ぞるう゛=ェるシカ、よク知ラナイカラ」「なぁんですって? ……わかった。アタシがとびっきりのカッコイイカラダ、作ってあげるわ!」
 ヴィグツェントは、一番お気に入りの簪を抜き取りました。
 鼈甲に黒檀、珊瑚でできたそれは、はるか遠く八島の王城から忍び盗った品。それを元に、昔、人間だった頃に、パレードで垣間見た王子の姿を創り上げます。
……実物よりもやや幼めになったのは、これまでのベルグイールとの会話から、その精神に相応しい姿をヴィグツェントが無意識に求めたからでした。
「ふっふーん。……どお? かっこカワイイでしょ?」
「……コレガ、ぼく? ふシギ」
 声と肉体。ベルグイールは初めて、《自身》を持ったのです。

◆月刊GAMEJAPAN 2009年5月号募集/『ファントムサウザント』第31回募集内容(締切5月4日)

 

◆第31回ストーリーテーマ設定画 主要登場人物の後ろ姿 

お題イラスト:月邸 沙夜(仕上げ しいらまさき)・三好載克・加乃

 「イイ匂イ。う゛ぃくつぇんとカラ、イイ匂イガスルヨ」
 《焔神城》の中央の間で、ヴィグツェントによって肉体を与えられた《火》の《魔王》は、鼻をくんくんとならします。
「……もーォ、この、カワイイんだからっ!」
 衣装が崩れるのも気にせず、《風》は《火》に頬ずりをしました。
「アタシが継承した記憶からするに、どうやらこの城自体が《火の蓋》みたいね。だから、アンタの本体を出してあげるコトはできないケド、精神体だけならナンとかなりそーネ。一緒にいきまショ」
 一緒に、という言葉に、ふにゃぁ、と《火》は微笑みます。
「そ! 笑えたじゃない! ……コホン。アタシにはその笑い方でいいケド、もっとワルそうな笑い方もそのウチ覚えんのヨ」
 きょとんと《火》は《風》を見返しました。
──まずい。アタシ的に、ムチャクチャ、カワイイ!
 半ば頬を染めながら、《風》は威厳を取り戻すべく《火》から身を離します。
 ハインは《風》が少年と《焔神城》から出てきたのを見て、跪きそうになります。
少年には、《風》とは違い、王族の気品が溢れていたからです。
「イイでショ? アタシが作ったンだから」
 《風》は、自慢げに言いました。
「これでココロおきなく《月蝕姫》をブン殴りにイケルってモンよ!」
「ご一緒致します」
「……御主人様?」
 テイルは、主の口調が微妙に変わったことに気付きます。主―ハインは、《月蝕姫》たるイアラを守るために、力を得た。それなのに、《風》に付き従おうというのはなぜか。
考えてもわかりませんでした。わかったことは、創造主たる《赫龍》と同じ澱みが、その瞳に宿ったことだけ。
「いーワヨ。ついて来ても。お姫様と王子様には家来がツキモノ、だし」
 ねー、と《風》は《火》に向かって微笑みました。
 それからしばらくの《風》は上機嫌でした。魔法で空飛ぶ絨毯を作りだし、空間を曲げて《飽食都市》から盗んだフルーツジェムをかいがいしく《火》の口元に運んでいました。
「ハイ、あーん♪」
「くちッテ、ものヲ食ベルものデモアルンダネェ」
 もぐもぐしながら、《火》は《風》にされるがままになっていました。
「デモ、ウレシイ。コレ」
「食べモノは、オイシイ、よ♪」
 らぶらぶ、というより、ブラコンの姉が年の離れた弟の世話を焼いているといった光景がハインの前で展開していました。
──《魔王》とは、邪悪なモノではないのか?
 主の戸惑いに、テイルは、澄んだ瞳でハインを見ながら囁きました。
「《魔王》とは、そのあり方が究極である方を指すのです。その行いが邪悪か否かは、状況がその行いを是とするか否かでしかありません」
「テイル。なぜ、キミがそれを知っている?」
「私はまだ、命を頂いた存在ではありませんから、世の理は目で見えます」
「命? キミは肉体を持っているだろう?」
「この体は仮初めの物。私の本当の体は、まだこの世にはありません」
 いずれ存在する物の《命》。それが何かをハインは知ろうとも思いませんでした。
テイルは自身の目的を遂げるための道具でしかない、筈なのですから。
「さて、この近くのハズなんだけド」
 隧道に《風》の声が響きます。
「さって、と。ムカツク《月蝕姫》はどこかしらん?」
「むかつく? う゛ぃくつぇんと、具合、悪イノ?」
「ブッ飛ばしてヤリたい、ってイミよ。で、アッチも誰か殴りたそうネ」
 瞳の暗い炎を強くしたハインに気づいた《風》は、面白そうに笑いました。
「イイじゃない、それ。好きなダケやりましょ。今までいけ好かナイ男だと思ってたケド、なんか面白そうじゃナイ?」
 指先についた白砂糖をぺろりとなめ取ると、視界の向こうに感じ取ったイアラたちを、ネコのような表情で見遣ります。
 一方、《地》の《守護聖霊》ギアニードに道を開いてもらったイアラたちでしたが、《水》の《魔王》シャツィヴォルズの策略で道を外れてしまい、自身の位置を見失っていました。
「ここは、《異界》でも、私たちの世界でもないようだけど……」
 イアラは周囲を漂う気配から、次元の狭間では、と結論付けます。
「そんなのどうでもいいわ! 問題なのは、あの《地》に追いつけなくなって、正義の制裁を加えられなくなったことが問題なんだから!! あなた、魔法使いなんでしょ? なんとかしなさいよ!」
 《北天皇女》であり《世界勇者》でもある少女・フラウリートがイアラに食ってかかります。天下無双と信じた兄・フォルトが負傷したこと。
そしてその原因となった襲撃者が、自分とフォルトやラウェスの死せる父、かつての《北天皇帝》アルザスだったことが、フラウを動揺させていました。
誰かに当たり散らしでもしないと、《水》の魔力が尽きた瞬間に灰となって崩れ落ちた、父・アルザスの姿が浮かんでくるのです。
「そんな言い方はないよ。イアラは原因じゃない。怒るのは筋違いだ」
「べ、別に怒っているわけじゃないもん! イアラはいつも物知り顔ですましてるから、何とかできるんじゃないかって、思っただけよ……」
 ラウェスと言い合いながらも、フラウの語尾はどんどん小さくなっていきます。
八つ当たりだと、自分でもわかっているのです。
「確かにお前に非があるな。だが、話はそこまでだ。《魔を帯びた風》に乗り、底知れぬ《火の力》が運ばれてくる」
「えっ? この気配!? 《魔王》!」
 フォルトのつぶやきを受け、イアラが小さく叫びました。
かつて戦った《月》や《地》、そして先ほど対峙した《水》に近い、その気配。それは、見る者の魂を震撼させ、本能的な恐怖を呼び起こす暗き魔力の化身。
「……だが、それだけではない。《魔王》の一つに、光の高貴さを感じる。
そして、取り巻く気配は、不思議なことに我らが一族が持つ《龍》の加護に等しい力。そして……研ぎ澄まされた剣の鋭気」
 他者には見えぬ遠方を見通すかのように呟き、《北天皇帝》は帯剣に手をかけました。
わずかに闘気を高めるだけで、周囲の大気が震えます。吹き上がる闘気が、飛来した斬風をねじ曲げました。その瞬間、フラウの髪束が一陣の風に斬られ、落ちます。
「うわあん。カンがイイわね! これなら楽しめそうネ!」
 自ら生み出した風により、ドレスを優雅に翻し、《風》が出現します。
その風を、聖なる存在が放つもののような光焔が彩りました。光の主・《火》は向けられた敵意に戸惑いつつも、《風》をかばうように前に立ちます。
 しかし、イアラとラウェスの視線は別な場所に釘付けとなっていました。
それはあまりにも意外な再会。悠然と立つその青年は、未だ記憶に新しい、魔法学校の同級生だったのです。
『ハイン!』
 二人の声がかぶりました。
「どうしてキミが?」
 イアラの震えるような声に応えず、ハインはラウェスの前に歩み寄りました。一歩一歩高まる闘気と……そして、敵意。
「ハイン! 正気なのかっ?」
「僕は、正気だよ。そして本気だ。《勇者》ラウェス」
 ──この力なら、イアラを不条理な宿命から解放できる。生まれた家が《勇者家》でないだけで、格下に見られたこの僕が、世界を救うことで!
「その、貴族然とした余裕の仮面を剥いでやるよ。この僕が」
 ハインの整った貌に、薄い残虐性が忍び寄ります。
「テイル」
 主人の囁く声に、剣の少女はその姿を光に変えると《赫龍剣》へと同化しました。
それを機に、《赫龍剣》は赤黒い瘴気を放ち始めます。
「《魔剣》……それを使うことの意味を、わかっているのか?」
「わかっているさ。何か無二の物を代償に支払う、そうだろう? だけど、今のこの僕には、《勇者》にも勝る力! 不条理な宿命を打ち砕く力! 力を示す以上に大切なことなんてないッ!」
 ハインの脳裏に浮かんだのは、自分たちに向けて置き手紙をし、宿を抜け出したイアラの気遣い。《魔法王の布告》により、常時生命を狙われているイアラは、ハインたち同級生を危険にさらしたくないと思ったのです。
その真意を、ハインは充分に理解していました。 しかし、ハインには同期一の格闘家たる矜持がありました。ハインは格闘の授業で負けたことはありません。もちろん、ラウェスにも。
 そのラウェスがイアラに同行していることを知った時、彼の矜持は打ち砕かれました。
出自は平民でも、貴族にも、勇者にも勝ると信じた己が努力を、イアラに否定されたと感じたとき、ハインは闇に墜ちたのです。
「イアラ。キミだけは貴族も平民もないひとだと信じていた!」
「ハインっ、そのことは……!」
「ハイン! 僕がイアラたちを守るのは《勇者の責務》。この争乱は貴族の都合! 君は、平和に暮らしていい。命を賭す理由なんてないはずだッ!!」
 ラウェスの叫びは、ハインの怒りをさらに募らせます。
「何が勇者だ!! お前が勇者だと言うなら、なぜエリューシスがいない!!」
 鋭く、重い斬撃がラウェスに襲いかかります。ハインは格闘家であり、武器を持っての戦闘はこれが初めてでした。しかし、手の《赫龍剣》からは動かすべき動作がその身に染み渡り、《赫龍》に裂かれた左目には、ラウェスの予想される軌跡が見えるのです。
躊躇うラウェスが抜剣もしない内に、致命の間合いにハインが飛び込みました。
 《赫龍剣》の斬撃をかろうじて宝具《烈風の楯》で受け止めたものの、刀身は楯に深く食い込みます。ハインは剣の柄を持ち直すと、それを基点にし、体を半回転させました。
「待っててくれ、イアラ。キミの重荷を僕が替わってあげるから!」
 呟くと、握りしめた籠手に秘めし火の魔力を全解放します。彼が属性として持つ《火》の魔力は、《赫龍》の加護と、そして意図してこの場に連れてきた《火》の《魔王》の影響力によって数十倍に高まっていました。
ラウェスの《蒼き星色の鎧》をまとう脇腹に、暴風雨のような連撃がたたき込まれます。
「ラウェス! 《勇者》の装具がなければ、今、お前は死んでいた!!」
 叩きのめしながら、鳩尾を蹴り上げます。
全体重と魔力を乗せた蹴撃は、全身鎧をまとうラウェスの体を容易く浮き上がらせ、激しく岩壁に叩き付けました。
「そんな無力なお前が、勇者を語るな! イアラを、エリューシスを呪わしい宿命から解き放てぬお前が、勇者をぉぉ、語るなァァッッ!!!」
「ラウェス! ハイン!! やめてっ。やめてよっ」
 イアラは脇目も振らず、二人の間に飛び込みました。
今、自分はハインに届く言葉を持たない。そのことをイアラはよく理解していました。
でも、行動しないことはできませんでした。無力さが心の中に無限に広がり、渦巻きます。
心の全てを灼かんばかりに。
「来るな、イアラッ!」
 崩れた岩壁から、何者の介入をも許さぬ叫びが響きます。
瞬時に立ち上がると《折れぬ血潮》を解放し、宝剣《心高めしもの》を抜きはなちました。
止めとばかりに間合いを詰めたハインの《赫龍剣》を鋭く払います。
「ハイン。……それでも、僕は《勇者》だ。守れない勇者は無数の罵倒と怨嗟の中に立つ。
でも、それでも守ることをやめない! 救うことを、やめないっ!! 無力は……噛みしめる。でも、命ある限り、戦いをやめる理由にはならないんだ!!」
 ラウェスは本能的に理解します。ここで自身が《勇者》であることをハインに示さなければ、彼を彼の闇から救えないことを。
「全力で、行くよ。闇に堕ちた友人を救うのも《勇者》の務めだから。
それが、たとえ、取り返しがつかないことになったとしても。……僕は後悔しない」
 二人の戦いを横目に、《風》は嬉しそうに《火》に囁きます。
「ふーん。アッチはアッチで楽しソー。こっちはコッチで楽しみまショ♪ ねーねー、《火》は何でアソブ?」
「ぼくハ、う゛ぃくつぇんとガよろこブ、ナラ、何デモイイヨ」
「もーカワイイんだからっ! じゃあネ、あの背の高い男にしなさいヨ。
美形同士が戦うなんてカッコイイじゃナイ♪」
 場の空気を読まず、《風》がはしゃぎました。
フォルトとフラウは底知れぬ《火》の力を感じ取り、その場を釘付けになっていたのですが、緊張感が音を立てて崩れます。
「で、アタシはムカツク《月蝕姫》。ってアレ? あそこのどーでもいい小娘が余るワネ。ま、いっか」
「どーでもいい小娘ですってえぇぇぇ!」
 《風》の発言にぷちん、と切れたのは《北天皇女》の自負を持つフラウでした。
「あら、小娘をコムスメって言って、ドコが悪いのよコムスメ」
 綺麗に整えられた眉を意地悪くつり上げて挑発します。
「わたしがコムスメって言うんなら、アンタなんてオバサンよ!」
「アンですって〜っ! 前言撤回、アンタから先にブッ飛ばす!」
「できるものなら、やってみなさいよ、オバサン!」
 《風》は完全に目的を見失っていました。
とはいえその場の勢いで目的を替えてしまうことこそ、《風》の《魔王》の本分なのですが。
 しかし。その対決方法の選定に問題がありました。
こともあろうか、《風》はつかつかと歩み寄ると、フラウを平手でひっぱたいたのです。
こうなると、もうこれは《魔王》対《世界勇者》の戦いではなく、女の子同士のケンカでした。
「痛いワネ! 何すんのヨ!」
「そっちこそ、無駄に爪、伸ばしてるんじゃないわよ!」
「これがオシャレなのがワカンナイなんて、イナカモン!」
「なんですってぇ。この……」
 《風》の言葉に言い返そうとしたフラウは、兄・フォルトの怪訝な視線に気づきます。
「お、おほんっ。わたくしとしたことが、狡猾な《魔王》の挑発に乗りそうになるとは、危なかったわ! ええと《魔王》っ!! あんな近くだと、わたしが一方的に有利だから、貴女にチャンスをあげる! 貴女の距離で戦い、そして……正々堂々と勝つ。それこそが《北天皇女》様による正義の制裁よ!」
 フラウは指をびしっと突き出し、堂々と宣言しました。

◆月刊GAMEJAPAN 2009年6月号募集/『ファントムサウザント』第32回募集内容(締切6月4日)

 

◆第32回ストーリーテーマ設定画・《太陽》の《守護聖霊》レファリオンと、《風》の巫女リネット/《龍眼》を得たハイン 

お題イラスト:月邸 沙夜

 地上と《星霊海》を隔てる空の境界。地上と天界を仕切るそこ──《多層雲海》には、ランタン型の硝子の建築物が浮かんでいました。
 それは《守護聖霊》が地上を見守る拠点・《月燈邸》。
硝子越しに執務机が見えるそこには、《守護聖霊》の長である『二天の長』がいました。
『太陽』の《聖霊》レファリオンと『月』の《聖霊》クレシアです。
 《聖霊》たちは眼差しを地上の一点に向けていました。視線の先で起こっていたのは、勇者ラウェスと、その級友ハインの戦いです。
「止めなくては。あの二人の目的は概ね同じ。戦う道理がありません」
 クレシアの口調からは心配がにじみ出ていました。
「捨て置け」 「なぜ!? あの《赫龍剣》とやらの核は、剣の使い手を父として、生まれてくるべき《娘》の魂ではありませんか!」
「……それも、あの青年が自ら選んだ『道』よ」
「何てことを……。魔剣がもたらす《不死の魔力》の源とは、生まれてくるべき赤子の寿命。知らぬとは言え、ひどすぎます!」
 『月』の瞳には、命の流れが映ります。そして、生まれるべき子─テイルズ=ウィングは、全てを承知で父・ハインに仕えていることも。
 不憫さを感じ、クレシアの瞳に涙が浮かびました。
「貴公は《人》に干渉しすぎる。《個》を見過ぎだ」 「そんな……」
「理から大きく逸脱していないのであれば、手出しせぬが《聖霊》の理。我らには《星辰》を見据える使命があろう」
 切り捨てるような口調でした。感情を表に出さないレファリオンの意図を図りかね、クレシアは言葉を継げませんでした。

          * * * * *

「ハイン。魔剣の『代償』がいかなるものかは、僕にはわからない。でも、最後になる前に言うよ。その代償はきっと、取り返しがつかないもの。捨てるなら……今だ!」
 勇者ラウェスが唇を噛みしめながら、級友ハインを見据えました。
「……『今は存在せぬ、お前の無二の存在』。《赫龍》はそれが『代償』と言った。でも、力が必要なのは、『今』なんだ! 世界を救うために救世主を『造る』ことと、代償を支払い『成った』俺の、何が違う!! どちらも覚悟と犠牲の上に立つ力だろうがッ!」
「それは違うよっ、ハイン」 イアラがラウェスの前に立ったまま、静かに訴えました。
「わたしは確かに『造られた』救世主かもしれない。でもね、わたしが今持つ力は、長い旅の中で、多くの人たちが血を流しながら渡してくれたものだよ。無二の何かを犠牲にすることを厭わず、人を助けて……何のために、助けるの?」
 崩れ落ちたヴォルド、照れながら魔術を語ったフレオール、命をかけて自分の楯になった姉・エリューシス、そして自分の呪いを躊躇いなく引き受けたフォルト─。
旅の中で出会った多くの人々が、イアラの脳裏に浮かびました。
「綺麗ごとをっ! 何の犠牲もなしに、誰かを救えるなんて、夢物語だ!!」
「救えないかもしれない。でも、力を得るために、何かを犠牲にし、力を示すために、友達にまで刃を向けるなら、そこから生まれる正義は、「独りよがりの正義」だよっ!」
「黙れっ! 生まれながらの《勇者》─《月触姫》。そんなものに救われる世界なんて、間違っている!!」
「……イアラ。剣でしか伝えられないことも、ある、から」
 ラウェスは宝剣・《心高めしもの》を構えました。それを合図に、ハインが大地を蹴り、弾かれたように飛び出します。自身と《赫龍剣》の魔力を全開とし、紅い刃を煌めかせました─が。
─《道》が、見えない!?
 1秒にも満たない刹那、ハインは驚愕します。相手の未来位置を予測し、刃を打ち込むべき《道》が見える。それが彼の左目となった《龍眼》の魔力なのですが……。
「我、勇者ラウェスが剣と結びし盟約、今こそ果たさん」
勇者の宝剣が輝きを帯びます。
「放たれし我が剣の名は―《深紅之誓約》!!」
 《心高めしもの》と《赫龍剣》が交差します。悲鳴のような軋みを上げ、ハインの魔剣がはじき飛ばされました。衝撃波に叩きのめされ、ハインは岩壁に体を叩き付けられます。
「なぜ……勝てない。僕の……旅は、無意味だったのか?」
 崩れた岩塊に埋もれつつ、ハインは呟きました。
「それを決めるのは、キミじゃないかな」
イアラが、ポケットからハンカチを取り出してハインの血を拭きます。
「得たものをどう使うかは、その人次第だと思うから。……わたし、行かないと」
イアラの視線の先には、《北天皇帝》フォルトと《火》の《魔王》ベルグイールの戦いがありました。
 一方、《北天皇女》フラウリートは《風》の《魔王》ヴィグツェントと、奇妙な戦いを繰り広げていました。
「正々どーどー勝つ、ですってぇ? アタクシには、奥の手があるのヨ! 見なさい小娘!」 ふふん、と《風》は笑います。
「コレでアンタの宝剣は、使いものになんないワ!」 《風》は《遮魔布》でくるまれたアロリーの尻尾を、自慢げにかざしました。
「何よ、それ?」 玩具のような尻尾を見て、フラウは怪訝な顔をします。
「アンタの宝剣が宝剣であるタメには、周囲からの《想力》を宿す必要があるじゃナイ? でも、コイツは回りの《想力》、ぜーんぶキャンセルしちゃうんダカラ♪」
「なんですってぇっ? よくもわたしの《群青切り裂くもの》を! ……こうなったらヤケっ!」

 すっぱーん。

「あれ?」
斬り込んだフラウの一撃は《風》を捉えました。宙を舞う《風》の肩飾り。
やや間があって落ちる、上衣。
フラウの切っ先はその下の肌小袖まで切り裂いたので、《風》の首もとまで露わになります。
確かに宝剣《群青切り裂くもの》の力は無効化されました。でも、フラウの剣士としての力量は無効化できなかったのです。
 そして、戦闘力を魔力に頼る《風》は、無力化されてしまいます。

「きゃ─っ!」

 文字通り《風》は悲鳴を上げました。《風》の衣装は、その魔力で維持されているもの。
それが魔力を失い、フラウの一撃で留め金を破壊されたのですから、ずり落ちてしまうのは当然のことでした。
「踏み込み、浅かったみたいね」
「って、女のコの服やぶっといて、ナニが『フミコミがアサかった』よっ!」
「《魔王》が何寝ぼけたこといってるのよ! さあ、覚悟なさい!!」
 びしっ、と人差し指で《風》を指すと、フラウは高々と宣言しました。
「覚悟って……」 《風》は、思わぬ成り行きにたじろぎます。

         * * * * *

─スゴイ。コイツ、強イ。
 《火》は、《純血の勇者》フォルトと対峙していました。
 例外的な力を持つが故に、《魔王》と《聖霊》が協力して《焔神城》に封じ込めた存在がベルグイール。その彼にとってすら、《世界勇者》たるフォルトは強敵だったのです。
─トリアエズ、炎ヲブツケテミヨウカナ?
 《火》の吐息から、煌めく焔球がいくつも現れました。光球は周囲の空間を歪め、気温を急上昇させるほどの熱量を発します。
「一つ一つが《龍息》に近い、とはな」
フォルトは初めて厳しい表情を向けます。
一撃で王城すら消し飛ばす威力を秘めるのが、《龍》の持つ《火》の吐息。
それは本来《魔王》すら持ち得ぬ、最強の『火』。
 魔法で造られた不安定な空間が、巨大過ぎる力に悲鳴を上げ、軋みます。
空間が裂け、亜空間への《狭間》が垣間見えました。
「フォルト、わたしが……支えるから!」
空間がきしむ音を伴奏とし、美しい《呪歌》が響き始めます。膨張と収縮を繰り返していた世界の歪みが、子守歌のような調べにより、収まり始めました。
 駆けつけたイアラの視線の先には、《狭間》がありました。
それだけで、フォルトはイアラの意図を理解します。
 《呪歌》に応じるように焔球たちは震えました。
その揺れは激しくなり、堪えきれなくなるかのように弾けると、光の尾を引きながら、フォルトへと殺到します。
「悲しき二つの月よ、添う者『ヒト』よ」 錆びた刀身を持つ絶対宝剣・《世界之剣》が、力ある言葉に応え、輝きを帯びました。
「我ら天と地を繋ぐもの『勇者』が、今太古の『盟約』を果さん」
刀身の帯びた錆は浮き上がり、《龍》の姿を宿した稲妻へと変わります。輝く刀身に、この世界で許される最大の力が取り巻き、空気全てが戦慄しました。
「獅子の誇り、巨人の剛力、精霊の理よ、《龍》が血の元に集い、我が鉄槌となれ! 《深紅之暴撃》!!」
 フォルトの放った《秘剣》は、衝撃波となって迫る焔球を包み込みます。
《世界之剣》を振り上げると、巨大過ぎる力の衝撃波は《狭間》に消えていきました。
間髪を入れずに、フォルトはベルグイールとの距離を詰めます。
 《折れぬ血潮》の力が宿った重い斬撃を、ベルグイールは流れるように避けました。
そこで、フォルトは違和感を感じます。
《火》の魔力は、目の前の少年を中心として発せられていないこと。そして少年から全く殺気が発せられていないことに気づいたのです。
「なぜ、避ける?」 疑問が口を突きました。
目の前の《火》が本体でないのなら、攻撃を避ける必要はありません。
むしろ、魔力の塊であるその体を爆発させたなら、踏み込み過ぎたフォルトは避けられなかったはずでした。
「う゛ぃぐつぇんとガ、クレタモノダカラ」
 一瞬の逡巡もなく、《火》は答えます。
それは同時に《火》が戦う理由でもありました。
 《火》に意味を与えたのは《風》の気まぐれ。
でも、《火》にとっては、それが全てでした。《風》がくれたこの姿は、《火》の、唯一の宝物なのです。
それをフォルトが理解した時、《風》の悲鳴が場に響きます。
 妹のフラウリートが宝剣を構え、《風》を追いつめていたのです。
「う゛ぃくつぇんとニ酷イことスルノ、ゆるサナイ」
 間に割り込んだ《火》の瞳に、今までになかった激しい怒りと殺気が吹き上がります。
その瞳の純粋さに、フラウは戸惑いました。
「な、何よっ。《風》の《魔王》が自分の魔力まで封じちゃったのがいけないんじゃない」
 言いつつも、服の裂けた女性を追いつめる狼藉者のようだと思わなくもありません。
「て、敵意がないなら、向ける剣はないわよ」
 フラウは口を尖らせながら、しぶしぶ剣を鞘に収めます。その時でした。

『それでは困るな、北の皇女よ』

 《風》の口から、まるで違うモノの声が響きます。
そして衣服の乱れも気にせずに立ち上がると、アロリーの尻尾を《遮魔布》ごと《狭間》に放り込みました。
「う゛ぃくつぇんと?」
 『貴公らには死んで頂かねば、困るでな』
「コノ気配……《赫龍》! う゛ぃくつぇんとニ何ヲシタ!?」
『我が魔力を受けるとは、我が下僕になるということ。その意味も深く考えず、己が欲望に従う浅慮者が《風》の《魔王》とは……。幼き世界の主も臍を噛んでおろうよ』
「なんで《魔王》の浮沈に、なぜ《龍王》様が出てくるのよ!」
 自ら問を発することでフラウは気を取り直します。
『《魔王》も《勇者》もこの世界の制御装置よ。その運用に支えられるのが、この星─《創造主》の卵たるブレグラーン。その装置を自壊させるが、我が望み。《風》を蝕み、我が手駒とせしめたは重畳。そして妨げる力の持ち主どもが、この不安定な世界に入り込んできたのが幸運よ。……理解したかね? これから生命を散らす、可憐な皇女よ』
「ソンナコト、サセナイ」
 この《世界》を崩壊させる忌まわしき言葉を《赫龍》が発しようとしたその時、《火》が《風》の手を掴みました。
そして《風》の内から発する巨大な力に抗するべく、自身の巨大な魔力を叩きつけていきます。
「ソンナノ、う゛ぃくつぇんと、ヨロコバナイ」
『《火》の《魔王》よ、なぜ妨げる? 世界の破壊は、《火》たる貴公の役割であろう』
「関係ナイ。う゛ぃくつぇんとハ……僕ト世界ヲ遊ビ回リタイ、ト言ッテイタ」
 フォルトとの戦闘が児戯に見えるほど魔力が生じ、《赫龍》の魔力とせめぎ合います。
全生命の頂点に君臨する《龍》と、破格の《魔王》。
それは目に見えずして、世界の命運をも左右する意味を持つ戦いでした。
でも《火》には、そんなことは、どうでもいいことでした。
「う゛ぃくつぇんと、う゛ぃくつぇんと!」
 《火》は《赫龍》に支配される《風》の名を叫びました。
全てを察したイアラは世界を支える《呪歌》を歌い、《魔王》の戦いを支えます。
 それにより《場》の均衡が崩れていきました。

『ぐわぁぁあぁぁぁぁぁぁあぁぁ』

 くぐもった声が、《風》の口から漏れます。
それは《赫龍》の苦悶の声でした。
そして、《赫龍》の気配が四散し、《風》は意識を失ったようにうなだれました。
 《火》は泣いていました。
自らの魔力で、《風》の魂までも焼き尽くしてしまったのではないか。そんな想いでいっぱいでした。
「ナニ泣いてるのヨ! アタシは元気よ」
 《火》の腕の中で、《風》が目を開きました。
「僕、う゛ぃくつぇんとヲ壊シチャッタノカ、ッテ」
 声をかけても、《風》は壊れてしまうのではないか。
そんな怯えと涙を湛えた瞳で、《火》は《風》をじっと見詰めていました。
「しょうがないわネェ。……大丈夫。アタシ、ナニがあっても、ずーっと一緒にいてアゲルから」
 《火》を宥めようと、《風》は頭をなでます。
こうまで彼女を希求した存在は、《風》の巫女たる人間の娘・リネットであった時代もいなかったのです。
 しかし何気なく発したこの言葉は、彼女が“なにものにも縛られぬ《風》の《魔王》”たることを拒絶する意味を持っていました。

─なら、《風》の《座》をわたしが貰うわ。

「えっ?」
 突如、《夕暮の魔女》イヴァリースが出現し、ヴィグツェントに囁きました。
「アンタは……」
 リネットが聞き返したとき、彼女はもう《風》の《魔王》ではありませんでした。

◆月刊GAMEJAPAN 2009年7月号募集/『ファントムサウザント』第33回募集内容(締切7月4日)

 

◆第33回ストーリーテーマ設定画・《風》の《守護聖霊》リフィールと、《風》の《魔王》イヴァリース 

お題イラスト:月邸 沙夜

 「あんた、誰よ!」

 リネットはいきなり現れた女に向かって叫びました。
 そして、それと同時に恐ろしい程の脱力感に襲われます。
「……私? 私は《夕暮の魔女》。そして、《風》よ。当代の《風》の《魔王》。たった今、貴女から《風》の《座》を貰い受けたわ」
「イヴァリース!? なんで、アンタが《風》なのよ! 《風》は、アタシよ!」
「貴女は、自身が縛られること──《火》と一緒にいる、っていう誓いを、一つでも受け入れてしまったわ。誓いを立てる者は《風》ではいられない」
 《夕暮の魔女》は薄く微笑みました。
「空いた《座》を私が嗣ぐことは、難しくない。だって、全ての《座》と《蓋》は、私と私に繋がりしものから生まれたものだから」
「……《錆びし黄金》に聞いたことがある。
太古には《魔王》のみがあり、《座》は《魔王》を固定するための《道具》でしかない。
世の理を担う《聖霊》と違い、移ろう《魔王》は封じ得ぬもの。
《座》にて《個》に《魔王》を固定し、《蓋》に納め、来るべき《時》に備えているのだと」
 その身に《魔王》を封じる《北天皇帝》は、魔女の言を裏付ける意見を述べました。
《北天皇帝》の血筋は、生きた《蓋》。
それを教えた者こそ、《魔王》の主席・《錆びし黄金》の《魔王》ラクスフェルだったのです。
「そして《魔王》には資格がいる。生まれ落ちし時より既に聖なる存在である《聖霊》とはそこが違うのだと」
「そして、《風》の《魔王》は、今、その資格を失った、ってこと?」
 あまりのことに、呆然としながらフラウリートは呟きます。
「《地》はなんなの! 自分で決めたこと、守ってるじゃないの!!」
「《地》と《風》では求められることが違う。《地》の資格は《強欲》」
 フォルトの言葉に重なるように、《魔女》は呟きました。
「あの子も元は《聖霊》。自らを究極にまで堕として、欲して、《地》の《魔王》を嗣いだの。
《聖霊》よりも《魔王》の方が持てる《力》が大きいからって。
……愚か、ね」
 《魔王》を愚かと言い切る《魔女》に、場は戦慄します。
「出来損ないの子どもばかりで、困っていたの。
でも貴女のおかげで、《欠けた》子が《満ちた》わ。これで、その子を《大地》にできる。
空に浮かべ、《月》とし、《異》なる民の《楽園》に」
 魔女が指し示す先には《火》がありました。
「何ですって? ハナシが見えないわよっ!」
 苛立ちながら、リネットは叫びます。

──《風》を嗣いだ? 《火》を《月》に、ですって?

「って、か、イヴァリース! 自分の子どもになんてコトいうのよ!」
「事実、でしょう? 私は元々その子をこの星の《大地》とするために作ったのだもの」 うっとりと《魔女》は呟きました。
「……初めて会った時から気に入らなかったけど、今ので格段にムカついたわ!」
 頭から湯気を立てんばかりに、リネットは怒り狂いました。
「《月》ニハナラナイヨ……かあさま。ボクは、彼女と一緒にいる、カラ」
 《火》は澄んだ瞳を魔女に向けました。
「貴女ハ、ボクのう゛ぃくつぇんとを怒らせてる。それ、よくナイ」
「……ごめん、どうやら、アタシ、リネットに戻ってるみたい」
 《火》にこそこそっとリネットは耳打ちしました。
《火》は持ち前の察しのよさで全てを理解し、リネットに頷きます。
「じゃ、りねっと。リネット怒らせるの、よくない。
リネットはとても優しい。
優しいヒト怒らせるのは、よくないこと、だよ。かあさま」
 これまでの会話が《火》の言語能力を高めていました。
 そして、リネットとの関わりが、情緒の成長をも促し、著しい変化を起こしていたのです。
「だから、僕、母さまに抵抗する。僕はリネットと一緒にいる!」
 《火》から、熱のない業火があふれ出します。
それは純粋な魔力そのものを極限にまで圧縮した、《想力》の怒濤でした。
 《火》は手加減など一切しなかったのです。
大陸さえ消し去る《魔力》が一点に集中し、《火》を白金の力が取り巻きます。
《世界》が軋みの叫びを上げました。
大気が捻れ、視界が歪み始めます。
「星一つに匹敵するような魔力密度!? だ……め、世界、が」
 度重なる《呪歌》で強化されたとはいえ、規格外の《火》が解き放たれたら、この《世界》は粉々に砕け散る。
壊れ行く《世界》を皆が想像した、その時でした。
また別の存在が、この空間に現れたのです。

「や〜め〜て〜くださぁ〜いぃぃ!」
 その存在は、おもちゃのピエロのような姿をした美少女でした。
「ここでぇ、暴れられるとぉ、赤ちゃんがぁ起きちゃいますぅ〜」
「あかちゃん?」
「そおですぅ。怖い夢で起きちゃったのを、やっと、寝かしつけたんですぅ」
 肩でぜーぜー息をしている美少女は、はふーと息をつきました。
「で、貴女は、誰なの?」
 立て続けに現れる闖入者に緊張しっぱなしのフラウリートが誰何します。
「わたしですか? 申し遅れました。
《風》の《守護聖霊》、リフィールですぅ。赤ちゃんは《龍王》様ですよぉ」
「《龍王》様ぁ〜っ?」
「そぉでぇすぅ。ここはちょうどぉ、地上と《龍室》との真ん中あたりでぇ、ここで大暴れするとぉ、《龍室》まで響くんですぅ」
 《龍室》とは、この世界の創造主たる《龍王》の居住空間のことです。
「ここで大騒ぎをしてぇ、空間が変な風にぃ裂けるとぉ、最悪、《龍王》様が《異空間》に飛ばされてっちゃうのでぇ、困りますぅ」
「ですって。だから、私に連れられて《月》におなりなさいな、《紅蓮》」
 《火》は無言で敵意を向けました。
呪文も印も結ばずに、ただそれだけで、《契約魔術》の最高位攻撃魔術・《星炎爆裂》に匹敵する熱量と、圧力が《魔女》を包みます。
でも、陽炎のように揺らめく空間に、平然と《魔女》は立っていました。
「何で、あれだけの熱量が届かないの?」
 リネットが呟きます。
「《風》の《魔王》の魔力の神髄は、荒れ狂うのではなく、逸らし流すこと。丁度いい《狭間》があったから、そこへ流し込んだの。
《狭間》の向こうがどうなったのかは知らないわ。そして、《紅蓮》が本気を出したなら、その《力》を受けきれるのか、もね。
別の《狭間》を作ってもいいけど、《龍室》に繋がってしまうかも」
「あ、貴女ね! 言うに事欠いて《龍王》様を人質に取るって言うの!?」
 フラウが顔色を失います。
無理からぬことでした。
世界の創造主である《龍王》に何かがあれば、世界がどう変質するかわからないからです。
「弱い者は滅びるのは常。
それが、負うものの大きさに不相応な脆弱さを持っているなら、それは当然でしょう?」
「《龍王》様は弱くないですぅ。まだ、お小さいだけですよぉ」
「僕が、母さまの回りに《力場》を作る。
そうすれば、《狭間》はできない。
そうでしょう、母さま」
 《火》は、瞳に怒りを灯していました。
 小さな《龍王》。
彼は、その目で見たことはないけれど、自身が《魔王》である以上、その存在がどれだけ大切かは熟知していました。
 そして、それを人質に取る母の姿勢に怒りを覚えたのです。
「そうね。でも、それをするには、力を二分する必要があるわ。
威力だって半減する……それでも、私を押さえたい、そう『欲した』のね! 知性を状況に対応させることができるようになったなんて!
 想像以上の《満ち》かただわ」
 《魔女》は嬉しそうに言いました。
「できる。僕の《魔力容量》なら、可能だよ。貴女がそう創った、から」
「そうよ! ベルグイールの《魔力容量》でできないことなんて、あるもんですか!」
  勝ち誇るようにリネットが言った時でした。
 その時「頃合い、ね」と《魔女》が囁きました。

       ************

 少し時が遡ります。
《風》の一行が去った《焔神城》に、エリューシスを伴った《地》が到着しました。

「なんだって、こんなトコにあるんだか。飽きた《風》が放置したか?
 ……そんな簡単なことで済めはいいんだがな」
 自らの言葉に自嘲しつつ、《地》は《焔神城》の麓に降り立ちます。
「この巨大な《城》が《火》の《魔王》で、お前の弟なのか?」
「問題なのは中身だ。《焔神城》は《聖霊》どもがこしらえた巨大な魔力シールド。
中の様子がどうなってるのかさっぱりわからねぇ。
もしかすると中で《風》のバカ娘が大騒ぎしてるかも知れねぇな」
 《空間移動》を重ねた事による《移動酔い》と、《火》を滅ぼすことで、その《魔力》を取り込むことへの一抹の後ろめたさ、それがエリューシスの顔色を悪くしていました。
「……顔色が悪いな。とはいえ、ここで、もたもたしているわけにもいかねぇ。
……堪えろ」
 心なしか、エリューシスは《地》が自分を抱え上げる動作が優しくなったような気がしました。
体力は内から《夕暮の装束》に、外から《空間移動》によって削られ、限界に来ています。
「じき、ラクになる」
 《地》はそういうと、《焔神城》の中へと《空間移動》しました。
《焔神城》内部に入った途端、《夕暮の装束》から流れ込む《想力》が途絶えました。
「ここは外界と完全に遮断された場所だ。
《想力》もほとんどねぇ。
その服も流れ込む《想力》がなけりゃタダの厄介なドレスだ。
ここから先は《空間移動》は使えねぇ。その間に体力を回復しろ」
「すまない」
「詫びるな。礼が欲しいわけじゃない」
 無言で歩を進める《地》に、エリューシスはただ黙っていました。
一歩間違えれば、《火》である《紅蓮》を滅ぼしてしまう、その事実が重荷にならない筈もなく、彼女は黙っているしかなかったのです。
「ここもカラか」
 二人が《焔神城》の最深部に位置する《炎帝の間》に到着します。
しかし、その時、そこにあったのは、《火》に連なる魔力の欠片と鎧のような外殻だけで、文字通りもぬけの殻でした。
「思ったより、厄介な状況だな。ま、いい。
ココの《火》の《想力》を道として《火》の《座》を吸っちまえ」
 そう《地》が言ったときでした。


「そうね。《火》の《魔王》の継承をなさい」


 背後から声が響きます。
そして二人の背後に、モヤが結晶化したかのような姿のイヴァリースが現れました。
「あの子は先程《破壊》を恐れたわ。
《火》の《魔王》と《破壊》は表裏一体のコインのようなもの。
恐れは《座》をあの子から遊離させる。
《火》の《座》を貰い受けるなら、今が好機、よ」
「一体何をしに来た? 《夕暮の魔女》」
 予期せぬ客人に、《地》は表には出さぬ警戒心を抱きます。
「時を告げに来たの。それに私─その娘に《力》をあげると約束したのだもの。
何の制約も受けない《力》をね」
「イヴァリース様、貴女もまた、貴女の息子を滅ぼす手引きをされる、というのですか?」
 謎めいた微笑みを浮かべる《魔女》に、エリューシスは問いかけます。
《火》の《魔王》を継承するという行いについては、罪も含めて受け入れようと思っていました。
 だから、戸惑いはそこではありません。
《地》に感じた《火》への、『肉親の愛情』と言うべき雰囲気、そうしたものをイヴァリースからは微塵も感じられないことに対する疑問でした。
「滅ぼす……つもりはないわ。
《座》を貴女にあげることと、あの子が滅びることは別問題だもの。
あの子に強すぎる《炎》の《想力》はいらないの。物事は何事も均衡が必要だから」
「アンだって?」
 《地》の眼差しは猜疑心を含みます。それは、自分の想定外のことを《魔女》が考えているのではないかということに対する演繹でもありました。
「『破壊』を恐れる。恐れ……それは《心》ね。《日蝕姫》」
 誰に語る風でもなく《魔女》は呟きます。
「わたし、うれしいの。だから、貴女の願いを手助けしてあげる」
 《夕暮の装束》は、エリューシスの意志に関係なくまるで開く花のように広がり、《火》の残り火に触れようとした、その時でした。
「《火の蓋》に揺らぎを察知して来てみれば。
……一体何をしている? 《地》の《魔王》! そして、《夕暮の魔女》!!」
 音もなく現れたのは、《火》の《守護聖霊》、イーフェイルでした。
「曲げられた《星辰》はあるべき姿に。求める者に望みを。私の望みは、それだけ」
 そう言い残すと、イヴァリースは消えてしまいました。
 残されたのは、エリューシスと《地》、そして《火》の《聖霊》です。
「消えた、か。
ここへ《道》を繋いでいる私ならいざ知らず、《魔王》ですら阻む《魔力障壁》をこうも容易く超える。
《夕暮の魔女》とは、如何ともしがたいものよ。
だが、お主はそうは行かぬ。《地》の《魔王》よ。
ここは禁足の地。
一体何を企てる?」
 怒りと焦り、そして苛立ちをない交ぜにした眼差しを、イーフェイルは《地》へ向けました。
「なに。お前らに依怙贔屓された片割れに、貰っても罰が当たらない分の《想力》を摂らせているだけさ」
 イーフェイルの出現により、自身のペースを取り戻して《地》は言い返しました。
 「なんだと?」
「《生命樹》が《命の道》を通して双子にくれた分の《想力》は、《月蝕姫》が全取りだからな。
《日蝕姫》に馴染みのイイ《想力》は、同じ《生命樹》由来の《火》の《想力》に他ならねぇ」
「確かに、《火》は《生命樹》由来の力。
だが、《日触姫》が《火》の《想力》を継承するということは、《火》の《魔王》の《座》を引き継ぐことに他ならないのだぞ!
 それを我ら《守護聖霊》が許すと思うたか!」
「許すも許さないもカンケーねえだろうが。
お前らは、結局《月蝕姫》しかいらねーんだ。
《日蝕姫》がどうなろうと知ったこっちゃないだろうがよ!」
 事態に憤激する《火聖》イーフェイルに、言葉使いこそ乱暴ですが、淡々と《地》は返しました。
「俺は、あるべき姿のものを作る。
それが、お前らの思惑のどうこうと一致しようがしまいが、カンケーあるか」
「《日蝕姫》。
貴女は、《火》の《魔王》の《座》を受け継ぐと知って、《魔王》の《想力》を欲するのか?」
 苛烈にして真摯な《火聖》の瞳が向けられました。
「おっと。ちょっと待て。
俺のモノに俺を無視して話かけるんじゃねぇ。
お前の言っていることは、お前らの都合だ。
こいつの都合じゃねえぜ!」
「《日蝕姫》。お前は《月蝕姫》が志半ばで倒れたときの切り札。
我ら《聖霊》にせよ《魔王》にせよ、旗色を寄せてはいけない。
この世界のシステムに組み込まれる存在となっては、《蝕姫》としての資格を失ってしまうのだ」
 厳しくも無慈悲な現実を《火聖》は突きつけました。
 《月蝕姫》はパーツで、《日蝕姫》はそのスペア。
それを事実とはいえ明言されると、エリューシスは悲しくなりました。
「はん。御勝手な尤もそうなお説だな。
だが《触姫》を産み出すための儀式は《守護聖霊》と《魔王》半々で仕切ったんだ。
その結果を半分に分けりゃ丁度良いだろうが。
お前らは後生大事に、甘ちゃんの《月蝕姫》のお守りをしてろよ」
「なんだと?」
 その言葉が尽きるや否や、《地》は魔力を発動します。
「こ、これはっ!」
 《地》の手元から、弾かれるように無数の細い糸が広がり、イーフェイルとエリューシスとの間に割り込むように展開しました。
「お前が来ると知って、何の支度もしてねえわけネェだろうが」
「このような奸智など!」
「アロリーに紡がせておいた《千年遮魔糸》だ。お前を滅ぼすわけにはいかねぇ。
が、コイツなら、『壁』にちょうどいいだろ。
……いいか、エリューシス。こっから先は、《火》とお前自身の戦いだ。
こっちは俺が引き受ける。欲したなら、奪え! 叶えたい思いがあるなら、貫くんだ」
「わかった。《聖霊》の忌避する行い……業を私も負おう!」
 エリューシスが《夕暮の装束》から流れ込もうとする《想力》を自らを全開した器として受け入れるべく意識を解き放ちました。
 そして、この時こそ、場所を異にして《火》の《魔王》が、己が魔力の全力をもって無慈悲な母・イヴァリースに立ち向かおうとした瞬間だったのです。

◆月刊GAMEJAPAN 2009年9月号募集/『ファントムサウザント』第34回募集内容(締切9月8日)

 

◆第34回ストーリーテーマ設定画・《火》の《魔王》エリューシスと《精霊王》イアラ、《赫龍人》ヴィルガルフ 

お題イラスト:しいらまさき 仕上げ:月邸 沙夜

 見えぬ炎が周囲を圧していました。
 それは《火》の《魔王》が怒りの発露。
 《風》の《魔王》だったリネットにより自我を得た《火》は、自身もて余すほどの激情を感じていました。

 怒りの対象は、《風》の座をリネットより奪った母──《夕暮の魔女》イヴァリース。

 《魔女》は世界の創造主である、眠れる《龍》の仔・《龍王》を戦いに巻き込むと宣言していました。
さらに《火》自身を《異》なる民の《楽園》である《月》にすべく、連れ去るとも。

「そろそろ、ね。貴方に強すぎる《火》はいらないわ」

 うっとりと《魔女》は言いました。
 その刹那、《火》は恐ろしいまでの虚脱感に見舞われます。
 異常を感じた《火》は、自身の本体である《焔神城》に刹那、感覚を移しました。
 垣間見えたのは、実の兄で《地》の《魔王》ゾルヴ=ェルと母と同じ装束を纏う少女の姿。

 《火》の中には少女の心が流れ込んできます。
 妹を思い、守ろうとする強い気持ちが。

(──なんだ。僕と、おんなじだ)

 《火》は奇妙に、安堵します。
 自らの中に芽生えた気持ちが、異常なものではないと知ったから。
 そして同時に、兄が少女に《火》の座を移そうとしていることも理解します。

(なら、時間が──ないや)

 砂時計のように流れ出る《魔力》を必死に引き寄せつつ、《魔女》に手をかざしました。

「ベルグイール! アンタ、大丈夫なの!?」

 その形相に異変を察したリネットが、肩に手を置きます。

「ウン。平気」

「何、この熱。アンタ、嘘までつけるようになったの? イヴァリース! 一体何をしたのよっ!!」

 その叫びにも《魔女》は謎めいた微笑みを浮かべただけでした。
 《火》は目を細めると、魔力を結集し、光の矢へと変えます。
 破格過ぎる力に、周囲の空間がゆらぎ、歪みました。

「やぁ〜め〜て〜くださぁ〜いぃぃ!」

 泣きそうな声で割って入ったのは、《風》の《守護聖霊》リフィール。愛らしい造形をした錫杖を《魔女》に突きつけました。精一杯凛々しく、を意識したように。

「ど〜してあなたはぁ、昔っからっ、ひとの話を聞けないんですかぁ!」

「今更出てきて、どうしたいの。貴女が事象に干渉できて?」

 圧倒的魔力を持つ《触妃》たる《魔女》は、《聖霊》すら恐れません。
「あーっ。バカにしましたねっ。でもわたしも《風》! いまのいま、《風》を継承した貴女よりも、力を理解しているんですよっ。いきなりですが、奥の手ですぅ!!」

 リフィールは錫杖をくるりと回し、両手を広げてふわりと回ります。
 軽快な音楽が周囲を包み、輝きと共に衣装が《守護聖霊》本来のものに変わっていきました。

「いきますよぉ! 《龍王》さま、ぱわー!!!」

 リフィールが周囲の風を“掴む”と、強い魔力の《風》が一同を取り巻きました。
 《火》をも上回る巨大な《魔力》が解き放たれ、唐突に重力が消失します。

「って……くぅ、おっ、もーい! ですぅ」

 莫大な《魔力》解放は一瞬のことでした。
 ぱっ、と手放されるような感覚の直後、《火》、リネット、イアラ、フォルト、ラウェス、フラウリートが空中で投げ出され、部屋の壁や地面に叩き付けられます。

「……イタタタタ。って、ココ、《焔神城》じゃない」

 リネットが一変した風景に驚きます。
 《焔神城》は《火》の本体が封じられた人型の居城。
 強力な防護結界が施され、外部からの侵入は極めて困難だったからです。

「《龍王》さまのお力をお借りしたんですよぅ。いくらイヴァリースさんでも、この城の結界と、わたしが今施した結界を破って《狭間》に道を繋いだり、転移魔術を使うには、精神集中が必要ですよね。でも、そうしたら、ここに集まった方々に対抗できませんもの。さぁ、年貢の納め時ですよっ……。ってなんかイーフェイルもいますね」

 リフィールがきょとんとし、《焔神城》中枢に立つ《火》の《守護聖霊》を見ます。

「色々あってな。《日触姫》に《火》の《魔王》を継承させようとする《地》の目論見を、防ごうとしていたところだ。しかし……」

 《火聖》は現れた《魔女》に訝しむ視線を向けました。

「あら、久しいわね。見てイーフェイル。わたし、《風》の《魔王》になったのよ」

「バカな……」

 《火聖》と《地》は思わず口を揃えました。
 一瞬、バツが悪そうに沈黙した後、《地》が口を開きます。

「お前が《風》だと? 何があったかしらねぇが、世界の均衡を崩すつもりかよ」

「フン、貴様と意見が合うとはな。《夕暮の魔女》よ、《風》の《座》を元に戻したまえ。貴女の力は大きすぎて、元来《魔王》の器に収まるものではない」

「あら。おかしいわ。《紅蓮》も《錆びし黄金》も破格の力を持っているのに? 《風》も弱きから強きに流れるの。無力な鵯(ひよどり)は《魔王》にはなれない」

「アンタねっ! なめてんじゃないわよっ!!」

 鵯呼ばわりされたリネットが、髪飾りから《龍魂石》を外します。
 宝玉から超高密度の《魔力》があふれ出し、爆発的な光彩を放ちました。
 それはリネットにとって最も大切な宝物の一つ。
 《風》の座を奪われ、総魔力が大きく減少した彼女の切り札でした。
 莫大な魔力を織りつつ、《火》に一瞬だけ視線を向けます。
 苦しそうに息を吐くその姿を見て、彼女の中のわずかな躊躇いも消えました。
 黒い風、輝く風、紅い風、火の風。
 無数の光彩を持つ《風》たちが、《魔女》を取り囲むように交差し、収縮して渦巻きます。

「本当は、《月触姫》に使おうと思っていたけどネ。……古より出でし黒金。原罪にして闘争の象徴。遍く聖と魔より現れし終焉の風よ、来たれ! 《王剣激流/セイント・デモリッシュ・ブレード》!!」

 リネットが《独自魔術/オリジナルスペル》をもって召喚したのは、世界中の魔剣・聖剣・宝剣が起こした斬風の渦。
 無数の属性を帯びた、伝説を担うものたちの風が《魔女》に襲いかかります。

「……そう言えば、貴女、《巫女》でもあるんだったわね」

 その《風》すらも、《魔女》はかき分けました。
 音楽家のごとき繊細な手つきで。

「あの一撃が……通用しない、の?」

 フラウリートが化物を見る目で《魔女》を見つめました。
 自分と《風》が戦っていたときに今の魔法を使われたなら、間違いなく倒されていた。
 その確信が起こるほどの力だったから。

「いや、効いている」

 フォルトが短く言います。
 その言葉を裏付けるかのように《魔女》を取り巻く《風》に、わずかな朱が混じりました。

「《風》の座を奪っても、総魔力が減るだけ。《魔王》の記憶も《巫女》の力も残っているんだったわね」

 残った《風》を従え、《魔女》はとん、と着地します。

「でも、わたしに当たるのは違うわ。《紅蓮》の苦しみは、《紫紺の慧》が《日触姫》に《火》を継承しようとして招いたことだもの」

「なんですって! ゾルヴ=ェル!!」

 きっ、と振り向いたリネットに、《地》は無感情な視線で応えます。

「俺が手に入れる世界を壊されちゃぁ、たまんねーからな。《日触姫》は世界を存続するものになりたいと願った。そんだけだ」

「アンタね! 自分の弟でしょ!? 何が世界だ? ふざけんじゃないわよ! 世界の道具になってンのはアンタじゃない!! アンタが嫌う《月触姫》と何が違うの? 《火》をっ、元に戻せっ!」

「ゾルヴ=ェル、それは……」

「残念だが、《魔王》継承は始まった。途中で止めることはできねぇな。《日触姫》、てめぇは手を汚さず、成果だけ欲しいのか?」

 リネットとエリューシスが言葉に詰まったとき、《魔女》がうっとりと微笑みました。

「大丈夫。抜け殻になった《紅蓮》には、わたしが《力》を入れてあげるから。この子は《月》になるのよ」

「……あなた、お母さんなんでしょう? 何で無理矢理そんなことをするの!? 《火》の心を踏みにじり、大切に思う人から引き離して!」

 イアラが一歩進み出て、静かに言いました。
 脳裏には、ほんの僅かだけ幸せをくれた母・ユーネリアが浮かびます。
 世界を救う宿命の子として造られた《触姫》である自分たちを、どこまでも娘として慈しんでくれた。
それがイアラにとっての母だったからです。

「貴女も《心》っていうの? わたし《心》はよくわからない。ただ、必要なことをしているだけ。《月》を《異》なる民の《楽園》にすれば、あのひとたちも救われるもの」

「先の《龍王》様を殺め、この世界を滅ぼしかけた《凄霊》どもを救えというのか!」

 《火聖》が激高して、帯剣を抜き放ちます。

「草花や《凄霊》は価値がなくて、人や《聖霊》は価値があるの?」

「この世界を滅ぼそうという者と、同胞の価値が同じはずがなかろう!」

「わたしは同胞じゃないわ。《龍王》が産み出したものですらなく、先の《龍王》の亡骸を《聖霊》と《魔王》(ルビ:あなたたち)が《触妃》にした“モノ”だもの。《火》は連れて行くわ。そのために産み出したものなのだから」

 《魔女》は緩やかに動き、そのたおやかな指で文字を形作りました。
 それは《魔女》が産み出した《独唱文字》。
 《文字》を織るごとに《風》が鳴ります。
 そして、同時に《龍》がそこに生まれ続けるかのような、際限のない《魔力》──いや、未分化の《力》が渦を巻きました。

「その力、使わせるわけにはいかぬ!」

 フォルトが弾かれたように《折れぬ血潮》を解放しました。
 ほぼ同時に《火聖》と《地》、が動き、《火》と《風聖》、《日触姫》が《魔力》を集中させます。

「困った子。おかあさんに逆らうなんて」

 掴むように、右手の親指に人差し指を沿わせます。
 それだけで《地》、《火》、《日触姫》が凍り付きました。

「なにを……したっ」

 うめく《地》を見て、目を細め《魔女》は言います。

「わたしにつくられた貴方たちは動けない。あの服を着たら《魔法》は使えない」

「だが、この私までは止められまい!」

 《火聖》は、動きを止め、がら空きとなった《魔女》の胴をなぎ払いました。
 相手は決して動かない。
 動けないことも“予測”した、神速の一撃。
 ですが、致命のはずの一撃を《魔女》は避けませんでした。
 避ける必要が、なかったから。
 《火聖》は見えざる巨大な手に捕まれたかのように、攻撃動作自体が崩壊します。
 そして体内から体が変形し、叩き付けられました。
 そして、同時攻撃をしかけたフォルトもまた、自分の体内から突如吹き始めた《風》により、踏み込みを潰されます。
 辛うじて《世界之剣》を取り落とさなかったものの、体内に強烈な違和感を感じました。
 それはかつて《北帝》において討伐した《毒大蛇/ヒュドラ》の毒息を受けたときのような、異常な嘔吐感と寒気。

「貴方が呪いさえ引き受けていなかったら、その剣、届いたのにね」

 手を前に出すと、見えざる壁のような《風》が全員に叩き付けられました。

──この場の空気すべてを、支配したというのか!

 フォルトは強烈に《折れぬ血潮》を解放し、毒素に抗いながら、イアラの前で全闘気を解放しました。
 《魔女》が《風》を支配するなら、影響を排するには、それ以上の力を放ち続けるしかない、そのことを《純血の勇者》たる彼は瞬時に察したのです。
 救世主たる《月触姫》を守る、それ以外の選択肢は、あり得なかったから。

「フォルト! ラウェス!! 姉様っ!!!」

 フォルトが楯となる中、ラウェスは倒れたフラウリートを背後に置き、一歩一歩、進んでいました。
 体内から酸素が急速に奪われていき、思考がぼやけます。
 《魔女》はもしかしたら、正しいのかもしれない。
 でも、人は人によって動く。
 動かされる。
 見しらぬ何かを救うよりも、身近で大切な人を守りたい。
 とりとめのない思考は、そこに帰結していきました。

──力が、欲しい。護る、力が。

 それは、イアラとエリューシスと、そしてラウェスの心でした。
 リネットをかばっていた《火》はそれを察し、エリューシスの手を取りました。

「今の僕は──力ある《火》を出せないから。僕の命で、護って」

 ラウェスは、心の中でハインに詫びました。
 護るために力を求める。
 そのためなら、魔にだって墜ちる。
 それを否定した自分が、そこに頼ろうとしている。
 自らの内に流れる深い闇──《凄霊》の血に。
 異形の力に。
 全身を黒に染め、ラウェスは吠えました。

 イアラは涙すら出ないほど強く、哭いていました。
 自らの中の《魔力》をどう束ねても、《触妃》たる《魔女》には及ばない。
 その悔しさに。

「──力を、欲するか?」

 突如として爆炎が出現し、《風》を突き破りました。
 現れた巨躯の男は《龍》の気配をまとっていました。

「余は《赫龍》。《星辰》と《大地》を結ぶもの。《魔女》は余が授けた《風/ヴィグツェント》の《魔力》を我がものとした。故に余はあの《風》に10秒、干渉できる。答えよ、《月触姫》」

 イアラは迷わず、頷きました。
 策謀かもしれない。
 でも《火》の《魔王》となった姉を、燃え尽きても自分の楯になろうとするフォルトを、魔人になっても歩みをやめないラウェスを助けられるなら、逡巡する理由など、なかったのです。

「己が出生の時に、《太陽》が《破》に浸食されていたこと。そのことを感謝するがよい」

 《赫龍》はイアラに秘められたもう一つの《意味》を解放します。
 それは《破》──《凄霊》に犯された《太陽》の《魔王》と《守護聖霊》が《儀式》に仕組んだ罠。
 《星霊海》より降り注いだ電光が《焔神城》に亀裂を走らせます。
 その輝きの後に出現したのは、既に《月触姫》ではなく、《凄霊王》の器と化したイアラでした。

◆月刊GAMEJAPAN 2009年10月号募集/『ファントムサウザント』第35回募集内容(締切10月5日)

 

◆第34回ストーリーテーマ設定画・《黒騎士》ラウェスと《凄霊王》ギグリヴェート 

お題イラスト:月邸 沙夜

 「雪? 違うわね」

 ラーナフェルト王国・王都ウィールウィンドにある屋敷の一室。
庭に舞い降りる白いものを目にしたコレットは呟きました。
 屋敷の主はこの国の王族にして、勇者としても知られるセイレル。
しかし、屋敷の主は不在がちでした。魔法王ガザの発した布告──最高の魔術師であることを力で証明したものが、次の王となる──により、平和だった王都は魔法戦が街角で繰り広げられる魔都に堕ちてしまったからです。
そうした理由により、コレットは母が乳母を務めた縁をもつ、セイレルの勧めで町外れの小さな家から、この屋敷へと身をうつしたのでした。

「また……空から降る……魔法のかけら」

 コレットは窓の外に視線をやりました。
それは、この近くで魔法による戦いが繰り広げられている証だったからです。

「物騒なこと。そんなに王様になりたいのかしら?」

「……おまえにゃ解らないだろうさ。無力を知る人間は、力を求める。それが身を滅ぼしかねないモンでもな」

 扉を押し開け、入って来たのは屋敷の主にして、勇者ラウェスの義父でもあるセイレル。
彼の鎧の端は凍り、直前まで冷気を操る魔法使いと戦闘していたことを物語っていました。

「あら。無事だった?」

「無事かと思って見に来てみれば、あんまりな物言いだな」

「ということは、イル殿下が来ていたのね」

 魔法王ガザの外戚に当たる従兄弟・イル公爵は、ここ2年ほどコレットに求愛していたのでした。
魔法王の布告からその方法は、日に日に強引なものになっていたのですが……。

「おまえが誰彼構わず誘惑し続けるからだ。こんな姿を見せぬ為にもラウェスを《橋上都市》へ遣っといたのは正解だったな」

 絶世の美女である、母コレットの振る舞いに深く傷ついてきた少年の姿が、セイレルの脳裏に浮かびます。

「誘惑なんて。私は、ただ、好意を寄せてくださった方には、できるだけよくして差し上げたいだけだわ」

 無邪気に微笑むコレットの視線に耐えきれなり、セイレルは目を背けました。

「それが、誘惑だと言うんだ」

 強い光以外を通さぬ黒い硝子を嵌め込んだ眼鏡。
それをセイレルはかけ直します。
求める者には惜しみなく愛を、時には自身をも与えるコレット。
その姿は神々しい娼婦のようでした。

「あら。私のように出自も明らかにできない女に、よくしてくださる方には報いが必要でしょう?」

 こんなコレットが、イル公爵を拒む理由は、彼女の経歴にある『元・北天皇帝アルザス妃』です。
彼女は身の処し方が浮き草のようであったとしても、知性は大地に根を下ろす大樹よりも確かなものでした。
自身の経歴が恩ある王国に混乱をもたらすことを承知していたのです。
でも、それを公爵は知りません。
公爵はセイレルをコレットの恋人と目し、魔法王の布告を盾に王の甥であり、先王の養子でもあるセイレルの命を狙うのでした。

「なら、なぜ……」

「セイレル兄様は、わたしを愛していると思っているだけ。それをわたしは知ってるわ」

 自らに身を寄せたコレットから身を引きはがすように、セイレルは背を向け、窓の外へ視線を向けました。
しかし、逃げたセイレルをコレットは後から抱きしめます。

「ごめんなさい。悪いのは、わたし。兄様を苦しめて」

 愛が解らぬ、といった母の言葉をコレットは思い出していました。
心が解らぬと嘆き、姿を消してしまった母に、コレットは今なら告げられる言葉があると思います。
 コレットは母である《夕暮の魔女》イヴァリースから呪いを受けて産まれました。

『出会った男性の誰からも愛される』ように、と。

それは愛が解らぬ母・イヴァリースが、自分という存在を介して愛を知ろうと試みたからだということを、コレットの知性は十二分に解っていました。
 そして、その呪いに絡め取られたセイレルに対する贖罪の気持ちは、何よりも強い感情となってコレットを支配していました。
その気持ちは“愛”を知ったからこそ産まれたものだったのですが、そんなことは彼女にはどうでもいいことでした。
 コレットは前夫アルザスが狂いながらも前妃テティアを求める姿を目にすることで夫婦の愛を、ラウェスを産むことで母としての愛を実感しました。
そして、セイレルへ向けてきた感情こそが愛であると認識したことで女性としての愛を知ったのです。
しかし、それ故に、母から受けた呪い故で自身に絡め取られ、呪いから逃れるために視覚さえ閉ざしてしまったセイレルを受け入れるわけにはいかなかったのです。

「……やめろ」

 自身の胸に当てられた、コレットの白い、指。
凍り付いた時間を動かしたのは、来客を告げる鈴の音でした。
 招かれざる来客。それは、魔法王ガザその人でした。

「今日は、貴公ではなく、そこのご婦人に用があって来た」

 魔法王ガザは、単刀直入に話を切り出しました。

「王国を、世界を救うために、貴女の血を我が王家に欲しい」

 なにを、とセイレルは叫びそうになりました。
ガザは魔法王であるが故に、コレットの前歴を知らぬはずがないのです。
ことの次第によっては《北帝》と全面戦争になる可能性さえ孕みます。
先の布告により王国内に大混乱を引き起こした王は、今度は戦争を望むのか、とセイレルは我が耳を疑いました。

「お相手は誰ですの?」

 驚愕するセイレルに対し、コレットは冷静そのものでした。

「なぜ、そう冷静でいられる?」

 セイレルは彼女を質します。
それに答えたのは、王でした。

「先程、《蝕姫》が二人とも消え、貴女の愛息ラウェスも闇に堕ちた」

 何の感情も映さぬ瞳で、王は告げました。

「余は、世界を保たねばならん。良きと悪しきの坩堝のような世界だが、それでも、上に立つものとして、打てる手は打たねばならぬ」

「……お相手は、陛下ご自身ということですのね」

「世を負うは王の努め。誰にこの“穢れ”を負わせようか」

 王の瞳を見て、悲しい目だとコレットは思います。
ここまで追いつめられていれば、母の呪いからも逃れられるのかと。

「……なぜ、コレットなんだ? 王よ!」

 コレットの手を取ることを“穢れ”というのか。
彼女が何をしたというのか、とセイレルの心は煮えたぎりました。
 優しさに不器用で、身持ちの悪い不幸な女。
それがセイレルにとってのコレットの総てだったからです。

「……それは、私が、《蝕妃》にして《夕暮の魔女》イヴァリースと《凄霊王》ギグリヴェートの娘だからよ、兄様」

 思いがけぬ告白に、セイレルは絶句します。

「兄様が正しき勇者になれず、《邪剣使い》となってしまったのは、《凄霊》の血を引くわたしに向けた乳で養われてしまったから。総てはわたしの母のエゴから始まったことなの」

 いつかは告げねばならなかったことだと、コレットは思います。
願わくば、もう少し、この爛れてはいても、緩やかな時間を過ごしていたかったと思いながら。

「世界の不確定要素《蝕姫》が失われ、切り札として《この星の歴史》が生み出した《凄霊》《触妃》《勇者》の血を引く者が《凄霊》に傾いた以上、次の手を打たなくては、というのは解りますわ」

「お解り……頂けるか」

「伺いましたが、理解できるかはまだ。考えさせて頂けません?」

「残念ながら、拒否することを許すわけにはいかぬ」

「そういうことなら、仕方がありませんわね」

 コレットの足下を中心に、空間が消え始めました。
この場所に残ったのは、3人が座っていた調度のソファーとお茶の載るテーブルだけ。

「これは?」

 魔法王ガザも驚愕します。
そして、自身の身体の自由が利かないことに気付くのです。
ただ1人、自由に振る舞えるのは、コレットだけでした。

「さよなら、兄様。……ただ1人、私が本当に愛した人」

 コレットはセイレルに唇を重ねると、そのまま、セイレルを後方の何もない空間へとそっと押しやりました。
この空間こそ、《異界》との狭間だったのです。
 魔法王ガザは眩暈にも似た感覚に目を閉じ、再び目を開けると、元の場所に戻っていることに驚きます。
そして、勇者セイレルの姿のないことにも。

「セイレルは?」

 コレットは答えず微笑みました。
その微笑みに、魔法王は彼女がセイレルへと向ける愛の深さを感じ取ったのです。

***********************

 世界の狭間、《異界》の入口では、それぞれの正義を護るための死闘が繰り広げられていました。
 大気に念を込め、他者を支配するイヴァリースに立ち向かうべく、《凄霊》の血を受け入れてしまったラウェスは、溢れ来る感情に翻弄されていました。
 《凄霊》の目で見る世界は、何と違うものに映るのでしょう。
弱きを庇い、個体の進化よりも倫理を重んじる世界。
それは胡乱で、まだるっこしく思えます。
 《凄霊》として力を得た自分。
変質した心は、弱い者を護ることに何の価値も見いだせなかったのです。
 一方、《凄霊王》にして、《星海王》ギグリヴェートの器になってしまったイアラは、必死に自分の身体に意識を残そうともがいていました。
なぜなら、自らが《器》になったことで、《星霊海》と道が通じ、《凄霊王》の意識が流れ込んできたからです。 

──こんなことのために力を欲したんじゃ、ないッ!

 イアラの心の中に出現した異形の《凄霊王》は、異常に長い手を彼女の魂に向けました。
そして、凄まじい力でイアラの魂を浸食していきます。
それに抗いつつ、大気に込められた毒素に蝕まれた仲間に手を差し伸べようとしますが、指一本動きませんでした。

『久しいな、《触妃》イヴァリースよ』

 イアラを支配した《凄霊王》は、イアラの口で魔女に話しかけます。
 ラウェスは跪きました。
自らの主──外祖父でもある《凄霊王》に跪くことは当然のことだからです。

「ひさしぶりね、ギグリヴェート。そこにいるのは、ラウェス。コレットの息子よ」

『ならば、我が孫ということになるな。我が眷属としての転生も済んだと見える』

「結果論ね。わたしは、どちらでもよかったもの」

『ここは寒い。我が陣に帰るぞ、ラウェス。《赫龍》も立ち回り、重畳であった。褒めて使わす。共をせよ』

 イアラからにじみ出すように《凄霊》が現れます。
そして恭しく礼をすると、ラウェスの手を取りました。

『そなたも来るか、イヴァリース?』

「結構よ。それよりも、ちょっと待って」

 そういうと、肩に付いたゴミを払うかのように、イヴァリースは《凄霊王》の肩を払いました。
再び心の中に膨大な魔力が流れ込み、イアラの魂は肉体からはじき出されます。
苦しむ仲間たちが垣間見えたかと思うと、イアラの魂は《異界》に墜ちていきました。

◆月刊GAMEJAPAN 2009年11月号募集/『ファントムサウザント』第36回募集内容(締切11月5日)

 

◆第36回ストーリーテーマ設定画・《水》の《魔王》シャツィヴォルズと《蝕妃》イヴァリース 

お題イラスト:月邸 沙夜

 《守護聖霊》が地上を見守るために浮かべた、天上のテラス・《月燈邸》。
 『月』の《守護聖霊》クレシアは、そこから地上を映す水鏡をのぞいていました。
あろうことか、仇敵たる《凄霊王》がイアラに乗り移ったのを見て、クレシアは顔色を失います。

「あああ。なんてこと……。見てください! レファリオン」

「貴公の仕事は、まだ終わっていないはずだが」

 執務机の上の書類から目も話さずに、『太陽』の《守護聖霊》レファリオンはクレシアをたしなめます。

「仕事などしている場合ですか! 《月蝕姫》に、《凄霊王》が入ってしまったんですよっ!!」
 クレシアがレファリオンを見返りましたが、『太陽』の《守護聖霊》は視線を合わせません。

「先程からも不思議に思っていましたが、なぜそうも冷静でいられるのです、レファリオン!」

 苛立ちも隠さず、クレシアはレファリオンに詰め寄ります。

「想定の……範囲だから、な」

「『想定の範囲』、ですって!?」

「そこから先は……『我』が話す方がよかろうな」

 クレシアはびくっとして振り向きました。今《月燈邸》にいるのは、クレシアとレファリオンだけのはずです。

「麗しの『月』の《守護聖霊》よ。ご機嫌はいかがかな」

 星々の光を集めて灯した《星燈火》に照らされて床に落ちたクレシアの影から、朱金の闇が沸き上がり、凝結します。

「《錆びし黄金》の《魔王》ラクスフェル!」

「……相変わらず美しいな。無垢ゆえの美。それが姉を《魔王》とした『月』の《守護聖霊》の本分か」

「何が言いたいのです、『太陽』の《魔王》?」

 差し出された手をクレシアは払いのけました。
 《魔王》であるラクスフェルが、《聖霊》の領域である《月燈邸》に侵入したことをクレシアが咎める間もありません。
動揺するクレシアをラクスフェルは愉しげに見やりました。

「穢れを知らぬものを、穢れに触れさせるは、えもいわれぬ背徳よな。レファリオン」

 「無用のことだ。殊更に語るな」

「何を。同志ではないか。我ら『太陽』は同じ謀りごとの徒よ」

「謀りごとですって!? 何を考えているのです!」

「如何にも。《凄霊》は、肉体を持たぬ精神体。《凄霊》が身を持つ、それは進化のために宿主に寄生したときのみ。先のギアニードが《凄霊王》に寄生された折のこと。忘れてはいまい?」

「……忘れもしません。あの出来事は」

 クレシアは唇を噛みしめます。それは、先代ギアニードを失った悲しい記憶。それは《上位聖霊》だった彼女が、姉・スパルリオの指名を受けて『月』の《守護聖霊》の任に付いたころ。大任をまっとうすることに追われていたころのことでした。

『どういうこと? ギアニードを討てなんて!』

 《蝕妃》イヴァリースの悲痛な言葉が、脳裏に蘇ります。

「今のギアニードは《聖霊》にあらず。《凄霊王》の器に過ぎぬ」

 言い放ったのは先代の《地の魔王》。居合わせた《聖霊》も《魔王》も面持ちは暗く、けれど、言葉を覆す者はいませんでした。

「《凄霊王》? わたしには、ギアニードにしか見えない! あの人の『心』を感じるもの!!」

「《凄霊王》を宿した彼を……放置するわけにはいかないの」

 クレシアはイヴァリースの叫びを窘めました。クレシアは、イヴァリースとギアニードとの間に同志以上の結びつきがあることを知っています。だから言いながら、声が震えました。
 先の《地の魔王》は、イヴァリースに嘲る視線を向けます。
「役目を解さぬ愚者め! 『心』などどうでもよいわ!! 形を持たぬ《凄霊王》が器を持ったのだぞ? これを討つ好機とせずして、この戦をどう勝つというのだ」

 結局、この作戦は実行され、先代ギアニードは《蝕妃》の手で滅びました。器を失った《凄霊王》は退散したのです。
 そしてイヴァリースは『心』を見失いました。そのことを噛み締めたクレシアは、ラクスフェルに賛同できないのです。

「何の咎もない《月触姫》を先のギアニードのようにしろと言うのですか! あの非道を行ってもなお、《凄霊王》はギアニードの体を捨てただけで、倒せなかったのですよ!?」

――あの時、結果は同じだったとしても、少しでも《蝕妃》の話を聞いてあげていれば、彼女の心は壊れなかったもしれない。
 それが後悔となって、折に触れクレシアを苛んできました。そうしていれば、今も《蝕妃》と共闘できたかもしれない、と。

「勝てる仕掛けを用意したのでな。《蝕姫》生誕の儀式のおり、『魔法を使うたび強くなる』魔力結界を持つよう細工したのだ」

「我ら《聖霊》の目を盗み、そのようなことができるはずが……」

「もう一つの《太陽》の同意があったゆえに、至極簡単だった」

「レファリオン! それは……本当なのですか?」

 何も語らず、表情すら動かさないレファリオンを質そうとしたクレシアに、ラクスフェルが『代弁』を続けます。

「『太陽』は他の者たちとは違い、《星霊海》に臨んでいる。それは《凄霊王》の浸食を受け続けるということ。満ちも欠けもできぬゆえ、『月』のようなひと月ひと巡りの『再生』も叶わぬ。そなたのように、悠長に構えている時は与えられぬのだよ」

 レファリオンは苦渋の色をその瞳に湛え、口を開きました。

「ゆえに《凄霊王》は、もはや《器》から出られぬ。すべての《聖霊》と《魔王》が施した結界を破らぬ限りはな。そして、その結界には《凄霊王》が、《星霊海》より《大魔力》を召喚したときに、その力が内向きに発動する《爆破式》を、織り込んで……ある」「つまり、《凄霊王》が戦いや結界を破るために、大魔術を使えば自らの魔力によって滅びる、と。《月触姫》を犠牲にして……!」

「元よりそのために作った娘よ。だから、我はそなたが《触姫》に『心』を与えると言ったときに、反対したではないか」

「なんと、いう、ことを……っ!」

 あまりに怒りが強すぎて、クレシアは一瞬、絶句します。

「それとこれとは話が違います! なんで、自分たちだけで話を進めてしまうの!? レファリオン、そんなことをして、苦しいのは貴方でしょう? まして、ひとりの犠牲の上にすべてが成り立つ無情の企てなど、見せかけの益しかないに決まっています!! こうなったからには私にも考えがあります」

 クレシアが唱えたのは召喚魔術でした。彼女は《守護聖霊》の次席として、他の《守護聖霊》たちを強制召喚したのです。
「《蓋》の守り人たる《聖霊》を喚ぶとは! そのようなことをすれば、封じていた《魔王》たちを開放することになるのだぞ!!」

 沈黙を破り、苦しげにレファリオンは叫びます。

「構うものですか! 封じられた《魔王》たちにも発言権はありましょう。《蝕姫》は『太陽』だけのものではありませんわ」

 《蓋》の所在地が、《夜》であったことにより、『太陽』たちが妨げる暇もなく、『月』の召喚魔術は織り上げられます。

「急な呼び出し。何事ですの?」

「《蓋》を維持しなければ、開いてしまうというのに、随分と乱暴な呼び出しですな」

 織り上げた魔法をスカーフを畳むように閉じます。すると、そこには《水》の《守護聖霊》ヴェルエーヌと、《地》の《守護聖霊》ギアニードが忽然と出現していました。


 一方、《守護聖霊》が去った《蓋》には変動が起きていました。
 《湖底教会》にある《水の蓋》の中で、寝そべっていた《水》の《魔王》シャツィヴォルズは、狡猾そうに目を細めます。

「蓋が開きそう。ヒトがお昼寝している間にヴェルたんもいない。こんなコトすると、ボク、お外に出ちゃうから」

 猫を思わせる仕草で上体を起こすと、息をゆっくり吐き出しました。吐息は青黒い煙となり、周囲の水に解け合います。その瘴気は《水の蓋》を持ち上げました。
 次第に瘴気は渦を巻き、中央から完全体の《水の魔王》が姿を現します。《水の魔王》は、くすくすと笑いながら瘴気で穿たれた結界のほころびに身を躍らせました。

「クレシアちゃんにはお礼しなくちゃネ♪」

 彼女の笑い声の残響を受け止めた満天の星空。それは、もう一柱の《魔王》を眼下に見下ろしていました。
 岬に佇む銀色の人影。『月』の《魔王》スパルリオです。
 彼女の視界の先。沖には、1隻の客船がありました。

「クレシア。なにを悲しむ? 謀りごととは世の常だろうに」

 かつては『月』の《守護聖霊》であった彼女には、はるか昔、妹と呼んだクレシアの気持ちが手に取るようにわかります。スパルリオは、ふと息を吐くと、何かを決めたかのように空に舞い上がりました。

――そこまでお前が想うなら、手を貸さぬでもない。たとえ、無為に時を進めるだけの行いとなったとしても。
 その停泊する帆船こそ、《風の蓋》を擁する《魔法客船》でした。
常に清浄な風を受けられるように、あえて船上に作られた《風の蓋》です。
その船の建造には、陰ながら《聖霊》も協力したため、厳重な魔法の防御壁を備えていました。
しかし、スパルリオは防御壁に妨げられることなく、磨き上げられた甲板に降り立ちました。
――《彼》の建造した船を、我が手で破るとはな。
 それはそれで一興とスパルリオは思います。当時の彼女はまだ《守護聖霊》であり、見いだした人間の戦士と恋を語らったこともありました。
 そして、その人間・《最初の勇者》こそ、のちに《上位凄霊》ラクスフェルの宿りし器となった人物でした。

――イヴァリースは、もう一人の私かもしれぬ。

 ラクスフェルはこの世界側につき、『太陽』の《魔王》となりましたが、先代のギアニードには《凄霊王》が降りました。
もし、それが反対だったなら、イヴァリースとスパルリオの立場は全く逆だったかも知れません。

――妾が撒いた《勇者》という種が実りの季節を迎えたのだろうか。……感傷だな。クレシアに毒されたか。

 スパルリオは彼女ゆえに知っている魔法の防御壁の隙間をすり抜け、何の苦もなく《風の蓋》に歩み寄ります。傍らに侍る当代の《風の巫女》を甘い吐息でそっと眠らせると、《風の蓋》を開放しました。
 その中には、以前、《北天皇帝》によって封じ込められた《地の魔王》の本体と、先程まで《風の魔王》であった巫女・リネットの体が封じられていました。

「おまえは私そっくりだな、リネット」

 スパルリオは、眠ったように目を閉じている《風の魔王》ではなくなったリネットの体を見下ろしました。

「願わくば、おまえが正しく《勇者》の母になるように……」

 この囁きを聞いていたものは、誰もいませんでした。

 《風の蓋》の開放時、2人の意識は《焔神城》内部にありました。
異変に先に気付いたのは、《地の魔王》です。

――俺の本体が、自由になっている。何か起きたな?

 ゾルヴ=ェルは周囲を用心深く見回します。
大気を瘴気に変え、《死の風の王》然と振る舞う、《魔女》イヴァリースと、それと穿たれた《焔神城》の天井。
 ゾルヴ=ェルは躊躇なく、本体の召喚呪文を行使しました。想定中、最悪の事態に対応するために。

◆月刊GAMEJAPAN 2009年12月号募集/『ファントムサウザント』第37回募集内容(締切11月5日)

 

◆第37回ストーリーテーマ設定画・《水》の《魔王》シャツィヴォルズと《蝕妃》イヴァリース 

お題イラスト:月邸 沙夜 仕上げ:パプリカ紳士。

 ラーナフェルト王国・王都のイースラッド家・勇者セイレルの本宅。時は、コレットが自らは《蝕妃》と《凄霊王》の娘だとの告白の直後です。
 コレットは触れただけの接吻のあとに、勇者セイレルを《幽界》へと飛ばしました。
この先に起こる何事をも、コレットはセイレルに見せたくなかったからです。

「私の出自を知ってなお《星辰》の導にお従いになられますか?」

 彼女は微笑みますが、魔法王ガザは、その底光りする瞳から笑う気配など、微塵も感じ取ることが出来ませんでした。

「如何にも。《星辰》を無視して、他に救いの道を知る術はない。予にすらも、拒否する自由はないのだ」
 苦渋に満ちたガザの言葉に、コレットは頷きました。

「でしたら、私により事態に即した考えと方策がありますわ。私が私であるがゆえにできる方法が。私を信じられますか?」

「そのような方法が!? 信じるしかあるまい」 「でしたら」

 そうコレットは頷くと、ガザに向かって手を伸ばし、その額に指を触れました。
コレットの指が触れたガザの額から光が迸ります。そしてそこを起点にガザの皮膚は薄紙であるかのようにめくり上がり、その下からは泡立つ光が現れました。

「人はその胎に宿せば十月十日。生まれ落ちて成人までに16年。
それでは間に合わないもの。だとするなら、もっとも速いのは『人を人に転生させ、その過程に私の因子を混ぜる』こと、ですわ」

 この間、ガザにはたとえようもない激痛が襲っていました。
そして彼の意識は、かつては彼の肉体であった金色の泡からはじき出され、《幽界》へと堕ちていきました。

「ひとの形に整うまでに、時間が少しかかりますわ。陛下」

 ガザの意識を持たない泡塊に、コレットは語りかけました。

       * * * * * * 

 一方、イアラは自らの肉体を《凄霊王》に奪われ、精神体だけの姿で、世界の狭間――《幽界》を漂っていました。
どうやってここまで来たのか、彼女にはわかりません。
ただ、彼女は今までに感じたことのない感情─心細さを感じていました。

――ここはどこなのかしら。暗くて、何も見えない。

 手を伸ばしても、なにかに触るどころか、自身の腕がどこまでなのかも定かでない、そんな感覚。音も聞こえず、匂いもしない。地も天もなく、それでいて浮遊感もない。
常人であれば発狂も禁じ得ない状況にイアラは置かれていたのです。
――ここはどこ? こんな状態じゃ何もできないじゃない!
 肉体を持っていた時は、自然とするべきこと、行くべき場所がイアラにはわかっていました。どんな苦境に立たされても、すべてを受け入れることに、ためらいはありませんでした。

――いや! こんなのいやだ! やだやだやだやだやだっ!!

 しかし、今のイアラは、すべてを拒絶していました。なぜ、苦痛を越えて人のために尽くさなくてはならないのか。
なぜ、姉は悲しみを負ってまで《魔王》にならなくてはならないのか。
 なぜ、幸せな家庭に生まれ落ちることが許されなかったのか。
 正式な母子の名乗りを許されず、今際の際になって再開を許された母、ユーネリア。自身を養ったために行方知れずになった養父である勇者レーヴィン、《不死王》となってまで自分たちに教えを伝えようとした《深緑の賢者》ヴォルド。
魔道に堕ちた級友のハインや《橋上都市》の人々。自らに関わったばかりに不幸になった人々の顔が次々に思い浮かびます。

――なんで? なんでわたしじゃなきゃならなかったの!?

 溢れだす疑問。それは、とどまることがありません。
 平和な時代に生まれたのなら、今ごろは級友と宿題の話でため息を付き、露店で甘いお菓子を買い食いして、アルバイトの話や、旅行の計画をしていてもおかしくはないのです。

――でも、そんなこと、許されなかった。

 時代が《蝕姫》を望んだから。姉は自らを庇うように魔法学園へ入学し、離れて暮らすことになったことを、うすうすイアラは感づいていました。
そしてそれでは足らず、結局姉は自らを庇うために《魔王》に身をおとしたのだ、と、イアラは悲しみました。生まて16年。イアラは初めて自らの身を嘆いたのです。
 そこへ一筋の光明が差しました。イアラは意識を光に向けます。色のない光。けれど、それは力強く暗闇を分かちました。

『やれやれ。年頃の娘がそのような姿で。……困った弟子よの』

 光から声がします。聞き覚えのない声でしたが、イアラを弟子と呼ぶ存在は、《深緑の賢者》ヴォルドしかいません。

『心だけでさまようてはいかん。真の暗闇は、己の心の闇を増長するからな。よし。少し儂が力を貸そう』

 声の主は何かをしたようでした。イアラは、自らと周囲に境目ができたことを知覚すると同時に、目の前になつかしい師・ヴォルドが立っているのに気がつきました。そして、見慣れぬ装具を身につけていることにも。

「先生! いつからここに!」

「先程からずっとおるよ。お前は肉体でものを感じようとするあまり、儂らを感じることができなかったのだ」

 師は優しくほほえみました。しかし、先程、という言葉にイアラは赤面します。先程までの自分の行いは褒められないからです。

「なに。その不平を抱く気持ちこそ、本来の心の動き。お前の精神が生まれ落ちた肉体に宿った時、精神のあり方にタガを掛けられたのだよ。《触姫》ゆえに、な。今は、そのタガのかかった肉体から解き放たれ、本来の感じ方、とらえ方になったに過ぎぬ」

「なぜ、そんなことを?」

「より、不幸にならぬために、だ。境遇に不満を抱かせながら、荒れ野を進ませるは、あまりに不憫と《聖霊》が考えたのじゃ」

「それだけ、なのですか?」

 師の説明に探りを入れることなど、かつてのイアラでは考えられない行動です。それに気付いたヴォルドは破顔しました。

「いや。境遇に不満を抱き、歩いて貰わねばならぬ道から逸れられては困る、という思惑もあったと思える。これも事実だろうて。疑う心を取り去り、最善手だけを求める精神性を与えたのは、ガザ陛下だが、それは不要だったかもしれん」

 ヴォルドは、どこか恥じたように笑いました。

「さて。素のままに感じる機会を得たが、何を感じていくかね」

「それも大切ですが、ここはどこなんですか? そして、『儂ら』と仰いましたよね? 先生の他にもどなたかいらっしゃるのですか!?」

 イアラは生じた疑問を、矢継ぎ早に師へとぶつけます。

「やれやれ。疑問を持つようになるというのは、かくも状況把握に貪欲になるものかね。お前とエリューシスが双子というのも頷けるわ。さて、質問に答えるとしよう。ここは《幽界》。《奈落》と言うものもおるがな。肉体を持っていたころの記憶と、人ならざるものになった時に得られる知識が蓄えられた場所よ。ほかに誰がおるかと言えば、色々おるぞ。お前の知己に限定しても、ユーネリアにレーヴィン。先程、ガザ陛下も来られたな」

「母様に義父様―陛下も、ですか?」

 イアラは、国王崩御の報を聞いた覚えはありませんでした。

「うむ。『自らの謀に落ちた』と悔やんでおられた。ユーネリアは相変わらずよ。レーヴィンの世話をやいておるわ」

「母様が……養父様の。皆様に、あわせて頂けませんか、先生」

「構わんよ。今のお前に必要なのは、素直な心のままに、お前を通り過ぎていった者たちに会うことかもしれん」

「素直な、こころ?」

「うむ。貰い忘れたものを、貰ってくるがいい。その装具は、儂からの《はなむけ》だ。旅立つ折りに儂が渡してやろうと思っていたものよ。もし現世に戻れたなら、呼べば現れるであろうて」

 イアラは師・ヴォルドに深々と礼をしました。

     * * * * * * *

 イアラの精神を弾き出し《凄霊王》の器となったイアラの肉体は、嵐のような三つ巴の戦いの渦中にいました。
 その場所は、《焔神城》の内部です。『月』の《守護聖霊》クレシアが《地の蓋》を解放したことで、自身の本体を召喚し同化したゾルヴ=ェルは、自分が本来持つ魔眼で《凄霊王》となったイアラの肉体を見ました。そしてそこで見たものに一瞬だけ我が目を疑い、それから納得します。そして、人知れず舌打ちをしました。

「リネット! お前は本体、喚ぶんじゃねぇぞ。……おい、《魔女》! 気がつかねぇのか!? そこのお人形さん、カラクリだらけだぜ!!」

 完全体を取り戻したゾルヴ=ェルは改めて目を細め、《凄霊王》を宿したイアラを凝視するとイヴァリースに向かって言い切りました。

「カラクリ? 何のこと?」

「惚けたか、魔女! きちんと、その娘を見てみろ! 《緊縛結界》と《爆破式》のカタマリじゃねえか!」

 ゾルヴ=ェルは《凄霊王》の器となったイアラを指し示しました。
イアラは棒立ちのまま動きません。イヴァリースはゾルヴ=ェルの指摘にイアラを見返します。

「爆破、式、ですって?」

 イヴァリースは過去の記憶をたぐり寄せます。……自らに討たれることを避けるため、自らに《爆破式》を発動させた、かつての夫――先代のギアニードを。

「今までの《幻身》じゃ《隠蔽魔術》を見破れなかったぜ。
こんな底意地の悪い企て……《太陽》のヤローだな?」

「……残念ですが、その通りです。イヴァリース、貴女はどちら側にいるのですか?」
 ゾルヴ=ェルの言葉に答えたのは、瞬間転移をしてきた『月』の《守護聖霊》クレシアでした。

「我らは感知せぬこと。そして同意もできぬことだわ」

 腕組みをして不快感を露わにしているのは、《水》の《守護聖霊》ヴェルエーヌです。

「自身の修練を是とする《聖霊》にあるまじきこと。それを是とするのですか? かつては最も貴き命の主でもあった《夕暮の魔女》イヴァリースよ」

 ヴェルエーヌに続いて現れたのは、《地》の《守護聖霊》ギアニードでした。

「わたしはわたし。どちら側もないわ! だって、わたし、みんなが一番幸せになる方法を考えてきたのだもの!」

「じゃあ、ベルグイールを《月》にする、っていうのは何なのよ! ベルグイール、いやがってたじゃない!!」

 風に対して抵抗力があったため、ピンピンしているリネットが怒鳴ります。

「あら、いやがっていたの?」

「力一杯イヤがっていますけど、なにかっ?」

 ぎん、とリネットはイヴァリースを睨みます。

「じゃ、それやめるわ。しかたないわね」

 今までの振る舞いはどこへやら、イヴァリースはすんなりと意見を取り下げました。

「ちょ……ちょっと、なんなのよそれ」

「嫌なんでしょ? だからやめるの。わたし、この子がイヤなんて感情、あると思わなかったんだもの。他の方法を考えるわ。それと、……わたし、《爆破式》、大嫌いなの」

 イヴァリースは穏やかに言いました。

「だから、《月蝕姫》の命を助ける方向で、動くわ」

◆月刊GAMEJAPAN 2010年1月号募集/『ファントムサウザント』第38回募集内容(締切12月5日)

 

◆第38回ストーリーテーマ設定画・《鵙の騎士》レーヴィンと《完全なる者》ティアン 

お題イラスト:月邸 沙夜

 王都ウィールウィンドの勇者セイレルの屋敷では、奇怪な光景がありました。深紅の絨毯の上に、泡立つ金色のゼリー。
それは規則的に収縮を繰り返し、徐々に人の形を取り始めます。
そして、収縮の果てに現れたのは、年の頃14歳くらいの白皙の美少年でした。

「気分はどう?
 《完全なる者/ティアン》」

「気分? わからない。ボクが、ティアン?」

 無感動な瞳がコレットを見返します。

「そう。この世界の要素、すべてを持つ《新たな不確定要素》、それがあなた。
そして、私はあなたの出現を促した者」

「つまり、親、あなたは女性ですから母親、ですね」

「そう。あなたは、すでに魔法も剣も使えるわ。
学問的知識や教養と情報は、魔法王からの直接相続があるはずだし」

「魔法王……ガザ。
ボクの、父。
ボクの肉体の構成物質そのもの」

 ティアンは、コレットがガザの衣類や副装品を元に作りだした装備を身につけました。
寸法は一分の狂いもありません。

「ボクは、何をするべきか。それを貴女は教えてはくれない。
ボクはボクのするべきコトを考え、行なえ、というのですね」

 彼はコレットが、ガザの思惑を理解していないことを知っていました。
彼女は、ガザの要請を最短で実現しただけで、その善後策など考えていないこともです。
つまり、自らが成すことは、現状を改めて分析して、自ら決めなくてはなりません。

──《蝕姫/エクリプスモナーク》と《凄霊/デヴィル》の血を引く《勇者》消失の影響のうち、《勇者》分は、ボクの出現でほぼ打ち消せる。
《蝕姫》分は、まだ未解決のままだ。
……つまり、目下解決しなければならない課題は《蝕姫》かな。
ガザが《蝕姫》を見失ったのは、彼女たちが変質したか、《異界》へ落ちたか、人智を越える《結界》に入ったかの3択。
変質したのなら、もう《蝕姫》ではないから捨て置く。
単に強力な《結界》へ入っただけなら、《聖霊/セージ》の介入が期待できるから、これも放置。
《異界》へ落ちたと仮定して、セイレルを《蝕姫》がいる方向へ誘導するのが一番かな。

「母上。《蝕姫》やセイレル殿に縁の品はありますか。それで彼を《蝕姫》のいる方向へ誘導します」

 コレットは屋敷を見回しました。しかし、ティアンの眼鏡に適う品はありません。

「どれもこれも、セイレル殿の気配が薄すぎます。彼が深く思い入れをしていた存在が必要です」

 ティアンはふとコレットを見ました。そして確信します。
セイレルの気配の一番強いもの、それはまさしく彼女であると。

「母上、その唇の紅を一押し、この薄紙に移してはもらえませんか」

 コレットはしばらくの間、沈黙しました。

       * * * * * * *

 《異界》に降りたイアラの魂は、師である《深緑の賢者》ヴォルドの導きで母ユーネリアと再会していました。

「イアラ! どうしてこのようなところへ……まさか、命運尽きたというのですか」

 手の茶器を滑り落とし、割れるのも気にせずに、ユーネリアはイアラに駆け寄りました。

「違う違う。どうして貴女は娘のこととなると、そうも早合点するのだね」

「だって! 大切な娘なんですのよ!」

 イアラを抱きしめ、ユーネリアは叫びます。

「ああ。私がもう少し生きていたなら!
 貴女がこんな早くにここへ来ることになることはなかったのに!」

「……か、母様。私、まだ生きています。
肉体は《凄霊王/デヴィルロード》に奪われてしまいましたけど」

 ユーネリアの勢いにイアラは眼を白黒させました。

「ユーネリアのけたたましさに、驚いたじゃろう。
どうせ、最期にあったときは、ネコを被っていたんじゃろうし。
頭はいい娘じゃったが、鉄砲水みたいな部分もあるのが玉にキズ」

 くつくつとヴォルドは笑います。

「からかうのはそのくらいにしませんか、ヴォルド殿」

 ユーネリアの背後から、人とも鳥とも言えぬ異形が現れ、人の言葉を発します。

「おお、《鵙(もず)の騎士》。
いや、ついつい、おもしろくてな」

「……先生、この方は?」

 イアラは初対面のはずの《鵙の騎士》と呼ばれた異形の人物に対して、なつかしい気配を感じました。

「彼は《鵙の騎士》。お前の養父・レーヴィンと《上位諍霊》とが融合して《ひとり》となった存在よ」 

「レーヴィン、とう、さま?」

「その名で呼ばれるのも久しいな。随分大きくなったものだ。今回は大変みたいだね」

 嘴によって声音はくぐもっているものの、よく聞けばレーヴィンの声に違いありません。

「父様。よく無事で……」

 帰らぬ養父を姉と2人待った夜。師に引き取られた朝をイアラは思い出しました。

「戦いの最中、《上位諍霊/アークデモン》と共に《異界》へ落ちたのさ。
単身の脱出は私も《凄霊》も不可能だった。それで消滅寸前に手を組んだんだ。
《融合》する、という方法で」

 ふと言葉が切れ、気配ががらりと変わります。

「それ故、我らは1つの器を2つの意識で共有している。
《融合》してわかったコトだが、我らとこの男の最終目標は同じ。
故にいささかも不自由はない」

 これがレーヴィンと融合した《上位諍霊》の意識なのだとイアラは悟りました。

「父様を、助けてくれてありがとうございます」

「……感謝を……されるとは考えていなかったな」

 《諍霊》は戸惑ったように呻きます。

「どんな姿でも、父様は父様です。
《異界》に飲まれ消滅していたかもしれない。それは貴方も同じかもしれない。
でも、父様は消滅せずに済んだんです。
貴方のおかげで」

「話に聞いていた《蝕姫》と違うな。
《蝕姫》はもっと、心が揺れないモノに作られている、と聞いていた」

「今の私は、肉体を失い、《蝕姫》としての力はないんです。
かわりに、素のままの私がここにいます」

「なるほどな。
今のお前ならば、我が君も尽力を惜しまぬだろうに」

「主? もしかして、《地の魔王/ゾルヴ=ェル》のことですか?」

「ああ。
我が君は作り物が殊の外お嫌いな方。ゆえに、《蝕姫》を作る企てに加担させられたコトに忸怩たる思いを抱かれている。
とはいえ、《蝕姫》は世界に必要な存在であるというコトは疑いようもない。
あちらに帰れるように、我らで送ろう」

 《鵙の騎士》は約束します。

「我らはこの身を得たが故にあちらとこちらを行き来できる。
死せるものはあちらに縁がない故に連れて行くことはできないが、お前は生身を持つ者。
何の不都合もなかろう」

「ありがとうございます。でも、ちょっと待ってください。……私、もう一方、お会いしたい方がいるんです」

 今までのイアラなら、間違いなく《鵙の騎士》の言葉に従い、この場を後にしていたでしょう。
しかし、今の彼女に心の求めに抗えるほどの強さはありません。
「ガザのことね」 ユーネリアは母の眼差しでイアラを見ました。
「彼はつい先程、ここに来たの。そして深き所へ行ってしまったわ。私が案内しましょう」

 ユーネリアはイアラの手を取りました。
暗い何もない空間をイアラとユーネリアは進んで行きます。

「なぜ、お父様はこちらに向かわれたのですか?」

「さあ。志半ばでこちらに来たようだ、ということは察しましたけど。
死した後のことは死者が口出すことではないですから、そっとしておこうと思ったの」

「こんな深く、寂しいところになぜ、1人で?」

「多分、彼は、自分を罰するつもりじゃないかしら。
少なくとも、私の知っている彼は、そうすると思うの」

「罰する、ってなぜ?」

「愛を惜しんだから。
それを彼は死んで初めて気付いたんじゃないかって感じたのよ」

 イアラはかたわらの母を見ました。
そこには、先程の娘のような振る舞いをしていた女性ではなく、《四賢者》の1人としての知性がありました。

「ガザはね、不器用な人なの。
正しくなくては、間違わぬよう、っていつも悩んでいたわ。
誤らず、公正であるために、愛を表現することを恐れていたの。
愛は、正義を豊かにすることを知っていたのにね」

 イアラは沈黙しました。
ガザの苦悩という事実を受け止めるのに精一杯だったからです。
 そこは闇なお深く、明かりさえない場所でした。
ただ、ガザの後ろ姿だけが暗闇に浮かびます。

「何用だ、《蝕姫》よ」

 背を向けたままガザはイアラを迎えました。

「今の私は《蝕姫》ではありません。
《蝕姫》である私の肉体から離れ、精神のみがここにあるからです。
……ただの娘、イアラとしてお会いしに来ました」

 イアラは背を向けたガザから、言い表しようのない悲しみを感じ取っていました。
イアラの言葉にガザは沈黙をもって答えます。

「最初は恨み言を言いたくて、貴方に会いたいって思ってました。
でも、ここまで来て、貴方に会って変わりました。
……わたし、産まれてよかったって感じてる、って伝えなきゃって」

──悲しいことはいっぱいある。
でも、うれしいって感じることもいっぱいあったもの。それを、怒りにまかせて忘れちゃだめ、だよね。

「姉もきっと同じ思いを抱いていると思います。
お姉ちゃんはもっと難しいことも考えるだろうけど、でも、ことの本質は違わないはず。
だから、もし、自らを罰したい、っていうお気持ちがあるのだとするなら、その理由の中からわたしたちの分ははずしてください」

「私の分もですよ、ガザ。
私は終えた人生に悔いは残していませんもの」

 ユーネリアはほほえみました。

「……許す、というのか。
そなたたち母子は」

「許すもなにも。貴方は私たちに対して何の罪も犯してはいないでしょう。
貴方は一生懸命に生きた。それでいいじゃないですか」

 ガザは背を向けたまま、小刻みに振るえていた。

「生きることに罪はないのです。
罪が生まれるとするなら、それは、誠意を好んで裏切ったときではありませんか?
 そして、貴方は私の見るかぎり、そういった行ないをなさってはいないでしょう」

 聖女ユーネリア。
少女の華やぎと女性の慎み、母の慈しみを合わせ持つ人物が自らの母親であることをイアラは誇らしく思います。

「ユーネリア。
そして、イアラ。
愛を示せず、済まぬ」

 ガザの人としての詫びの心が、言葉となって現れました。

「人並みに愛を与えられず、済まぬ」

「愛はいただいていました。それを貴方が気づかなかっただけですよ、ガザ」

 ユーネリアもイアラも微笑みました。

◆月刊GAMEJAPAN 2010年2月号募集/『ファントムサウザント』第39回募集内容(締切2月4日)

 

◆第39回ストーリーテーマ設定画・《暖光の大賢者》ガザ・トゥール・ラーナフェルトと《星槌槍/コスモピラー》 

お題イラスト:月邸 沙夜

 暗がりの中、浮かび上がる影は微かに揺れていました。
イアラとユーネリアよりもほんの少し前方に立ち、背を向けたまま佇む魔法王ガザ。
 けれど、そのほんの少しの距離を詰めることをよしとしないガザの空気こそが、
彼の孤独を現しているように彼女たちには感じられました。

 イアラとユーネリアから向けられた微笑みをガザは見ることはありません。
でしたが、気配を感じたのか、魔法王ガザは背を向けたまま、口を開きました。

「予は」

「はい?」

 ユーネリアはいつものように、ゆったりと返事をします。気楽な相づちにすら聞こえる声でしたが、
その声音に心遣いを感じとったガザは、唇を噛みしめました。
──予はなんと愚蒙であったことか。
 ガザは思います。最愛の妃を悲しませてまで、己の血を引く者を世に多く送り出すため、側室たちを迎え入れた日を。

「陛下。わたくしたち母子のことは、お考えになりませぬよう」

 ガザは自らの傍らに立ち、中庭で遊ぶ幼いルカ王女を見ている王妃は穏やかに言いました。
 記憶の中の王妃リシェアは、中央の華とまで謳われたその美貌に憂いを含ませています。

「この時代の王妃となったその日から、覚悟はして参りました」
 リシュアはガザと同じ王家の出。かつてはガザと机を並べて王立学校で学んだ仲です。

「でも、変ですね。ことが起こるだろうと予言された日より、ことが起こり始めた今の方が、憂いは少ないんですのよ」

 王の私室の南側にしつらえられたテラスには、爽やかな初夏の風が吹き込みます。

「ですから、どうか、ご自愛を。……自分を責めるのは、やめて、ガザ」

 ラーナフェルトの王家は、長年に渡って側室を持つことをよしとせぬ伝統がありました。それは、国民の手本となるべき家族像、
 それが王家に求められてきたからでもありますが、何よりも代々の国王夫妻の愛情が、それを必要としなかったからでもありました。

「私の夫は、世に二人とない名君。何事が起ころうとも、その敬愛の念は変わりません」

 目尻に光る涙を、風に弄ばれたリシュアの髪が隠してしまいました。
 王妃は、後宮にまつわる物事を、一点を除いてすべて取り仕切りました。
 今まではなかった後宮というシステムを0から構築したのです。後宮典範にはじまり、建物整備、宮女の教育に典範。
 人に指図することを好まぬ王妃が負った苦労はいかほどか、と今更ながら、ガザは思います。
 王妃が敢えて口を出さなかったことは側室の選定だけでした。

「ねえ、母様。なぜルカは母様の違う兄弟がいるのですか」

 他と自らを見分ける歳になった娘が、汚れのない目で王妃に訊いている姿を目にしたのは、冬の日でした。

「この国を、世界を護る勇者が1人でも多く必要な時代だから」

「じゃあ、ルカも勇者になるね。そうすれば、母様が泣かなくてもいいもの」

 小雪の舞う後宮への渡り廊下で、言葉もなくルカを抱きしめる王妃。その背中はあまりにも小さかったと、気付きました。
──歴史の汚泥は、我が身一つに受ければ済むと、傲岸にも考えていなかったか。
 王妃リシュアやルカだけではない。ここで自らを慮ってやってきたユーネリア、家庭を知り得ぬ境遇で育たねばならなかった娘、
 イアラやエリューシス。兄弟姉妹の交流を断たれ、競う事を生まれながらに強いられてきた王子・王女たち。
 そのすべての者が《汚泥》をそれと知らず負ってきたのだとガザは思います。
──生を終えたからといって、降ろしてもよい荷ではない。
 自らの企ては、周囲に支えられて実現してきたのだと噛み締めた時、ガザの心は決まりました。
 犠牲の分だけ、自らの企ては完遂されねばならないのだ、と。

「お前に伝えなくてはならない」

 言葉にしてしまえば、もう戻る事は叶わぬ道。それでも、ガザは言葉を続けます。

「全てを始めるために、企ては完遂されねばならぬことを」

 ガザの周囲からゆらゆらと陽炎のようなものが立ち上り始めました。
 暑さ寒さを感じない《幽界》でありながら、痛みを伴うほどの冷気が吹き荒れます。
 言葉なき言葉、韻なき詠唱が、ガザの乾涸らびた唇から漏れ出しました。その無音の音に呼応するかのように、
 ガザの全身から《魔力》が解放されてゆく様をイアラもユーネリアも目を見開いて見守ります。
 我に戻るのが速かったのはユーネリアでした。

「いけないわ! ガザ。その力の使い方は、生命の法則に叶ってない!」

 生なきユーネリアが、やはり死者であるガザに対して叫んだ言葉としては不適当だったも知れません。
 しかし、ユーネリアはそれ以外にその場に即した言葉を見つけられませんでした。
 しかし、ガザは振り向くこともなく、詠唱を続けます。
 ユーネリアの叫びに我を取り戻したイアラでしたが、何が起こっているのかを認知することで精一杯でした。
──なんだろう。どこかで聞いた事のある、韻律だ。それも、ずうっと昔。
 胸の奥で何かが弾けるような、そんな微かな記憶。イアラは、ガザの用いている魔法言語を耳にしたことはありません。
 けれど、魂が知っている旋律でした。
──ああ、そうだ。そらからよばれたときの、おと。
 傍らに半身の姉、大地のやわらかなぬくもりを感じていた時、空から降ってきた言葉に似ていました。
 しかし、その時と音色は似ていても、含む気配は全く違いました。あの時のそれがたゆたう海なら、
 ガザの放つ韻律は岩間を縫う激流そのもの。険しい岩根を砕きながら、目標に向かう気配は、明らかに異なものでした。
 ガザの周囲の空間がひしゃげた紙のように歪み、ガザの心音が一度、大きく鳴り響きました。

「ガザ……上手く言えないけど、その力の使い方はいけないわ!」

 ユーネリアは顔色を失いながらも訴えました。けれども、ガザは全く聞き入れる様子はありません。
 詠唱のためか、それともそのつもりがないのか、ガザはユーネリアに振り向きもしないのです。
 全身から放たれる魔力の渦の真ん中で、ガザはその姿を変えていきました。飴細工のように影は伸びたり縮んだりを繰り返し、
 解き放たれた力は、世界を救う《月触姫》として生まれたイアラの《魔力》を覆い尽くすほどに、巨大になってゆきました。
 全身から迸った規格外の《魔力》が周囲の魔法空間を構成する壁面に、次々と見慣れない魔術文字を刻んでいきます。

「定理に背くは承知の上。しかし、人は、それでも成さねばならぬ時があるのだ。それは貴女もご存じの事だろう。
《水の巫女》にして賢者でありながら、母となったユーネリアよ」

 魔力の嵐が急速に収束し、その収束点に立っていた人物は言いました。
 その人物はガザに他ならなかったのですが、衣装も姿も先程までの彼とは全く違います。彼は武官を思わせる金色と
 漆黒で彩られた装具で身を包み、肉体も外見年齢にして40年は若返っていました。

「その姿は……」

「如何にも。予が全盛期の姿だ。我が叡智の全てを使いこなすために必要な姿よ。そして、我が企てを成就させるためにも、な」

 年の頃は20代後半。しかし、その目に宿る知性は紛うことなきガザのそれでした。

「お前たち姉妹に与えるはずだった、最後の試練を与えるために必要な姿だよ」

「お父様!? 最後の試練……って、そうなのね」

 イアラは、ガザの言葉の意味を吟味し、瞬時に悟って震えます。

「そうだ。予は《魔法王の布告》をこのために発した」

 《魔法王の布告》。それは平和で穏やかな王国内を混乱にたたき落とした忌むべき布告でした。
 イアラはこの布告によって、罪もない人々が傷つき、時には命を失った場面に幾度となく立ち会ってきました。

「世を戦乱に陥れることで、人々に心構えをさせるため。そして、国民の憎しみを一身に受け、暴君として倒されるため?」

 イアラは目を見開きます。

「無論、それは、お前たちによって、な」

 二人の姫の親殺しの業を少しでも軽くするべく、ガザは無情な人物を演じ続ける予定でした。
 しかしそれも、コレットの技によって自らの魂が肉体を失い、不要となったことをガザは不思議な気持ちで振り返ります。

「国中の貴族をも戦わせて……」

 今回の動乱で失った者の中には、善良な忠臣が何人もいたことをガザは思い出します。

「そう。お前たちを鍛え、世を長らえる糧としようとしたのだ」

「自らの子どもすらも?」

 《魔法王の布告》は王族であれば必ず巻き込まれる災厄でした。

「自らの子たちすらも!」

「そんなにも、守りたかったの? 世界を!」

 互いの返答がわかっている問いを父子は続けました。娘は父の、父には娘の葛藤がわかります。
 だからこそ、この問い合いが必要だとイアラは思います。

「予の瞳は水平線の向こうを見通す。予の掌はすべての民に届く。そして予は《錆びし黄金》に触れた。
お前たちを産み出すための儀式において!」
 押さえた口調が、次第に強いものになっていきました。
 渦巻くような慟哭と、そして寂寥感を感じ取り、イアラとユーネリアの目に、涙が浮かびました。
「お父、様は……世界に住む人たちの痛みが、わかるんだね。わかるのに! 暴君なんかになって!!」

 この父は、どんなに辛かっただろうかとイアラは思いました。

「そして、国をも売った。《北帝》の大軍勢が密約により我が国に殺到する。内乱で衰えた我が国は間もなく占領下に置かれるだろう」

 イアラの瞳を受けながら、ガザは娘の育ての親たちに感謝していました。何と強い娘に育ててくれたことか。
 何と暖かな娘に育っていたことか、と。その暖かさは、世界を救うという役目からみれば両刃の剣に他ありません。
 けれども、この両刃の剣は、世界を救うためには必要なことだとガザは信じていました。
 けれどその一方で、父王は己の人ならざる企てに絶えず苛まれ、瞳から暗い影を払うことは出来ませんでした。
 ガザの心には、死した今でもなお、権勢欲のために戦う貴族の断末魔や、巻き込まれる民衆の悲鳴が流れ込んでくるのです。

「つまり《凄霊》の軍勢は、《北帝》に落ちてくるのですわね?」

 ユーネリアが得心したように呟きました。

「そしてそれは、確約された未来なのですね」

 イアラはフォルトが自身に複雑な視線を向けていたことを思い出します。自分に流れ込んでいた、どこか遠慮したような気持ちも。

「《凄霊》は世界の天敵だ。その力も、妥協のなさも含めて」

 気遣う視線をそらし、ガザは答えました。躊躇うことなく自らを分解し、《完全なるもの》に再編成したコレットの姿が、
 ガザの脳裏に浮かんでいました。
 それこそが《凄霊》の本質。それは、どれだけ人間世界に順応してもなお、隠しきれないほどの異形と異質の感覚。
 《錆びし黄金》こと《太陽の魔王》から感じた恐怖と、完全に同一だったのです。
 体から魂を《凄霊王》に引きはがされ、《幽界》に来たイアラには、父王が《凄霊》に感じる恐怖が実感として理解できました。
 《凄霊》の力の強大さも。
 でもイアラは、敢えてこの言葉を選びました。まっすぐな視線を向けて。

「わたしが、わたしたちが世界を救います。だから……お父様の重荷を、わたしにも、分けてください」

 それは、ある意味、思い上がりのようにも聞こえる言葉。
 でもイアラは思ったのです。父王が受け入れた宿命、選んだ人生、そして世界にある全てを無にしないためには、
 自分もまた、命の限りに「演じ」ねばならないのだと。
 父は暴君。双子姫は救世主。どちらもそんなことを望んでいません。そして、父王の意志が明らかになった以上、
 予定された物語は虚しい約束組手でしかありませんでした。
 それでも、救世主を演じる――。
「世界を救える自信があるかのように、語るのだな」

「自信なんて、全然ありません。でも……『王』ってそうなのでしょう?」

 ガザは沈黙しました。それば頷くところのある言葉だったからです。

「人の意見って、わかれますよね。そして誰だって面倒ごとを背負いたくないし、責任も負いたくない。危険にも近づきたくない。
でも、みんながそうだったら、何もできないまま危機が来てしまうもの。求められているのは、決断する人。
間違うかもしれないって知っていても、揺るぐ様子を見せずに一歩前に踏み出す人。それが『王』じゃないかって」

「そうだ」

「でも。これで世界が救えなかったら、私たち、史上最高の詐欺師になっちゃいますね」

 意表を突かれ、ガザはほんの一瞬微笑みました。

「笑った。ありがとう、お父様」

「何のことを言っている」

「すべてに、です。わたし、考えてみたんです。自分が嘆くべきなのかって。本当に、ひどい身の上なのかって」

 イアラの瞳に映る、意志の色が強くなります。

「そんなこと、ない! そんなことないんです。わたしには大切な友も師も家族もいます。そして、お父様たちが授けてくれた力があるから、
例え空が《凄霊》に埋め尽くされていても、『できること』があるんですよ? それってしあわせじゃ、ないですか」

「……それを幸せと、というのか」

「ええ。だからお父様。わたしの旅を……修行を、見てくださいね」

 イアラもまた《魔力》を解放しました。それは《封魔の鎧》を外したときの爆発的解放と異なり、穏やかな水面に落ちた綿毛のような波。

「では我らが」

「見届けよう」

 何もない空間から《鵙の騎士》と師・ヴォルドが出現しました。しかし二人に構わず、ガザは《魔力》を極限まで織り上げていきます。

「お父様!? この場所には母様たちが……!?」

「いや、我らはそのために来たのだよ。今のお前なら、わかるだろうて」

 ヴォルドは静かに言い、その場を動きませんでした。

「『守るべき人』なのね。わかりました。やってみます」

 イアラは《水》の力を解放していきます。それよりも早く、ガザは術を織り上げました。流れるような指の動きと、
 周囲に浮かぶ魔法文字を見て、イアラは既視感を覚えます。

「《夕暮の魔女》の……《独唱文字》!」

 指で織る魔法文字と、言葉で織る魔韻が合わさり、数倍の《魔力共鳴》を発生させる《魔女》の秘術。
 それを父王はいとも容易く使ったのです。

「世界のすべてを見通すということは、強き流れを視るということ。全ての《魔術秘儀》は予と共にあると思え!
《真焔降臨/トゥースボルケード》!!」

 《契約魔術》の最強攻撃魔術である《星炎爆裂/クリアライトフレア》を数千倍上回る密度の《最後の火》が召喚されます。
 それは星の核から呼び出された火の中の火。

「その《火》には……《水》を感じるよ!」

 イアラが手をかざすと、召喚されようとしていた《最期の火》の輝きが急速に消え失せました。放たれたのは《星炎爆裂》と大差ない火焔。

「む……術の起爆に《星炎爆裂》が必要と見抜いたか!」

「我、《龍王鍵》にて、四大満ちる地への扉を開かん! 汝、煌めきしものよ、契約者たる我に応じ、その姿を現せ!!」

 ヴォルドの与えた本来の《四界の鍵》たる魔法剣が紋様を描くと、《火》の《精霊界》への扉が開きます。
 召喚された《火》の《上位精霊》は《星炎爆裂》を受け、その輝きを数倍とします。《精霊王》に近い、その力がガザに向けて解き放たれます。

「苦手とする属性も使いこなし、かつ守るべき人を巻き込まぬ……か。
だが《火》の上にある《太陽》こそが我が属性! いかに《精霊王》に近き力とて……《火焔鎮火》!」
 《熟練者》クラスの魔術師であっても、ようやく結印を終えるかどうか。そんな迅速さでイアラに数倍する《火》の《門》が開かれました。
 《上位精霊》がかき消され、同時に召喚された《火》がガザの全身を取り巻きました。
 攻防一体の強化魔術《焔神武装/ボルケードアームス》です。

「《火焔鎮火》の一部を《焔神武装》の詠唱に兼用した上で、さらに防御の動きに
《独唱文字》を取り入れおったか……さすがは魔法王。余人に真似できぬ秘術じゃ」

 ヴォルドが感心している間に、猛烈に《魔力》を高めた拳が、《勇者》に迫る迅さでイアラに放たれました。
 後方に放たれた火が、ガザの速度を後押ししていたのです。
 イアラは《急速冷結/クイックブリザード》を素速く織り上げました。
 解き放たれたのは、威力は中級、しかし魔力発動は最速の《契約魔術》。

 しかし、その程度でガザの動きが止まるはずもありません。魔力と速度をのせた一撃が、正確に無防備なイアラを捉えました。
 鳩尾に入ったその一撃により、体重のないイアラははじき飛ばされます。
(手応えが小さい。今の術……火を弱め、かつ自らを後ろに逸らすために……!?)
 ガザの思考がそこに至ったとき、イアラは次なる術を準備していました。

「唱えさせんぞ!」

 解析をやめ、瞬時に手で目くらましの《火球》を織りつつ、電光のごとく跳躍します。
 第2撃に入る瞬間に、イアラは力を解き放ちました。

「水と火と風が、ここにある! 《蒸気爆裂/スチームエクスプロージョン》!!」

「なにっ!」

 先程の術で解き放たれた熱が、急速に高まります。水蒸気爆発、と気づいたとき、
 ガザの体は猛烈な熱風により吹き飛ばされていました。

「ぐ……状況を創り上げ、瞬時に判断し、利用するとは……何という着想よ」

 今のイアラは、周囲にあるものすべてを魔法として理解している。そのことをガザは理解します。解き放てるはずがなかった
 《急速冷結》が間に合ったのは、《水》の《巫女》であるユーネリアの放つ気配自体を、術の土台に組み入れたから。

 思えば、ガザはイアラの《魔力》をほとんど感じていませんでした。その理由は、周辺すべてがイアラの《魔力》だったから。
 生きている人間が、空気の存在を感じないように、すべてを《魔力》で満たしたなら、細かな動きは見えないのです。
 イアラが《月蝕姫》として施された《精神支配》が外れたこと。それにより、本来持ち合わせていた発想力が爆発的に解き放たれた。
 その事実にガザは戦慄しました。

「想像以上に困難な旅をして来たのだな。だが、予は容赦することはできぬ。受けてもらおうか! 我が最高の火を」

 ガザの力がさらに高まり、もはや魔力とは呼べないほどの、純粋な力が解き放たれました。
 その力を受けて、何も映らないはずの《幽界》に、星々の瞬きが浮かび上がります。

「《太陽》が……増えた!?」

「いかにも。これこそが《銀河》! 星々の魂たる力を束ねし、純粋なる火――《銀河爆裂/コスモスバーン》よ!!」

「王よ! いかに試練とはいえ、禁呪の中の禁呪を――」

 瞬く星たちが輝く渦となり、ガザの掌に収まります。破格の存在であった《火》の《魔王》ベルグイールの用いる火よりもなお、
 圧縮された力がイアラに向けられました。百の光彩を帯びた古今無双の火が迫ります。

「心配しないで師匠。お父様の気持ちは受け止めるから!」

 イアラが魂だけの存在とはいえ、受けたら存在ごと引きちぎられそうな火でした。
 
そんな状況にも関わらず、イアラは心穏やかな自分に驚きます。

「世界は《属性》と《序列》によって、あるべきところに収められている。師匠、今ならその言葉に込められた真意、
理解できるような気がします」

 イアラは歌を紡ぎました。その歌は生命を紡ぐ心臓のリズム。

「行きては戻るもの。時過ぎて故郷に戻る旅人の優しさ、誓いを立てし聖騎士の帰還。それは月が紡ぐ『時』。
波のごとき輪廻により、はじまりと終わりよ! 我と共に!! ……《海嘯輪廻/カタストロフウェイブ》!」

 解き放たれたそれは、水と『時間』によって織られた津波でした。
 目前に迫った《銀河爆裂》の火を呑み込むと、その火はイアラを焼くことなく背後に出現し、次の瞬間、消失します。
 そして波はガザを捉えました。大都市を消失させかねないほどの津波でした。
 とっさに防御結界で阻んだガザは、次の瞬間、歌の正体に気付きます。

(まさか時間が進んだり、戻ったりしているというのか――!)
 防御結界の効果時間を瞬時に食いつぶした《海嘯輪廻》は、暴虐な威力の津波をガザに叩きつけました。
 そして、致命傷と感じた刹那、津波は消失したのです。
 その場に残ったのは、ガザがしたたかに地面に叩きつけられたという『結果』だけでした。
 術の効果は揺り戻しによって、《銀河爆裂》と共に消失したのです。

「見事、だ――」

 全身に走る痛みに耐えつつ、ガザはイアラを讃えました。
 イアラは少し微笑むと、へたり込みます。

「たまたま、なんです。タイミングが合わなかったら、防げませんでした。
魔力も術の揺り戻しにもって行かれましたから、かなり……」

「術の制御が行えた自体、得難きことよ。そしてなぜ、あれほどの火を捌けたのだ」

「わたしは強い火を知っていました。お父様が呼び出された火と同じくらい強い火。
姉に秘められた強い火と《龍》の火の双方を」

 ガザはそこで気付きます。イアラを取り巻く《龍》の気配を。それは数年前に一度だけ会見した《北天皇帝》。そして《水龍》の気配。

「なるほど、な。お前なら……継げるかもしれぬ。我が王国が存続する理由にして、
予が《蝕姫》に頼らなければならなかった理由、そのものを。最も貴き《文法》を!」

「《文法》!?」

「世界の創造主たる《龍王》が使った創世の原語よ。《聖霊》と《魔王》の均衡を崩さぬように、と、
先の《龍王》は建国王にその秘術を託されたのだ」

 言いながら、《文法》を脳裏に呼び起こしました。それだけで、世界と自分の境界線がなくなるような感覚を覚えます。
 《文法》は世界すら創造し得る最強の力。しかし歴史上一度も使われたことのない力でもありました。
 先王から《文法》を引き継いだとき、ガザはなぜ万能に近いこの力が使われてこなかったのかを理解しました。
 莫大な魔力を必要とする上、使うだけで自己と世界の境界線が消え去り、なくなってしまう力など、誰も使えなかったのです。

(だが、イアラなら、エリューシスならば、扱えるかもしれぬ)
 ガザは心の中で娘たちの名前を呼び返しました。自分の最後の娘たちの名前。それは彼が扱った生涯唯一の《文法》でした。
 最強の魔韻を秘めた言霊の加護を、困難な生涯を歩むであろう娘に与えたのです。しかし、たったそれだけの《文法》を扱ったことにより、
 ガザの生命力は世界にとけ出し、老人のような姿になったのでした。

 その《文法》をイアラに託すということ。いかに《蝕姫》として生み出された娘とはいえ、わずか16歳の少女に、
 根元的な畏れとも言うべき力を授けることは、苦渋の決断でした。
 しかし、イアラは《凄霊王》に体を奪われ、エリューシスは《魔王》に堕ちました。
 そして、コレットが生み出したティアンはあまりにも未知数な存在でした。

「イアラ……予はお前に父親らしいことを、何一つできなかったな。こんな時になっても、
親子の語らいではなく、世界を救う術の話など……愚かしく思っている」

「お父様は、真剣に、真摯に……精一杯やっていますもの。そんな人で、よかった」

 イアラはガザに歩み寄ると、服の袖を引っ張り、少し躊躇ったあと、抱きしめました。

「……すまぬ。予が力なきがゆえに……」

「今は、誇りに思っています」

 ガザの両目から、光るものがこぼれ落ちました。自分でも意外だ、という顔をした後で、
 ガザはイアラの肩を抱き、しばらくそうしていました。
 そして、少し躊躇ったあと、イアラの体を放しました。

「《文法》を伝える。そなたが、エリューシスに伝えるのだぞ。もし……できうるなら」

「姉様も……戦っているの。二人で、立ち向かいます、から」

「ならばよし」

 ガザは複雑に結印します。極限まで圧縮された、奔流のごとき《魔力》が周囲に輝く何かを形作っていきました。
 ユーネリアは一度だけ感じた気配に、戸惑います。
――何か、大切なことを忘れているような――そう考え、ある結論に顔色を失います。

「ガザ! その術を使うと、貴方は消えてしまうのではないの!? 《幽界》にいる私たちは《魔力》のみの存在。
それほど強大な力を、無理に全盛期の姿になって使ったら……!」

 ガザは答えませんでした。彼の周囲には、輝く魔導書が続々と出現し、
 一斉にページを開き始めます。同時に、ガザの存在も薄れはじめました。
 イアラは瞬き一つせず、父の姿を凝視していました。
 薄れゆく父は《文法》を開き終えると、初めて少しだけ微笑み、薄れ、そして完全に姿を消しました。
 ユーネリアは娘のように泣きながら、消失したガザの元に駆け寄りました。そして、天を見詰め続けるイアラを抱きしめました。

「……よく、がんばったな」

 ぼそりと《鵙の騎士》が言いました。鵙のようなその表情は、ほとんど動かなかったけれど、拳を強く握りしめていました。

「イアラ。お前を仲間たちの元に返さねばならない。《幽界》の者は地上に戻ることはできないが、《諍霊》と融合した私と、
生きながらここに来たこの者は違う故な。我らが道標になろう」

 現れたのは《邪剣使い》にして《勇者》セイレルでした。

 * * * * * * *

「なるほど。我の体に《爆破式》をな」

 白く、禍々しい鎧で身を包んだ少女が目を細めます。その少女は、髪が藍色に染まっていること以外は、イアラそのものでした。
 しかし、傷ついたエリューシスたちを見下ろすその視線は、根本の部分で、人とは完全に異なる何かを宿していました。
 イアラの姿をしたもの――《凄霊王》キグリヴェートは、言葉を確かめるように《魔力》を高めました。
「この体から出ることもできんようだ。そして、我が《星霊海》からこれを破るほどの魔力を呼び出せば、
それが《魔力》が引き金となって、内側から我を焼き尽くす、といったところか。小癪な小細工をしてくれる」

『ご名答です。《凄霊王》。貴方のことは知り尽くしていますから』

 突如出現した金色の闇――《上位凄霊》にして、《錆びし黄金》の《魔王》ラクスフェルが愉しそうに言いました。

「ラクスフェルか。貴公の目論見が、見えぬな。王を裏切り、いずこに安住を求めるのか?」

『私の安住の地は、貴き方の元と決まっていますのでね。残念です』

「話はそこまでだ。《凄霊王》……この場で消えてもらうぞ」

 《太陽》の《守護聖霊》レファリオンも現れ、《凄霊王》に力を高めます。

「お待ちなさい! 貴方がたの目論見を果たしたなら、《月蝕姫》の命は失われます!!
《魔女》が受けた悲しみを、繰り返す愚行は許しませんわ」

 レファリオンが仕掛けようとしたその時、《月》の《守護聖霊》クレシアが立ちはだかりました。

『ははは、クレシアよ、我までは防げぬぞ』

「それは、どうかしらね」

 イヴゥリースが風を引き絞り、槍として放ちました。放たれた《風槍暴嵐/テンペストジャベリン》は
 ラクスフェルを軽々と貫き、さらに体内で暴れ狂います。

「イアラの命を奪うなど、認められん!」

 同時にフォルトが柳水のごとき滑らかさで《世界之剣》を抜きはなちます。剣を振り終えた刹那、
 ラクスフェルの全身に切り傷が深く刻まれました。剣撃の後に凄まじい暴風が駆け抜けるほどの一撃でした。
 その直後、凄まじい爆炎がフォルトの横を駆け抜けます。エリューシスの放った《星炎爆裂》でした。

『この私に手傷を与えるとは、さすがだが……ね』

 ラクスフェルが異常な速さで受けた傷を塞いでいく。そんな光景を《凄霊王》は心底不思議そうな見遣りました。

「イヴァリースよ、そなたの思考もわからぬものよ。今となって《月蝕姫》(このからだ)の命を惜しむか」

「奪う星々に合わせて、様々な体に寄生し続ける貴方にはわからないわ」

「まぁよい。《爆破式》ごときで予を封じられるとは、浅慮よな。《計画》の遂行が早まったにすぎぬ」

 《凄霊王》は天に向かい、手を掲げました。遥か《星霊海》より、4つの閃光が飛来し、
 あらゆる空気が禍々しい衝撃波を内包して、爆裂しました。
 飛来したものは《塔》でした。槍のような形をしたその塔は、この星の大気層を突き破った衝撃により、
 赤熱していました。《凄霊王》とエリューシスの間に塔は落ち、その衝撃により、一同はなぎ倒されます。
 地震のような凄まじい振動と、降り注ぐ噴煙がようやく弱まったとき、
 《凄霊王》はヴィルガルフ、ラウェスを連れ、浮遊していました。
「ラクスフェルよ。我はもうそなたの謀を打ち破る術を見いだしたぞ。この体を検索したところによれば、《爆破式》の発動条件は
『《星霊海》より生まれし力を、一定レベル以上で振るうこと』。つまり、我が《尖塔》(ピラー)をもって、この星より直接《魔力》を
吸収し、この世界の魔力をもって《爆破式》を取り除けば、我は自由。違うかね? では、我は『その時』を待つこととしよう」
 《尖塔》より現れた《凄霊》の軍勢に囲まれつつ、《凄霊王》は宣言しました。

◆月刊GAMEJAPAN 2010年3月号募集/『ファントムサウザント』第40回募集内容(締切3月4日)

 

◆第40回ストーリーテーマ設定画・《暖光の大賢者》ガザ・トゥール・ラーナフェルトと《星槌槍/コスモピラー》 

お題イラスト:月邸 沙夜

◆ 遠雷のごとき《想力》の揺れを、居合わせた全ての存在が感じました。
 未曾有の大きさを持つ《想力》。それは、《凄霊王》キグリヴェートが召喚し、大地に撃ち込んだ《星鎚槍》の衝撃に、地に漂う《精霊》が上げた悲鳴そのものでした。
それはラーナフェルト王国の王城よりも大きい、槍のごとき姿をした塔。
大気層を突破した高熱と圧倒的な重量物の落下により、凄まじい爆風が巻き起こります。
 落下した《星鎚槍》は、落下地点に存在する《精霊》をすり潰し、消滅させて行きます。
本来ならば、決してあり得ぬ《精霊》の断末魔の悲鳴が大地を覆います。

「な、なんなの!? 気持ち悪いっ!」

 人と《諍霊》という二つの性質を行き来したリネットは、大気に含まれた悶えんばかりの苦痛を、二つの感性で感じ取ります。

「大気が……悲鳴に満ちている?!」

 《負》の《想力》を一身に受ける《魔王》の一人・《火の魔王》たるエリューシスにも、《精霊》たちの声が聞こえました。

「こんな、破壊……あり得ない!」

 今の彼女は破壊の主たる《火の魔王》。けれど、その《破壊》は、彼女が《魔王》として受け継いだ美意識からは遠く離れた、怒りを感じるものでした。

「お前の破壊は、再生を産まない! 《精霊》の破壊は、《命の循環》に還らない破壊、ただの消費だ!」

 《火の魔王》は破壊を行うことを本分とする《魔王》です。何もかもを区別無く焼き滅ぼしてゆく存在でした。
 けれど、破壊無くして再生が無いこともまた真実。これを《火の魔王》は知悉していました。
《火の魔王》の破壊は、再生のための破壊であることもしばしばあったのです。
 しかし、《凄霊王》の召喚した《星鎚槍》は、世界を構成するマテリアルである《精霊》を掃滅していきます。《火の魔王》の破壊が事象を《想力》に還元することとは対照的な行為でした。

「何を。我らにとって弱き者は糧以外の何物でもない。《星鎚槍》にとっても同じこと。周囲の存在を喰うて己が力にするは至極当然よ」

 これこそが《凄霊》とこの世界との共生が不可能である理由でした。
《凄霊》は、周囲の存在を完全に消費することで存在・進化するのです。
緩やかに増加する《想力》を循環させながら成り立っている《世界/ブレグラーン》にとって、《想力》を一方的に消費していく《凄霊》は、木の葉を食い尽くす巨大な害虫ともいえる存在なのです。

「なにを言う! 食い尽くして、その果てにあるのは虚無だぞ!」

「ならば、その虚無をも喰らい尽くし、個にして全、全にして個の完全なる者となるまでよ」

「無数の個が、不規則に乱れあるが世の定め。滅び生まれるが理。不動の個にして全などありえぬ!」

 傲岸なまでに言い切る《凄霊王》に、《魔王》エリューシスは激します。

「それは揺れる脆弱な世界よ。堅き存在にあらず」

 《魔王》や《凄霊王》は互いの論をぶつけあいます。これこそ、イアラが歌で魔力を発生させるのと形は違えど本質は同じ戦い方でした。
 《凄霊王》ギグリヴェートもエリューシスも言葉の端々に《想力》を編み込みながら、互いを貫く刃を研ぎ上げます。
 この戦いの最中にも、《星鎚槍》は落ち続けました。
 《星鎚槍》は4度、大地を揺るがせました。世界の創造主たる《龍王》の卵であるこの星が軋み、その殻である地面がひし割れます。
 そのひとつは、高度魔法で施された多重結界を引き裂き《凄霊王》が出現した、《焔神城》へと落下しました。
 それは《聖霊》も《魔王》も予期しえぬ事態でした。

「ラクスフェルよ。我はもうそなたの謀を打ち破る術を見いだしたぞ。この体を検索したところによれば、《爆破式》の発動条件は『《星霊海》より生まれし力を、一定レベル以上で振るうこと』。つまり、我が《星鎚槍》をもって、この星より直接《魔力》を吸収し、この世界の魔力をもって《爆破式》を取り除けば、我は自由。違うかね?」

 真っ先に《焔神城》状態を察知したのは、持ち主であるゾルヴ=ェルでした。

「貴様、テメぇ!」

 ゾルヴ=ェルは怒りの声を上げます。でもこれは、持ち物を壊されたから、だけではありませんでした。

――アロリー、無事か?

 ゾルヴ=ェルは、母親のイヴァリースが現れたとき、有事に備えて密かにアロリーを《焔神城》の近くに呼びよせていたのです。
アロリーはいつでもゾルヴ=ェルにとって、イヴァリースが最悪のパターンで動いた時の切り札的存在でした。

――奥様、いけませんよ。それじゃあ坊ちゃんたちの立つ瀬がないじゃないですか。

 まだ少年だった頃の彼らを、母親の危うい気まぐれから守ってくれたのはアロリーでした。
 彼が《魔王》ゾルヴ=ェルとなったときも、弟が《聖霊》ギアニードとなったときも、指針を示したのはアロリーでした。
 思念を飛ばし、《焔神城》の辺りを探りますが、《焔神城》の破片と《星鎚槍》が作り出した渦巻く《想力》に、そもそも察知しにくいアロリーの気配はかき消されていました。

「オレの持ち物をぶっ壊しやがって、タダで済むと思うなよ!」

 ゾルヴ=ェルは、多数の呪文を同時に高速で詠唱し始めました。呪言の重なりが地を這ううなりのようにゾルヴ=ェルの周囲を満たしてゆきます。
《紫紺の慧》という最も高貴な智を示す名の通り、彼だからこそ出来る離れ業でした。

 ぞわり。

 不可視の表皮が滑り落ちていくような感覚をフラウは感じました。そして、その滑り落ちてゆく表皮は、ゾルヴ=ェルの方へと引き寄せられてゆくのが解ります

――なに? 今の。

 青ざめるフラウリートの袖をリネットが引きました。

「意識をはっきりもちなさいよ、小娘。じゃないと、アンタを構成する四大元素のウチの《地》の《元素》、全部ゾルヴ=ェルに持ってかれるわよ」

「なんですって?」

 額ににじむ脂汗を手の甲で拭いながら、フラウリートは聞き返します。

「察しが悪いわね。物事は全て《地》《水》《火》《風》でできてんのよ。《魔王》はね、その気になれば、その支配する元素を好きに動かせんの。生きてようが死んでようが、それが《魔王》や《聖霊》なんだから。ゾルヴ=ェル、なんだか知んないけど、もの凄く怒ってる。……あれはマズイわ」

 真顔のリネットにフラウリートは息を飲みました。

「ベルグイールはいいの。あの子は構成要素がほとんど《火》だから。《地》なんて、ほんの少ししか持ってないから。でも、生身のあたしたちはまずいわ」

 だんだん青ざめてゆくリネットにフラウリートは問いかけます。

「あんたこそ、真っ青じゃないの! どうしたのよ」

「状況もわかってなかったバカが人のこと心配なんてしないでよ。あたしは大丈夫」

 青ざめた唇から飛び出すのは悪態ばかりです。

「小娘に心配されるほど落ちぶれちゃいないわ」

 けれど、言葉と裏腹にリネットの足つきはあやしく、ふらついていました。

「リネット、無理しちゃ駄目。ボクまで守らなくていいから、人間だけかばってあげて」

 ふらついたリネットをかばいに入ったのは、言うまでもなくベルグイールでした。

「リネットはゾルヴ=ェルの《地素召集》の魔術から《魔術》に脆弱な君らを守るために《風》の反発式をボクら三人に被せているんだ」

「え?」

「……無茶だよ。母様に《風の座》を奪われて、消耗していないはずはないんだ。君ら兄弟は《月》――スパルリオの末裔だろう? リネットに頼らなくたって大丈夫なはずだよ」

「なんですって?」

 聞いたこともない事実を告げられ、フラウリートは目を見張ります。

「遠い昔、スパルリオは《聖霊》として、今を迎える為に《勇者》を欲したんだ。そして、最も可能性を秘めた人間を選んで子を成した。その直系こそ、君たちだよ」

 ベルグイールは、生まれ落ちてから今日までの間に起きた事柄をすべて知識として持っていました。
その知識の中にはスパルリオと《勇者》の歴史も入っていたのです。

「リネットも、そう。《勇者》が誕生して、すぐに枝分かれした一族の末裔だね。……そうか、スパルリオが《聖霊》だったときそっくりなんだね、きみは」

 きみは、の部分があまりに優しく響くので、リネットは一瞬時間が止まったように感じました。

「激しくて、やさしい、ひと」

 うれしそうなベルグイールに、リネットはなぜか、頬を染めてそっぽを向きます。

「な、なによ! スパルリオだかなんだか知らないけど、アタシはあたしよ!」

「うん。きみはきみだね、リネット」

 リネットは叫んだ拍子にふっと体が軽くなるような気がしました。

「すこしは、ボクも役に立たせてよ」

 《地》と反発する《風》であるリネットよりも調和できる《火》を本性とする自分の方が負担は少ない、とベルグイールは笑いました。
 楽になったものの、なんとなくこそばゆい気持ちのリネットは、フラウに八つ当たりします。

「べ、ベルグイールに、お、お礼言いなさいよね、ほんっと、気が利かないんだから。それが大国の姫君なわけっ?!」

 急に向けられた矛先に、フラウリートは面食らいました。

「な、なによ。お礼言わないなんて言ってないでしょ! 決めつけないでよね」

 カッとなって、言い返すフラウリート。その様子を見て、ベルグイールは内心安堵しました。

――それだけ元気があれば、大丈夫。多分《凄霊》も《諍霊》も本質的な陰の気を好むから……。

 様々な思惑をよそに、《凄霊王》は、期待どおりの成果を挙げた視界の果てにある《星鎚槍》を満足げに見やります。

『バカな。貴方がこのような《大魔力》を用いたなら、《爆破式》が作動するはず』 《上位凄霊》で、かつ『太陽』の《魔王》でもある《錆びし黄金》ラクスフェルが、食い入るような視線をイアラの姿をした《凄霊王》に向けました。
《始まりの勇者》の肉体に流れる時を止め、それを器としたラクスフェルでしたが、《星鎚槍》の着弾で生じた魔力衝撃波は、禁忌術法すらも突き破ります。
黄金仮面の下から赤い血が流れました。

「浅慮よな。そなたが去った後、我は《星鎚槍》を建造した。この槍は元より《星霊海》を行き来するための動力を有している。それは我が《魔力》とは関わりなきこと」

 《凄霊王》はそこで言葉を止め、余韻を愉しみました。
 その間にゾルヴ=ェルの魔法が《凄霊王》の足下に檻の形をとって現れました。

「この星の《想力》を使うって事は、オレの支配下の《地》の《想力》も引き寄せるってことだ! エリューシス、コイツの体は諦めろ!!」

 流体金属のように黒光りする《地》の本質で編み上げた《最も細かき土の檻》は見る間に《凄霊王》の周囲にくみ上げられては破られ、くみ上げられては破られを繰り返します。檻は破られる度に編み目を細かくなってゆき、ぴったりと《凄霊王》の器であるイアラに張り付いてしまいます。

「無駄だ。その檻は、破るほどに割れてゆき、割れるほどに刃を得る。その器はこのブレグラーン由来だ。その中の《地》をオレの檻が見失うことはねぇ」

 無数の目を持つ檻は次第に縮んでゆきます。しかも、柵の一本一本は刃の鋭さを持っていました。
どのような防具であったとしても逃れられない刃の檻。
それが、ゾルヴ=ェルの紡いだ魔法だったのです。

「ゾルヴ=ェル! やめろ!」

 最高温の火球を紡いでいたエリューシスは叫びます。
 しかし、エリューシスの叫びもなんの歯止めにはならず、刃の檻はその輪郭を縮めてゆきます。

「イアラ!」

 それは、悲鳴にも似た叫びでした。
けれど、無情にも刃は狭まり、イアラの肉体へと沈み込んでゆきます。

「ああッ!」

 一秒が奇妙に引き延ばされたような感覚を、エリューシスやゾルヴ=ェルを初めとした、その場に居合わせた者は感じました。
 檻の刃はイアラの柔らかい頬にてのひらに吸い込まれていき、鮮血をほとばしらせる科に見えました。
しかし、檻はイアラの体に潜って行きこそしましたが、その体に傷一つ付けるに至りませんでした。

「面白い手品よな。《地》の《想力》の檻とはなんともよい。だが、残念だな。《想力》は純度が高いほど、我にとって良き糧になる。この器があればこそ、馴染みも早い」

 青白い唇に満足げな笑みを浮かべて《凄霊王》は続けました。

「《星鎚槍》は効率よく星より《想力》を吸い出すこともでき、我が軍勢も解き放てる。そして敵も打ち倒せる。思慮とはこのようなものを指すのだ」

 言いながら《凄霊王》は、人語を越えた異質な音を発しました。
音に応えるように、《星鎚槍》の中層から《凄霊》の軍勢が舞い降ります。

「これも魔力を使わぬ。そしてお前たちはここに最強戦力を結集した。あと3か所の《星鎚槍》は防げぬな。されど、我の体も破壊できぬ……か。笑止なことよ」

 言いつつ《凄霊王》が手を指し示すと、爆風でなぎ倒された一同に対し、《凄霊》の集団が戦端を開きました。
 《凄霊》は、下級兵士ですら《上位諍霊》に匹敵する実力の持ち主でした。それでも、戦意を失った者はいません。
 《北天皇帝》が、《魔王》が、《守護聖霊》が鋼鉄と闇と光を奔らせる都度、無数の《凄霊》たちが蒼き血へと変わり、ブレグラーンの大地に降り注ぎます。

「イヴァリース! いる!?」

 八つ当たりの相手をフラウにし続けるのも格好が付かないと不意に思ったリネットは、全くの第三者の名前を思い出します。

「なぁに? 何か用かしら」

 不可視の風を《剛風刃網》として投射しつつ、《魔女》が姿を現します。
避けられず、十数体の《凄霊》が細切れとなり、四散していきました。

「用もへったくれもないわよ! アイツ、アンタのダンナなんでしょ! 何とかしなさいよ!」

 場を、というより自身の動揺を取り繕うために、リネットはイヴァリースに向かって怒鳴ります。

――ベルグイールがカッコイイなんて感じてないんだからねっ! そんな風に思っちゃったのは、この状況のせいなんだから、この状況を何とかすればいいの! そうすれば、またベルグイールがカワイく見えるはずなんだからっ!

「そんなこといわれてもね……彼のあり方からすれば、当たり前だし……とはいえ、《月蝕姫》がああというのも、困るわね」

「ああ、もう! アンタはこっち側なんでしょ? はっきりしなさいよ、はっきり!」

 一度はイアラを守ると言ったイヴァリースでしたが、それを実現する確たる手段を持っているようにリネットには見えません。

「ああ、もうイイわ。イヴァリース、《風の座》を渡しなさいよ! アタシがやってあげるわ! 第一、アンタ、別に《魔王》じゃなきゃならない理由なんてナイでしょ! でも、アタシにはその肩書きが必要なのよっ!」

 イヴァリースは世界樹から生まれた存在です。
《魔王》という《位》がなくとも充分《想力》に近い存在でした。
けれど、リネットは《風の座》を手放した今、生身の人間の娘に過ぎないのです。

「ここで足を引っ張るのはゴメンなの! そもそも、アンタは《夕暮れの魔女》なんだから、《風の座》なんて、いらないでしょ!」

 イヴァリースに詰め寄りながら、《風の座》さえ戻ってこれば、一方的に不利な状況から脱せるとリネットは考えました。
そして、いいながら、自身の論の正当性を感じます。

「わたしの意志では戻せないわ。最も相応しい者が《風》の《魔王》に……」

 《魔女》が言いかけると、凄まじい魔力の《風》がその体を吹き出し、リネットに戻っていきました。

「あら、戻ったわね」

 何の感慨もなくイヴァリースは言います。

「とぉぉぜんよ! 法の下僕たる《月触姫》を守ろうなんてヤツが《風》であるわけないもの!」

 戻った《魔力》で本体を召喚し、再び《風》の《魔王》となったリネットが、豊満な胸を反らしながら高笑いします。

――やっぱり、アタシは《風の魔王》でいたほうがイイ。今、ただのリネットだと、ただの小娘になっちゃう。

「リネット……油断しすぎだよ」

 ベルグイールが背後に立ち、襲撃してきた《凄霊》数体を火柱に変えました。

「ありがとね。でも、アタシのエモノ、取っちゃヤダかんね!」

 風を細かく操って真空を作り出すと同じに、四方八方へとはじき出します。はじかれた風の刃は、空から降ってくる《凄霊》の翼を切り裂くとそのまま上空へ駆け上がります。

「絡め手は、確かにオバハンの方が上手いかも知れないけどね、アタシだってダテに《風の魔王》張ってないのよ」

 駆け上がった刃は《星鎚槍》についた小さな入口に入り込んでゆきました。狭く限られた空間で、刃の破壊力は段違いに跳ね上がります。

「こーゆーのはハデにいかないとね!」

 リネットは真空のバラをいくつも作り出すと、周囲にばらまきました。そのバラは、触れられると、真空の刃をまき散らしながら爆発するように散ります。

「僕はあまり強い火が使えない」

「わかってる。あたしが魔力をあげるから、我慢して。くぉら《日触姫》! 倒れてんじゃないわよ!!」

 リネットは《凄霊》を退けつつ、爆風でなぎ倒されたエリューシスを助け起こします。

「すまない」 

「口は呪文のために動かしなさいよ!」

 リネットは悪態を付きながらも、その視線を《凄霊王》から放しませんでした。

「《魔王》はね、ちょっとやそっとで動じちゃダメなの」

 そう。《魔王》としてのリネットは思います。

――アタシは最もとらえ所のない《風》の《魔王》。目の前に立ちふさがる愚か者をブットバしてこそ、その真価がある。

「しかし……どうしたら……」

 エリューシスは苦悩の色を瞳に浮かべ、かけがえなき妹を見上げました。

「そう、手詰まりだ。では我は《その時》まで待つとしよう」

 《凄霊王》が去ろうとしたその時でした。何もない空間が裂け、青白い雷光が奔ります。
その場にいる誰よりも大きな《力》の出現に、一同の視線が集中しました。
 空中に出現したのは少年でした。
透き通るような金色の髪。表情のなさが、人形のように整った顔立ちを強調していました。
《双子姫》に類似した装具で身を包んだその少年は、周囲を見回すと、ぽつりと呟きました。

「状況確認──理解。《月触姫》たる姉上は、《凄霊王》の器になってしまったのですね」

「……イアラが姉上!? 貴方は何者?」

 エリューシスが困惑し、少年を見上げました。

「貴女も姉上……《日触姫》ですね。ボクは《完全なる者》。魔法王ガザの因子により産み出されました。だから、貴女とボクは姉弟なのだと『定義』できます」

「……コレットの気配を感じる。なるほど、貴公を寝返らせたのは我が血族か」

 《凄霊王》は《錆びし黄金》を一瞥すると、得心がいったと言うように、うなずきます。

「して、コレットの虚ろなる人形よ。どうするつもりだ?」

「簡単です。《星鎚槍》を壊せばいい。それでセイレルが来る時間が稼げるから」

 事もなげに右手を差し出し、ティアンは稲妻を解き放ちました。それは真に高貴な魔力を有する者だけが扱える光──《震電光雷》でした。

◆月刊GAMEJAPAN 2010年4月号募集/『ファントムサウザント』第41回募集内容(締切4月5日)

 

◆第41回ストーリーテーマ設定画・魔法王国ラーナフェルト《第一王女》ルカと《イアラの級友》リアム 

お題イラスト:月邸 沙夜

 《凄霊王》と《夕暮の魔女》の娘コレットが、魔法王ガザの因子を分解して創り出した《完全なるもの》・ティアン。
 ティアンは《瞬間移動》で《焔神城》に出現します。
 激闘で破損したとはいえ、ここは本来《火の魔王》を封じ込める魔法結界が展開されている場所。理の許しのない者は、例え《聖霊》でも外部からの侵入は困難でした。
 しかし、破格の魔力を有するティアンは、こともなげにそれを果たしてしまいます。
 唖然とする一同に構わず、ティアンは《震電光雷》を放ちました。
それはラーナフェルト王家に伝わる秘呪文の1つ。白よりもなお明るい稲妻が、落下した《星鎚槍》を捕らえます。
 
『おぉ、道理だぞ、コレットの虚ろなる人形。確かに《星鎚槍》を破壊すれば、この世界の《魔力》が我が体に流れ込むのは防げよう。まさに、模範解答よな』

 《震電光雷》により半壊した《星鎚槍》を見て、《凄霊王》は嗤いました。
 
「正解なのに……なぜ、笑うのです?」

 不思議そうな瞳を、ティアンは《凄霊王》へ向けます。
 
『いくつも理由があるが……気の毒に思ったからよ』

 《凄霊王》は支配したイアラの記憶を呼び起こし《風刃》を解き放ちました。
それは、イアラの体に施された《爆破式》に抵触しない、初歩的な攻撃魔法。
ティアンほどの術者であれば、防御魔術でかき消せる術──のはずでした。
 
「え? わぁあ!」

 次の瞬間、ティアンの小さな体がはじき飛ばされます。
空中にその身を維持することもかなわず、弾かれたように落下しました。
 
「危ないッ!」

 《折れぬ血潮》を解放したフラウリートが走り込み、必死にティアンを受け止めます。
 そこで全員が《凄霊王》の意図を理解しました。ティアンより感じていた違和感の正体、それは……。
 
「あなたね! 受け身くらい取りなさいよ!!」

 頭から落ちようとしていたティアンを抱き留めつつ、フラウリートは呼びかけました。
その頬には《風刃》による傷がきざまれ、一筋の赤い血が流れ落ちます。
 
「これが……痛み。こ……わい……よ」

 掌に付いた己の血に、ティアンは怯えました。
 
「あなた、まさか……戦ったことないの?」

 ティアンは頷きました。ティアンは何もしていなかったわけではないのです。
《風刃》を受けたときも、落下したときも、対応しようと「知識で考えて」いたのでした。
けれど、考えてから動く、が、実戦に通用しないのは当たり前のことです。

『知識と知恵が違うように、理論と実戦は違う。そして理論が実践に到達するには相応の時が必要。
それを我が娘も、そこの孫も知らぬというは、哀れよな』
「哀れ?」

『左様。理論と実践の狭間に落ちて滅びるはわれら《凄霊》の常だが、こうもそれを目の当たりにすると、この我でも心は動く。
……理論が素晴らしければなお、な』

 えもいわれぬ笑みを《凄霊王》は浮かべます。
 
「僕は理論倒れだというの?」

『いかにも。お前の母が、その母イヴァリースの弱さをそのまま受け継いだ。
その弱さを受けて発生したお前が、その災い・呪いから自由であるはずがない』

「イヴァリースの弱さ?」

『理論から離れられず、強さと弱さの違いがわからぬことよ。……ゆえに我らと肌が合う。
おまえもこの星の人間というより、我らに近い存在だということよ』

「僕の発生理由は、《凄霊王》を駆逐すること。近くても遠くても関係ない!」

『そこよ。お前が弱い理由は。発生理由にこだわり、存在理由にこだわる。
それを超越して初めて無謬となれる。……お前がどう開花するかを見守るのも一興かも知れぬな』

「一興? 楽しみだというの? 僕が《凄霊》を駆逐することが?」

 この問いに《凄霊王》は答えませんでした。
 
『《星鎚槍》は4本。我はただ、来るべき時を待てばいい』

 《凄霊王》の声に応え《赫龍》ヴィルガルフは《瞬間移動》を発動させます。
その術は《凄霊王》自身と《黒騎士》ラウェスを転移させていきます。
 
「イアラ! ラウェス!!」

 エリューシスの《解呪》も間に合わず、かき消すように2人は消え失せました。
 
 * * * * * * * * * * *
 
「逃がすとは……『この世界』由来の者が奴の眷属となっていなければ、そんな方法は取れなかったものを……」
 『太陽』の《守護聖霊》レファリオンが苦悩しました。
 
「《月蝕姫》を器としたことが裏目に出るとは」

 レファリオンの自責の言葉を、『太陽』の《魔王》ラクスフェルは冷ややかに評しました。
 
「言うだけ詮なきこと。自責など、良心とやらの自己補完に過ぎぬ。
それよりも、残りの《星鎚槍》を破壊する算段を立てるが筋。それで時は稼げよう。
堅牢な《星鎚槍》といえど、《反発式》を用いれば可能だ」

 《反発式》とは、性質の異なる同種の魔法的存在に、同一魔法を反転させて使用させることで《場》を
一時不安定にし、その不安定さが起こす《想力》の脈動を利用して一時的な魔法効果の増大をねらう事の総称でした。
 
「《反発式》……普段であれば決して実現せぬ方策よ。だが、このような時には、良き手と言えよう」

 ラクスフェルは言葉を続けます。
 
「《聖霊》は人員変動がないゆえ、人選に選択肢はない。
《諍霊》は我、エルシオーネ、紫紺、ユディーット=サウラ、紅蓮、リネットでよかろう」

 ラクスフェルはあえて各《魔王》たちの真名で人選を告げました。
紫紺はゾルヴ=ェル、紅蓮はベルグイールの真名です。
エルシオーネは『月』の《魔王》スパルリオが《聖霊》であった頃の名、ユディーット=サウラは、現《水》の《魔王》シャツイヴォルズが、太古に栄えた帝国の皇帝・ファンの寵姫であったころに名乗っていた名でした。
 
「ちょっと、まってよ! 紅蓮って……なんでベルグイールが入ってんのよ! 
《火》の《魔王》は《日蝕姫》でしょ!」

 柳眉を逆立ててリネットはラクスフェルに詰め寄ります。
しかし、そのリネットの剣幕に呑まれることなく、ラクスフェルは切り返しました。
 
「真性の《火》で紅蓮に敵うものがいようもあるまい。
また、《座》を継承したからといって、《諍霊》の王たる者として継いだ知識を運用するにも、《座》の馴染まぬ状態では満足に働けぬ」

 言うまでもない、という風情でラクスフェルは言い切りました。
 
「……《聖霊》が《魔王》の言葉を裏付けるのは何なのですけどぉ、そのとおりなんですよねぇ」

 リネットはぎょっとして振り向くと、困った顔をした《聖霊》のリフィールが立っていました。
 
「そしてぇ、現状の手勢でぇ、最大の効果を安定してねらえる《魔法》はぁ、《反発式》しかないんですよう」
──なに? このユルい女。

 リネットは、ある意味初対面──先だっての《蝕姫》作成の時は、《風の蓋》の中からの参加でしたから──のリフィールの品定めを瞬時に行いました。
 
──アタシの方が、美人だし、スタイルもイイワ。服のセンスだってアタシの方が、ずっとカッコイイ。

 自らの中で勝利を勝ち取ったリネットは、豊かな胸を反り返らせ、言い放ちます。
 
「正しいかどうかなんて、アタシ聞いてないわ。
何で、アタシが同格の《魔王》に指図されなきゃなんないのかって事よ!」

 正しくは『太陽』は《風》より格上なのですが、リネットは敢えて無視をしました。
 
「アタシは《風》。誰にも命令ナンカされるおぼえはなくってよ」

 つん、と鼻を尖らせてリネットは言います。
 
──なんかこのオンナ、ムカツクわね。いう事なんて聞いてあげるもんですか。

「そもそも、誰の命令も聞かないのが《風》の身上じゃない。《聖霊》だってそうでしょ?
 そんな本分にもとるコト、よく言えるわね」

 リネットのリフィールへの反発は理由のないものでしたが、一回抱いた反感は、そう消えるものではありません。
 
「だいたいネ、このぶりっ子と、息を合わせろって? ゴメンだわ。
いくら《反発式》に相反する《同属性魔力》が必要でもネ!」

 汚らわしいモノを見るような目で、リネットはリフィールをみると、しっしっ、手で払いのけるような仕草をしました。
 
「ひどいですぅ。あと《火》については、ウチのイーフェイルと、そちらの方でやるしかないですよぅ」

 リネットの言い様に、リフィールは眉をハの字にします。
 
「あーーーーーーーーもう! そのユルい話し方、耐えらんない! それにどーしてベルグイールなのよ!? 
《火の魔王》は《日蝕姫》でしょ、って何回もいってるじゃない!」

 イライラとした気配を撒き散らしながらリネットは叫びます。
 そのリネットの勘気に辟易しながら、リフィールは反論します。
 
「とても残念な言い方なんですけどぉ、《日蝕姫》さんではぁ、《魔王》の経験が少なすぎてぇ、そちらの方みたいに、なっちゃいかねないんですぅ……」

 動揺しているティアンに心底気の毒そうな視線を向け、《風》の《守護聖霊》リフィールは当惑します。
「ああ、もう、勝手にしなさいよっ!」

 リネットはヒステリックに叫びました。
 
「話が済んだなら結構だ。一刻の猶予もない。《北帝》こそ創造主たる《龍王》が領域よ。
そこに突き刺さった2本の棘は抜かぬとな。《太陽》と《月》が元に集え!」

 ラクスフェルが一同に宣言しました。
『太陽』に連なる《地》と《火》、『月』に連なる《水》と《風》の《聖霊》と《魔王》が集合します。
《震電光雷》で《凄霊》の軍勢は大きな打撃を受けていたために、妨げるものはありません。
 
「我が半身たる《北天皇帝》よ、この塔は任せられよう。
《月蝕姫》を解放し、塔を登って《凄霊王》を討つのだ」

「『太陽』、『月』、そして余と《日蝕姫》で塔に対応する、と? では、残り1本はなんとする」

「本当なら、すべてが《北帝》に落ちるはずだったのに、コレットの気配に引き寄せられて《中央》に落ちたみたいね。どうしましょう?」

 《夕暮の魔女》イヴァリースの言葉を耳にしたエリューシスが顔色を変えます。
 
「……《凄霊》の軍勢が、《中央》に!?」

 * * * * * * * * * * *
 
 安宿街の一角。そこにハインはいました。
目的も果たせず、己の道も見つからず。
ハインは気が付くと《王都》に戻ってきていたのです。
 
 とはいえ、自身の下宿に帰る気にもなれず、街をさまよっていた時、声をかけてくれた人物がいました。
以前、学費を補うためにアルバイトしていた肉屋のおかみさんです。
 
「どうしたの、ハイン。ずいぶんくたびれてるじゃないか。
それに眼帯かい? 怪我でもしたのかい?」

 40の声をそろそろ聞こうというおかみさんは、随分ハインによくしてくれた人でした。
 
「……いえ、べつに。目は、そんなトコです」

 眼帯は、魔眼を隠すためのもの。この《魔眼》こそ、今のハインが昔の彼と違う存在──力を持つ者の証。
けれど、それだけに以前と変わらぬおかみさんの視線は、ハインにとって居心地悪いものでした。
この眼帯をしている自分が真っ当ではないとどうしても感じてしまうのです。
 
「何言ってるんだい。この年まで生きてるとね、若造の変化ぐらいは見抜けるようになるんだよ」

 買い出しの帰りだったのか、おかみさんは大きな袋を抱えていました。
 
「気が利かないね。持っておくれよ。お駄賃ぐらいは出すからさ」

 有無を言わせず、おかみさんはハインに紙袋を持たせてしまいます。
 
「玉子が入ってるからね、気を付けておくれよ」

 ハインはおかみさんと出会って店に着くまで終始ペースをおかみさんに握られっぱなしでした。
 店につくと、おかみさんの4人の子どもたちがハインを出迎えました。
子どもたちは10才を先頭に8才、4才の双子です。全員、ハインが面倒を見たことのある子どもたちです。
 
「あー、ハインだ! いらっしゃぁい!」

 そう叫んだのは、8才の次女・カーヤ。
 
「いらっしゃい、ハイン! 旅に出たって聞いたよ! 帰ってきたのね!」

 小さな体にもかかわらず、母親の荷物を受け取った長女のジゼルは店の調理場へと運んでいきます。
 
「おかえいーハイン! ごほんよんでぇ〜」

「とりさんぶーんがさきだよぉ」

 足下にまとわりついてきたのは4才の双子の姉妹のマーゴとエミリです。
 
「ああ、もう、あんたたち。そんなにまとわりついちゃ、ハインが身支度が解けないだろう!
 ごめんよ、いつもこんなんだからね」

 おかみさんは一足早く外出用の外套を脱ぐと、靴から幾枚かの紙札を取り出しました。
 
「……《簡易攻撃符》? どうしておかみさんがこんなモノを?」

 《簡易攻撃符》とは、事前に効果の弱い魔法が織り込まれた紙札のことです。
使い方は簡単で、攻撃したい相手に封を切って投げつければ済む、といったものでした。
とはいえ、普段、市井で生活する人間が携帯するようなものではありません。
 
「ああ、これかい? 最近、物騒でね。王様の布告があったろう。
アレのおかげで、今までは御法度だった街中での魔法も使えるようになったからね。
それのせいで追いはぎが街中でも出るようになっちまったのさ。
安い買い物じゃないけど、うちは女手一本に4人の子どもがぶら下がってるからねぇ」

 やれやれ、とおかみさんは笑いました。
 
「まぁ、王様はきっとなんかお考えがあってのことなんだろうって思うけど、だからっていつも通りの生活をする訳にはいかないからね」

 ハインは自分が《王都》を離れている間に、治安が急激に悪化していたことを実感しました。
 
「そんな訳だからね、陽が落ちたら、外出はしない方がいいよ
。残念だけど、それが今の《王都》だからさ」

 ハインは窓の外の景色に藍色が混ざり始めたのをみてとりました。
そして、昼夜構わず徘徊するであろう自分に気づいたおかみさんが、気を回してくれたのだと悟ります。
 
「出て行くのは明日にした方がいいよ。学生街の方も物騒だって聞いてるからね」

「……ありがとうございます」

 ハインの呟くような礼に、「なにいってるんだい」とおかみさんは笑いました。
 
 夜、おかみさんの家の客間のベッドに横たわりながらハインは思います。
 
──僕は一体何を守りたいんだろう。

 夕食の後、ハインはマーゴとエミリに絵本を読み、ジゼルの宿題を見てやりました。
カーヤにせがまれ、旅の話をかいつまんで──当たり障りのない所だけ──話してやったのです。
 
 貴族へのコンプレックス。
 才能への自信と不安。
 《勇者》に対する羨望と憎悪。
 
 その全てが今のハインの中で渦巻いていました。
 イアラが同行者としてラウェスを選んだ時、自身の出自を蔑んだイアラに腹を立て、テイルを得てなおラウェスに敗れた時、自身の才能を疑い。
こうまで自らをしばる、己が《勇者》ではない事実に憤りました。
 寝付かれぬまま夜明けを迎えたハインは、青い光が街を満たしてゆくのを傍らの窓からみていました。
 小鳥がさえずり、太陽が白い壁面を照らします。窓辺の鉢植えに影があらわれました。
 
──朝、か。

 枕元に置いた《魔剣》テイルズ・ウィングを確かめます。
夜気に冷やされた《魔剣》はひんやりとハインの手の熱を奪ってゆきます。
 身支度を調え、発とうとハインは身の回りの品を入れた背負いカバンに手を伸ばした時です。
階下から、朝食を告げるおかみさんの声が響いてきました。
 カバンを手に、ハインは階段を下りて行きました。
 
「もう、発つのかい? 何か急ぎの用でもあるのかい?」

 焼きたての平らなパンを子どもたちの皿に載せながらおかみさんは続けます。
 
「3枚は食べるだろ。そこがハインの席だよ。座っとくれ。スープを持ってくるからね」

 おかみさんは湯気の立つスープ鍋を食卓の真ん中に置きました。
中には、ぶつ切りにした牛の骨と大きく切った野菜がゴロゴロと入っています。
 
「ああ、このスープ、変わらないんですね」

 ハインは以前世話になっていた時によく出されていたスープを目にし、口元をほころばせました。
この鍋の下には、売り物にならないクズ肉が一杯に沈んでいるはずで、その肉がまた美味しかったことをハインは思い出しました。
 
「昨日の夜から仕込んだんだよ。久しぶりに作ったから、味は変わってるかも知れないよ?」

「……久しぶりに? 作らなかったんですか。これを」

「うちの人が死んでから、やめちまったんだよ。牛の骨を切るのも結構力仕事だからね。
でも、アンタの顔をみたら久しぶりに作りたくなったのさ。いつもうちの人が最後まで骨の髄をつついてただろ。
それを分けてアンタにやるのがうちの人は楽しかったみたいだから。……それを思い出してね」

 肉屋の親方はハインが旅立った数日後に、街角で起きた魔法戦の巻き沿いを食って亡くなったとハインは昨晩の夕食の時に聞いていました。
おかみさんはその話から、このスープを思い出したのだろうとハインは思いました。
 
『いつかウチの娘を嫁に貰って、婿に入ってくれよ、ハイン。
オレには息子がいなくて、女どもの屁理屈の前にゃ、立場がないんだ』

 それが酔っぱらった親方の口癖でした。
 
「どんどん食べとくれ。その方がうちの人も喜ぶから」

 おかみさんの顔には悲しみはありませんでした。
いい思い出を残した夫への感謝と、その記憶がおかみさんを強くしているのをハインは見て取ります。
 
「あとね、お願いがあるんだけどね。急ぎじゃないのなら、出発を午後まで延ばしちゃくれないかね。
実は、月に一度の仕入れが今日でね、これから半日家を空けなきゃならないんだよ。
市場にチビを連れてく訳にはいかないし、かといって子どもたちだけ長く家においとくのも心配でね。……なにぶん物騒だからさ」

 ハインはおかみさんが《簡易攻撃符》を持ち歩いていたのを思い出しました。
 急ぐ旅では確かにありません。そして恩人が困っているのを捨て置くのもハインの性格ではありませんでした。
 
「わかりました。ついでに店の掃除もしておきます」

「よかった。本当に助かるよ」

 おかみさんは笑うと、ハインにお代わりはしないかと聞きました。
 
 * * * * * * * * * * *
 
 おかみさんが出掛けて、しばらく経った後のことでした。
 ハインは店の掃除を終え、二階のベランダでマーゴとエミリの面倒を見ているカーヤとジゼルを窓越しに眺めていました。
 ベランダで本を読んでいたのは、天気がよかったからでした。小さな双子の日光浴をさせていたのです。
 しかし、王城の方から落雷を思わせる轟音が響いてきました。そして、間をおかずに地響きが家を揺らします。
 青空は曇り、無数の有翼の人型生物が舞い降りてきました。
 
「早く家の中へ!」

 ハインは窓を飛び越え、4人の少女を抱きかかえると屋内へ転がり込みます。
 ハインはカーテンを閉め、外から中がうかがえないようにすると、この家の一番奥、食糧貯蔵庫となっている納戸へ子どもたちを連れて行きました。
この納戸は裏道に続く中庭に向かっても扉がついており、いざというときには屋外へ出ることもできる場所でした。
 
「窓を閉めて、物音を立てずにいるんだ。いいね? 絶対外を覗いちゃいけない。
少しでもきな臭くなったら、中庭へ逃げるんだ。そしてそのまま、2ブロック先の教会へ行くんだよ。
ジゼルはマーゴを、カーヤはエミリをおんぶするんだよ」

 ハインは子どもたちが怯えないようにゆっくりと優しく言いました。
 
「……うん」

 真剣な眼差しでジゼルは答えました。
 
「泣いちゃダメだよ。どんなに怖くてもね」

 無言で頷くマーゴの頭をハインは撫でました。
 
「一番丈夫な靴を履いておくんだよ。避難する時、道の状態がいいとは限らないからね」

 小さく振るえている子どもの頭はあまりに小さく、掌にすっぽりとおさまるほどでした。
 
──こんなに、小さな、命。

 ハインは唇を噛み締めました。
 
 * * * * * * * * * * *
 
 《千年王都》ウィールウィンドは、突如現れた《星鎚槍》と降り注ぐほどの数の《凄霊》で、地獄絵図となりました。
 逃げまどう人々。はぐれた我が子の名を叫ぶ母親の声に、助けを求めて上がる悲鳴が重なります。
 ハインが様子をみるべく姿を現した王都の路地裏にも《凄霊》は降り立ちました。
 
──テイル。

『はい』

 ハインの呼び声に、《魔剣》テイルズ=ウィングはその実力を現します。
刀身に青い炎をまとわせ、淡く柘榴の香りが漂いました。
 ハインは目前の《凄霊》にテイルズ=ウィングを正眼に構えます。
 そもそもハインは格闘家であり、武器を持っての戦闘はテイルを得てからのことでした。
そのため、どうしても初手は教本どおりとなってしまいます。
 
『この相手でしたら、下段の構えが適当かと考えます』

 テイルの囁きに、ハインは舌打ちをしますが、ふとあることを思いつきます。
 
──お前は、剣の形を取っているだけ、といっていたな。

『はい。そのとおりです』

 素直なテイルの返事にハインはある思いつきを実行してみることにしました。
 
 ハインは瞬時にテイルを鞘に戻し、片手を柄に、もう片方の手で刀身の中程を掴むと、そのまま《凄霊》に突進したのです。
 
『……御主人!』

「……今度人型になった時は、靴を買ってやる。だから、堪えろ」

 彼はテイルを剣としてではなく、棒状武器として扱ったのです。
これは、力点と作用点が離れている『剣』よりも力点と作用点が近い杖術として扱う方が、ハインには馴染みが深かったからでした。
 
『であるなら、わたしも重心バランスを変えます』

 テイルが呟いた瞬間、すっとテイルズ=ウィングが持ちやすくなりました。
片方に寄っていた重心バランスが、左右へ移動したのです。
 
『くつ、かってもらいたいです』

 テイルはハインに聞こえぬようにそっと呟きました。
 
 * * * * * * * * * * *
 
 《凄霊》とハインの力は拮抗していました。
刃という効率のよい破壊を放棄したことで、テイルの性能は半分も出せませんでしたが、扱い慣れぬ剣術を放棄したことで得た技の利がそれを補っていました。
《凄霊》が少しでも隙を見せさえすれば、勝機が見える、と思った刹那、もう一体、《凄霊》が現れます。
 現れた《凄霊》は、今まで戦っていた《凄霊》よりも一回り大きく、魔法を放ってきます。
 
──ここまで、か?

 ハインの脳裏に、おかみさんや4人の子どもたちの顔が浮かびました。
 
──怖い思いをしているだろう。上手く逃げてくれればいいけど。
あの教会なら《聖堂騎士団》が常駐していたはずだから。

 最期の時でも目は開いていようと、ハインは心に決めた、そのときでした。
 
「覚悟を決めるのは早すぎるよ。闘士殿」

 その言葉と同時に色を持った風が裏路地を駆け抜けました。
風に当たった《凄霊》は、まるでセーターがほどけるように崩れ消えてゆきます。
 
「私は《風歌の賢者》フレオール。君は……ハイン・デュッセンドルフ君だね」

「何故、俺の名を……」

「解った理由が解らないのだね。ふむ……君にわかるように話せるだろうか?
 君の存在自体が名を歌っている。わかるかね?」

 鼻を木で括ったような返答に、ハインは眉をしかめました。
 
「存在に刻印された《真名》を操るのがわれら賢者の仕事だからね。
そして我が水晶は地平線の彼方すら映し出すのだよ」

 賢者、の言葉にハインは反応しました。
 
「彼方を写す水晶!? 《四賢者》の一人・《風歌の賢者》フレオール?」

「いかにも。《凄霊》とは違う歪んだ気の流れを感じたのでね、来てみたのだ」

 魔法学院に籍を置いていただけあって、ハインもフレオールの名くらいは知っていました。
 
「そんなお偉い方が何で、《王都》に?」

「わたしだって好きで来たのではない。
……そして、私がかつて住んだ街で不協和音が奏でられるのは、耐えられないだけだ。気にしないでくれたまえ」
 心底不機嫌そうにフレオールは言い切ります。
 
「そして、この裏路地に《凄霊》を呼び寄せたのは、その《魔剣》の歌声だよ。
もし、ここに大事な誰かがいるなら、離れることを推奨するが?」

 フレオールはテイルズ=ウィングに言い得ぬ視線を送りました。
それは、穢れたものを見るような、哀れむようなそんな視線でした。
 
「あの家の中に、小さな子どもが4人います。
みな女の子で、納戸の中に隠れているのですが、このまま置いて行けということでしょうか」

「こども。……やむを得ん。私が配下を配して安全を図ろう。君は私と共に来るがいい」

 こども、と聞いた途端にフレオールの顔は曇りました
。しかし、小さくか弱き者を放置することが倫理に反することぐらい、フレオールは承知していました。
 
「わかりました。お任せします。テイルが《凄霊》を呼び寄せているというなら、ここを離れた方が利口ですね」
 頷いたハインを見たフレオールは、空中に何かを書きました。
 
「これでいい。君の学友の誰かがこどもを保護しに来るはずだ」

 * * * * * * * * * * *
 
 一方、ウィールウィンドから少し離れた高台に位置する《魔法学校》で、少女が不安そうに王都を見据えました。
 「《王城》にすごい槍が突き刺さってるよ。
こんな時に、イアラやハインはどこで、何をしているんだろ……」
 
 脇には授業をサボタージュして買ってきた、購買部限定30個のココアドーナツが二つ、教科書の脇に拡げられた花柄のクロスの上に置かれていました。
 
──ハインはイアラのことになるとすぐに正気を失っちゃうんだからなぁ。

 かたわらのドーナツに手を伸ばしながら、リアムは思います。
 
──そんなにお姫様がいいのかなぁ。

 あたしだって、そんなに捨てたもんじゃないんだけどな、とリアムは思います。
でも、ハインの視界の中は、いつも真ん中にイアラ。自分はその背景に過ぎないことをリアムは知っていました。
 
──そりゃ、イアラはかわいいけどさ。平民が王族に懸想して何になるっていうのよ。

 ドーナツをかじりながら、リアムは思います。
 
──ノートだって、アタシがいつも貸してあげてたじゃん。

 そのノートの写しをイアラが答え合わせに使っていたことも、リアムは知っていました。
 
──むー。報われない恋はきらいだお。

 二つ目のドーナツに手を伸ばしかけた時、背後から叱責が飛んできました。
 
「リアム! なにをしている!! 非常召集はかけたはずだ。
各人《戦闘用制服》着用のうえ、《千年王都》救援に赴くというのが、この私の校長命令。早くしたまえ」

 現れたのは《風歌の賢者》フレオールです。
彼はヴォルドの死により、ガザから魔法学校校長の王命を受け、あわただしく赴任してきた身でした。
 
「ぇえっ? あんなバケモノにあたしたちが!?」

 ちょっと、それはカンベン、とリアムは思います。
魔法学校に入学したのは就職がいいからであって、王国のために命を散らすとか、そんなことをリアムは考えていなかったからです。
 
「王立魔法学校があるのは今日のような日のため。あの光の中では、無辜の民の命が失われているのだ」

 フレオールの小言に、リアムは内心耳を防ぎます。しかし、そこへ別の声が割り込みます。
 
「お前たちのみで行かせることはないぞ」

 凛とした女性の声でした。 
「我らも王族の義務として、現場へ降りる。
一人では非力かもしれんが、もっと非力な民が苦しんでいるのだ。否応を問う暇はない」

 声の主はイアラの異母姉にして《第一王女》ルカ。
その背後にはバルグムントやアーチェリード、シルフィア、パパド、ハインらの姿もありました。

◆月刊GAMEJAPAN 2010年5月号募集/『ファントムサウザント』第42回募集内容(締切5月5日)

 

◆第42回ストーリーテーマ設定画・《鬼を秘めし忍》天賀あかりと《魔剣の精》ゼネジグズ 

お題イラスト:月邸 沙夜

  地獄とは、どういった場所なのだろう、とリアムは思いました。
 ただ確かなのは、火の海となっているウィールウィンドの街は地獄絵図だということ。それが目の前にある現実であることが、リアムには納得できませんでした。

――なんなのよぉ、いったい!

 王都の荒廃は、《魔法王の布告》から始まっていましたが、この《凄霊》襲来はそれに拍車をかけるもでした。
 逃げまどう街の人々をかばいながら、火の粉をよけながら。リアムは走ります。《魔法学院》の生徒として市街地に散ったのは、無力な人々を無事避難させるため。《凄霊》に対抗するためではありませんでした。ですがリアムは、ただ避難することに疑問を感じます。
 これまでの荒廃の原因である《貴族間の魔法戦(ロイヤルバトル)》は、互いのみを標的としてきました。そのため、市民は戦闘の余波に巻き込まれるだけでした。けれど、《凄霊》は、市民めがけて襲いかかってくるのです。

――逃げたって、後から後から降ってくるだけなんじゃない?

 リアムは逃げる足を止め、振り返りました。
 唇からこぼれるのは、《高速言語》。《魔術文法》の時間に、彼女が偶然発見した韻律でした。これを使っての《呪文詠唱》は時間も短く、効果のぶれも大きくありません。そのため、リアムは密かに最強の呪文運用法の一つだと信じていました。
 振り向きざまに放った魔法は、《時間停止》です。それも、最小サイズの空間の時間を止めるというものでした。《時間停止》は高度な魔術でしたが、その効果範囲を最小にすることで、難易度と魔法による自身にかかる負荷を最低限にまで止めた、リアムの得意技でした。

『**************』

 《凄霊》は声にならない声を上げました。風にも勝る速度で襲いかかった《凄霊》は、リアムの放った《時間停止》によって凍り付いた空間を通過できずに、切り裂かれたのです。リアムが時間を止めた空間の形、それは、幅こそ両手を広げるほどもありましたが、その厚みは絹糸一本分ほど。その空間は見えぬ刃となって立ちはだかったのです。
 ぼたり、と音を立てて《凄霊》は倒れました。

――負け続けで、逃げるのなんか、やだもん!

「娘。《時間停止》を面白い使い方をするな。名を聞こう」

 倒れた《凄霊》に一瞥をくれた壮年の貴族は言いました。品の良い衣服と装備に身を包んだ偉丈夫は、その身なりから、かなりの身分であることがうかがえます。

「リアム・リント。《魔法学院》所属です」

「そうか。わたしはイル・ルークス・ロベール。ラーナフェルト王国の防壁たるセイル・ルークス公国公王にして、ガザ王の従兄弟にして、王国公爵でもある。イルと呼ぶが、爵位のまま、『イル公爵』と呼ぶがいい」

 イル公爵が《氷使い》の異名をもつ国内屈指の大魔法使いであることを、貴族にうといリアムでも知っていました。

「《氷使い》のイル導師ですか?」

「魔法使いの間では、その名の方が通りは良かろうな。まあよい。《魔法王の布告》から今日まで好き勝手に振る舞ってきた身だ。好き勝手ついでをさせてもらおう。お前を我が陣に編入する」

「ええええええええええ」

「市民階級であるきみに、拒否権はない。きたまえ」

 有無を言わさぬイルの言葉に、内心リアムは反発しました。けれど、この非常事態においてさえ貴族に──しかも、嫡流の王族に──逆らうことなど、できようはずもありません。

「はいぃぃ」

 こんな経緯でリアムはイルの陣屋に赴くことになりました。
 イルの陣屋は街中にあるイルの私邸の一つに設置されていました。陣屋の中には幾人もの高位魔法使いがせわしく働いていました。

「ここには高度な結界が張ってある。街で保護した市民を収容し、治療をさせている場所だ。きみのその《時間停止》は相性もあって、使いこなす術者も少ない。ピンポイントで術を操れるなら、止血などの医療行為の役に立つ。ここで働いていたまえ」

「あ、あの」

「貴族階級でもない市民の、しかも女性が前線に好んで立つことはない。最前線に立つべきは騎士貴族でなくてはならん。そのために普段は惰眠をむさぼっているのだからな」

 そうイル公爵は言い残すとその場を立ち去ってしまいました。

――貴族のプライドかぁ。やっかいなことになっちゃったのぁ。

 現場監督のフレオールに何の断りもなく来てしまったことに、リアムはこの段になって思い当たります。けれど、今更どうしようもありません。

――しょうがないから、ここで様子を見るかぁ。

 リアムは釈然としないながらも、救護活動の手伝いを始めました。


****************


 街の中心から少し離れた広場に、南国風の天幕がいくつも立ち並ぶ場所がありました。これは南方から来た、サーカス団のテント。都では珍しい動物たちが納められた檻も所狭しと並べられています。
 その天幕の一つで異変が起こっていました。

「なんか、えらく気配が悪くなったんちゃう?」

 王都の治安が悪い、という話をこの言葉の主──ダークエルフのシルフィア──は聞いていましたが、先ほどから、周囲の気配は一気に悪化していました。気配の悪さは、以前《水の魔王》が故郷を荒らしたときと同じか、それよりも悪いほどです。

「シルフィア殿、これはいったい」

 天賀あかりが、顔色の悪くなったシルフィアに声をかけます。
 あかりは一族の命を奪った仇・《武邪鬼》を追い、遠く《葦原群島》から世界の反対側であるこの王都ウィールウィンドまでやってきたのでした。その身に鬼神を封じ、力とする《天賀流》の継承者でもある彼女にも、この王都の気配の悪さは感じ取れます。

「この変な気配のせいで……うちの中の黒い血が騒いでん」

 普段の快活さは消え、シルフィアは脂汗をにじませながら応えました。
 変な気配。それこそ《凄霊》の放つ邪気に他なりません。それがシルフィアをむしばむ《黒化》の呪いを邪気が強めているのです。シルフィアは、身のうちにわき上がる衝動を押さえ込もうと必死でした。
 あかりはキャラバンの荷から、聖水を持ってきました。先日通過した《神聖都市》ファガスタで仕入れた品です。普段は子どもの節句に用いる品でしたが、こういった呪いにも有効であることは立証されていました。

「シルフィア殿。聖水です」

「んなもんより、がつっとくる肉料理か、こってりクリームたっぷりの蜂蜜ワッフルを山ほどのがええ」

「……なに? 肉? わっふる?」

 意外な単語を聞いたあかりは、はたと止まりました。

「そや。っって、なに言っちょるんや、うち。今のヨタは聞かんでええ。ってか、あかりちゃんの中の《鬼の血》は平気なん?」

 自らの気をそらすべく、シルフィアはあかりに話題を振ります。

「私のことはお気遣いなく。《天賀》の修行は内なる鬼と相対し、制御することから始まります。どれほど鬼が暴れたとしても、主導権を奪われることはありませぬ」

「そっかぁ。それはええなぁ。うちはキツくてたまらんわ。ルカ姫さんに薬預けてあるんやけど、肝心の姫さんがいないんじゃ何にもならんわ」

 脂汗のにじむこめかみに手を当て、自身のうかつさを呪ってみても始まりません。

「しゃあないから、ガマンやな。しゃあないしゃあない」

 自身に言い聞かせるようにシルフィアはつぶやきますが、その次の瞬間、かすかではありますが、ふわりと甘いにおいが漂ってきたからたまりません。

「……う、なんやこの甘いにおい」

 あかりは周囲を見回しました。においは、天幕脇から漂ってきます。《凄霊》の放った火炎弾が、ゴミ置き場を燃やし、その中に捨てられていた食べ残しが燃えて、菓子の焼けるようなにおいを放っていたのです。

「ってゴミ箱やん! なんて旨そうなって……いやや! うち、ゴミを食べとうなんてないっ!」

 けれど、そのかすかな甘いにおいは、無敵の誘惑を放ってきます。その誘惑をたとえるなら、砂漠で迷った旅人の前に現れたオアシスです。

「……うう、いやや、いややってん!」

 ふらり、シルフィアは意志とは裏腹に立ち上がり、ゴミ箱の方へ歩き出しました。

――絶世の美少女がゴミ箱あさりなんて、しとうないんや!

 魂の叫びでしたが、体は言うことを聞きません。この《飢餓感》の衝動は、これまで感じたことのある発作の中で最も強いものでした。そして、野良犬のようにゴミ箱に頭をつっこんであさるのは、《黒化》して《星乃森》の姫の位を失い放逐されたときよりも数段屈辱的です。というより、理屈抜きでいやでした。

「わ、ちょっと、待たれよ、シルフィア殿!」

 その様子から状況を察したあかりは、荷に走り寄ります。

「こっちの方が、食べ応えがあります!」

 荷からカゴを引っ張り出し、シルフィアの前に中身をぶちまけました。転がりでたのは、リンゴにオレンジ、それから蜜漬けキンカンの瓶。それから、昼食用に持ち歩いていたハムやベーコンをたっぷり挟んだサンドイッチです。ドライフルーツをたっぷり焼き込んだフルーツケーキもあります。

「ほら、クリームも、骨付きハムもありますからっ!」

 ゆらり、とシルフィアは向きを変えました。その双眸は生気をなくし、ゾンビの様にも見えます。しかし、だからといってシルフィアがゴミ箱をあさるのを座して見ているほど、あかりは不人情ではありません。

「武士の情けです。食べてください!」

 あかりも修行を始めた頃に、鬼に飲まれそうになったことがありました。そのたび、師匠に助けられ、励まされた記憶があります。

――なんの修行もせず、呪いと立ち向かわねばならぬとは。シルフィア殿も気の毒なことだ。

 あかりが引っ張り出した食料を、シルフィアは片っ端から食べ始めました。

「そんなにがっついては、体に悪いです!」

「おお、きに。でも、この発……作が始まってもうたら、収まるまで、止まらへんのや」

 もごもごと口にモノが入った状態でシルフィアはしゃべります。

「でも、あかん。あかりちゃん、逃げた方がええ。文字通り、あかりちゃんをいただいてしまいそうや」

「いただ……なんですって?」

「まだ、いかがわしいコトならいいんやけど」

 ふう、とシルフィアはため息をつきました。

「よくありません!」

 真っ赤になって、あかりは反論しました。

「それは冗談や。あかりちゃんがどんなに《ごちそうボディー》でも、残念やけど、うちはストレートやねん、堪忍な」

「ナニ謝ってるんですか!  それでいいですっ! そもそもこんな時にウケを狙わないでください!」

 青ざめたシルフィアは笑いました。

「口にまだモノが入ってないなら、理性が働くんやけど、そろそろ限界や。うちの食欲は呪いゆえやさかい、一番旨そうに見えるんは《生き物》なんよ……」

 ほどよく日に焼けた肌の下に脈打つ血潮。そのリズムは、今のシルフィアにとって蠱惑的にさえ感じられます。

「ほんっとに、うまそうや……」

「シル、フィア、さん?」

 にじり、とあかりは半歩下がりました。故郷を発ってから、どんな強敵相手にも下がった記憶のないあかりでした。が、シルフィアのにじませる妖気は、これまで対峙した妖物の妖気よりもねっとりと重く、あかりをたじろがせるに充分なものでした。

「ちょっと……あの、ですね」

 普段のシルフィアを知っているからこそ、あかりは戦慄します。

「シルフィア殿、ご免!」

 あかりはシルフィアの首筋に手刀を入れました。かくん、とシルフィアは前のめりに倒れました。

「呪いの衝動に支配されるより、気絶していた方が、良いでしょう。それにしても、この気配。尋常ではありません。調べてきますね」

 気絶したシルフィアにそう声をかけると、あかりは天幕を飛び出しました。

――この気配、もしかしたら。今度こそ!

「みつけました、よ」

「お前は!」

 天幕を飛び出してすぐに互いは互いを見つけました。

「《武邪鬼》! お前は確かに滅びたはずっ!」

 明かりの視線の先に立つのは、光沢ある黒い衣装に身を包んだ少女でした。
 ただ、普通の少女と違うのは、頭の両脇から曲線を描くように生えた角、カラスを思わせる濡れ羽色の翼、は虫類を連想させる長い尾。

「わたしは、モノですから、たとえ滅されたとしても、創造主にして偉大なるご主人様のご都合でいくらでも蘇ることができるんですよ。あとですね、わたしは《ゼネジグズ》っていうご主人様からいただいた名前がありますので、そちらを呼んでくださいね」

 無邪気にゼネジグズは笑いました。

「よくものうのうと私の前に姿を現せたもの。《武邪鬼》!」

「だから、ゼネジグズと言っていますのに。聞き分けのない方は困りますね。頭の栄養が胸元に行っちゃったのかしら……。それとも、そもそも頭が飾りとか。わたしみたいに」

 ゼネジグズは小首をかしげると、ゼネジグズは続けます。

「まぁいいです。どちらにしても、《天賀》の《鬼の血》をその身に湛えていることには変わらないのですよね? だとしたら、まったく問題なしです。わたしの仕事は、その血潮を4リットルほど、もらい受けることだけですもん」

 あまりなゼネジグズの言い様に、あかりは頬を紅潮させます。

「それこそ、私にとってゼネジグズだろうが《武邪鬼》であろうがどうでもいいこと。お前が、《天賀》の一族に仇なす者だという事実だけで充分よ!」

「交渉決裂は困るんです。わたし下っ端なので……決裂した場合どうするべきかなんて、ご主人様にお聞きするわけにはいかないんです」

 全く緊迫感のないゼネジグズと、体温を上げて目前の妖物を狩る意志を固めるあかり。
 二者の前に温度差の違いこそありましたが、互いが相容れぬ要求を抱いていることだけは同じでした。

「……4リットルいうたら、全血液やん。そ、んなん一滴でもあげたらあかんで……」

 気絶状態から醒め、天幕から這い出してきたシルフィアはあかりに向かって言いました。

「そも、そんな奴の言うこと気にしたらあかん。気にしてること行って揺さぶりかけるなんて、最低やん」

「気にしてなんていません!」

「私はホントのこと言っただけですよ」

「うるさぁいぃ!」

 あかりは、まれにもみられぬほど緊迫感の欠けるこの場で叫びました。

「何があろうと、私がお前を滅ぼす、ってことは変わらないわ!」

 あかりは、その身に宿す《鬼の血》を解放します。

「この《血》は渡さない。そして、今度こそ逃がさないわ! 《王牙猛怒》!!」

 《勇者》の《折れぬ血潮》にも似た強力な奥義。それは自然と闘い、時に和してきた《葦原群島》に住まう者が育んできた技でした。

――私の中の《鬼》よ。大自然の《気》よ。お前を蔑ろにせし《外道》を、その荒れ狂う力において切り伏せ、従えよ!

「……うわぁん、っちょちょっと!!」

 ゼネジグズが型にない悲鳴を上げました。

「心の準備、ってものがあるのに」

 あかりの攻撃を足を滑らせることでかわしたゼネジグズはふくれます。

「わたしの《縮地》をかわすとは。あなどれん!」

 身の丈ほどもある巨大な手裏剣を、瞬時にあかりは構え直します。そして、つぎの瞬間ゼネジグズがしりもちをついていた地面を深くえぐりました。

「なっ! 今のを避けた!? 次は外さないわ」

「血液は分割払いでも良いんですけど〜」

 逃げながら、ゼネジグズは言います。

「4リットルが全身分の血液だとすると、貴女に変なケガをさせて、出血させるわけにはいかないんですから〜」

「ええい、勝手なことをいうなっ!」

 あかりは突き刺さった手裏剣を、腕全体の反動を使って引き戻すと構え直します。

「滅ぼすことができないなら、封印してやるわ! 今度こそ、今度こそはずさない。これで終わりよ!!」

 長い旅路。苦難の連続だった日々。それをこの瞬間に終わらせてやるのだと、あかりは思います。

――父上、母上。

 一撃必殺の攻撃をあかりは放ちます。見開いた《武邪鬼》の表情を、確信を持ってあかりは凝視しました。
 きぃぃぃぃぃん。
 悲しいほど澄んだ音が響きました。ゼネジグズへ襲いかかる手裏剣の軌道に、一本の片刃の魔剣が割り込んだのです。

「あ、テイルさま」

 ゼネジグズは自らに襲いかかる手裏剣を一か八かで吸収すべく、自身のタガを外しかけていました。

「きゃん。こんなはしたない格好を、テイル様にお見せする訳にはいかないです〜」

 タガをかけ直したゼネジグズに一瞥もくれず、テイルズ=ウィングは人間化もせずに言葉を発しました。

「お二方。私に免じて矛を収めてはくださいませんか?」

 幼くも気高い声は、その場に居合わせた者を制止させる力がありました。

「ハインたん、なんやそのけったいな格好……眼は」

 シルフィアも変わり果てたハインの容貌に言葉を失います。

「魔化、したんか? うちみたいに呪いかいな。気の毒に」

 シルフィアは、暗い眼をしてはいながらも人間の範疇にいた彼が、完全に『こちら側』へ来てしまったのを目の当たりにして、かけるべき言葉が見つけられませんでした。

「俺が望んで得たものだ。気にするな」

「それより、どういうことだ。《武邪鬼》を狩るなとは」

 あかりは納得できないという視線を、割り込んだハインに向けます。

「俺は知らん。この剣が俺に断りなく飛び出していっただけだ」

 理由にもならない理由に、あかりは絶句します。こんな不可解な理由で、仇討ちのじゃまをされてはたまりませんでした。そこへもう一人、声が加わります。

「いろいろな事情が錯綜しているのだ。ゼネジグズの存在も、この世界を維持するには必要なのだよ」

「世界に必要? 我が一族に仇をなしていても?」

「経緯はいろいろあろうが、今はそれを胸に納めてはくれないだろうか。時が過ぎ、すべてが終わったとき、その因縁を晴らして欲しい」

 声の主は《風歌の賢者》フレオールその人でした。
 フレオールは、各地にある《魔剣》と称される品のうち、明らかに『目的』をもって振る舞う品があることに気づき、その文献を研究してきました。
 そして、研究するうち、そんな魔剣の一本にゼネジグズがあり、その創造は創造主《赫龍》ヴィルガルフが、まだ《正しき龍》であったころであることを探り出したのです。

「恩讐があるのは解る。でも、その恩讐は世界のために堪えてはくれないだろうか」

 傍らに立つ長身の女性は、艶やかな金髪をばっさりと切り、美しい顔には紅一つさしていませんでした。

「わたしはこの国の第一王女ルカ。この国の民に代わって、頼む」

「そんなことを言われても……」

 荒れ果てた天賀の里をあかりは思い出します。天賀の里は、日々を修行に費やしながら、代々《神亀》と呼ばれる聖なる宝剣を守ってきました。そして、その宝剣ゆえにゼネジグズは天賀の里を襲い、宝剣を守るために一族は命を散らしたのです。

「わたしは、個人の望みや一族の願いよりも、世界を優先するべきだと思う。個人の想いも、所属組織のメンツも、存在すべき世界がなくなっては存在し得ないから。王族でもない、《勇者》でもない貴女には酷な話かもしれない。けれど、これは呑んで欲しい話なのだ」

 青く澄んだ蒼穹のごときルカの瞳は、まっすぐにあかりの大地色の瞳を見ました。

「世界を優先するという殿下が、なぜ、世を混乱を起こし、時には血を呼ぶ《魔剣》をお庇いになられるのですか」

「それは、必要悪だからだ。ゼネジグズは確かに《魔剣》だ。モノゆえに善悪の判断もない。それゆえに、与えられた使命を果たすための手段を選べぬ。けれど、創造された目的は正しい。正邪でいうなら《正》なのだ」

「では、その正しい目的のために作られた《魔剣》。それに蹂躙されたわが里は、悪だというのですか?」

 《武邪鬼》によってもたらされた破壊。それは天賀が間違っていたからなのか? もし、そうだというなら、どんな理由があっても、この王女の下にはつけないとあかりは思います。

「そういうわけではない。天賀が正しいとか、間違っているとかそういう問題ではないのだ。ゼネジグズという世界の道筋に、天賀の里が行き当たっただけのこと。不幸な巡り合わせだったとしか言いようがない」

「でも、《武邪鬼》は、わたしの《鬼の血》を欲し、一族を虐殺したのです! 『不幸な巡り合わせ』で片づけられません」

 あかりは唇をかみました。

「では、こうしてはどうか。ことが終わるまで、休戦協定を結んで欲しい。世界の安寧が取り戻せたのなら、それ以上のことは言わない」

 ルカはあかりの中にある、一族への想いを感じ取りました。
 ルカはまだ、本当に大切な存在の死に立ち会ったことはありません。
 もしかしたら、王城にいる母も父もこの世界の住人ではなくなっているかもしれませんが、この眼で確かめたわけではありません。その「認識していないこと」が今のルカを支えていました。

「すまぬな。貴女の悲しみを、わたしは本当の意味で理解はしていないだろう」

 言いながら、ルカは思います。それでも《勇者》としての力はなくとも、より《勇者》らしく振る舞わなくてはならない、と。
 それは、母の涙に誓ったあの日から、ルカの信念となっていました。悲しみは時として、身を保つための鎧になるとルカは思います。そして、その鎧をまとう異邦人の女性に、あえて鎧を脱げということの残酷さもルカは解っているつもりでした。だからこそ、ルカはあかりに詫びる気持ちでいっぱいだったのです。

「……わかりました、王女殿下。一時は矛を収めます。平和な日常が戻るまで、その日までは恩讐は忘れます」

 あかりは憤怒を抑えつつ、ルカの言葉に従います。あかりは、大国の王女が遠国から来た身分のない者に与える言葉として「詫び」はあまりにも重いと思ったのです。
 そしてこの王女が、自身に『命令』ではなく『要請』していることに気づいたとき、あかりの中にある王女に対する反発は消えたのでした。
 その様子を見ていたフレオールは、ハインの手の中の《魔剣》テイルズ=ウィングに話しかけました。

「テイルズ=ウィング、そうなのだね。ゼネジグズは、《切り札の魔剣》。最弱にして最強の剣と」

「そうです。私が知る限り、創造主は正しき目的のためにゼネジグズを作ったのです。ただ、今は糸の切れた凧のようになっていますが、持つ手があれば、正しく働きます」

 テイルズ=ウィングと呼ばれた片刃剣は人間の形をとりました。白と藍が際だつ幼い少女。髪に挿したザクロの赤がいっそう引き立っていました。

「そして、ゼネジグズはあかりさん、貴女がふるってください。ゼネジグズ……《カタナ》にはなれますね?」

「えーーーーーー! ……そりゃなれますし、私なんかよりずっと高位の、雲の上のお方のおっしゃることでしたら、従いますけど、《鬼の血》はどうするんですか? ご主人様のお達しなんですよ」

「それは、大丈夫です。私が保証しますから。《鬼の血》の下に働きなさい。……あかりさん、ご不快かもしれません。それは重々承知しています。けれど、この世界のために、この場は仇讐を忘れていただけませんか」

 裸足の足に赤い靴。小さな少女の白い肌に不似合いなそれは、なぜかあかりの目に不自然に見えました。

「これですか。これは、ご主人にもらったんです。……宝物です」

 照れたように笑う少女に、あかりは敵意を向け続けることができませんでした。これも《魔剣》。魔に堕ちた器物です。あかりの一族は妖物を狩るのが宿命。けれど、このテイルズ=ウィングに刃を向ける気にはなれません。

「宝物?」

 言葉なくテイルズ=ウィングはほほえみました。

「そ。ハインが買ってあげたんだよね! あたし知ってる」

 ひょっこり現れたのはイル公爵に連れて行かれていたリアムでした。

「ちょうどよかったよ! 公爵にお使い頼まれて、天幕まで来たの! そしたら、みんながいて!」

 息を切らして、リアムは言いました。強引にイル公爵の私兵に組み込まれてから、すぐに外出の機会をうかがい、フレオールに状況を報告しようとしていたのです。

「ほんと、ツイてた! 公爵に強引に連れてかれちゃったから、どうしようかと思ったお」

「イル公爵?」

 不審げにフレオールはリアムを見ました。

「細かいことは後で報告しますっ! とりあえず、わたし、イル公爵のとこの人間にされちゃったってコトだけは報告しとかないとって。で、あ、もしかして、この《八島人》のひと、先生が言ってた人ですね! 見つかって良かったですね〜!」

 自身に後ろめたいことなど何もないけれど、フレオールの不機嫌そうな表情を読み取って、さっさと話題を切り替えるリアム。フレオールも個人の思惑はおいておき、まず大切なことだけを、あかりに伝えることにしました。

「貴女の《鬼》を制御する力を必要としている者がいる。大切な者を守るため、その優しき心根ゆえに誤って外道に堕ち、《黒き力》に染まった《勇者》がいるのだよ」

 あかりにとっての、復讐ではない《本当の戦い》が、こうして始まったのです。 

◆月刊GAMEJAPAN 2010年6月号募集/『ファントムサウザント』第43回募集内容(締切6月5日)

 

◆第43回ストーリーテーマ設定画・《右府将軍》イル公爵と《魔法の密偵》メリッサ

お題イラスト:月邸 沙夜

◆ファントムサウザント43話
 ラーナフェルト王国の王城に突き刺さった《星鎚槍》。そして、槍の形をした塔から降り注ぐ《凄霊》の軍勢たち。
 先王の末弟にして《魔法王》ガザの従兄弟であり、ラーナフェルト王国の右府将軍であるイル公爵は、悪夢のようなその光景を苦々しく見つめていました。
 見るも無惨に倒壊した王城。その中には王国の至宝とも言うべき賢者らや、未来を担う百官が働いていました。そのほとんどがイルの顔見知りだったのです。
 不条理極まりない運命の襲来に、イルは言葉も発せずに拳を握りしめました。自分が生きていたのは、かつて《北天皇帝》の妃を務めた絶世の美女コレットに、たまたま会いにいったからでしたから。
 王城を臨む窓辺に、1羽の白い鳩が降り立ちました。
「侯爵様、大変なことが起こっていますですっ!」
 鳩は人の言葉を叫びます。
「これ以上大変なことなど、この世にあるとも思えないがな。何だメリッサ」
 メリッサは、王女イアラに仕えていたメイドでした。イアラが旅立ったあと、セイレルの客分であるコレットに仕えていましたが、その実はイルの密偵の一人だったのです。

 メリッサは故郷の《星の森》を出奔した過去を持ちます。そして各地を放浪した果てに、イルに拾われたのでした。
 場所は、街道沿いの宿場町。
 自身に封じられた領地《セイルルークス》領までの帰路、単独行をしていた若きイル公爵は、下卑た思惑を持つ男たちに絡まれているメリッサを見つけたのです。
「春が欲しくば、《花宿》へゆけ。私の目前で、そのような狼藉は許さぬ」
 男たちは一瞬、数を頼んでイルに対抗しようと考えました。が、イルの身に帯びた飾りではない大剣とただ者ならぬ雰囲気にひるみ、引き下がります。
「恥ずべき矜持も持たぬ輩よ」
 立ち去る男たちを見送りもせず、イルは言いました。
「……お前は、ハーフエルフなのか。気の毒なことだな」
 これが、イルが初めてメリッサにかけた言葉です。
 この場には他に人がいました。にも関わらず、メリッサを助けに入ったのがイルだけという事実。それはメリッサがハーフエルフというエルフの社会からも人間のコミュニティーからも中途半端な存在だったから、ということを示していました。
「お前の両親にどのような経緯があったかは知らぬが、境界を越えての結びつきは、その先の命に影を落とす。人間にもエルフにも拠りきれぬことは不幸なことよ」
 イルの瞳には静かな悲しみがありました。
「とはいえ、お前に咎がある訳でもあるまいに、な」
 その言葉には悲しみが含まれていました。それは、イル自身が「越えてはならぬ境界」を越えて生を受けた者だったからかも知れません。
 イルの父は彼を得るまでラーナフェルト王国の国王でした。しかし、イルの母を妻と迎えるために、王位を自身の長子ルギウスに譲り、自身は領地のない公爵位に降りたのです。
 イル自身は、聡明で勇敢な人物という評価を得ていましたが、幼少時は母の低すぎる出自のために他の王子とは一段以上劣る扱いを受けていました。そして《セイル=ルークス》という、王国を護る五公国で最も未開の地域に封じられたことこそ、王族として《中央》にとどまることを許されなかったことの証でもありました。
「居所を定められぬなら、我が元に来るといい。俺も、お前と同じような心境の者だから」
 若き日のイルはそう言って、メリッサに笑いかけたのです。
 それから10年以上の月日が流れました。その間に王位は異母兄ルギウスから従兄弟のガザに移りました。
 兄王には子が3人ほどいましたが、長子と次子は女子で、しかも嫁いで家を支える方が向いているような性格でした。末子は男児でしたが、年若く王権を振るうには、まだ歳月が必要だったのです。
 本来であれば、先王の次男であるイルに王位が回ってくるはずだったのです。ですが、これをイルは辞退します。周囲もそれを当然のこととして受け止めました。――王都裏路地の《占い女の息子》に王位は負えぬ、というのが周囲の判断だったのです。
 生母が占い師だったからでしょうか。イルは幼い時から魔法の才能を発揮します。特に水や冷気を扱う魔法は右に出る者がないほどで、いつしか人々は《西の氷使い》の二つ名をイルに捧げたのです。
 《西の氷使い》の異名と《セイル=ルークス》公の地位にイルが馴れた頃、イルは信じられぬ噂を耳にします。国王――《魔法王》ガザが、《禁呪》をもてあそんでいるというのです。
 それは、『生命』の《禁呪》。魂の樹形図を遡り、《太古の女神(イヴァリース)》を地上に呼び戻す儀式を《蒼碧の巫女》ユーネリア他の賢者と行っているというものでした。
 イルは大変不快に感じました。生命は川と同じく高きから低きへ流れるもの。世界の危機とはいえ、時を遡り、命の理に背く行いをどうしても潔しとは思えなかったのです。
 この計画は、極めて隠密理のうちに進められたため、《王都》を遠く離れたイルに充分な情報が入ってきません。
 しかし、この企みと同じ時期に生を受けながら、市井に隠された王女イアラ・エリューシスこそ、この企みの核、《太古の女神》であるとイルは判断します。
 そこでイルは、メリッサの《魔》に対する抵抗力とその人柄から、その側仕えとして《深緑の賢者》ヴォルドの元へ送り込んだのでした。

 イアラを見送った後、報告のためにメリッサはイルを尋ねました。表向きは、イアラたち二人の王女が旅立ったことを、血縁である王族に挨拶すること。これであれば、メリッサとイルの関係をいぶかしまれるおそれはありません。
「イアラ様も旅立たれました。エリューシス様も、行方が知れません。でも、お二方は人の道に背くことはなさらないと信じています」
 10年以上もイアラとエリューシスに接してきたメリッサは、確信を持ってそのことを告げました。
「わかった。であるなら、追討は必要なかろう。10余年の活動、大儀だったな」
 メリッサはねぎらいの言葉に一礼で応えました。
 そして、イアラとエリューシスが《王都》を離れたこの時、メリッサの密偵としての役目は終わるかに見えました。しかし、時は移り変わり、ラーナフェルト王国は新たな火種を抱えることになったのです。それは、元・《北帝》妃であるコレットです。
 メリッサは彼女が使えたイアラ・エリューシスの友人に、コレットの息子である《勇者》ラウェスがいたことから、コレットとの面識が少なからずありました。
「次の潜入先だが……《勇者》セイレル=イースラッドの屋敷へ行ってもらいたい」
「……セイレル様、ですか?」
 ぱちくり、とメリッサは瞬きました。
「正確には、その屋敷にいるコレットという女性について調べてもらいたい」
「ラウェス様のお母様ですね?」
 メリッサは、エリューシスのお使いで何度かラウェスに品物を届けたことがありました。その折りにコレットと話す機会があったことを思い出します。
「面識があり、かつ、自然に接触できる最もいい位置にいるのは、お前なのだ」
 メリッサはしばらく考えます。コレットはすばらしい美人で、言い寄る男性の数は知れません。長年独り身を通した主が、異性の査定に乗り出したのだとするなら、おめでたいことなのではないか、と早合点します。
「……違う。色恋ではない。その女性は、別の筋からの情報だが、前《北帝》妃ではないかという疑いがあるのだ」
 メリッサの誤解をいち早く察したイルは、間をおかず誤解をただします。
「前《北帝》妃……それはずいぶんとすごい経歴ですね」
「表面上は穏やかな対《北帝》情勢だが、水面下では様々な動きがある。何の手も打たずにいるわけにはいかぬ。また、後見人のセイレルは勘が効く。お前くらいのんびりとした密偵ならば、怪しまれもすまい」
 のんびりした密偵という、まずあり得ない表現でメリッサを評したイルは続けました。
「私もセイレル殿の屋敷には所用で行くこともあるのだが、コレットという女性とは面識がない。だから、人選が正しいかの確証がないのだが、そう危険もなかろう。働きはじめのつてとしては、《勇者》ラウェス殿に書簡を送るといいだろう。ラウェス殿の性格は知っているが、知人の窮地を無視するような気性ではないからな」
 メリッサは、イルの指示に従って、遠く《橋上都市》に赴任しているラウェスに自らを《王都》に残るコレットのメイドとして雇ってもらえないかという手紙を書きました。
 文面には、他に、自らは王女たちが旅立ってメリッサのメイドとしての仕事は消滅し、王女付きメイドとしての給与が得られなくなってしまったことや、イアラやエリューシスの帰りを《王都》で待っていたいことを書き綴りました。
 手紙の返事は、程なくして返ってきました。内容は、メリッサの窮状をいたわる言葉と、ラウェスが経費を負担するという形でメリッサをコレット付きメイドとして雇う、というものでした。
 こうしてメリッサは双子の王女のメイドから、コレットのメイドとなったのです。

 イル公爵は軽装のまま私邸を出ました。軽装、とはいっても帯剣をし、幾重にも魔法の守りが織り込まれた薄手の鎧を身につけていましたが、この有事に彼の立場や身分を考えれば、軽装がすぎる、といっても過言ではありません。
 イルの移動中にもメリッサの報告は続きます。
「そんなことおっしゃったって、大変なモノは大変なんですぅ! コレット様が訪れた国王陛下を分解し……人をっ!」
「陛下を、……分解?」
 肝の据わったといわれるイルでも、さすがに我が耳を疑いました。
「今、他に誰がいる? セイレルは在宅のはず」
 イルは役職柄、《王国》内の《勇者》がどこに派遣されているかをすべて知っていました。そして、セイレルは現在《王都》にいることを把握していたのです。
「セイレル様は……コレット様に《異界》に落とされました」
 さすがのイルも、この言葉には言葉を失いました。
 セイレルは正統な《勇者》ではないにしろ、《勇者》であることには変わりはありません。また、イルはセイレルのしかし、そのセイレルさえ、退かされてしまうことは想定を遙かに超えていたのです。
 しかし、この重要機密事項を聞き逃さない者がいたのです。
「こんなところで奇遇ですね。そして私の耳が聞き違うことはあり得ない。そうですね、公爵殿下」
 絶対音感を持つ《風歌の賢者》フレオールが、主君・ルカと共に半壊した市街地の角から現れます。
 イルは問答も面倒と、意図を態度で示しました。目的地名を術に込め《瞬間移動》を用いたのです。
 その場に残されたフレオール一行――フレオール、バルグムント、アーチェリード、ルカ、ハイン、テイル、リアム、天賀あかり、ゼネジグズらは、《凄霊》の一団と戦いつつ――は、足で目的地へ向かいました。瞬間転移を行わなかったのは、大人数での瞬間転移魔法は、この状況の定まらない《王都》では危険と判断したからです。

 目的地とは、《邪剣勇者》セイレル=イースラッドの屋敷でした。
 迎えに出たメリッサに一瞥もくれず、イルはコレットの私室へ向かいます。
「イル殿下。……なにか、ご用でも?」
 部屋に入ってきたイルを、なんの感動もないまなざしでコレットは迎えます。
「国王陛下の行方をご存じありませんか? コレット殿」
 極めて冷静に、イルはコレットに問いかけました。
――このような事態にあっても、なんと美しい婦人なのだろう。
 状況は逼迫していましたが、コレットの美しさへの感動は、別のところにありました。
 その感動の半分は、コレットの母にして《蝕妃》イヴァリースの強力な魔法によるものだったとしても、残りの半分は、コレット自身の魅力に違いありません。
 イルの内なる感動を知るよしもないコレットは、イルを自室に招き入れるでも拒むでもなく、ただ、イルをしばらく見ていました。そして、やや間をおいて一言しゃべりました。
「存じ上げておりますわ」
「陛下は何処に?」
 またしばしの沈黙が流れます。そして、コレットは口を開きました。
「王は、もう、どこにもいらっしゃいません。《世界》を救うため、崩御されましたから」
 崩御、という言葉がむなしく響きます。
「貴女が、手を下したという情報が入っています」
 イルは、事実を告げました。事と次第によっては、この女性を大逆人として捕らえなくてはならない。その現実は、彼にとって苦く重いものです。

 思えば、コレットとの出会いは不思議なものでした。
 それはイルがコレットの元へメリッサを行かせてから数日後のことでした。
 イルは、《王都》の外れにある《王立墓地》でたたずむ女性と出会ったのです。
 この日、イルは《王立墓地》へ亡き母の墓参りにやってきていました。王であった父は王家の墓所に葬られていましたが、庶民の出である母ゲルダは、この場所に葬られたのです。
 治安が悪化の一途をたどる《王都》で、最も静謐を保っている場所ではないかとイルは思います。そして、欲得で己の技を振るう者たちの浅ましさに辟易していたイルにとって、この場所は安らぎの場所でもありました。
 母が父と出会うまでは、辻占い師をしていたということをイルは知っていました。
 それも、人生相談などを請け負う《街角の相談役》のような立場のものだった、と、母本人から聞いていたのです。イルは、人の話を聞くのが上手な母ならありそうな話だとも思います。
 母を父が召したのはこの「聞き上手」ゆえだったのではないかと、イルは時折、考えました。父は悩み多き人であったし、母はそれを柔らかに受け止め、包む暖かさをもった女性でした。イルの母のイメージは、どんな時にも動じず、穏やかにほほえんでいる姿しかありません。それが、たとえ、自身を罵る者の言葉であったとしても、穏やかに聞いていたのです。
「父さんはね、母さんに申し訳なく思っているのだよ」
 王位を母のために捨てた、と世間で語られる父が、ぽつりと言ったのをイルは覚えています。
「母さんは、父さんを救うために汚名を負った。それは、どんなことがあっても揺るがない真実なのだ。覚えておくのだよ、息子よ」
 成人し、役職を負うようになって、初めてイルは父の言葉の真意を理解しました。
 父であるカイナムは、王権を負うには優しすぎたことを。
 兵を死地とわかって送り出す、その業に耐えられなかったのだという事実に気づいたのは、右府将軍の地位を目前に控えた頃の話です。
 父が王位を支えていた頃は、《北帝》や《南陽》との戦が頻繁に起こった時期でした。特に《北帝》との衝突は多く、死傷者数は膨大な数に上ります。
 そして、父は母と結婚する、という名目を得て王位から降りました。――王位から解放されたのです。
 この解放は、一見無責任に見えるかも知れません。しかし、当時の絵に描いたような文官肌の父の年齢は36歳で、12歳も年上だった王妃はすでに他界していました。
 王位を嗣いだ異母兄は20歳。年若い国王でしたが、国際情勢や軍事知識にも明るいことは王子時代から高い評価を得ていました。そして何より戦を抱える王国の状況にも精通していたのです。
 父の不名誉と母の汚名。その二つが、イルを他の王子よりも王子らしく育てたのかも知れません。
 王位こそ望めぬ立場でしたが、父の王位への葛藤を見て育ったイルは、王位が欲しいとほんの少しも思えませんでした。
 それよりも、安定した王権と王位、平和な王国が何よりも尊いと彼は思うようになったのです。
 彼が欲したのは《王佐の才》。安定した治世を支える力でした。
 だからこそ、彼は今日まで独り身を通してきたのです。王族の血と庶民の血が流れる自身のような者が数多く存在することは、王国の繁栄にふさわしくない、そう思って。
 イルはこの日、母の好きだった白い花を携えて、母の眠る《王立墓地》の一角へ足を向けました。
 この一角へ入る手前で、出会いは起こりました。
 そこは、《集合墓所》の前です。《集合墓所》は、《王都》で亡くなった、身寄りのない――時として名も知れぬ――者たちを葬る場所でした。
 この墓所の前に女性は立っていました。
「いかがしましたか、ご婦人」
 普段であれば、花を手向ける者どころか、足を止める者とていない《集合墓所》です。そこにたたずんでいる女性というのは、イルでなくとも人としての親切心がある者であれば、声を掛けるのは自然なことでした。
「……花が、ございませんの」
 声を掛けられ振り向いた女性の双眸には涙が湛えられていました。その顔は、イルが今まで出会ったどの女性よりも美しく、はかなく見えました。
「花、ですか?」
 女性は寂しそうに微笑みました。
「ここは、たくさんの方が眠っている場所なのに、お花が一本もないんですわ。他のお墓には花が絶えないというのに……。それが寂しくて」
 おかしいですか、と女性は問います。それにイルは首を横に振ることで応えました。
 そして、自身の持つ花束から、花を1輪抜き取りました。
「手向けにきた花ですが、まだ手元にありますから、1輪おわけしましょう」
 咲き初めの白い花。八重に花びらを持つそれは、3分がた開きはじめていました。
「そして、これは私からこの《墓所》に」
 もう1輪を抜き取ると、イルは献花台に花を置きました。
「貴女のような方を前に、花が恥じらいそうですがね」
 心からイルはそう思い、伝えました。
「ご用はお済みですか。供の者は?」
 周囲に誰もいないことを見て、イルは尋ねます。
 以前の平和な頃ならばともかく、このような美女が一人で行動するというのは危険ではないかとイルは思ったのです。
「いませんわ。今日は、こちらの司祭様にご寄付をお持ちしました帰りなのです」
「でしたら、私がご自宅までお送りしましょう。……私の目的が終わるまでお待ちくだされば、の話ですが」
 イルは仕草で花束を示します。
「お墓参りですね?」
「ええ。母の月命日なのです」
「ご一緒しても問題のなら、いいのですけど」
 美しい指先で、女性は目元の涙をぬぐいました。
「構いません。母は、本質を大事にしてきた人ですからね」
 父以外の誰かと母の墓参りに来ることはあろうとは、とイルは思います。そして、脳裏をよぎるあり得ぬ未来に首を振るのです。
「どうかいたしまして?」
「いえ、つまらぬ事ゆえ、お気にせず」
 穏やかな墓参りを終えて、イルはこの女性をその自宅へと送り届けました。その道中、イルと女性は和やかに談笑し……互いに心地よい印象を残します。しかし、その好印象に影が差しました。――女性の自宅がイースラッド家の屋敷だったことによって。
「ここが、貴女の自宅? 《勇者》セイレル=イースラッド公、縁の方だったとは」
 イルの思考は高速で回転します。セイレルは、未妻帯。姉妹もありません。
「申し遅れましたが、私、コレット=モナークと申します。こちらに母の縁でお世話になっておりますの」
 モナークはコレットが《北帝》皇帝に嫁ぐ前の家の名前です。モナーク家には母イヴァリースの連れ子として入ったのですが、コレットが《北帝》皇帝アルザスの後宮に召し上げられた時に、正式にモナークを名乗ることを許されたのです。後宮に入り一時はレヴァーグ姓に身を置きましたが、王家を放逐された今、コレットが名乗るべき名はモナークにしかありませんでした。
「……コレット殿、か。私は……アイン。他にも名はあるが、この名を名乗るのが今はふさわしいでしょう」
 アインは、イルの幼名です。意味は同じなのですが、母の生まれた国でイルを呼ぶと、アインになるのでした。
「では、アイン様。ごきげんよう」
 コレットと別れて、イルはふと、なぜ自身が公式名を名乗らなかったのかと思いました。それは、名乗ることで身分が知れるのを避けたとも考えられますが、それよりももっと強い欲求があるように、イル自身に感じられました。
――無駄なことを。いつかは露見するものを。
 自嘲などする性質を持ち合わせぬイルでしたが、今回ばかりは自嘲せずにはいられません。
――彼女が、《勇者》セイレルの内縁の妻か。……いや、先の《北帝》妃とはあまりにも……。
 あまりにも、の言葉の先に何を続けるか。当のイルにもわかりませんでした。
 そして、その後のセイレルとのやりとりでコレットがセイレルの妻ではないことは確信に至りましたが、それと同時に、コレットが《北帝》妃であった経歴を隠そうとするセイレルの振る舞いに、不信感を募らせる結果になりました。
 そして、それが今回のような事件を引き起こしたのだと、イルは考えます。

「その表現は正しくありませんわ。私は、手をお貸ししただけですもの」
「手を、貸す、と?」
 平然としているコレットに向かって、イルは問います。
 この火急の事態において国王が自身の消滅を望んだというのかと、イルはいぶかしみました。
「世界に降る《凄霊》。それを討つ《新たな切り札》を欲されたのです。王を素体に、私の中に流れる父たる《凄霊》と母なる《蝕妃》の血を混ぜ、新たなる救世主を作ってさしあげました」
 まじまじとイルはコレットを見ました。
「人の方法で子をなすのは時間がかかりすぎます。そして、それが成人するのはさらに時間がかかるでしょう。でも、私も無から有は作れませんもの」
 途方に暮れた子供のような表情をコレットは初めて浮かべました。よかれと思って行った行動が、周囲に迷惑を掛けてしまったことを知った子供のような顔。
「……だって、それしか思いつかなかったんですもの」
 しかし、コレットの言葉の中には、他にも聞き捨てならない言葉がたくさんありました。《凄霊》に《蝕妃》。伝説の中の言葉を目の前の麗しき女性は、日常のものとして語るのです
「貴女は、両親が人ではないというのか」
「そうですわ。私は母イヴァリースが気まぐれで生んだ存在ですの。《蝕妃》の任を疎み、《凄霊》との融和を試みるために《凄霊王》を一時の夫としたのです」
 《蝕妃》が《太古の女神》であるイヴァリースのことだということを、イルは知識として知っていました。
「そして、私を《北帝》皇帝に嫁がせ、人との融和の実験をなさったんです。そうして生まれたのが、ラウェス。北部の《橋上都市》に出向いている殿下の部下ですの」
 明かされる真実の羅列に、イルは目眩を覚えます。
「その事実を、セイレル殿は知っているのかね」
「兄様には先ほど、話しましたわ。永の別れの直前に」
 コレットは、セイレルを兄様と呼びました。コレット自身、悲しみと喪失感にさいなまれ、今まで隠し仰せてきたことをすべて告白せずにはいられなかったのです。
「兄様、と? セイレル殿に姉妹はいなかったはずだが」
「母が兄様の乳母を務めていたんです。だから、私とセイレル=イースラッドは乳兄妹になりますの。兄様は、この呼び方が嫌いみたいですけど」
――それは、至極当然だろう。愛する女性から兄扱いされることほど苦痛なことはあるまいに。
 ここへきてイルは屈折しきったセイレルの心情の一端を理解します。
――この女性もなんと、むごいことを。
 とはいえ、イルも情緒の話をしに来たわけではないことを、重々わきまえていましたから、話を本題に戻すことにしました。
「セイレル殿はどうしたのだね。彼はこの屋敷にいるはず。そのような暴挙、止めはしなかったのか」
 セイレルがコレットによって《異界》へとばされたことをイルは知っていましたが、あえて知らぬ振りで問いただします。
「それとも、セイレル殿と語らってのことか?」
「いえ。違いますわ。セイレルがいたら、きっと代案がなくても止めたでしょうから……セイレル兄様は私が《異界》へ送りました。《新たなる救世主》誕生を阻止されぬために」

 このタイミングで、フレオールたち一行が部屋へ乗り込んできました。
「新たなる……救世主じゃと!? バカな!」
「王は我ら《四賢者》と《聖霊》《魔王》の助力を得て、《蝕姫》を産み出した。それが切り札だったはず! イアラは、エリューシスはどうしたのだ!!」
 バルグムントとフレオールが割り込みます。
「やはりそんなことか……」
「《月蝕姫》は既に《凄霊王》の器となり、その魂は《幽界》へ。《日蝕姫》は力を欲して《火》の《魔王》に。だから、もう貴方がたの救世主にはなれないわ」
 母イヴァリースが見たものはコレットの中にも知識として流れ込んでいました。だからこそ、イアラを巡る一件のすべてをコレットは把握しているのです。
「なんということだ」
 イルは憮然とし、コレットは淡々と語ります。父王が殺されたことを知った、ルカが激昂しようとしたとき、メリッサが両手を広げて訴えます。
「お言葉ですが奥様。イアラお嬢様や、姉姫様はそんなにやわではありません! お見せしますわ」 

◆月刊GAMEJAPAN 2010年7月号募集/『ファントムサウザント』第44回募集内容(締切7月5日)

 

第44回ストーリーテーマ設定画・フォルトと《無敵壊し屋》ラゴ

お題イラスト:月邸 沙夜

◆『ファントムサウザント』第44話
  思いがけぬ来客が《邪剣勇者》セイレル=イースラッドの屋敷に集まっていました。
 そのきっかけをつくったのは、コレットの侍女メリッサ。
 彼女は、イル公爵の密偵でした。セイレルを一方的に恋敵と見るイル公爵が、諸処の理由により、彼女をセイレル邸に送り込んだのです。メリッサの密偵としての職歴は長く、イアラのメイドとして働いていたときも、その実はイルの密偵に他なりませんでした。
 まず最初に屋敷を訪れたのは《魔法王》ガザ。
 一国の王が臣下の客人を単身訪ねることは異例中の異例のこと。けれど、その前例のない事を国王にさせたのは、風雲急を告げる現実でした。
 その大国の王さえ動かす現実とは、まさしく世の命運を左右する事態でした。
 王が世界の救世主として期待した《双子姫》の喪失。姉・エリューシスは力を求めて《火の魔王》となり、妹のイアラは、この世界すべての天敵である《凄霊王》にその体を乗っ取られたのです。
 このことを察知した国王は絶望しました。いくつもの禁を破り、成した切り札を一度に失ったのです。それは誰にも責められることではありません。
 しかし、ガザは絶望に溺れることだけはしませんでした。次の手だてを考えなくてはならなかったからです。世界有数の賢者である自身が、絶望にとらわれて立ち止まってしまうわけにはいかないことを重々承知していたからでもありました。
 《魔法王》ガザは急遽占いを行いました。
 魔法王が占った事は二つ。
 一つは世界の行く末。
 《蝕姫》が失われたことで世界滅亡の未来が決定したのかを確かめたのです。
 占い結果は明確でした。《否》と出たのです。これは、ガザを奮い立たせました。
 もう一つは、世界を守るに足る力の出現場所。
 この占いの結果は、さすがのガザも読み取るのに難儀しました。なんとか拾えたキーワードをつなげ、導かれた場所がこの屋敷だったのです。
 占いの示す人物はセイレル邸の居候であるコレット。いろいろと醜聞が絶えない人物でした。噂ばかりが先行し、ガザもあったことはありません。しかし、彼女が世界の分岐点と占いで示された以上、会いに行くのは当然でした。
 王を迎えたコレットは直ぐに国王ガザの望みを理解します。
 しかし、コレットは王の願いである「救世主の創造」を実現する方法を、1つしか思いつきませんでした。それはガザを再構成し、新たなる救世主を作り上げること。
 その過程で儀式に巻き込まれたセイレルと、対象となったガザの魂は《幽界》に飛ばされたのです。
 コレットは屋敷を訪れた、第一王女ルカやイル公爵、賢者フレオールらに、淡々と事実を語りました。

 第一王女ルカは、コレットを鋭く詰問します。

「なにゆえ、王を害したっ! 海のものとも山のものともつかぬ《救世主》の出現などより、非常事態の指揮を執る存在の方が、現状、必要であるに決まっているだろうが!!」

 激高していても、ルカは王女であり武官でした。
 娘として父の消失を嘆くのではなく、王国の一臣下として国王崩御の重大性を糾弾せずにはいられなかったのです。

「でも、その国王陛下のお望みになったこと、ですわ?」

 心底、理解できないといった風情でコレットは応えますが、そのおっとりとした気配に、ルカは怒りを増しました。

「王は自らの身が消失しても、と言ったのか? そのような賭をする、と」

 ルカは、慎重に重きを置いた国王ガザがそのような〈賭け〉に出るとは考えられませんでした。
――国王はその慎重ゆえに期を逃したとしても、必要外の危険を冒さない。そして、期を逃すことがないよう、算段できるからこそ、《賢者》と呼ばれたのだから。

「言っていなくてよ。でも、陛下のお望みはそれでしか、実現しないとなれば、頷かれるのではなくて?」
「それは、貴女の独断だろう! 国王は《救世主》の出現と自身の崩御が表裏一体だと理解して、なお、《救世主の出現》を貴女に依頼したというのか。違うだろう」

 それこそ、ルカの指摘どおりでした。
 国王ガザが協力を仰いだのは《救世主の出現》であり、そのコストについて何ら提示されたわけではありません。例えるなら、買い物に行って、品物の値段を知らされずにお会計されたようなものでした。

「確かに、陛下に《救世主》を作るためのコストを説明していなかったわ。でも、《大賢者》にして《魔法王》である陛下ですもの、そのようなことは重ね重ねご承知かと思っていたのですけれど、違うのかしら?」
「人間の知識を超越した理屈を、さも常識のように語らないで頂きたい」

 ルカはこめかみに青筋を浮かべながら、目前のテーブルを拳で叩きました。

 超越した理屈。
 思えば、ルカは数えきれぬ「超越した理屈」に翻弄されてきたのです。
 初めて直面した《超越した理屈》。それは父ガザの王としての十字架でした。

「かあさま。どうしてないていらっしゃるの?」

 幼い頃のルカは、母である正妃の目に見える涙を常に感じていました。無論、母が本当に涙している姿を見たわけではありませんでしたが、幼い彼女の心は、それをとらえていたのです。

「泣いてなどいませんよ」

 穏やかに微笑む正妃を、ルカは黙って見上げました。

「今の時代、一人でも多くの《勇者》が必要なのです。お父様は、それを心得ていらっしゃるの。尊いことなのですよ」

 けれど、幼いルカにとってガザ王は正妃である母を顧みずに、後宮を作った父親です。

「でも、母さまのちがうきょうだいなんておかしいよ! なんかへんだって、お思いにならないの?」
「おかしい、というのは、平時の良識に反しているということですね? けれど、今は非常時なのですから、平時の理屈はそぐいませんね」
「今は、どこのの国ともせんそうをしていないわ。だから、へいわよ」

 ルカは聡明そうな瞳で母を見上げます。すると、正妃は腰をかがめ、ルカに目線をあわせました。

「ルカ。よくお聞きなさい。けれど、口外してはなりません。いいですね?」
「はい、母さま」
「この国ではないのです。この世界全体が戦争をしているのですよ」
「なにをあいてにですか??」

 ルカは信じられない、というように目を見開きます。

「そらと。そらから降る災厄との戦い。それが星辰に現れました。それに、国の指導者は対処しなくてはなりません。いいえ、対処できるから国の指導者となるのです」

 難しい言葉が並びました。それを黙ってルカは聞いています。

「対処できない指導者は……いらないのです。存在そのものが罪、と言っていいほどに」
「そんざいが、つみ」

 ルカは自らの手のひらを見ました。
 小さな手のひら。重たい物など一度も持ったことのない、やわらかな白い手。
 それはまだ5才になったばかりの少女の手としては当たり前のことでしたが、その白さが、柔らかさが罪深く見えました。

「わたし、なにもできない」

 ぽろぽろと大粒の涙がルカの目から溢れます。それは王族に生まれながら、今の自分が無能力者であることを自覚した、悔悟の涙でした。

「そんなことはありませんよ、ルカ。あなたは人の心の移ろいを感じることができる。それは、《聖霊》様からいただいた贈り物で、誰にでもできることではありません」

 王妃はルカの頬をつたう涙を、その手のひらで包み込むようにルカの頬に手をあてました。
「確かに、今のあなたは災厄と闘う力を持ちません。でも、未来のあなたは弱き者を庇い、明日を切り開く王女たり得ると私は信じています」
「ほんとう、ですか?」
「ええ。あなたは《曙光の大賢者》ガザの娘にして、《白の聖導騎士》リシェアの娘なのですから」

 《聖導騎士》とは《生命樹正教》の守護者たる《聖堂騎士》を教導する者のことです。《聖堂騎士》は、《生命樹正教》を国教と定める国々において、厳しい戒律を持ちながらもそれを遵守する姿に、戦場を生業の場と選んだ者たちの中から尊敬される存在です。
 その彼らを教導する《聖導騎士》は、その戦闘力の高さのみならず、徳の高さ・学問の深さ。出自の清さが求められます。叙任されるのは数年に一人、適合者が現れたときのみで、《聖導騎士》は総数20名に届きません。
 そして、冠する色は、それぞれの立てた誓いを意味します。
 《赤》は戦場を選ばず、《青》は弱者の救済を。そして、最も過酷な《白》は――それは《生命樹正教》に牙をむく者たちを「無血で」捕らえる誓いを立てた者のことです。
 女性にして《白》を冠したのはリシェアが歴代2人目。1人目は、初代《聖導騎士》・聖女エヴァとされていますが、彼女は伝説上の人物。実存が確認されている《白》の《聖導騎士》は、歴代でたった8人しかいません。

「わたし、だったら、《勇者》になります」

――そうでないと、わたしはつみびとになってしまう。
 この十字架を負って、ルカは生きてきました。そして、この十字架は王家の人間すべてが負ってきたものでもありました。だからこそ、コレットの軽率な行動によって、国王が消滅した、という事実はルカにとって許せる事ではなかったのです。

「でも、《蝕姫》が不在では、困るのでしょう? 世の中に同じ人はいないけれど、その負う任の代役は幾らでもいるでしょうに。……《蝕姫》と違って、国王ならば」
「なにっ!」

 コレットが淡々と語る内容は、ルカの逆鱗に触れます。

「国王に代替者がいるとでもいうのか、貴女は!」

 今にもつかみかからんとするルカの勢いにも、コレットはなんの同様も見せずに言葉を継げます。

「だって、賢者が万策尽きたのなら、もう果たせる役目はないわ。国の兵を動かすことなら、そちらのイル殿下でも充分にこなせるはず。血統も、能力も用兵においては、陛下より殿下の方が一日の長がおありでしょう。《凄霊》討伐であるなら、セイレルでなく、正しい《勇者》であるルカ殿下、貴女の方が有能だわ」

 よくできた人形のように端正な顔立ちそのままに、コレットはつぶやくように語ります。

「息子のラウェスも、《凄霊》の呼び声に絡め取られ、失われたと同じ。情緒のせいで状況悪化を眺めるだけなら、情緒なんてない方がいいわ」
「それでも、人間か! 貴女は!」

 理屈の上では、コレットの言うことの方が状況に即していると言える、とルカは思います。
 けれど、理屈ばかりで世の中は動いていないことを賢者フレオールは知っていました。

「落ち着きたまえ、王女ルカ。それに、レディ・コレット。先ほどからの貴女の言い様は、少し、情けがないように聞こえますが」
「情け? そうね、人間はそれが必要だったわね。その情けが知りたくて、母は私をつくったのだったわ」

 ちょっとした失敗を咎められた子どものようにコレットは微笑みました。その花も恥じらうような微笑みに、朴念仁を気取るフレオールは一瞬心を動かされかけて咳払いをします。
――これが呪い……《傾城の微笑》、か。魔女・イヴァリースも業の深いことだ。
 以前、セイレルからコレットにかけられた呪いを解く術についての相談を受けていたフレオールは、事を目前にしてその威力に内心舌を巻きます。
 コレットにかけられた呪いとは、彼女の母である《黄昏の魔女》イヴァリースが彼女の生誕時に施したものでした。この呪いの結果、コレットは「出会った異性のすべてに愛される」体質になってしまったのです。
 無論、性別が男であるフレオールもこの呪いの影響下に入ります。
――やれやれ、万が一鉢合わせしても大丈夫なようにと呪い返しのまじないをしてきて、助かったことだ。

「ともかく、国王陛下の崩御が間違いなく、かつ、国軍の用兵をイル殿下が行うことに異論がないのであれば、それを行うべきだね。しかし、《蝕姫》が失われた事実と、《新たなる存在》をどのように定義づけるかはまた別の話だね」

 ふむ、とフレオールは言葉を切りました。

「ちょっとまってくださいませ! イアラ様もエリューシス様も、《異界》に落ちただとかその程度のことで消えてしまうほど、はかない方ではありませんわ!」

 ルカの勢いとコレットの目に見えぬ気配に発言を封じられていたハーフエルフのメイド・メリッサが会話に割って入ります。

「わたくし、お二方がお小さいときから身の回りのお世話を、させていたいてきました。その間、ヴォルド様ご指示で、折に触れ、《抗魔》の技をお教えしてきたんですから!」

 その働きかけはメリッサがイルの指示を受け《勇者》レーヴィンの元に赴いたときから始まっていました。メリッサはぼんやりしたところのある娘でしたが、イルが見込んだだけの魔力と知識を有していました。

「今お見せしますわ」

 メリッサは重い水晶玉を戸棚から取り出しました。普段使われることのないそれは、ただの場所ふさぎのような扱いを他のメイドから受けていたのですが、メリッサは一日も欠かさず、この水晶玉に魔力を注ぎ込んできたのです。
――こんな日が来るんじゃないかと思ってはいたけれど、ありがとう、母さま。
 自分は要点の呑み込みの悪い娘で、母親の教えてくれた技の半分しか使いこなせないけれども、とメリッサは思います。
――投影術だけは他の術よりも習得している自信はあるもの。
 問題は、投影対象との距離なのですが、幽界とこの世界の距離なんて、さすがのメリッサも測ったことがありません。
――なんとかなるといいなぁ。
 水晶玉は水晶でできているだけにとても重く、非力なメリッサはよたよたと運びます。机を目前に、気を抜いたとき、ころりと水晶玉は転がりました。

「あ、危ない!」

 とっさにリアムが支えます。

「助太刀感謝ですっ。……おほん。このメリッサは一応《深緑魔導士》の後継者。《幽界》をお見せすることくらい、すごくがんばれば可能です。多分!」

 メリッサは複雑な印を結び、呪文を唱えはじめました。
 呪文を受けた玉が像を結ぼうとした時、急速に画像が乱れます。

「なに? どおしたの?」

 一番前でのぞき込んでいたリアムがメリッサに聞きました。見ればメリッサは、大汗をかいています。

「魔力、切れちゃいましたね。とほほ」

 やっぱり私はできが悪い娘なんだ、とくじけそうになった瞬間、「あきらめるな!」と水晶玉の向こうから、強い叱咤が飛びました。

「お前は往生際がよすぎてイカン!」

 それは、イアラが使役していた《水》の《精霊王》の声。

「こんなときのために、私とも契約したのだろうが!」
「忘れてましたっ。今、道を繋ぎます〜」

 この世界と《幽界》の双方から、魔力の道が解き放たれます。
 水晶玉の映像が鮮明さを増します。像を結んだのは《幽界》で対峙するイアラとガザの姿でした。
 星々の焔を解き放ったガザの超高位魔術を、イアラが時間を織った津波で返すのを目の当たりにし、一同は沈黙します。

「……これが《蝕姫》か。確かに《救世主》と言えよう」

 王女ルカが複雑な感情を込めて、口を開きます。
 イアラは一番末の異母妹。これまでルカは姉妹の誰にも負けたくないと、努力を重ねてきたからです。

「ようやく資質を開花させたか。苦悩と犠牲の日々が報われたのだな」

 フレオールはイアラへの評価と、ルカへの気遣いを、さりげなく両立させます。

「でも、この場所は《幽界》だろ? どうやってこの世界に帰ってくるんだ」

 ハインが顔をしかめました。

「すべての鍵は《勇者の中の勇者》である《北天皇帝》が握っているだろう」

 イル公爵が断言します。

「どうして、そこで《勇者》が出てくるのです?」

 ハインが疑念を呈します。彼にとって《勇者》は超えなければならない壁。対抗心がにじみ出るのです。

「《勇者》の剣が担う、本質を知らぬと見えるな」
「剣の……本質?」
「《勇者》がその身に秘めし、《折れぬ血潮》とは、《月の魔王》が定めし呪い。世界を守るべき戦士だあるという、な。《勇者》はそれゆえに悪意なき者を『斬らぬ』ことができる」
「斬らぬ……剣。それにどんな意味が……」
「メリッサに聞いたが、貴様はラウェスと決闘し、敗れたそうだな。にも関わらず、なぜ貴様も剣も、ここにある? 1人でも王都の民を守れたのはなぜだね」
「……それ。は」
「そう。ラウェスもイアラも知っていたのだ。貴様が本質的な悪意を持たない者だと」
「であるなら《北天皇帝》は《魔鬼神猛怒》のごとき力を用いられるのか?」

天賀あかりが驚愕しました。

「《魔鬼神猛怒》……自身の魂を刃とし、対象の悪意を破砕する《葦原諸島》に伝わる武術の奥義だね?」

 フレオールが確認するように聞きました。

「ええ。しかし、自身の命をも燃やし尽くす奥義です。我が両親は、悪鬼を討ち……燃え尽きました」
「それでも《北天皇帝》は、それを《凄霊王》に放ち、イアラを解き放つだろう。《勇者》だから。我らが王都で成すべきはラウェスを、悪意より解き放つことだ。それが《世界勇者》への助力となろうからな」

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

「《聖霊》も《魔王》もいっちゃったね……って、エリューシスはいるのか。これからどうするの?」

 《北天皇帝》ラズワルドこと、フォルトの妹であるフラウリートは、敬愛する兄に視線を向けました。

「《聖霊》が示したが通り、そこにそびえる塔・《星鎚槍》を登り、イアラを解き放つ。時間もないしな」
「そんな……ラウェスを解放してあげなくていいの? あと、この子はどうするの? とても戦えないよ」

 フラウがティアンを差し示しました。ティアンはコレットの産み出した最強の力を秘める《救世主》。
 でも、実戦経験……どころか、人生経験すら持たない生命でした。恐るべき強敵である《凄霊》との戦いは無理だとしか、フラウには思えなかったのです。

「覚えてもらうしかないわ。戦いを」

 《火》の《魔王》たるエリューシスが突き放すように言いました。

「姉様……ボクには……」

 絶望するティアン。

「無理って言っちゃダメよ? 絶望した先には敗北しかないから。わたしは貴方を守る。絶対、見捨てない」

 フラウがティアンの手を取り、真摯に視線を合わせました。

「ボク……強くなる。いつか守りかえすよ」
「フラウ、ラウェスの気は《中央》に飛んだ。余とて手が届かぬ。ただ星辰に祈るのみだ。すまぬ」

 フォルトはそう言って、全身より気を解放します。《龍》と《守護聖霊》、《魔王》の加護を受けた闘気がフォルトの全身を覆い、その装具を変化させます。

「兄様? 何を」
「まずは《焔神城》を壊す。あの城に蓄積された巨大な《火》の《魔力》は、エリューシス殿とベルグイール殿に必要なもの。解放せねば」
「ダメよ! 呪いを受けた状態で、《北天皇帝》の装具を解放したら、先に兄様が燃え尽きちゃう……」
「その通りだフォルト殿。そうしたことに向いた者が、我が同士にいるぞ。いいタイミングだな、ラゴ」

 現れたのは活発そうな外見の少女冒険者でした。

◆月刊GAMEJAPAN 2010年8月号募集/『ファントムサウザント』第45回募集内容(締切8月5日)

 

◆第45回ストーリーテーマ設定画・《境界の守護者》ヘヴンキーパーと《上位凄霊》ジグルム

お題イラスト:月邸 沙夜


    ◆『ファントムサウザント』第45話
     《凄霊》降る《千年王都》へ降り立ったのは1つの黒影。
     それは《凄霊》たちとは違い、人間の形をしていました。
     《黒騎士》ラウェス。それはかつて《勇者》と呼ばれていた存在。母コレットから譲り受けた《凄霊王》の血脈ゆえに《凄霊》になってしまった少年でした。

    ―《千年王都》ウィールウィンドに行くがよい。かの地には《龍》も《聖霊》もおらぬからな。

     《黒騎士》となったラウェスの脳裏に、祖父たる《凄霊王》からのメッセージが浮かびます。
     この星で最大の戦闘力を誇る《魔王》と《聖霊》は《星鎚槍》が落ちた《北天帝都》トリスタングラーフに集結していました。そして《龍》の生息地《龍帥》は遙か南方に位置しますから、今現在において《千年王都》を守る戦力は人間だけという状況でした。

    ―人間とは《脆弱》にして、豊富なる《想力》を持つ美味よ。世界最大の都市である《千年王都》であれば、あふれんほどの《想力》に浴せようからな。

     《凄霊王》が下したこの命には、もう1つ目的がありました。それは、ラウェスの《人間性の破壊》。
     ラウェスは《凄霊王》と《蝕妃》、最高の勇者である《北天皇帝》の因子すべてを持つ存在です。
     それゆえに純粋な《凄霊》よりも星から受ける反発は弱く、はるかに効率よく星の《想力》を吸い上げられるのです。しかし、同時に《凄霊王》はラウェスが《人間》であることも理解していました。
     《凄霊王》は人の倫理に関する、正確な知識を持っていましたから、ラウェスに非道を命ずれば命ずるほど、《勇者》の血が《凄霊》としての呪縛を破る方向に働くであろうことも、予測していました。

    ──だから「取り返しがつかない」ことが必要となる。

     《凄霊王》がこの星の創造主たる《龍王》攻略を後回しにしてまで、攻星決戦兵器《星鎚槍》を《千年王都》に落とした理由。
    それはラウェスに故郷である《千年王都》を壊滅させることで、勇者として立てないだけの罪悪感を与えようというものだったのです。
     そしてラウェスが持つ《凄霊》の力を強めるため、自身の側近たる《上位凄霊》ジグルムまでもつけたのは、いわばダメ押しとも言うべきものでした。
     ラウェスは感情のない目で地上を見下ろしました。
    下には、よく見知った顔がいます。
    人であれば、懐かしくうれしい気持ちが沸き立つ場面でした。
    しかし《凄霊》の目で見ると、それは脆弱でありながら、みずみずしい《想力》の器にしか見えないのです。
    ―8つ。それと、その他が2つ。どれも器いっぱいに《想力》をたたえている。市民2万人分ぐらいの分量か。
     冷静に《想力》量を推し量ると、ラウェスはその刈り取る方法を考え、間をおかず結論に達します。

    ―《想力》を多く持つ存在は、その抵抗も大きい。先により入手しやすい《想力》を得る方が早い。

     その計算の最中、心の中で、別の声が叫びます。

    ―やめろ! 何を考えている。罪なき者たちだぞ!!

     それはまさしく、《勇者》としてのラウェスの声。自身が企てる試みに、全身全霊で反発します。が、体の支配を取り戻すより前に、脇に立つ《上位凄霊》ジグルドが強大なる力を送り込んでくるのでした。
     ほどなく《黒騎士》ラウェスの全身から、黒い蜘蛛の巣を思わせる糸が四方八方に飛び散ります。
    その糸は一瞬で消えましたが、周囲では異変が起こり始めました。逃げまどう人々の様子がおかしくなったのです。
     親の腕の中の幼児は、急に顔色を変え、ぐったりとして動かなくなりました。次に倒れはじめたのは、老人たち。

    「ラウェス! 貴様……何をしたッ!」

     《下級凄霊》を退けつつ叫んだのは、ハインでした。

    「《想力》を吸い取ったのだと思います、ご主人」

     ハインの《魔剣》テイルズ=ウィングの化身である白と藍色の少女は囁きました。

    「不可視の糸たちが、あの《魔人》から人々に繋がっています。そして魔力の源は脇に立つ《上位凄霊》」

     テイルズ=ウィングは人ならぬ瞳で周囲を見ました。彼女の瞳には、無数の糸が《千年王都》に広がり、人々の影に潜り込んでいる様子が映ります。

    「……我が王命は、《想力》すべてを刈り取ること」

     淡々と《黒騎士》ラウェスは答えました。《勇者》ラウェスは抗いますが、その口は動きません。

    「ラウェス、貴様ッ! 《勇者》として悪しきでない何者も傷つけないと言った貴様が!! 《凄霊》として罪なき命を刈り取る……! 貴様だけは許さん!!」

     倒れた者の中にはハインが見知った子どもたちがいました。彼は、怒りと不条理にその身が灼けんばかりです。

    「ハイン、ラウェスは、きっと……操られているの!」
     飛びだそうとしたハインを同級生のリアムが、手を引いて止めました。しかし、その手にかけられた力はみるみる弱っていき、少女は片膝をつきます。

    「リアム!」 同級生は青白い顔を圧して笑います。
    「あはは、やだな、こんな時に貧血?」

     ハインは周囲を見やりました。ドワーフの《凱旋王》バルグムントですら、血の気がひいて見えます。
     第一王女ルカや賢者フレオール、バルグムント、イルなどの強力な攻撃を受けても、人々の命を吸って回復する悪夢の化身。
    それが今のラウェスでした。
     ハインは《赫龍》より得た力が《黒騎士》の影響を受けにくいことを理解していました。
    脳裏に浮かんだのは「得た力の意味を決めるのは自分」というイアラの言葉。

    「君はラウェスのあの力を押さえ込めるといったな」

     ハインは天賀あかりに話しかけます。今は鬼神の力を持ち、魔を制する力を持つあかりに希望を託すしかない。しかし《黒騎士》には隙はない。ならば……。

    「僕が時間を作る。必ず、あいつを解放してくれ」
     リアム、あかり、テイルが息を飲みました。
     言葉を重ねる間にも《千年王都》の人々は苦しみを味わっていました。全身から血を抜かれるような虚脱感と恐怖。一度倒れた者は、立ち上がれませんでした。
    『―救世主を』 人々は《生命樹正教》の説く、終末の時に顕れる救世主の存在を思い出していました。この日を終末と言わずして、いつを終末と呼ぶのかと。
    『救世主を! 《聖霊》様!』

    ──《黒騎士》ラウェスの出現より少し前。

     王女イアラは坂を見上げていました。それは《世界》と《幽界》の狭間への道。光輝くひと筋の階段は、イアラがこの世に帰還するための道でもありました。
     父王ガザとの対決に終わりを見たそのとき、突如《幽界》に現れたのは《邪剣勇者》セイレルでした。
     セイレルの見えぬ目には、乳兄妹コレットの迷いが見えていました。コレットが魔法王ガザを素体として創り出した救世主・ティアン。でもコレットはそのティアンすらも自分の子と思い、案じていたのです。
     憂いを瞳に浮かべたコレットに《幽界》へと落とされたとき、そのことをセイレルは確信しました。

    「あの女。俺をなんだと思っていやがる」

     心で毒突きつつも、セイレルは思います。そういう星回りを受け入れるのが、自分と彼女との縁なのだ、と。

    「イアラ、《蝕姫》として世界を救うつもりはあるな? 俺はその手助けに来た」「何をすればいいの?」
    「《幽界》の存在は、すべて過去の存在だ。そして、《幽界》で1番力を持つのが《過去への思慕》。それを振り払えないなら、《幽界》からは出られない」
    「鵙。あんたも同意だろ?」 セイレルは《諍霊》と融合し、《鵙の騎士》となったイアラの義父レーヴィンとは旧知でした。《鵙の騎士》は静かに頷きました。
    「イアラ、お前がここから出たいと願い、そしてこの世からお前を呼ぶ声がするなら《門》は開かれよう。
    輝く坂の上に立つ《境界の守護者》に、お前が生者であることを示し、《門》を開けさせるのだ。だが、気をつけるのだぞ。坂を登りはじめてから後ろを振り返ったら、二度と《幽界》からは出られないからな」

     こくりとイアラは頷きます。それが合図となったのか、イアラは輝く坂の登り口に立っていました。
     セイレルはイアラの後ろに立ち、決して振り向かないようにその顔を押さえてから、宣言します。

    「《境界の守護者》はこの世とあの世の境目を守る門番だ。だから、秩序を乱すお前を試す。だが、お前の背後は守ってやる。目が見えない俺や鵙は、ここのルールに支配されないのでな。あと決して魔法は使うな。境界線で魔法を使えば、お前の存在が歪むから」
     坂上の《守護者》を見上げつつ、イアラは頷きました。

    「背後から聞きたい言葉が聞こえてくる。そして、亡者たちもお前を狙うだろう。だが、お前の後は護ってやる。知っての通り、俺の目は見えん。だから《幽界》の掟に縛られることもない」

     イアラは意を決して光輝く階段を登り始めました。

    「イアラ。イアラ!」 背後にユーネリアの呼び声。

    ガザやヴォルドの声も重なります。階段の彼方に《境界の守護者》が見えるにもかかわらず、その距離は少しも詰まらないのです。
     そして背後を護るセイレルや《鵙の騎士》が苦しむ声。イアラの焦燥感は強まっていきました。

◆月刊GAMEJAPAN 2010年9月号募集/『ファントムサウザント』第46回募集内容(締切9月11日)

 

◆第46ストーリーテーマ設定画・《謎の青年》と《幼少時》のイアラ

お題イラスト:月邸 沙夜


    ◆『ファントムサウザント』第46話
     「おや、アンタ笑えたんだ。やっぱ男前はそうでなくっちゃ!」
     エリューシスの同志であるラゴが、《北天皇帝》ラズワルドこと、フォルトを見てにんまりします。

    「どうしたの兄様」

     いつも感情を表に出さないフォルトの変化に、妹姫である《北天皇女》フラウリートが問いかけました。フォルトは少し戸惑いつつ、妹たちを見返します。

    「イアラ姫が……《幽界》で両親と会ったようだ」
     フォルトの精神はイアラと繋がっていました。イアラが《地の魔王》より受けた呪いを、フォルトが引き受けたときから、そうなっていたのです。
     普段は「視ない」ようにしているのですが、イアラが実の両親と出会い、愛情を受けた喜びが大きかったために、フォルトにその気持ちが流れ込んできたのでした。

    「イアラが……? 何を話した!」

     イアラの双子の姉・エリューシスが、フォルトに食い入るような視線を向けます。
    (そうか……おそらくは父王と語りあう機会を、エリューシス姫は持たなかったのだな)
     事情を察したフォルトは、しばし沈黙します。親の愛に恵まれなかったのはフォルトやフラウも同じでしたから、エリューシスの視線の意味が痛いほどわかるのです。

    「ガザ王は姫に《王の秘儀》を託した。余が知っていいものではなかろうが、王の知識も含めて、すべてを受け継いだということだ。あと……案じなくていい。父母も、育ての親も師も、貴女を案じているから」
    「……そうか。ラズワルド殿。かたじけない」

     エリューシスの目から涙がこぼれます。力を得るために《火の魔王》となっても、救世主の器たる《日蝕姫》の特性ゆえに、人としての感情も強く残っていたからです。

    「姉様。突然泣くなんて、どうしたの?」

     ティアンが不思議そうに問います。ガザ王の知識とコレットの《凄霊》としての魔力を受け継ぎ《完全なる者》として作られたこの少年は、人生経験を持ちません。

    「私を姉と……確かにお前の魔力には父の気配がするな」

     《魔王》としての《魔眼》を人の感情に染め、エリューシスは言いました。

    「私を姉と呼ぶなら、私はお前を弟としてもいい。だが互いを守り、慈しむのが"家族"。お前は私を慈しめるか?」
    「……かぞく?」 その問いはどこまでも透明。でも、知らなければならない、という切実さが発露していました。
    「……慈しむということが、伝わるといいのだが」

     エリューシスはティアンを引き寄せると、軽く抱き寄せ、髪をなでます。

    「なにか、ほっとする。姉様はもっと強い気持ちを感じていたの?」 ティアンの問いは正鵠を得たものでした。
    「それがなくなったとしたら……あれ?」

     ティアンの目からこぼれ落ちる涙。それを見て、フラウは思います。なんて純粋なんだろう、と。
     その場面を断ったのは、フォルトが高めた気でした。

    「あまり……時間もないのでな。《星鎚槍》に登らねばならん。……その前に」

     フォルトの視線の先には、この星に突き刺さった槍である巨塔・《星鎚槍》がありました。自己修復能力を持つのか、ティアンが放った秘呪文・《震電光雷》による損傷すらも急速に修復していきます。
     フォルトは《世界之剣》を抜き放ち、闘気を最大限に高めました。剣先を向けたのは、巨人のごとき形状をした《焔神城》。それを見たフラウが不思議な顔をします。

    「兄様、《焔神城》を壊すの? 《星鎚槍》を壊すというならわかるけど……」
    「あの槍をただ壊しても、いずれ再生しよう。イアラ姫を救うには、姫を器としている《凄霊王》を追い出さなくてはならん。だが《凄霊王》は《星霊海》に去った。この星の力をあの槍で吸い尽くし、自らにかけられた《爆破式》を解くまでは、決して姿を現すまい」
    「じゃあ、《星鎚槍》を登っても仕方ないんじゃ……?」
    「《焔神城》を創った《守護聖霊》イーフェイルは余に言った。あれは《閉鎖世界》によって《魔力》を封じたものだと。つまり、それを打ち壊せば広範囲に《閉鎖世界》が解放される。《火の魔王》となったエリューシス姫なら、あの城の力も御することができよう」
    「……まさか、この周辺一帯を『この世界』から分離するというの? あの城──《閉鎖空間》の制御など、正直、保証はできないぞ」
    「他に方法はない。制御できれば《凄霊王》も、この星から力を奪えぬ。そして《星鎚槍》の上層部にあるであろう、《凄霊王》に力を流し込む機構を逆用し、奴に我が《勇者》の力を送り込むのだ!!」
    「……わかった。やってみよう」

     エリューシスの答えを受け、フォルトは秘剣・《深紅之暴撃》を放ちます。雷鳴すらも消し去るほどの、すさまじい刃音が巻き起こり、巨城は打ち砕かれていきました。
     エリューシスは城の崩壊を受け、あふれ出た爆炎を織り上げました。しかし城から溢れた《火の魔力》はあまりに多く、御するだけでもエリューシスの手に余るほどです。
    (なんという力……だが、ベルグイール殿にあふれた力の一部を移せば……この程度!)
     エリューシスは必死に《魔力》を織り上げます。《火》の《魔力》を御したと思ったその時に、立ち直る暇も与えずに、巨城を維持していた《閉鎖世界》が一気にあふれ出しました。

    「くっ! あと少し……なのに!!」

     そのとき──エリューシスの手をティアンが取ります。

    「僕、姉様の"かぞく"になりたい。だから……守る、よ!」 2人の《魔力》が合わさり、暴れ狂う《閉鎖空間》は穏やかな輝きに変わっていきました。

     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

     その少しあと、《幽界》。イアラは《幽界》とこの世を結ぶ境目である、光輝く天の一点を目指していました。そこは無数の浮島が浮かぶ、果てのない世界。
     影という影からは、亡者の姿をした魔人たちが現れ、イアラを奈落へと引き込もうとします。しかし、体をもったままコレットに《幽界》へと落とされた《邪剣勇者》セイレルと、《諍霊》と同化して《幽界》の理を離れた、イアラの義父《鵙の騎士》レーヴィンが魔人たちを切り払い、道を開いていきました。

    「イアラ、決して後ろを振り替えるな。そして魔法を使うんじゃないぞ!」

     イアラは頷きます。この《狭間》と呼ぶべき亜空間には、まともな足場はほとんどありません。必死に浮き石にしがみつき、よじ登りました。
     師・ヴォルドから譲り受けた《至高の装具》により、体は羽のように軽くなっていましたが、それでも、容易なことではありませんでした。実体のない《幽体》とはいえ、当人にとっては実在感があり、息は切れ、すりむいた場所から痛みが走るのです。

    「我、四大の司にして、理を写す者《境界の守護者》」

     イアラをじっと見つめていた《守護者》が、はじめて口を開きました。性別を感じさせないその声は、まるで四方から語りかけられているかのようで、無数の残響を残します。

    「汝、《幽界》の理を乱す者よ。我、永劫の真理と共にあり。《幽体》なれば理に従え」
    「わたしは、死んだわけじゃない! どうしても、どうしても行かなくてはならないの」
    「確かに、そなたからは生の気配を感じる。が、無益。死の世界に戻るがいい。理を越えることは何人もなし得ぬ。なし得た者もおらぬ」
    「……なし得た者がいない、というなら、挑むことはできる、そう言う意味ですか?」
    「挑める。が、《幽界》は永遠。理に背いた代償からは、死を持ってすら解き放たれることはないと知れ。永劫の後悔と狂気の中で過ごすことを望むか?」
    「どうしても行くと、言ったはず! 例え何が妨げても」
    「では望みどおりに。同志らも救いにはこれぬと知れ」

     イアラが宣言したその瞬間、風景が一変します。それは、イアラにとってもっとも懐かしく、尊い風景。エリューシスや母・ユーネリアと過ごした、あの草原でした。
    (私の姿まで、変わっている!?)

    「イアラ? こんなところにいたのね」

     話しかけてきたのは、エリューシスでした。両手にはお弁当の入ったバスケットを持ち、少しおしゃれした姿。年の頃は11か12くらいの姿をしていました。
     焼きたてのパンと、淹れたての紅茶の香りは、記憶の中の幸せな時間そのものでした。

    「イアラ、おかあさんと、おとうさんと、お師匠様が待ってるよ。いこっ」

    (これ……わたしの……『あってほしかった過去』、なんだ)
     それは、イアラがもっと幼かったころ、同級生の家族を見て切望した世界。イアラがもっとも望んだ世界。実現してほしかった過去そのものでした。

    「いけない、よ」 かろうじて、ひと言だけ吐き出しました。
    「イアラ、ケーキが焼けたわよ。いらっしゃい」
    「この料理は、手間がかかっているな。食べるのが楽しみだ」
    「当然です。かわいい娘たちの誕生日のお祝いですもの」

     背後からは、ユーネリアとガザの暖かい声。そして手を引くエリューシスの手の温かさ。その感覚は記憶と寸分の違いもありません。
     イアラは瞬時に理解しました。《守護者》は《幽界》にいるものすべての《記憶》と《知識》を使えるのだと。そして、この幸せは偽りだけど、本物だということを。
     これこそ、誰も試練を越えられなかった理由。あまりの辛さに崩れ落ちそうになりながらも、必死に一歩を踏み出します。

    「イアラ、大丈夫? どうしてそんなに泣いているの? お母さんにお話して」
     おろおろとしたユーネリアの声。イアラは振り向きたくなる気持ちと必死に闘い、姉と母を振り払い、走り出しました。心配して自分の名を呼ぶ声が、背中に向けられました。
     そのときです。背中で姉と母の悲鳴が聞こえました。その次に聞こえたのは、下卑た男たちの声。イアラは言葉にならないほどの怒りを感じ、我を忘れました。
    どんなに、どれほど嘘だとわかっていても、今、この瞬間に起こっていることが絶対に許せなかったのです。
     思わず禁じられた魔法を唱え、振り向こうとしました。

    「やめるんだ! イアラッ!!」

     イアラを鋭く一喝したのは、突如現れた17、8歳くらいの少年。──それは、フォルトでした。

◆月刊GAMEJAPAN 2010年10月号募集/『ファントムサウザント』第47回募集内容(締切10月11日)

 

◆第47ストーリーテーマ設定画・《上位凄霊》ミュロゥクと《星鎚槍》コントロールルーム

お題イラスト:しいらまさき


    《凄霊王》がこの星へと放った4本の巨大なる槍・《星鎚槍》。それはこの星が持つエネルギーを吸収し、世界の創造者たる《龍王》を弱め、自身の力を強めるという、最終兵器と呼ぶべきもの。
    エリューシスはその前に立ち、魔法学校の先輩でもあるラゴの作業を見守っていました。

    「どうだ? 何かわかるか」「フン……エリューシス? あたしの二つ名を言ってみな」
    「《無敵……壊し屋》」「そうだ。《無敵》とまで名乗るゆえんは、この技にあるのさ」

    ラゴは扉に手を添えると、息を吸い込みます。そして規則性を持ちつつ、吐きました。

    「あれ……《龍》の気みたい」 フラウリートがラゴから発せられる気配に戸惑います。

    「当たり前だ。ルカと一緒に《龍》に学んだのさ。ま、これしか身に付かなかったけどな。お前《龍》の性質を知っているか?」

    ラゴは《中央》の王女を自然に呼び捨て、そして《北天皇女》ともため口をききます。

    「《龍》は《個体文明》の担い手、だっけ?」「そうだ。すべての《龍》は《龍帥》と呼ばれる領域と、己を頂点とする文明を担う。で、《龍》は人間と違って老いないし飽きない。エルフのような頑迷さもない。先の《凄霊》との大戦より、数千年も《星鎚槍》を研究していたのが、あたしの師匠なんだよ。だから……」

    ラゴの掌は無機物であるはずの《星鎚槍》城門ととけ込むように一体化しました。彼女の呟く文言が城門に刻まれ、輝きを放ちます。

    「万物に意志を植え付けることで、自壊するように命じることもできる。それが《壊し屋》」

    《龍》のようなラゴの気が高まると、城門は自ら開き、侵入者に道を開いていきました。

    ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

    「この上に《制御室》が存在するのだな?」「《城門》に聞いた。間違いないよ。そして《制御》の方法も予想の範囲内だったしね」

    《星鎚槍》の内部を登りつつ、ラゴが答えます。ここを警護する《凄霊》の兵士たちが行く手を阻もうとしますが、エリューシスとフォルト、フラウリートが難なく退けていきました。
    ラゴが使用方法を解明し、動かせるようになった動く床に一行は乗り、最上階にたどり着きました。

    「まさか、星々を渡る船の機構を理解しているとはな。どこで知ったかは知らぬが、人間とは油断できぬ者よ」
    「え、女の……人!?」 塔の守護者を見たフラウリートが戸惑いをあらわにしました。
    彼女が知る《凄霊》とは顔を持たず、語ることも少ない怪物だったからです。

    「そう見えるか。では《完全順応》も近いと見えるな。我ら《凄霊》は標的とした星々の力を奪い、その環境を取り込むことで進化してきた。標的となる星の環境に《順応》すれば、発揮できる力は数倍から数十倍となる」

    美しい女性のような姿をした《上位凄霊》は、なめらかにこの星の言語を操りつつ、一同を見据えます。

    「この《順応》で数十倍の力……だから、より高度な《順応》を狙って、イアラやラウェスの体を……!」
    「そうです。高度な《凄霊》ほど《順応》には困難がつきまとうんです。例えば《星鎚槍》がない時点では、コレット母様がこの世界に《順応》するには、《夕暮の魔女》を母体として、産まれるしかありませんでした」

    ティアンが自身の中にある《凄霊王の娘》コレットの知識を引き出し、《上位凄霊》の会話を補います。

    「なるほど、この槍を放置すれば、この世界の主は文字通り《凄霊》にとって変わられるということか!」
    「だから《聖霊》と《魔王》たちは、それぞれに与する《同盟龍》を召還したの。間もなく《北帝》の地に落ちた2本の槍は、最終戦争の戦場へと変わるだろうね」

    ラゴが師たる《龍》に伝え聞いた状況を伝えます。

    「ってことは、あいつを倒して、あとは《中央》のラウェスを止めれば、なんとかなるわ。先手必勝!!」

    フラウリートが勇者の力・《折れぬ血潮》を解放するが早いか、《上位凄霊》に挑みかかりました。

    「まだ名乗ってもおらぬのに……気の早いこと」

    斬撃を受け止めたのは影でした。《上位凄霊》は鎧から影を伸ばすと硬質化させ、フラウの一撃をいなしたのです。そしてさらなる影を槍のように突き出します。
    振り下ろす動きと突き上げる動き、そのいずれもが神速とよぶべきものでした。とっさにフォルトが割り込んで弾かなければ、どちらかは受けていたでしょう。

    「速さが得手か……ならば《爆焔連華陣》!!」

    好機と見たエリューシスが《火の魔王》に伝わる秘呪文を放ちます。対象を基点とし、包み込むように放たれる焔。それは四方からの爆風で動きを封じました。
    回避不能の攻撃でしたが《上位凄霊》はあえて包み込む火の壁に飛び込み、爆風による打撃を最小とします。

    「──我は《上位凄霊》ミュロゥク」

    紅蓮の焔を背負い、《上位凄霊》は名乗りました。体勢を立て直したフラウの横にフォルトが立ちます。が、その顔色は蒼白と言えるもの。
    一瞬の隙を突いてミュロゥクがフォルトを切り裂く影で押し包みます。
    一撃──戦いについていけないティアンとラゴが、そう見た瞬間に数十撃の影撃が放たれました。フォルトはほとんどを避け、残りは最低限の力で受け流します。
    (あれ!? 兄様の動きじゃない……)
    普段からフォルトをよく見るフラウだけが、異変に気付きます。戦いに飛び込み、ミュロゥクを牽制します。

    「兄様? どうしたの」 隙を見て小さくつぶやきました。
    「フラウ。イアラ姫が《幽界》にて危機に陥っている。魂を飛ばしつつ戦っていたが、思うようにならぬ」
    「ラズワルド陛下。私は《幽界》にはいけない。だから、イアラと心を共有する貴方が行けるというなら、妹をお願いしたい。あの者は我らが相手しよう」

    エリューシスの視線にフォルトは小さくうなずきました。

    ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

    一方、《幽界》。この世界への帰還を目指すイアラは、《境界の守護者》が作り上げた《幽界》とこの世界の狭間にいました。
    世界の境界では、決して振り向くことも、魔法を使うことも許されない。それがルール。
    その禁を破れば、その魂は永久に《境界》を漂うということを、イアラは知っていました。しかし《幽界》すべてを知る《守護者》は《境界》にイアラの「欲しかった幸せな時間」を出現させ、かつ、その家族に狼藉をしたのです。
    嘘だとわかっていても許せず、振り向いて魔法を使おうとしたイアラの前に現れたのはフォルトでした。

    「フォルト!?」「イアラ姫、振り向いてはならぬ!」
    「姉様や父様、母様が! 嘘だとわかっていても、わたし許せない。間違っている。でもどうしても……!!」

    父の断末魔や、母や姉の悲鳴がイアラには聞こえるのです。母と一度だけ食事を共にした平原で。

    「イアラ……この事態、余が引き受けよう。だから」

    義憤を湛えつつ、でも穏やかにフォルトは諭しました。

    「あ……フォルト! こっちみちゃダメだよっ」

    そこでイアラは気付きます。フォルトは自分の方に向いて立っている。つまり《幽界》のルールを破っている、と。あわててフォルトの目をふさごうと、必死で背伸びしたときに、《守護者》の声が響き渡ります。

    「介入者よ。《幽界》の規約に従い、魂をいただこう」
    「残念だが……」 フォルトは何事もなかったかのように《世界之剣》を召還し、すぐさま斬撃します。
    「余の目は我が身に封じた《錆びし黄金の魔王》の魔眼でな。貴様の支配力は及ばなかったようだ。生来、忌まわしいと疎んできたものだが、今は……ありがたい」

    放たれた斬撃は亡者たちをなぎ払い、《守護者》が使ったガザやユーネリアの思いを解放していきました。
    「……イアラ姫」 目隠しで伸ばされた手をそっととり、戸惑いを表情と声に現しつつ口を開きます。
    「試練に介入して、すまなかった。それは貴女の心の強さを信じられなかったことなのだから。だが、余は……戻ってきてほしかったのだ、貴女に」
    「……フォルト」
    「貴女と呪いで心がつながったとき、戸惑った。あ、いや誰でも戸惑うだろうが、そうではなくて……その」

    息ができないような思いで、言葉を探しました。呪いにより思っていることは、伝わります。でも、言葉にしなくては意志の表明ではない、甘えだと思ったのです。

    「余も貴女もこの世界を救うために産み出された命。だが、貴女は余とは違った。生きながら恐怖の現人神として扱われるのではなく、対等の仲間を持ち、笑い、怒っていた。貴女がいなければ、生涯知ることはなかったかもしれぬ世界。それを……暖かく、尊いものと感じたのだ」

    フォルトが戸惑いと心配で心を一杯に満たし、必死に言葉を探して見つかったのは、ひと言だけでした。

    「ありがとう」

    その一言で、イアラはフォルトという人間を理解できたように感じます。同時に、なぜか頬が染まりました。
    「どんな試練でも、戻るよ。約束する。戻って、平和になったら、たくさん、お話ししよう。いい……かな?」

    ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇

    再び、《星鎚槍》。《上位凄霊》ミュロゥクは、エリューシスの攻撃魔法《焔獄殺》により滅ぼされました。
    《火》の《魔王》としての魔力と《日蝕姫》の特性を融合させ、太陽の巨大な重力と焔を召喚したのです。

    「勝ててよかったな。男前な兄さんの心も戻ってきたようだし。お、いじれそうだよ」 ラゴが破顔します。
    「では《星鎚槍》の機構を逆用して、《凄霊王》に我が勇者の力でイアラの《幽体》を送り込めるのだな」

    フォルトがそう言ったとき、フラウがつぶやきました。

    「兄様。考えたことがあるの。聞いてくれる?」

◆月刊GAMEJAPAN 2010年11月号募集/『ファントムサウザント』第48回募集内容(締切11月11日)

 

◆第48ストーリーテーマ設定画・《凄霊王》ギグリヴェートの魂と《上位凄霊》セイリオス

お題イラスト:しいらまさき


    《星鎚槍》を守護する《上位凄霊》ミュロゥクを倒したエリューシスたちは、この星が持つエネルギーを《凄霊王》の宇宙船に送る制御装置を見つめていました。
    この魔法装置の機能を逆転させることで、《北天皇帝》フォルトが有する、最強の勇者としての力を、《凄霊王》に直接送り込もうというのです。
    成功したなら、イアラの体を支配している《凄霊王》の魂ははじき出されます。イアラは体を取り戻せるはずでした。
    しかし、ミュロゥクが倒されたことは、すぐに伝わるでしょう。《凄霊王》が何らかの対策をしたなら、チャンスは消滅します。

    「魔法装置と《融合》して、使い方は理解したけど……早くしてくれ。ものすげぇ《魔力》の波動ではじき出されそうだぜ」

    ラゴが苦痛を押し殺しつつ、うめきました。

    「……兄様、ずっと考えていたことがあるの」

    《北天皇女》フラウリートが、兄である《北天皇帝》フォルトに歩み寄ります。

    「わたし、イアラを助けたい。《世界勇者》の《北天》帝家に生まれたのに、悔しいけど……わたしより、イアラの方が役に立つ、から」

    いつも勝ち気で自信家のフラウ。そんな彼女が、自身の未熟さを噛みしめていました。

    「兄様はイアラの呪いを肩代わりして、本当の力を出せない。そうなったのは、先走ったわたしの……不始末。イアラが、わたしが受けるべき呪いを引き受けたからだもの」

    悔しさとふがいなさ、そして申し訳なさがあふれてきて、涙となって流れ落ちます。
    フォルトはその決意に打たれ、返す言葉もなく、妹姫を抱き寄せて、頭をなでました。

    「えへ。ありがと」 言うなり、フォルトが受けた傷口に、自身の傷口を合わせます。
    血族であるフォルトとフラウは《魔力同調》が容易に行えます。《地の魔王》ゾルヴ=ェルが放った《石化》の呪いがフラウに移解放しました。放たれた闘気は太陽と同じ色を発し、大気中の塵が灼かれて火花を放っていきます。
    古の《巨人王》による勇者の加護と、《龍》との契約による《原初なる力》、そして血脈に封じた《錆びし黄金》の《魔王》による助力が、人の大きさに凝縮され、星1つがそこにあるかのごとき力を発します。

    「我、天と地を繋ぐものにして、亡き王者の《龍魂》をまとうもの」
    錆びた刀身を持つ絶対宝剣《世界之剣》が力ある言葉に応え、底知れぬ深い光を放ちました。

    「巨人の剛力、魔王の宿業、精霊の灯火、龍の創造! 根源たるそれらの合一こそ、すなわち我が星魂なり!! すべての原理よ、成すべき理としての『正義』を指し示せ!!」

    この世界で許される最大の力に、《魔王》の力を加え、万物の力が剣に集まりました。
    時間すらも一瞬停止させ、すべての理が《世界之剣》に集まったとき、光彩は同質の暗闇に打ち消されて、刀身に透明な波紋のような「すべてにして、ひとつ」の力を現します。

    「──《現臨せし龍王の剣》!!!」

    それが《純血の勇者》たるフォルトが理解した《勇者》の境地。理による力が奔流となって、《星鎚槍》から蒼空へと駆け上がっていきます。そしてひと言「イアラ!」と名を呼びました。2人をつなぐ呪いが完全に失われる寸前に、その声はイアラに届いたのです。

         ◇      ◇      ◇  

    少し前《幽界》。イアラはフォルトの魂とともに《境界の守護者》と、対峙していました。

    「イアラ姫、フラウリートが呪いを引き受けた。呪いにより、そなたと結びついた余は、長く留まることはかなわぬだろう。あとは剣にて魂を解き放つのみ」
    『この世に戻るほうが、不幸になると忠告しよう』

    《境界の守護者》が静かな口調で言いました。

    「なぜそう思うの?」
    『お前の体には《太陽》の仕掛けた《爆破式》が潜んでいる。ゆえにお前が《凄霊王》を滅ぼし得たなら、それと同質の脅威と証明されたお前は、確実に《太陽》に始末されるであろう』
    「なにを……イアラ姫は世界の敵対者ではない! 救世主を宿命づけられた、犠牲者ではないか!! もし《太陽》がそう目論むのなら、余は《聖霊》とも《魔王》とも戦おう」
    「フォルト……」
    『《北天皇帝》よ、理解しているはずだが、目を背けているのか? 爆破式の起動など、防ぎ得ぬ』

    イアラは考えました。今までよりも、もっと、深く。
    生き残った自分がまずしたいことは、なんだろう。深いはずの問いの答えは──自身、意外なものでした。
    ──姉をねぎらって、紅茶を淹れてあげたい。
    こんな時に思いつくのがそれか、と内心苦笑します。心が解放されても、結局自分はお人好しなんだ、と。

    「わたし、それが未来でも……この世に戻りたいです」
    『悲劇を望むか?』
    「結末が悲劇とは限らないわ。それに思うの。自分の命ですら、自分のためだけにあるわけじゃないって。人がなぜ人たり得るのか。それは『誰かに伝える』からなのだと思うから」
    『伝える……!?』
    「わたしがこうやって喋ることだって、誰かがわたしに『伝えた』からでしょ? 伝えて、伝えられて、世界は意味を持っていくのだと思うの。今だってフラウはわたしが戻るために石になった。そうやって伝えられたことに、応えたいの。無数の、伝えられた尊いものの積み上げによって、世界は価値を増やしたと思うから。わたしができることがあるのに、それを断ち切りたくない!」
    『《境界》は開こう。お前の生が完結されるために』

          ◇      ◇      ◇  

    《幽界》とこの世を結ぶ境界を開いた瞬間、イアラの意識はフォルトの力によって天を駆け上がりました。
    一瞬、満天の星々がまたたく《星霊海》と、拳のような形をした《凄霊王》の巨大な船が垣間見えたかと思うと、白い鎧を着た自分がいっぱいに広がりました。
    その中に揺らぐ蒼き異形の影こそ、忘れもしない《凄霊王》キグリヴェート。イアラは自身の《想力》すべてを解放し、異形に体当たりしました。浸食しているさまざまなものが焼き尽くされるような感覚が満ち、気が付くと、見たこともない機械が、水晶の玉の中に浮かんでいる、奇妙な部屋に立っていました。

    『やってくれたな。人間は時に予想を超えるものよ』 

    眼前にゆらぐのは、底知れぬ力を放つ異形の人影。

    「《凄霊王》!」
    『いかにも。だが、再びお前を支配すればいいだけのことよ。無駄な努力であったな』
    「そうはいかないよ! 師が、父が、戦友がわたしをここに立たせてくれた。ここにいるのはあなたが支配したわたしじゃない!! 来い! 《我が装具》!!!」

    イアラは《魔力》を解放し、《凄霊王》の装具を体から外しました。そして《幽界》で師・ヴォルドより授かった《至高の装具》を、自身の体に召還します。

    『我が干渉の排除に特化した装具か……小賢しい!』

    イアラはそれに応えず、最大の《想力》を集めました。《凄霊王》といえども魂だけのところを魔法的に分解されたなら、復活できないと考えたからです。

    「今のわたしには、フォルトがくれた勇者の力が残っている! 何があっても貫け!! 《霊子天刃》!!!」

    最高の《勇者》が放った秘剣に、絶対原理《文法》を載せ、イアラは剣の形をした「歪んだ空間」を解き放ちます。
    次の瞬間起こったのは、すさまじい力の爆散。

    『──此なるは我らの王。その維持は全てに優先す』

    剣で四散したのは《上位凄霊》ジグルムと同型のものでした。船内の《上位凄霊》が転移・出現したのです。
    現れたのはジグルム型だけではなく、ミュロウクに類似したものが数体。それらは水晶のような体をした、新たなる《上位凄霊》に率いられていました。 

    『《月蝕姫》。此の船には無数の《上位凄霊》が《現臨》している。我が結界により《瞬間転移》での脱出も封じたぞ。そなたの勝機は絶無。その体を引き渡せ』
    (《現臨》──? 無数の《上位凄霊》!?)
    (《上位凄霊》は《魔王》に匹敵する。そんな存在が多数いるなら、なぜ《下位凄霊》の軍団を送り込むの?)

    戦力差は絶望的となっても、イアラは思考をやめませんでした。《凄霊王》の問いかけに違和感を感じたからです。
    その疑念は《星鎚槍》に結びつきます。

    (わかった。星の力が《星鎚槍》で弱まらない限り、力の強い《凄霊》は《現臨》できない。だから、わたしやラウェスのような『器』が必要なんだ──!)

    思考は一瞬。イアラが生来持つ判断能力は、瞬時に答えを導きました。この船の制御装置を破壊すれば、星の力が足りなくなり《現臨》を防げるかもしれない、と。

    「──あら、もっといい方法があるのよ」

    優雅な声色が聞こえ、そして空間を割る衝撃波が叩きつけられます。そして《独唱魔術》独特の省略された詠唱。

    『イヴァリース! いかにして我が結界を破ったのだ』
    「わたし、ずっとこの船にいたもの。あなたの力のありようは理解しているわ。だから、こんなこともできるの」

    言葉とともに解放された術は《剛風刃網》と《魔力反転》の2つでした。《上位凄霊》たちが《凄霊王》を守ったその隙に、もう1つの術が効果を発揮します。

    『《星鎚槍》からの力の流れを逆転させた、だと!?』
    「《月蝕姫》、わたしが開いた『道』を通って、あなたの星に帰りなさい。ラウェスのこと、お願いしたいの」
    「イヴァリースは?」

    《魔女》は問いには答えません。

    「これで《凄霊王》は自ら星に降りるしかなくなったわ」

    そういってイアラに《瞬間転移》を放ったのでした。

◆月刊GAMEJAPAN 2010年12月号募集/『ファントムサウザント』第49回募集内容(締切12月11日)

 

◆第49ストーリーテーマ設定画・《悪魔龍》アクシオンとラウェス

お題イラスト:しいらまさき


    『《月蝕姫/クレセントモナーク》を逃がしたか。やってくれたな、イヴァリース。《星鎚槍/コスモスピラー》からの力を逆転すれば、この船に蓄積された力はかの星に流れ込もう。由々しき事態と言えるな』
    「あの星に下ろせる《凄霊/デヴィル》は、星の支配率で決まるわ。《上位凄霊/アークデヴィル》では今の《蝕姫/エクリプスモナーク》は倒せないもの。《凄霊》たちを引きあげさせて、《凄霊王》自らが降りるしかないのではなくて?」
    『《星鎚槍》ヲ元ニ戻セバ、ソレハ不要』
     水晶のような体を持つ、《上位凄霊》セイリオスが抑揚のない声で指摘します。
    「それはできないわ」
     《夕暮の魔女/サンセットウィッチ》イヴァリースは、一片の揺るぎもなく、断言しました。
    「わたしは《世界樹/セフィーロ》の化身でもあるのよ。わたしの意志を無視して、あの星の力を吸い続けることは困難だわ。少なくとも今は」 
    『お前は《力》に意味を見いださないと余に言った。《心》もわからないと。我らが滅び、人や《聖霊/セージ》が存在することも理解できないと。なぜ今になって《蝕姫》に与する?』
    「わたしは《火/ベルグイール》を《月》として、あなたたちの《楽園》にしようとした。そのために、力を貸したの。でもね、あなたは『あの星のものたちがあり続けること』を許さなかった。ラウェスは貴方の意志で《黒騎士/ギルティキャヴァリアー》の力を使ったの。あの子の意志じゃなくて、ね。 目的のために、個の意志をすべて無視できるというなら、それは《爆破式》と同じね。誰かを犠牲にして、痛みを押しつけること」
    『心を解さぬというお前が、意志を語るか』
    「《日蝕姫/エリューシス》はわたしに言った。『心があるから、幸せを感じられる。愛を知れば……痛みを肩代わりすることの意味が、わかる』って。《月蝕姫/イアラ》はあなたに言った。『師が、父が、戦友がわたしをここに立たせてくれた』と。だから願うの。個が自由でありながら、互いに結びつく未来を。個を全に跪かせる、貴方の望む未来はそれと相容れない」
    『ふむ……だが、そなたの目論見どおり行くかな? 余自らが星に降りずとも、《北帝/ノースエンパイア》には《星鎚槍》2本分の戦力がある。それを進化させ、かの星の主たる《龍王/ブレグラーン》まで掘り進めばよい。そのために恰好な《器》もある』
       ◇   ◇   ◇   ◇
     その頃、《北極大陸/ノースティア》ラスグラード帝国の《北天帝都/トリスタングラーフ》では、《守護聖霊/アンゲルウィズ》と《魔王/アナザーロード》が集結し《凄霊》の大軍団と対決していました。すでに《北天皇帝/アルテア》フォルトの勅命により、百万の民は疎開し、壮麗なる都は無人でした。
     白一色の《北天帝都》を彩るのは、光と闇の強烈なる反発が産み出す光彩。それは同一属性をもった《守護聖霊》と《魔王》が相反する《魔力》を反発させることで、万物を引き裂く力を発する《反発式》の発動でした。
    『《下位凄霊》12,058体と引き替えに、目標《想力/テイルズ》52%減。想定範囲内と判断する』
     《上位凄霊》ミュロゥク類似の《凄霊》が宣言します。事態の確認といった口調でした。
    「なめんじゃないわよ! こっちが手の内ぜんぶ見せているなんて、思っているんじゃないでしょうね!?」
    「そぉですぅ。わたしたちだって、成長しているんですからねぇ」
    「リフィール、しゃべり方ウザいって」
     《風》の《魔王》ヴィグツェントことリネットと、《聖霊》リフィールが《上位凄霊》を見あげます。
    『奥の手なら我らにもある。主命は降り、《条件》も満たされた。貴様らが、兵どもを薙いだことでな』
     《上位凄霊》が《魔力》を高めると《聖霊》と《魔王》に倒された《凄霊》の魂たちが集結します。白い帝都を蒼き魂魄が照らし、それは一点に集中します。
     同時に大地震が帝都を揺さぶりました。王城が揺れ、歴史ある建造物が地割れに巻き込まれます。
    「まさか……貴様らは!」
    「なるほど、有効な手だ」
     《太陽》の《聖霊》レファリオンと《魔王》ラクスフェルが慄然と論評という対照的姿勢で事態を認識します。その瞬間、魂魄たちは地底に降り、地割れが雪崩を打つように広がります。現れたのは、天を覆うがごとき雄大な翼。《完全なる性質》を現す白金の鱗。
    『貴様らの創造主たる、先の《龍王/ブレグラーン》が亡骸、我らの《器》に相応しい。そして我は《司令塔》となろう』
     《上位凄霊》はそう言うと、巨龍の顎に身を投じます。
    「そうか……《夕暮の魔女/イヴァリース》が持っていた知識によって、先の《龍王》が聖骸を特定したということか!」
     《火》の《聖霊》イーフェイルが、激しい怒りと敵意を《上位凄霊》へと向けました。
    『いかにも。我らこそ貴様らが崇める《龍王》が化身! 究極なりし力!! 《悪魔龍》アクシオン!!!』
     生き残った《凄霊》たちからも、強制的に魂魄を吸いだし、《悪魔龍/デヴィルドラゴン》アクシオンは姿を現しました。
     全長数キロにも及ぶ圧倒的巨躯は、今や絶望と悪夢の化身となって《北天帝都》を覆います。
    「くっ! 力が……」
     《火》の《魔王》の座をエリューシスに渡したことで、大きく力を失ったベルグイールが《悪魔龍》の巨大な吸引力に顔をゆがめます。
    「《反発式》でもだいぶ力を使ったからな。無理からぬことだが……」
    「《日蝕姫》が《焔神城/ヒーテッドハート》を壊したときに、僕に力を送ってくれました。だから、まだ大丈夫」
     イーフェイルの呼びかけにベルグイールが応えたとき、リネットが青ざめた表情で飛来します。
    「あたしの《魔力》あげる」
    「リネット、大丈夫だから」
    「アンタは《魔王》でもなく、そんなことをする必要すらなかったのに、こんなことしている。アンタはあたしが死なせない。あたしがため込んだ財宝たちの《魔力》ぜんぶあげてでも! ぜったいに!!!」
    (ゆらぎがないな。アロリーが見たら心底驚くか……いや「女はそういうものですよ」かもしれんが)
     《地》の《魔王》ゾルヴ=ェルはそんなことを一瞬思いつつ《大地激動/アースクエイク》を《悪魔龍》に解き放ちます。本来は地震を起こす術ですが、この星の化身である《龍王》を器とした《悪魔龍》に有効と見たのです。
     それは狙いどおり、《龍》の鱗と鱗の間に亀裂を発せます。しかしあまりにも対象が大きすぎるため、ほとんどダメージになっていない様子でした。
    「兄上、《反発式》は?」
    「あのバケモノの器が先の《龍王》でなけりゃ、その手でいくんだがな!」
     《地》の《聖霊》ギアニードの呼びかけにゾルヴ=ェルが吐き捨てるように返します。
    「究極の《光》である《龍王》に《闇》である《凄霊》が宿った以上、その反発には耐性があるだろうぜ」
    「なるほど。ならば穿て……《超硬螺旋撃/ガイアドリル》!!」
     ギアニードは《希望の杖/スタッフオブホープ》を《悪魔龍》に投擲しました。杖の柄が螺旋を描き、その先端が鋭く尖ると、激しく回転しながら、地割れに深々と突き刺さります。
     巨躯に突き刺さる長針のような一撃を受け《悪魔龍》は激しい敵意をむき出しにします。溜める動作もなく、巨大なる《闇》を咆吼として解き放ちました。それは、横幅だけでも1キロ近い必殺の《殲滅気弾/ジェノサイドフレア》でした。
    「完全なるものを歪めると、こうまで美を冒涜するものとなるとは……もはや1秒たりとも耐えられませんわ」
     言い放ったのは《水》の《聖霊》ヴェルエーヌ。《七彩眼鏡/レインボーグラセイズ》を向けると、そのレンズに気を放ちます。レンズは湖面のように揺らぎ、次の瞬間砕け散りました。
     すると、現実の《悪魔龍》と放たれた咆吼が歪みました。解き放たれた力もあらぬ方向へと四散します。
    「《鏡砕天意/ミラースプラッシュ》か。怖いの使うな〜。ボクも、使うけどっ」
     言い放ったのは《水》の《魔王》シャツィヴォルズ。
     《水鏡の鋏/アクアシェア》で掌を切ると、大量の血液を放ちます。それは傷ついた《悪魔龍》の血と融合し、血液を逆流させました。方向付けられた血が間歇泉のように全身から吹き出ます。《水妖血刃/ブラッディアヴェンジャー》と呼ばれる奥義でした。
    「効いておらんようだな」
     《月》の《魔王》スパルリオが短く呟きます。奥義の連撃にも関わらず、全長数キロもある《悪魔龍》はほとんど無傷だったのです。
    「だが、我ら《魔王》も千年無駄に寝ていたわけではない。クレシア──《聖霊》もそうであろう?」
     袂を分かった姉でもあるスパルリオの問いかけに、《月》の《聖霊》クレシアは短く頷きました。
       ◇   ◇   ◇   ◇   ◇
     イアラはイヴァリースの《瞬間転移/テレポート》で、この星へと帰還しました。現れたのは《星鎚槍》の制御室。そこはエリューシスやフォルトがいる場所でした。
    「「イアラ!」」
     2人は同時に現れた者の名を呼び、それが《凄霊王》でないことを気配で理解すると、駆け寄ります。エリューシスは泣きながらぎゅっと抱きしめ、フォルトはイアラの肩に、ぽんと手を置きました。
    「ただいま」
     イアラも涙声で応えます。 
    「姉上ぇ、フラウリートが……」
     捨てられた子犬のような目をして、ティアンがイアラの袖を引きました。
    「呪いを、引き受けたのね」
     《文法》を知るイアラとティアンは、瞬時に事態の深刻さを共有しました。
     ゾルヴ=ェルは強力な《北帝》の血筋であるフラウリートに呪いを通すため、自身の生命を代償として術をかけたのです。その術は、術者自身ですら解くことができず、ただ術者の死をもってしか解けない性質のものでした。
    「この呪いは、術者の死をもってしか解けないわ」
    「そんな……! ゾルヴ=ェル、なんとことを……」
     エリューシスが唇を噛みます。多少なりともゾルヴ=ェルを理解した彼女は、彼が呪いをかけた理由を理解できました。救世主を創り出すことでしか維持できない世界なら滅ぶべきだ。その結論は、ゾルヴ=ェルが忌み嫌う母・イヴァリースと同じ結論だったのです。 
    「でも、フラウをここには置いていけない」
     イアラは石化したフラウリートに《解呪/リムーブカース》を行ないました。わずかに石化がゆるみ、生命の色が戻ります。
    「ティアン、フラウをお願い。ラウェスを、王都のみんなを助けないと。フォルト、力を貸して」
    「無論だ」
    「じゃあ行こう」
     イアラとエリューシスが《瞬間転移》を重唱し、フラウを含めた全員が光に包まれました。
       ◇   ◇   ◇   ◇   ◇ 
     コレットは珍しくあせっていました。自身の父たる《凄霊王》によって、息子であるラウェスが《黒騎士》となったからです。《凄霊》の血を呼び起こされたことで、人類の敵対者とされた息子を救おうにも、今の彼女は力がありません。ティアンを創り出したからです。
     せり上がるような感情に突き動かされ、コレットが外に出ると、壮絶な光景が展開されていました。
     ラウェスの級友・ハインが全身を魔の力に染めつつ、跳躍したのです。《黒騎士》の凄まじい斬撃を受け、魔剣テイルズ=ウィングは砕け散ります。それでも勢いを殺せずに、斬撃はハインの肩口に突き刺さりました。
    「取ったぞ……さぁ、鬼の力で!!」
     ハインは自らの体でラウェスの剣を受け、一瞬の隙を作りました。
    「我が魂を、鬼に捧げん! ──《魔鬼神猛怒/マキシンモード》!!」
     天賀あかりが最終奥義を解放します。自身を守るために、父と兄が命を燃やし尽くした技。でも、それを使う以外に《黒騎士》を止められない。それは確信でした。
     魔力のないコレットにできることは、《黒騎士》の力を弱めるために、ラウェスの成人にセイレルが贈ろうとしていた《勇者の装具》を召還することだけでした。

◆月刊GAMEJAPAN 2011年1月号募集/『ファントムサウザント』第50回募集内容(締切1月11日)

 

◆第50ストーリーテーマ設定画・《大魔王》セヴェムダルクと《凄霊王》キグリヴェート、《龍王》ブレグラーン

お題イラスト:しいらまさき


     《北天帝都/トリスタングラーフ》。集結した《守護聖霊/アンゲルウィズ》と《魔王/アナザーロード》は《凄霊/デヴィル》の融合体である《悪魔龍/アクシオン》と交戦していました。小さな島ほどもある《悪魔龍》は異常な防御力と再生力を持っており、《魔王》たちの秘術ですら通用しません。
    「先刻より《星鎚槍/コスモスピラー》から《凄霊王/デヴィルロード》の船にこの星の力が流れ込まなくなったが、《悪魔龍》に流れ込んでいるようだな。さもなくばここまで無尽蔵な《想力/テイルズ》は集まらぬ」
     ギアニードが忌々しげに《悪魔龍》を見据えました。
    「《星鎚槍》を2本ともぶっ壊しちまえばいいのさ。同時にな。できんだろ。アレで」
     ゾルヴ=ェルが呟き、リネットが動揺します。
    「だ、だめよ。アレは……」
    「僕ならいいよ」
     ベルグイールがリネットを見上げました。
    「《月蝕姫/クレセントモナーク》をとっととバラしちゃえば、あんたがこんなことする必要なかったのに!」
    「リネット。イアラはこの世界に必要な人だよ。エリューシスも。わかっているでしょ?」  言うなり魔力を極限まで解放します。
    「僕なら大丈夫だよ。さっきエリューシスが《火の魔王》の《座》を……戻してくれたから」
    「え、《魔王》の《座》は意図的には動かせない……って、イヴァリースが!」
    「リネット。君が証明してみせたじゃない。『よりふさわしいもの』がいるなら、《座》は移動できるんだって」
    「でもそんなことしたら、《日蝕姫》はどーすんのよ。これから《黒騎士/ギルティキャヴァリアー》とやるんでしょ?」
    「エリューシスを心配しているの?」
    「なっ! そんなことあるわけないでしょっ。役立たずになるなんておかしいって、思っただけだからね!!」
    「あのひとは、《魔王》をしていくには優しすぎるんだ。だから《座》を維持するのは難しい」
    「別に構わねぇ。あいつに必要なのは《魔王》に蓄積された知識だ。それがあれば、あいつの中に眠っている《龍王の火/ディヴァインフレア》が使いこなせるからな」
     ゾルヴ=ェルが戦いつつ、口を挟みます。
    「確かにあの娘。《水龍の仔/ウォータードラゴン》の気配を……」
     スパルリオが思い返し、呟きました。
    「僕はエリューシスと会話できる。あのひとは、《龍王の火》を使うつもりと言っていた。だから今は僕が《火の魔王》。僕は破壊をためらったりはしない。みんな《深淵共鳴/アビスハウリング》に同調して!」
     ベルグイールの呼びかけに呼応し、すべての《魔王》が超高位魔術を《共鳴》させました。この世界を支える、万物の構成要素・《二天四大》の魔力が1点に結集していきます。
     《魔王》たちの姿は消え失せ、現れたのは中性的な姿を持つ青年でした。《魔王》の特徴をあわせ持つ、その青年を取り巻く、太陽、月、地、水、火、風の力。それが混ざり合い、すべてを兼ね備えた色・《黒》の気配となります。
    「《魔王》め! 《核/コア》もなく《大魔王/オーヴァーロード》セヴェムダルクを!?」
     イーフェイルが事態を把握したとき、ヴェルエーヌが優雅に身を翻し、難しい顔をしました。
    「《蝕姫/エクリプスモナーク》が失敗したときに備えて、保険を用意してあったとは、《魔王》らしいしたたかさだわ。でもね……わたくしたちも、できますわよ」
    「バカな……あのような術式を即座に再現できようか」
     レファリオンの疑問に、ギアニードが答えます。
    「《二天四大》を統合・君臨する概念が、《大魔王》とするなら、我ら《聖霊》を統合・君臨するのは、創造主たる《龍王》ブレグラーンにほかなるまい。我らの力を合わせれば《二天》と《四大》はそろう。母なる先の《龍王》をわずかであれば、再現もできよう。要は戻るだけよ。原初にな」
     ヴェルエーヌは頷き、そして力ある言葉を発します。美を司る《聖霊》たる彼女にのみ許される、新しい言葉の創造。それはどこまでも深く、優美な旋律でした。
     《聖霊》たちは、調和した光に包まれます。出現したのは、《聖霊》の創造主たる、先の《龍王》でした。
    『あまりこの形態を長くも取ってはいられんか。世界はまだ《大魔王》の存在に耐えられる素地を持たぬ。《封星者/ディシードルーラー》たる我が比重を行使せん……』
     銀雷のごとき鮮烈な衝撃が、《大魔王》より放たれます。その一撃は《星鎚槍》を切り裂き、同時に浸食するような破壊がはじまりました。その一撃は、万物の性質を書き換える一撃。巨塔の構成物質は自壊したのです。
     それに呼応するように巻き起こったのは、大咆吼と爆音。そしてとてつもない豪風でした。《北極大陸/ノースティア》中の雲が1点に集中し、《龍王》に吸われたのです。
     荒れ狂う台風が凝縮され、《龍王》の体内にて、さらに圧縮され、解き放たれました。限定的とはいえ、世界の創造主が放った《龍咆吼/ドラゴンブレス》が、もう1本の《星鎚槍》を捉えます。圧倒的な創造の息吹が通り抜けた後に立っていたのは、1本の巨大な《生命樹/セフィーロ》でした。
      ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇
     一方、《千年王都》ウィールウィンド。勇者の力を持つ《上位凄霊/アークデヴィル》である《黒騎士》ラウェスは、圧倒的な力で王都を蹂躙すればいい……はずでした。この場で自身に立ち向かう者たちの《想力》すべてを合計しても、自身に及ばない。さらに《上位凄霊》ジグルムまでがいるのです。
     しかし、現実には《凄霊》たるラウェスは揺らぎを見せていました。級友たるハインが、自らと魔剣を犠牲にしてラウェスの斬撃を受け、そして《葦原諸島/リーベン》より来た少女・天賀あかりが《魔鬼神/マキシン》の力を放ったのです。
     その一撃すら《黒騎士》に致命傷を与えることはできませんでした。でも揺らぎは起こったのです。
     自身の全存在をかけて、魂を封じる黒い霧を掴み、引きちぎり、打ちつけます。自我をむき出しにして、叫び続けました。《北天帝家/アルテア》の血筋があるなら、自分が燃え尽きたとしても、目覚めてほしい。その一心でした。
     なぜ世界を守りたいのか、自分のために犠牲になったハインや王都の人たちに恥じず、あり続けられるのか。
     それが、ラウェスを押しつぶそうとした《罪》。でもラウェスは気付きました。
    「何のために悩むのか」と。
     悩みとは、未来を願ってのもの。犯した罪で足を止めても誰も救われない。そして自分が死んでも罪は消えない。それなら生きて誰かを幸せにするしかないと信じたのです。
     迷いが晴れたとき、彼を包む闇とともに《黒騎士》の装具は外れ、そして母・コレットが解き放った、白き《天獅装具/ディヴァインレオ》が体に装着されていきました。そして、斬撃。
     《上位凄霊》が一瞬にして消失するほどの、勇者の力。それは未分化だった《北帝/ノースエンパイア》の血。そして《邪剣勇者》と呼ばれたセイレルより学んだ勇者の力の融合でした。それにより、内なる《凄霊》すらも制し、力と変えたのです。
     自我を取り戻したラウェスは、ハインを介抱しました。ハインは泣いていました。いつも彼に寄り添っていた魔剣の少女は消え失せ、彼が送った靴だけが落ちていたのです。
     生まれてくるはずの、自分の娘。その命が彼を生かしていました。力を望んだ代償。その重みを失って知ったのです。
     でも2人はそれ以上、憎しみも悲しみも表せませんでした。
    『《悪魔龍/アクシオン》も討たれ、《黒騎士》とジグルドも消失』
     一言ごとに、大地が揺れました。現れた瞬間、晴天が闇夜へと変わります。全天を覆うほどの純粋なる邪気。
    『だが《聖霊》《魔王》はこの時代の切り札を失い、《上位凄霊》たちの消失は、余の現臨を可能としたよ』
    「お父様! ……ついにこの星に降りられたのね……」
     出現した異形の存在に、コレットが呼びかけます。
    「むぅ……こやつが《凄霊王》キグリヴェート!」  
     《凱旋王》バルグムントが間髪いれず、発砲します。強靱無比な肉体を持つドワーフ王しか撃てない宝銃《星返すもの/スターレスセプター》。山をも吹き飛ばす銃弾が直撃します……が。
    『《王の闘気》を宿した古今無双の銃撃であった。無傷とはいかぬが、余は数十万トンの質量を有している。圧縮された我が密度は硬度にして20。揺らぐことはありえぬ』
     銃撃と同時に解き放たれたルカ、フレオール、アーチェリードの攻撃魔法が《凄霊王》の前で消失します。
    『強い……が、単純なる構造の術だ』
     《凄霊王》はそう言うと、術の効果を分解します。受け止めて掌に留まる術のエネルギーを眺めつつ、ルカが唱えた攻撃魔術を詠唱しはじめました。
    「《震電光雷/エクスシャイン》!? いや違う。未知の言語か……。まさか、魔術言語をその場で改良しているというのか!?」
     驚愕するルカを気にも留めず、呪文は完成します。
     数十倍に膨れあがった《震電光雷》が、王都を覆う闇を裂き、絶望の光となって襲いかかりました。
    「そこまでだよ!」
     響き渡ったのは聞き慣れない言語。それは全天を覆う闇を砕き、さらに光を消失させます。
    『《月蝕姫/クレセントモナーク》と《日蝕姫/サンライズモナーク》。そして《北天皇帝/アルテア》か……余が知らぬ術を使うとはな。対処が必要か……ふむ』
    「──《海嘯輪廻/カタストロフウェイブ》!」
    「《極焔獄殺/ボルケードエンド》!!」
     イアラとエリューシスが間髪入れずに秘術を放ちます。
     突如として巻き起こった大津波の圧力を受け、さすがの《凄霊王》も揺らぎました。姿勢が崩れたところで、時間の揺り戻しが起こり、術が消失していきます。
     その瞬間に《極焔獄殺》がたたきつけられます。それは破壊と再生を司る《不死鳥/フェニックス》の火。火と同時に発した超重力の檻により、脱出不能となる《火の魔王》の秘呪文でした。
    「──《現臨せし龍王の剣/ウォルフ・ライエ》!!」
    「《天獅洸旋斬/エクスィードレオ》!!!」
     フォルトとラウェスが間髪入れず、《勇者の秘剣》を解き放ちます。《北天皇帝》最高の剣と、《邪剣勇者》たる義父セイレルの秘奥義が息つく間もなく殺到しました。
    『……予想の3倍は上回る実力であった。褒めてつかわす。この星への《適合》を果たしていなければ、あるいは滅ぼされたやもしれぬな。自らの非力さ、無念であろう』
     星との《適合》との言葉通り、《凄霊王》の姿は再生しつつ変化していきました。異形から、より人に近い姿へと。
    「術をすべて無効化だと……」
     エリューシスが唇を噛みました。そう言う間にも、秘剣による傷すらも再生されます。
    『95%はな。まだ完全ではない。だが、この星と我が力の融合により、このようなこともできる。《流星加速/メテオヘイスト》!』
     その刹那《星霊海/セレスティアルシー》より流星群が飛来します。それは《契約魔術》の《流星飛来/メテオスウォーム》を数十倍上回る速度を有していました。
     流星群は王都を中心として、着弾します。あまりの高速にイアラたちの防御魔法は間に合わず、自身を守るのが精一杯でした。世界最大の都市を想像を絶する破壊が襲います。
    『強弱とは偽りなく、正直なものだ。救世主たる《蝕姫》は生き残り、守るべき者たちは息絶える。それが真理』
    「みんな……ごめん。守れなくて……ごめん……!」
     廃墟から双子姫は立ち上がりました。装具を半壊させて。無惨にも破壊された故郷、無数の親しい人たちの命が失われたのです。長い旅で身につけたことは、無意味なのか、そんな絶望感に抗いながら、為す術を探しました。
    『さらなる絶望をもたらそう。コレットの器には《魔法王の文法》が入っているのだろう? これで余は完全となる』
     《凄霊王》は石となったフラウリートを庇ったティアンに迫ります。解き放たれた影が踊り、ティアンを捉えました。
    『さて、知識を頂くか……む?』
    「……あんたに、ティアンは渡さない。この子は《器》なんかじゃないもの!!」
    『《北天皇女》!? 呪いで石になっていたはず……』
    「ティアンが、呪いを分かち合ってくれた。だから、この子の中にわたしの欠片があった。《純血の勇者/フレイムブラッド》の欠片がね。弱者の優しさが……強者を誇るあんたの足下をすくったのよ!! この子の心に入り込んだあんたを、わたしは放さない!! 兄様! イアラ!! ……お願い! 世界をっ」
     半ば石化したままフラウは残る力を解放し、自らの剣をフォルトに投げます。フォルトは2つの聖剣を構え、これまで以上の速度で最大奥義《現臨せし龍王の剣》を放ちました。全生命を込めたその連撃は《凄霊王》すらも揺るがせます。
     稼がれた時を受け、イアラは決意して頷きました。そこで瓦礫から立ったルカが、全身全霊を込めて王都に訴えます。
    「命ある者よ! そして無念にも息絶えた命たちよ!! 今こそすべての魔力を、願いを、救世主たる《蝕姫》に!!」
    『《覇赤気/オーロラサイン》の出現!? こんなことができるのは《聖霊》と《魔王》……今の叫びを全天に轟かせたというのか!』
     出現したのは全天を覆うオーロラ。そこ映し出されたのは、ルカの叫び。そして諦めずに立ち上がった、双子姫。
     大地を唸るような叫びが覆いました。自発的に、世界中で巻き起こった無数の祈りが、大地を揺るがしたのです。
    「《凄霊王》──あなたには《文法》は無意味なものよ」
     イアラが左手でエリューシスの右手を取りました。
    「《文法》は世界を織る言葉。でも世界はひとりで成り立っていない。ひとりで決めることもできない。ひとりで世界が成り立っているあなたには、この星も世界の価値もわからないわ! 見せてあげる。この星の思いを!!」
     イアラの心には、世界中の人々の思いが流れ込んできました。《文法》に触れた父・ガザがそうであったように。
    「姉様──今までありがとう。慈しんでくれて……」
     イアラは左手でエリューシスの右手をぎゅっと握ります。
    「イアラ!? なにをするつもりだ?」
    「あいつは魔法を分解する。それは確かなの。でも、防げるのは術の効果だけ」
     エリューシスの瞳から涙が溢れます。ぎゅっと堅く、つないだ手から、イアラの心情が流れ込んでくるのです。
    「そうか……。それでも世界はあり続けないと、な……」
    『何をするつもりかわからぬが……それほどの《魔力》。術として織り上げられるなら《大魔法》となろう。だが《魔法》は余には通じぬと知ったはず! そして、余はお前たちが、悪あがきをする時間など、認める気もない!!』
    「時間なんて……いらないよ。すべての思いとは、すなわち、すべての《魔法》なのだから! 《時門干渉/クロスゲート》!!」
     イアラとエリューシスの言葉が重なりました。
     《月蝕姫》として与えられた《聖霊》《魔王》の力。
     《日蝕姫》が得たのは創造と破壊の火。そして《水龍の仔》より授かりし《龍王》の火。双子姫の魔力は均衡します。
     世界中の《想力》を織りあげ、空の1点に重ねて開かれたのは相反する別世界への《門》でした。
    (次回最終回!)

◆月刊GAMEJAPAN 2011年2月号募集/『ファントムサウザント』第51回募集内容(締切2月11日)

 

◆第51話ストーリーテーマ設定画はありません。
 
今までご愛読いただきありがとうございます!


     イアラとエリューシスは世界中から流れ込む《想力》の渦の中に立っていました。
     2人が行使した《時門干渉/クロスゲート》が引き起こす光の渦が、取り巻いているのです。
    「《凄霊王/デヴィルロード》……確かに貴方に《魔術》は届かないかもしれない。でも貴方の装具は風に揺らいだ。それでわかった。貴方が防げるのは『意志ある力』だけなのだと!」
    『何っ!? あり得ぬ。自身も世界も滅ぼすというのか……!』
     イアラの意図を理解した《凄霊王》が驚愕したとき、術は完成しました。相反する《異界》への《門/ゲート》が、同一箇所で同調して開いたのです。
     次元を超える《門》どうしの反発と、相反する《異界/アナザープレーン》どうしの反発が発現します。 巻き起こったのは宇宙開闢/ビッグバンの現象と同質の瞬き。いかなる物質であれ、瞬時とて存在を許さない絶対無比の『力』でした。
    『見事なり! だが降誕した《絶対の力/ビッグクランチ》──いかに消し去る? 自身の術でなくば、消し去れまい。宇宙を消し去るとは、笑止!!』
     《門》の共鳴衝撃で、瞬時に全存在を引き裂かれつつも、《凄霊王》は叫びました。
     その刹那《凄霊王》を消滅させた力は爆発的に拡大し、すべてを消し去りはじめます。
     畏れから双子姫は互いの手を握りました。
    「自然現象を制御するには、術者の意志を現象にのせるしかない。制御の難易度は現象の大きさによる」
     師・ヴォルドが魔法学校で行なった講義が、2人の頭をよぎります。
     でも2人がいかに意志を強く持ったとて、《凄霊王》を消滅させるほどの現象は制御できない。最初からわかっていた結論でした。
    「《聖霊》様が、わたしを世界の脅威とし、保険として《爆破式》をかけた。その意味がわかるよ。《時門干渉》だけでなくて、これから行なう術もまた、世界を滅ぼすかもしれない……。姉様、巻き込んでごめん」
    「イアラ、謝るな。世界を滅ぼす《大罪》はわたしとお前で分かち合うものだ。わたしたちにはこの道しか見えなかったのだから!」
     双子姫は《文法/レチタティーヴォ》を解放しました。瞬時に世界中からの意志が流れ込んできます。この瞬間、人々が感じている恐怖や祈りだけではなく、それらを構築する記憶そのものが。
    (祈りや、恐怖──善意もこんなに、ある)
     圧倒的な自我の奔流の中で、2人がお互いを保てるのは、つないだ手のおかげでした。
     救世主たる《蝕姫》の宿命を双子で分かち合えるよう、運命に介入した《守護聖霊》クレシアの慈悲が2人に最期の力を与えたのです。
     紡がれた《絶界転移/アプソールトドライヴ》は力の渦を宇宙の外に転移させます。それは新たな宇宙の誕生にして、世界から記憶を失わせる現象でした。
     世界中から集められた《想力》が、大転移魔術として解き放たれ、飛散したからです。
    「イアラ……」
     エリューシスが倒れかかるイアラを抱き留めました。渦の中心にあった2人だけが、記憶を留めていたのです。
    「姉様。よかった。世界は、まだ続いているよ。でも、みんなの大切な記憶はもう……」
    「大丈夫。渦巻く意志の中にあった《気配》を拾えばいい」
     エリューシスが目を閉じ、気配を探ります。強い《龍/ドラゴン》のような気配を天の一点を見据える勇者に導きました。
    「終わったのか」
     フォルトはそう言うと、この場所に現れた《聖霊》と《魔王》よりイアラをかばって、前に立ちます。
    「やってくれたな」
     《太陽の聖霊》レファリオンが呆然とした群衆を見据えます。
    「《聖霊》よ、イアラの《爆破式》を起動させるというのか!?」
     エリューシスがわずかな《魔力》をかき集めて前に出ます。
    「フォルト、姉様。いいの。《聖霊》様。お願いがあります」
    「……願い、とは?」
    「見てのとおり、世界の記憶は失われました。でも、渦の中心にいたわたしたちなら、記憶を元の人たちに戻せます。わたしたちにその旅をさせてください。それが脅威というなら《爆破式》を起動させてもいいから」
    「フ、命拾いしたな」
     レファリオンの口調には自身の後ろめたさへの安堵がありました。
     それは後世に《大喪失/グランドロスト》と呼ばれた混乱の始まり。混乱の収拾に生涯を捧げたと伝わる、双子の魔女の旅の始まりでした。
    (『ファントムサウザント』完)

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